第七話:『想い人を探さないで』
「どんなの作ってくれるんすか?」
「ナイショ。」
「エエー!」
「二種類作るから、好きな方を後で選んで。」
「二種類も!?」
「"何でもいいけど見たい"、でしょ?」
「ふとっぱゃ……。」
なんということでしょう。
私のリクエストにお応えして、シェイクとステアの両方を披露してくれるそうな。
「まずはステアね。」
「ハーイ!」
私のせいで前座扱いになってしまったステアだが、この時点で志帆さんの色気が大爆発だった。
氷を運ぶ繊細な手つき、グラスに注ぐ伏し目がちな眼差し。
だ、抱かれてる。
間接的に私これ、志帆さんに抱かれてる。
「やり辛いなぁ。」
ガンギマリで鼻息を荒げる私に、志帆さんは困ったように笑った。
可愛い!100点!
美しい!100点!
エロい!300点!
鼻血!出てない!ヨシ!
「次がシェイクね。」
「ワクワク!」
いよいよ本命のシェイク。
計算され尽くした材料がシェイカーに投入され、志帆さんが腕を高く振り上げる。
「(はわわ。)」
しゃ、シャカシャカや。
おっさんバーテンバージョンでしか見たことないシャカシャカ。
シャカシャカする度に揺れる毛先、腕の血管、顎から首にかけてのライン。
もはや全年齢のAV!
鼻血出てない!ご馳走様です!
「できました。」
はっと我に返ると、グラスが二つ、目の前に置かれていた。
夢の時間は一瞬にして永遠のようだった。疲れた。
「こちらがブラッドハウンド、こちらがギムレットになります。」
ゴブレットグラスにストローが刺さっているのが、ブラッドハウンド。
カクテルグラスにカットライムが添えられているのが、ギムレット。
赤くトロッとしたブラッドハウンドは濃厚そうで、白くサラッとしたギムレットは淡泊そうな印象だ。
「むはー、イイニオイっすねぇ……。」
「くだもの使ってるからね。どっちがいい?」
「なやむー……。飲みやすいのは?」
「ブラッドハウンドかな。苺すき?」
「すきです!」
「決まり。」
悩んだ末、私はブラッドハウンドを。
お付き合いの志帆さんは、ギムレットを頂くことに。
中身が零れないよう乾杯して、それぞれに口をつける。
「ウマーイ!」
「よかった。こっちのも一口どう?」
「間接キッスいただきまー!」
「お酒の方を味わってほしいな。」
ブラッドハウンドは苺の甘味と旨味が、ギムレットはライムの酸味と苦味が後を引く、万人受けの美味しさだった。
とりわけブラッドハウンドはデザート感覚で頂けてしまうので、調子こいてガバスカ飲むと強かに酔いそうだった。
「(いや待てよ。)」
酔った方が都合がいい、のかもしれない。
既に充分噛み締めているが、今日の私は大変ツイている。
多少の我がまま程度なら、志帆さんも聞き入れてくれる姿勢だ。
この流れに乗じれば、普段は撥ね付けられてしまう要求も、うっかり通ったりするのではないか。
「志帆さん。」
「ん?」
「私と付き合ってくれませんか。」
グラスを傾ける志帆さんの手が止まる。
交際を申し込むのも、はや十回を数える。
「君も本当に、気が長いよね。」
「そりゃあ本気ですから。」
「せっかくモテるんだから、こんな色物に執心しなくたって良いのに。」
「志帆さんは色物じゃありません。
志帆さん以外にモテたって嬉しくありません。」
「盲目的~。」
おつまみ代わりのポッキーを袋ごと差し出される。
抜き取った一本を直ぐには食べず、ブラッドハウンドで冷やす。
「志帆さん。」
「ん?」
「いいかげん、教えてくれませんか、本当のこと。」
「本当のことって?」
「恋人を作らない理由です。」
「んー。」
志帆さんがポッキーを二本同時に咥える。
ばつの悪いことがあると、彼女はこうして惚けたフリをする。
「振り向いてくれる気がないのに、ちゃんとフってくれないのは、私がお客さんだからですか?
