ひまわりの少女
がんばって向上心をネガティブに変換してみた。
少女はただ歩く。
右腕には爛れたように見える擦り傷が広がっており、傷口からは血が流れている。このまま放っておけばいずれは治るが痕が残りその後は一生彼女の柵になるだろう。そのひどい傷は誰でも泣くに違いない。しかし少女は泣かなかった。
強い子であれ、と父親に躾けられその通り強い子であろうとした終焉がこれだ。
いじめを我慢する、決して折れようとしない心を無残に折り捨てようとする同学年。その同学年にすら助けがない少女はどこに向かえば救われるのだろうか? たとえ、その救いに手を出され手にしたとしても彼女は救われるのだろうか? 未来なんてそういうものだと少女はあきらめの気持ちで思った。
そんな目の前に一人の少年がいた。
少年は少女よりも腕が細く、胸板も男らしいと言うものではなかった。
一言で言えば『貧弱』。
良い言い方では『神秘的』。
そのどちらも有する少年は横を向いていた。ぼんやりと見ている少年に警戒をしてその視線の先を見る。そこにはひまわりが咲いていた。
そしてそのひまわりに水をまく一人の女性。彼女はまだ若かった。
少女は察した。この目の前にいる少年はひまわりのような彼女が好きなんだと。ひまわりを見つめ微笑む彼女を見て少年も微笑んでやわらかい視線を送る。そして少年は少女を見ると視線の色を変えた。やわらかい視線から、冷たく突き刺さる視線に。少女の胸に刺さるこの視線は敵意だった。
「……あ」
少女は声を出す。その声に少年は逃げ出した。
覗きと思われるからだろう。彼女は手を伸ばし、少年を追いかけようとしたが、腕にある傷が痛み走ることをやめざるを得なかった。
少年の姿はもうどこにもなかった。そこに取り残される少女は一夏のたたずむひまわりだった。
夜になって少女は夢を見た。赤く燃えるような猛々しい雰囲気を持つ色彩。殴りかかれたようなその絵はまるで少年のようだったらどんなに心地よいものだろうか?
少女は昼に見た少年の姿を思い出す。胸板が細い彼の姿。
少女は苦しい胸をぎゅっと握り締めた。少女は知らなかった。いや、知ることなんでたぶんなかっただろう。
何にと言われてもそれは少女自身が知らないことであるから誰も知ることではない。そう、それはゴッホの花瓶に咲くひまわりの様に。猛々しく輝くその感情。
少女は苦しみから解き放たれたかった。
「お前さっきから俺をつけているだろう」
次の日になり昨日の少年を見つけた少女は尾行していて、そして少年に見つかり問い詰められていた。少女はばれた瞬間顔面が蒼白になる。しかしそれで許す少年は誰もいない。人の恋路をストーカーのように観察されては誰もいい気持ちにならないのだ。
「あ、えっと……」
少女は何かを言おうとしたがやめることにした。スカートの裾をぎゅっと握り、もうどうにでもなれと思いながら目をつぶる。
少年はその行動に首を傾げるだけだった。少年はただ少女が付いてくる理由を知りたかっただけなのだろう。少女は片目だけをあけ、目の前にいる少年の姿を確認する。
「なあ、もうストーカーとか良いからさ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「なにに?」
少女は恐る恐る聞く。少年は少し愛想笑いをして頬を掻いた。その頬には痣があった。でも少女は気にすることはなかった。少女にも腕に怪我があるからであり、お互いにお互いの存在を知っているのだ。
「あのひまわりの人に話しかけるのにどうしたら良いと思う?」
「……好きなの?」
えっと。と少年は狼狽する。少女はああ、と理解した。
「ボールとか入れてごめんなさいといったらどう?」
「それ良いけど、間違えてひまわりとかを折ったらいやだし」
「……小心者なのね」
うるさいと少年は少女に叱咤した。
少年はとりあえず少女に礼を言う。少女はその姿を見ていた。
胸板の薄い彼。どこか脆弱という印象を与える彼。
少女はこの胸につっかえる気持ちが何なのか分からないまま少年の周りから去った。
腕に残る引き攣れた痕を残したまま、少女は胸に残る感情を残したまま。
結局何が言いたいんだ俺……。