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マッドジンクス  作者: 和達譲
ブラッドハウンド/ギムレット
6/24

第六話:お散歩日和はお掃除日和


志帆さんと出会って一ヶ月ほどが経過した、5月某日。

今日が定休日と知りながら、私は仕事帰りにフロムニキータへ立ち寄った。



「(あれ……?)」



定休日にも拘わらず、店内は仄かに明るかった。

カーテン越しの窓から、人影も見受けられる。


表にはCLOSEDの看板がかかっているし、ゲリラ的に営業するならSNSに連絡があるはずだ。

泥棒がわざわざ電気を付けて盗みに入ったとも思えない。

人影の正体は十中八九、志帆さんだろう。


明日の仕込みでもしているのか、たまたま忘れ物を取りに来たタイミングとか?

いずれにせよ、今日は会えないと諦めていた志帆さんが、そこにいるのだ。

偶然のラッキーを喜びつつ、正面玄関から堂々とお邪魔する。




「───あれっ、音ちゃん?」



いつものようにカウンターに立った志帆さんは、暗がりでキープボトルの整理をしていた。



「すいません。

通り掛かったもんで、つい。」


「そこ、鍵してなかった?」


「なかったですよ?」


「あ、そっか。

さっき表の掃除したから……。」


「やっぱお邪魔でした?」


「そんなことないよ。

せっかくだし、ちょっと話そう。」


「いいんですか?」


「片手間で良ければね。おいで。」


「ヤッター……!」



お取り込み中ながら、志帆さんは私を招いてくれた。


名実ともに志帆さんを独占できる、またとない機会。

ひょっこり立ち寄った甲斐があった。


私がスキップをして近付くと、志帆さんは可笑しそうに笑った。




「ここもお掃除ですか?」


「最後にね。」


「他は済んだ後?」


「表とホールと、厨房もちょっとね。」



定休日という名の、お掃除日和だったらしい。

残すはカウンターだけのようだが、一人でこの空間を処理するのは骨が折れたことだろう。




「ごめんね暗くて。

ホールの電気も点けようか?」


「いーっすよそんな勿体ない。

志帆さんの顔見えればジューブン。」


「お仕事帰り?」


「ピンポン。」


「例のホストみたいなやつ?」


「そっちは今日はお休みなんで、本業の方です。」


「そうなんだ。お疲れ様。」


「エヘヘー。あざまーす。」



二日ぶりの志帆さんを摂取。

相変わらずのマイナスイオンが、五臓六腑に染み渡る。


私ばかりが得をするのは忍びないので、押しかけてしまった詫びくらいはさせてもらいたい。




「ね、志帆さん。」


「うん?」


「ご迷惑じゃなければ、私も手伝っていいですか?」


「これ?

構わないけど、お仕事帰りなんでしょ?」


「志帆さんに会ったら、疲れどっか行っちゃいました。」


「優しいね。

お言葉に甘えちゃおうかしら?」



駄目元で掃除の手伝いを申し出ると、意外にも快諾された。


私が志帆さんの立場だったら、私みたいな輩は自分のテリトリーに入れたくない。

優しいのは志帆さんの方だ。




「じゃあー、棚のボトル、一回ぜんぶ出しちゃって。

それから、棚とボトルで分担しようか。」


「私どっちやればいいです?」


「ボトルは私がやるから、君は棚を布巾で拭く係。」


「一日係長っすね。

水拭きですか乾拭きですか?」


「アルコールで磨いた後に、乾拭きもお願いしていい?」


「ガッテンデース。」



手分けして作業に当たり、棚もボトルもピカピカに。

ついでに厨房の換気扇を洗ったり、期間限定メニューのポップを作ったりもして、気付けば深夜10時を回っていた。




「───いやー、すごいよ音ちゃん!

