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マッドジンクス  作者: 和達譲
ブラッドハウンド/ギムレット
7/24

第七話:『想い人を探さないで』



「どんなの作ってくれるんすか?」


「ナイショ。」


「エエー!」


「二種類作るから、好きな方を後で選んで。」


「二種類も!?」


「"何でもいいけど見たい"、でしょ?」


「ふとっぱゃ……。」



なんということでしょう。

私のリクエストにお応えして、シェイクとステアの両方を披露してくれるそうな。




「まずはステアね。」


「ハーイ!」



私のせいで前座扱いになってしまったステアだが、この時点で志帆さんの色気が大爆発だった。


氷を運ぶ繊細な手つき、グラスにそそぐ伏し目がちな眼差し。


だ、抱かれてる。

間接的に私これ、志帆さんに抱かれてる。



「やり辛いなぁ。」



ガンギマリで鼻息を荒げる私に、志帆さんは困ったように笑った。


可愛い!100点!

美しい!100点!

エロい!300点!

鼻血!出てない!ヨシ!




「次がシェイクね。」


「ワクワク!」



いよいよ本命のシェイク。

計算され尽くした材料がシェイカーに投入され、志帆さんが腕を高く振り上げる。



「(はわわ。)」



しゃ、シャカシャカや。

おっさんバーテンバージョンでしか見たことないシャカシャカ。


シャカシャカする度に揺れる毛先、腕の血管、顎から首にかけてのライン。


もはや全年齢のAV!

鼻血出てない!ご馳走様です!




「できました。」



はっと我に返ると、グラスが二つ、目の前に置かれていた。

夢の時間は一瞬にして永遠のようだった。疲れた。




「こちらがブラッドハウンド、こちらがギムレットになります。」



ゴブレットグラスにストローが刺さっているのが、ブラッドハウンド。

カクテルグラスにカットライムが添えられているのが、ギムレット。


赤くトロッとしたブラッドハウンドは濃厚そうで、白くサラッとしたギムレットは淡泊そうな印象だ。




「むはー、イイニオイっすねぇ……。」


「くだもの使ってるからね。どっちがいい?」


「なやむー……。飲みやすいのは?」


「ブラッドハウンドかな。苺すき?」


「すきです!」


「決まり。」



悩んだ末、私はブラッドハウンドを。

お付き合いの志帆さんは、ギムレットを頂くことに。


中身が零れないよう乾杯して、それぞれに口をつける。




「ウマーイ!」


「よかった。こっちのも一口どう?」


「間接キッスいただきまー!」


「お酒の方を味わってほしいな。」



ブラッドハウンドは苺の甘味と旨味が、ギムレットはライムの酸味と苦味が後を引く、万人受けの美味しさだった。


とりわけブラッドハウンドはデザート感覚で頂けてしまうので、調子こいてガバスカ飲むと強かに酔いそうだった。




「(いや待てよ。)」



酔った方が都合がいい、のかもしれない。


既に充分噛み締めているが、今日の私は大変ツイている。

多少の我がまま程度なら、志帆さんも聞き入れてくれる姿勢だ。


この流れに乗じれば、普段は撥ね付けられてしまう要求も、うっかり通ったりするのではないか。




「志帆さん。」


「ん?」


「私と付き合ってくれませんか。」



グラスを傾ける志帆さんの手が止まる。

交際を申し込むのも、はや十回を数える。




「君も本当に、気が長いよね。」


「そりゃあ本気ですから。」


「せっかくモテるんだから、こんな色物に執心しなくたって良いのに。」


「志帆さんは色物じゃありません。

志帆さん以外にモテたって嬉しくありません。」


「盲目的~。」



おつまみ代わりのポッキーを袋ごと差し出される。

抜き取った一本を直ぐには食べず、ブラッドハウンドで冷やす。




「志帆さん。」


「ん?」


「いいかげん、教えてくれませんか、本当のこと。」


「本当のことって?」


「恋人を作らない理由です。」


「んー。」



志帆さんがポッキーを二本同時に咥える。

ばつの悪いことがあると、彼女はこうして惚けたフリをする。




「振り向いてくれる気がないのに、ちゃんとフってくれないのは、私がお客さんだからですか?

