第九話:夢の延長はタイマンで
「───お邪魔します。」
「どうぞどうぞ!
───その袋なんですか?」
「食材。
使えそうなの、いろいろ買ってきた。」
「ええ?手ぶらで良いって言ったのに……。」
「私の用事に付き合ってもらうんだから、当然でしょ。
余ったら自炊にでも回して。」
8月某日。
大小合わせて10回のデートを重ねた節目に、志帆さんが我がマンションを訪れた。
店で出すおつまみのレパートリーを増やしたいと志帆さんが言うので、だったら一緒に試作しましょうと私が誘ったのだ。
無論そんなのは口実で、実際はおうちデートを楽しみたかっただけなんだけど。
「へえー、いい部屋だね。綺麗にしてる。」
「頑張ってお掃除したんで!」
「あれは?」
「食材とか調味料とか、私もいろいろ用意したんですよ。
被ってないといいけど……。」
「私のは外国産とか、定番とはちょっと外れたのを多めにしたから。」
「なら大丈夫っすね。」
ウェルカムドリンクをお出ししたら、さっそく試作作業へ。
各々で用意した食材やら調味料やらをキッチンに広げ、志帆さんの求める系統を吟味する。
「お店で出してくれんのって、イタリアンぽいの多いですよね。
前身がレストランだったのと、なんか関係あるんすか?」
「あたり。
そのご主人が、レシピの一部を譲ってくれたんだ。
自分はもうやらないし、出来ないからって。」
「へえ~、気前イイっすね。
これぞ居酒屋ーって感じのよりは、そっちのが雰囲気的に合ってますかね?」
「んー、でもビールとかハイボールしか飲まない子もいるし……。」
「バーまで来てビーしか飲まないヤツってなんなん……?」
「系統うんぬんより、できるだけコストがかからないような……、」
「ふむふむ。」
ヘアバンドで髪を上げ、ギャルソンエプロンを腰に巻いた姿で、玉葱やらソーセージやらを手に取っていく志帆さん。
「(横顔も綺麗なぁ。)」
ああ、志帆さんが我が家にいる。
我が家のキッチンに立っている。
もし同棲したら、こんな感じなのかなぁ。いいなぁ。
もっと関係が深まったら、パジャマ姿とかも見せてもらえるようになるのかなぁ。いいなぁ。
「参考になるか分からんすけど、とりあえず。
私がいつも作ってるやつ、やってみますか?」
「お願いします。」
感動に浸るのは程々にして。
即興できそうなものから調理していく。
志帆さんは下処理などを手伝う傍らメモを取り、私の発案したしょーもないレシピを熱心に学んでくれた。
「───うん、どれも美味しかった。料理上手は伊達じゃないね。」
「ただの生活の知恵ですよ。少しはお役に立てました?」
「もちろん。
なんでも出来て羨ましい限りだよ。」
「な~に言ってだ!鼻血出すぞ!」
「聞いたことない脅し文句だ。」
作っては味見、作っては味見を繰り返し、レパートリーも固まってきた。
時間も時間なので、本日分の目標は達成されたと言っていいだろう。
「すっかり遅くなっちゃいましたね。」
「没頭するとね。
音ちゃんは明日仕事?」
「ありますけど午後からです。
志帆さんはいつも通りですよね?」
「うん。
そろそろお開きにしないとね。」
「ですね。
アア~、夢のような一時だった~。」
「ふふ。」
「なんなら泊まっていきますか!夢の延長!」
"機会があったら、またね"。
なんてサラっと断られるのを承知で、私は本音を零した。
志帆さんは笑顔のまま、想定外の返事をくれた。
「いいよ。」
「え?」
「音ちゃんが構わないなら、朝まで一緒にいようか?」
フリーズ。
今、志帆さんは何と言った?
泊まっていく?朝まで一緒?
普通に考えたらメイクラブのフラグだが、私たちは"仮初め"の恋人だ。
原則を裁定した本人が、自らそれを破るとは考えにくい。
特に深い意味はなく、文字通り寝て起きるだけ?
でも目の奥が笑ってないし、さっきの言い方もニュアンスがアレだったし、もしかして私試されてる?
ここで選択を間違えたらバッドエンド?
「どうする?やっぱり帰る?」
バッドエンド、は怖いけど。
ここで引いたら、漢が廃るぜ。
「帰らないで。
朝まで、一緒にいたいです。」
想定外の想定外までは、頭が回らなかった。
志帆さんが私との交流を優先してくれて、嬉しくて舞い上がってしまった。
のが、間違いだった。
「───聞いてません。」
「あれ?言ったことなかったっけ?」
ご報告します。
"朝まで一緒に"のお誘いは、"メイクラブ"のお誘いでした。
願ったり叶ったりな展開に動揺を隠せない訳は、私がベッドに押し倒されているからです。
「タチだってことは聞きました。けど私もタチなんです。」
「それも言ってたね。」
「こういう場合は、公平に!じゃんけんとかにすべきでは?」
「じゃんけん?今?」
「だって他に公平な勝負ないじゃないですか。
話し合いで決着する問題でもなし。」
「確かに。」
志帆さんがタチであることは知っていた。
それも"ボイ"にして"バリ"のつくタチであると、お仲間ゆえにニオイで分かった。
なんとかなると思ったんだ。
気性的には私が強いし、いつもの調子で迫っていけば、優しい志帆さんが折れてくれると思ったんだ。
まさか、あの優しい志帆さんが、"こっち"に限って頑固だなんて。
ギャップ萌えを通り越して詐欺だ。
「はい勝った。」
「今のは練習です。」
「観念しろって。」
「私の体汚いですし!」
「お風呂入ったじゃない。」
「無駄毛とかありますし!」
「気にしない。」
「あとホラ、あの、私の方が上手い気がします。」
「年の功をナメないでほしいな。」
「いやいや、」
「いやいやいや?」
「いやいやいやいや!」
「はいバンザイして~。」
「ちょっと待っ、マッ、アッー!」
必死の抵抗も虚しく、私はあれよあれよと剥かれていった。
志帆さん本人に腹を立てたのは、初めてだった。