こんなの作る才能もあったんだね!」


「うちの店───、本業の方ね。

男所帯なんで、こういう細かいのは殆ど私担当なんですよ。

おかげで慣れました。」


「素晴らしい特技だよ。

ちょっと手伝ってもらうつもりが、なんだかんだ色々やらせちゃって……。

拘束してごめんね。」


「いえいえ!どうせ暇ですし!楽しかったです!」



私の働きぶりを、志帆さんは大いに喜んでくれた。

スケジュールの関係から後回しにしていた部分もあったようなので、少しでも志帆さんの負担を減らせたなら良かった。




「待ってて、今バイト代───」


「いらないいらない。

私が好きでやったんですから。」


「でも、本当に助かったし、ありがとうの一言じゃ割に合わないよ。」



私としては、志帆さんと過ごせた思い出こそプライスレス。

対して志帆さんは、手ぶらで帰すわけにはいかないと食い下がった。

何かしらの対価を受け取らない限り、収めてくれなそうだ。




「なら、今度来た時、また私に合ったカクテル作ってください。

こないだの、フロリダ?も美味しかったですけど、別のやつ。」



ならば折衷案、もとい妥協案。

次回を約束することを対価とさせてもらおう。




「それくらい、お安い御用だけど……。」



志帆さんは尚も腑に落ちない様子で、しぶしぶ飲み込んでくれた。




「音ちゃん。」


「はーい?」


「この後って、なにか予定ある?」


「ないですよ。まっすぐ帰ります。」


「バイク?」


「今日は天気良かったんで、お散歩ついでに徒歩出勤しました。」


「ちょっとくらいなら飲めるんだね?」


「え……。

もしかして、今作ってくれるんですか?せっかく掃除したのに?」


「せめて一杯くらいサービスさせてもらえないと、私の気が済まないよ。

もちろん、無理にとは言わないけど。」


「ヴェ、うう嬉しいです!

アッ、もしっ、シュ、志帆さんも、一緒に飲んでくれたり、とか……?」


「いいよ。すぐ準備する。」



飲み込んだものと思いきや、今度は志帆さんから約束の前倒しを提案してきた。


二人きりで酌み交わせるなんて、棚から牡丹餅ならぬ、棚から金塊並の幸運だ。

すごくない?

たまたま徒歩出勤して、なんとなく店に立ち寄った過去の私、えらくない?




「ちょっとタンマ!」



準備のため厨房へ引っ込もうとする志帆さんを、慌てて引き止める。


せめて一杯くらいはと、志帆さんは言った。

どのみち一杯は提供されるなら、過程にちょい足し(・・・・・)しても構わないはず。




「おまけにもう一個、サービスしてもらってもいいですか。」


「もちろん。高いおつまみでも開け───」


「お酒作るとこ。近くで、見てみたいです。」



フロムニキータに通い始めて一ヶ月。

未だ私は、"バーテンダー樫村志帆"を知らない。

飲食店のオーナーとして、良き話し相手の側面しか、志帆さんは見せてくれないのだ。




"───志帆さんって、カウンターと厨房と分けて使ってますよね。

なんか理由とかあるんですか?"


"さあね~。

ワタシも前に聴いたことあるけど、恥ずかしいからー、としか答えてくれなかったよ。"


"恥ずかしい?"


"あそこの楯。

なんでもっと分かりやすいとこ置かないのかって話、したんでしょ?

それと関係あんじゃない?"


"大した実績がないから、人前でやるのは恥ずかしい……?"


"かなーって。他に思い付かないし。"


"ラウンジに勤めてた頃は、普通にバーテンやってたんですよね?

なんで今になって……。"


"そんな気になるなら、本人に直接聴いてみなよ。

ま、どうせはぐらかされて(・・・・・・・)終わるだろうけどね───。"




バーテンダーといえば、お客さんの前でお酒作ってナンボだ。

あの水筒みたいな茶筒みたいなのでシャカシャカやって、グラスにいでフルーツなんたら添えたりして、へいお待ちってやるパフォーマンスまで含めての職業だ。

少なくとも、私はそう認識している。


ところが志帆さんは、注文を承ると先程のように引っ込んでしまう。

そしてカウンターへ戻ってきた頃には、注文通りの品が出来上がっている。


一から自分で手作りしているなら、専門店で修業経験があるというなら、なぜ隠すのか。

私たちも志帆さんがシャカシャカやる姿を見てみたいと、常連客の総意があるのに。




「あー……。

つまりシェイクの方を見たいのね?」


「シェイクってシャカシャカやるやつですか?」


「そう。」


「シェイク以外にもやり方あるんですか?」


「ステアね。

単に合わせたり、掻き混ぜるだけで作る場合もあるよ。」


「へー、知らなかった。

どうせならシャカシャカがいいですけど、見せてもらえるんなら何でもいいです!」


「んー。」


「サービスしないと気が済まないんですよね?ね!?

もう一声!オナシャス!」



不躾を承知で、私は前のめりに頼み込んだ。

志帆さんは"わかったよ"と頷くと、厨房から道具と材料を持って来てくれた。




「プロっぽーい!」


「道具はね。」


「名前は?名前は?」


「シェイカー、ストレーナー、アイスペール、ダブルジガー、マドラー、トング。」


「焼肉?」


「こっちのは氷用。」



必要の一式がカウンターに並べられる。

これらのアイテムが、志帆さんの魔法にかかるのか。



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