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マッドジンクス  作者: 和達譲
コーヒーかレモンサワー
9/24

第九話:夢の延長はタイマンで



「───お邪魔します。」


「どうぞどうぞ!

───その袋なんですか?」


「食材。

使えそうなの、いろいろ買ってきた。」


「ええ?手ぶらで良いって言ったのに……。」


「私の用事に付き合ってもらうんだから、当然でしょ。

余ったら自炊にでも回して。」



8月某日。

大小合わせて10回のデートを重ねた節目に、志帆さんが我がマンションを訪れた。


店で出すおつまみのレパートリーを増やしたいと志帆さんが言うので、だったら一緒に試作しましょうと私が誘ったのだ。


無論そんなのは口実で、実際はおうちデートを楽しみたかっただけなんだけど。




「へえー、いい部屋だね。綺麗にしてる。」


「頑張ってお掃除したんで!」


「あれは?」


「食材とか調味料とか、私もいろいろ用意したんですよ。

被ってないといいけど……。」


「私のは外国産とか、定番とはちょっと外れたのを多めにしたから。」


「なら大丈夫っすね。」



ウェルカムドリンクをお出ししたら、さっそく試作作業へ。

各々で用意した食材やら調味料やらをキッチンに広げ、志帆さんの求める系統を吟味する。




「お店で出してくれんのって、イタリアンぽいの多いですよね。

前身がレストランだったのと、なんか関係あるんすか?」


「あたり。

そのご主人が、レシピの一部を譲ってくれたんだ。

自分はもうやらないし、出来ないからって。」


「へえ~、気前イイっすね。

これぞ居酒屋ーって感じのよりは、そっちのが雰囲気的に合ってますかね?」


「んー、でもビールとかハイボールしか飲まない子もいるし……。」


「バーまで来てビーしか飲まないヤツってなんなん……?」


「系統うんぬんより、できるだけコストがかからないような……、」


「ふむふむ。」



ヘアバンドで髪を上げ、ギャルソンエプロンを腰に巻いた姿で、玉葱やらソーセージやらを手に取っていく志帆さん。



「(横顔も綺麗なぁ。)」



ああ、志帆さんが我が家にいる。

我が家のキッチンに立っている。


もし同棲したら、こんな感じなのかなぁ。いいなぁ。

もっと関係が深まったら、パジャマ姿とかも見せてもらえるようになるのかなぁ。いいなぁ。




「参考になるか分からんすけど、とりあえず。

私がいつも作ってるやつ、やってみますか?」


「お願いします。」



感動に浸るのは程々にして。

即興できそうなものから調理していく。


志帆さんは下処理などを手伝う傍らメモを取り、私の発案したしょーもない(・・・・・・)レシピを熱心に学んでくれた。




「───うん、どれも美味しかった。料理上手は伊達じゃないね。」


「ただの生活の知恵ですよ。少しはお役に立てました?」


「もちろん。

なんでも出来て羨ましい限りだよ。」


「な~に言ってだ!鼻血出すぞ!」


「聞いたことない脅し文句だ。」



作っては味見、作っては味見を繰り返し、レパートリーも固まってきた。

時間も時間なので、本日分の目標は達成されたと言っていいだろう。




「すっかり遅くなっちゃいましたね。」


「没頭するとね。

音ちゃんは明日仕事?」


「ありますけど午後からです。

志帆さんはいつも通りですよね?」


「うん。

そろそろお開きにしないとね。」


「ですね。

アア~、夢のような一時ひとときだった~。」


「ふふ。」


「なんなら泊まっていきますか!夢の延長!」



"機会があったら、またね"。

なんてサラっと断られるのを承知で、私は本音を零した。

志帆さんは笑顔のまま、想定外の返事をくれた。




「いいよ。」


「え?」


「音ちゃんが構わないなら、朝まで一緒にいようか?」



フリーズ。

今、志帆さんは何と言った?

泊まっていく?朝まで一緒?


普通に考えたらメイクラブのフラグだが、私たちは"仮初め"の恋人だ。

原則を裁定した本人が、自らそれを破るとは考えにくい。


特に深い意味はなく、文字通り寝て起きるだけ?

でも目の奥が笑ってないし、さっきの言い方もニュアンスがアレだったし、もしかして私試されてる?

ここで選択を間違えたらバッドエンド?




「どうする?やっぱり帰る?」



バッドエンド、は怖いけど。

ここで引いたら、オトコが廃るぜ。




「帰らないで。

朝まで、一緒にいたいです。」



想定外の想定外までは、頭が回らなかった。

志帆さんが私との交流を優先してくれて、嬉しくて舞い上がってしまった。

のが、間違いだった。




「───聞いてません。」


「あれ?言ったことなかったっけ?」



ご報告します。

"朝まで一緒に"のお誘いは、"メイクラブ"のお誘いでした。

願ったり叶ったりな展開に動揺を隠せない訳は、私が(・・)ベッドに押し倒されているからです。




「タチだってことは聞きました。けど私もタチなんです。」


「それも言ってたね。」


「こういう場合は、公平に!じゃんけんとかにすべきでは?」


「じゃんけん?今?」


「だって他に公平な勝負ないじゃないですか。

話し合いで決着する問題でもなし。」


「確かに。」



志帆さんがタチであることは知っていた。

それも"ボイ"にして"バリ"のつくタチであると、お仲間ゆえにニオイで分かった。


なんとかなると思ったんだ。

気性的には私が強いし、いつもの調子で迫っていけば、優しい志帆さんが折れてくれると思ったんだ。


まさか、あの優しい志帆さんが、"こっち"に限って頑固だなんて。

ギャップ萌えを通り越して詐欺だ。




「はい勝った。」


「今のは練習です。」


「観念しろって。」


「私の体汚いですし!」


「お風呂入ったじゃない。」


「無駄毛とかありますし!」


「気にしない。」


「あとホラ、あの、私の方が上手い気がします。」


「年の功をナメないでほしいな。」


「いやいや、」


「いやいやいや?」


「いやいやいやいや!」


「はいバンザイして~。」


「ちょっと待っ、マッ、アッー!」



必死の抵抗も虚しく、私はあれよあれよと剥かれていった。

志帆さん本人に腹を立てたのは、初めてだった。



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