私が良い金ヅルだから、思わせぶりなことして、ずるずる通わせてやろうって魂胆なんですか?違いますよね?」
「………。」
「やめといた方がいいとか、もっと相応しい人を選べとか。
そんな綺麗事ではぐらかされて、納得できるわけないでしょう。」
「……そうだね。」
「こう見えて、引き際くらいは弁えられます。
どうしてもお前じゃ無理だって言われて、それでも縋るほど愚かじゃありません。
だから、言って。教えてください。
あなたは何を考えているのか、私のことを、どう思ってるのか。」
志帆さんは暫く沈黙してから、カウンター内のハイスツールに腰掛けた。
「恋人になると、駄目なんだよね。」
「なにがですか?」
「遊び相手は何ともないのに、恋人関係になると、たちまち崩れる。
みんな不幸になってしまうんだよ。」
"不幸になる"。
志帆さんを好き過ぎるあまり頭がおかしくなるとか、志帆さんに尽くしたい一心で破産するとかって意味だろうか。
志帆さんは"違う"と否定して、ぼんやりと続けた。
「もっと明確に、運気が下がっていくの。
最初は、烏にフンを落とされたとか、お気に入りの靴でガムを踏んでしまったとか、その程度。
それが段々エスカレートしていって、変なヤツに粘着されたり、逆に一番の友達に裏切られたり……。
私との交際期間が延びるほどに大きく、取り返しのつかない不幸へと繋がっていくんだよ。」
「思い過ごし、じゃないんですか?
たまたまそういう、アンラッキーな人と出会っちゃっただけで───」
「三人。」
「え?」
「さすがに、三人も立て続けにアンラッキーが起きたら、思い過ごしでは済まないでしょ?」
志帆さんの笑顔が悲しげに歪む。
どうやら、私を思い切らせるための方便ではないらしい。
過去にお付き合いをした一人か二人がそういう人だった、なら悪い偶然と言えただろう。
しかし三人、それも立て続けとなれば、どう解釈しても無下にはできない。
相手ではなく自分に問題があるのでは、と疑ってかかるのは当然だ。
「もしかして、これまでの恋人さん、全員なんですか。」
「残念ながら。」
なるほど。
志帆さんが恋をしたがらない理由が、ようやく分かった。
想い人が、自分のせいで不幸になる。
いっそ、想い人のせいで自分が不幸になる方が、まだ耐えられたかもしれない。
きっと志帆さんは、相手の未来を尊重して、別れる選択をしてきたんだ。
想えばこそ、愛すればこそ、自分抜きでも幸せになってほしかった。
私にも似た経験があるから、その気持ちは察するに余りある。
「だから、私のことも不幸にしたくなくて、付き合えないと。」
「君は前途有望な若人だもの。
仮に、何事もなくお付き合いできたとして、私はどんどん老いていくし、色んなものを失っていく。
やっぱり恋人は、年頃の近い、健康な相手を選ぶべきだ。末永く、仲良くやっていくためにもね。」
けれど、やっぱり。
私だから駄目じゃないなら、私は嫌だ。
「うん。納得いきません。」
「……話聞いてた?」
「聴きました。ちゃんと分かりました。
けど私も同じように不幸になるとは限りませんし、ご存じの通り私は厚かましいです。
神経ゴン太で生命線もクッキリ。ちょっとやそっとのアンラッキーで参るような女じゃないんです。」
「だとしても万が一の───」
「私が志帆さんに出会えた確率は、億が一のラッキーなんです。
たとえ火の中水の中、茨の道であろうとも、先に志帆さんがいると分かっていれば、私は手足を失くしても前へ進みますよ。」
「噺家の人?」
「それでも、どうしても万が一が怖いと言うなら───」
冷やしておいた自分のポッキーを志帆さんに差し出す。
志帆さんは不思議そうに目を丸めつつも、差し出された先端を前歯で咥えた。
「試してみましょう。
本当に志帆さんが原因なのか、実は相手の問題だったのか。
あるいは、恋人の定義に曰くがあるのか。
どんな形なら平穏無事に済むのか、私と実験しましょう。
どうせ上手くいかないからって、ずっと一人きりでいるなんて、寂しいじゃないですか。」
志帆さんは私を否定しない。
やんわり遠ざけるばかりで、はっきり拒みはしない。
好きとまではいかなくても、生理的に無理なレベルまでは、疎まれてもいないはずだ。
だったら、押して押して押しまくる。
志帆さんの不安を拭い去り、真っさらな状態になってから、改めて私と向き合ってもらう。
その上で愛せないと言われたなら、今度こそ断念する。
たとえ志帆さんが改心するだけ、私が一肌脱ぐだけに終わっても構わない。
私が志帆さんと付き合いたいの前に、志帆さんを孤独から掬い上げたい。
私的な欲望は二の次だ。
「どうしてそこまでするの?」
「あなたを好きだから。」
「私は好きになれないと思うよ?」
「でも嫌いじゃないんですよね?」
「後悔するよ?」
「戦わずに負けたらね。」
「こんなにしつこい子は初めてだよ。」
「初めてついでに、最初で最後の四人目になってやりますよ。」
志帆さんは咥えたポッキーを一口齧ると、残りをギムレットに刺した。
「ちょっとでもキミに異変が起きたら、即やめるからね。」
「バカは風邪ひかないんで。」
二度目の乾杯。
私と志帆さんの、"制約マシマシ恋人ごっこ"が、幕を開けた。