表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

いのち、ひとひら。



今年も桜が咲いた。


河川敷にある桜の並木道は、淡い光をまとって春の空へとつながっている。


そこを歩いていると、風が吹くたびに花びらがひらひらと舞って、足元へ落ちてきた。




毎年、この時期になると君と話していたね。


「今日は暖かいね」とか「咲くのが早かったね」とか。


桜を見て話す言葉は、決まって他愛もないものばかりだった。


だけど今年は、一人で桜に向かって話している。

相槌を打つ君は、もういない。


それでも僕は、君がそこにいるような気がして、つい横を見てしまうんだ。





君がいなくなってから、一年。

 

がんだと告げられてからも、治療が始まってからも、痛みが増していくはずの時間の中でも、君は一度も「つらい」とは言わなかった。


「ごめんね、心配かけて」


そう言って、逆に僕のほうを気遣った。

泣き言も、弱音も、未来への不安も、君は胸の奥にそっとしまったまま、僕に見せなかった。


だからこそ君の旅立ちは、覚悟をしていた割に、あまりにも静かだった。




君がいなくなったあと、世界は驚くほど変わらなかった。

朝は来るし、季節は巡る。

僕も、案外平気な顔をして過ごしていた日があった。


でも、夜空に白く輝く月を見たとき。

夏の日差しを反射して揺れるプールを見たとき。

なぜか急に足が止まって、しばらく何もできなくなった。




ああ、そうか。

こういう光景を、もう一緒には見られないんだ。

そんな想いが、目の前の風景の色をほんの少しにじませる。




さびしさは、今も消えない。

でも、いつまでも立ち止まっていたら、君はきっと笑って言うだろう。


「何してんのよ」って。


君は、最後まで前を向いていた。

苦しさを抱えたまま、誰かの心を軽くすることを選ぶ人だった。


だから僕は、君を忘れない。

そして、少しずつでも、歩き出す。






少し強い風が駆け足で

僕の横を通り過ぎる。


辺り一面に花吹雪が舞い上がり

天色の空と薄紅色が混ざり合う。


思わず開いた手のひらの中に

一枚の花びらが吸い込まれるように落ちてきた。


ほんの僅かな重み


それがまるで

君の人生のように感じる。




咲き誇る時は 短く 

それでも やさしく


吹けば飛ぶような儚い重さだけど

確かな存在をこの手に感じる。


春の天色の空の下で

君はもう痛みのない場所にいる。


それだけが ほんの少しだけ救いだと自分に言い聞かせ

そっとその花びらをにぎり 風に流す。







さくら、ひとひら。

てのひらのなかに。



いのち、ひとひら。

今も、心のなかに。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