私が良い金ヅルだから、思わせぶりなことして、ずるずる通わせてやろうって魂胆なんですか?違いますよね?」


「………。」


「やめといた方がいいとか、もっと相応しい人を選べとか。

そんな綺麗事ではぐらかされて、納得できるわけないでしょう。」


「……そうだね。」


「こう見えて、引き際くらいは弁えられます。

どうしてもお前じゃ無理だって言われて、それでも縋るほど愚かじゃありません。

だから、言って。教えてください。

あなたは何を考えているのか、私のことを、どう思ってるのか。」



志帆さんは暫く沈黙してから、カウンター内のハイスツールに腰掛けた。




恋人・・になると、駄目なんだよね。」


「なにがですか?」


「遊び相手はなんともないのに、恋人関係になると、たちまち崩れる。

みんな不幸になってしまうんだよ。」



"不幸になる"。

志帆さんを好き過ぎるあまり頭がおかしくなるとか、志帆さんに尽くしたい一心で破産するとかって意味だろうか。


志帆さんは"違う"と否定して、ぼんやりと続けた。




「もっと明確に、運気が下がっていくの。

最初は、烏にフンを落とされたとか、お気に入りの靴でガムを踏んでしまったとか、その程度。

それが段々エスカレートしていって、変なヤツに粘着されたり、逆に一番の友達に裏切られたり……。

私との交際期間が延びるほどに大きく、取り返しのつかない不幸へと繋がっていくんだよ。」


「思い過ごし、じゃないんですか?

たまたまそういう、アンラッキーな人と出会っちゃっただけで───」


「三人。」


「え?」


「さすがに、三人も立て続けにアンラッキーが起きたら、思い過ごしでは済まないでしょ?」



志帆さんの笑顔が悲しげに歪む。

どうやら、私を思い切らせるための方便ではないらしい。


過去にお付き合いをした一人か二人がそういう人だった、なら悪い偶然と言えただろう。

しかし三人、それも立て続けとなれば、どう解釈しても無下にはできない。

相手ではなく自分に問題があるのでは、と疑ってかかるのは当然だ。




「もしかして、これまでの恋人さん、全員なんですか。」


「残念ながら。」



なるほど。

志帆さんが恋をしたがらない理由が、ようやく分かった。


想い人が、自分のせいで不幸になる。

いっそ、想い人のせいで自分が不幸になる方が、まだ耐えられたかもしれない。


きっと志帆さんは、相手の未来を尊重して、別れる選択をしてきたんだ。

想えばこそ、愛すればこそ、自分抜きでも幸せになってほしかった。

私にも似た経験があるから、その気持ちは察するに余りある。




「だから、私のことも不幸にしたくなくて、付き合えないと。」


「君は前途有望な若人だもの。

仮に、何事もなくお付き合いできたとして、私はどんどん老いていくし、色んなものを失っていく。

やっぱり恋人は、年頃の近い、健康な相手を選ぶべきだ。末永く、仲良くやっていくためにもね。」



けれど、やっぱり。

私だから(・・・・)駄目じゃないなら、私は嫌だ。




「うん。納得いきません。」


「……話聞いてた?」


「聴きました。ちゃんと分かりました。

けど私も同じように不幸になるとは限りませんし、ご存じの通り私は厚かましいです。

神経ゴンぶとで生命線もクッキリ。ちょっとやそっとのアンラッキーで参るような女じゃないんです。」


「だとしても万が一の───」


「私が志帆さんに出会えた確率は、億が一のラッキーなんです。

たとえ火の中水の中、茨の道であろうとも、先に志帆さんがいると分かっていれば、私は手足を失くしても前へ進みますよ。」


「噺家の人?」


「それでも、どうしても万が一が怖いと言うなら───」



冷やしておいた自分のポッキーを志帆さんに差し出す。

志帆さんは不思議そうに目を丸めつつも、差し出された先端を前歯で咥えた。



「試してみましょう。

本当に志帆さんが原因なのか、実は相手の問題だったのか。

あるいは、恋人・・の定義に曰くがあるのか。

どんな形なら平穏無事に済むのか、私と実験しましょう。


どうせ上手くいかないからって、ずっと一人きりでいるなんて、寂しいじゃないですか。」



志帆さんは私を否定しない。

やんわり遠ざけるばかりで、はっきり拒みはしない。

好きとまではいかなくても、生理的に無理なレベルまでは、疎まれてもいないはずだ。


だったら、押して押して押しまくる。

志帆さんの不安を拭い去り、真っさらな状態になってから、改めて私と向き合ってもらう。

その上で愛せないと言われたなら、今度こそ断念する。


たとえ志帆さんが改心するだけ、私が一肌脱ぐだけに終わっても構わない。

私が志帆さんと付き合いたいの前に、志帆さんを孤独から掬い上げたい。

私的な欲望は二の次だ。




「どうしてそこまでするの?」


「あなたを好きだから。」


「私は好きになれないと思うよ?」


「でも嫌いじゃないんですよね?」


「後悔するよ?」


「戦わずに負けたらね。」


「こんなにしつこい子は初めてだよ。」


「初めてついでに、最初で最後の四人目になってやりますよ。」



志帆さんは咥えたポッキーを一口齧ると、残りをギムレットに刺した。



「ちょっとでもキミに異変が起きたら、即やめるからね。」


「バカは風邪ひかないんで。」



二度目の乾杯。

私と志帆さんの、"制約マシマシ恋人ごっこ"が、幕を開けた。



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