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マッドジンクス  作者: 和達譲
ブラッドハウンド/ギムレット
5/24

第五話:だからボナセーラじゃないって



「───志帆さん!また来ちゃいました!」


「いらっしゃい。

今日はお連れ様は?」


「私だけです!

デカいのは邪魔なんで置いてきました!」


「あらあら。

フフッ、何名様でも大歓迎だよ。空いてる席へどうぞ。」



初めてフロムニキータを訪ねて以来、私は三日と空けず志帆さんに会いに行くようになった。

時に司を伴うこともあったが、ほとんどは自分一人で。




「───エッ、34!?」


「まあまあオバサンでしょ?」


「てっきり、私と同じくらいかと……。」


「お上手ね。

音ちゃんは20何歳?」


「に、25です。」


「なら9個下だね。」


「身長は!?私は168です!」


「大きいね。私は170ジャスト。」


「また負けた……っ。」


「勝ち負けの問題?」




いつ訪ねても、志帆さんは温かく迎えてくれた。

私の質問に何でも答えてくれて、私の知らないことを何でも教えてくれた。




「───飲食店?」


「前身がイタリアンレストランだったそうでね。

そのご主人が店を畳もうって時期と、私が物件を探してた時期が、たまたま被ったってわけ。」


「はー、どうりで。

最初来た時、なんかイタリアンのお店っぽいなって思ったんですよ。」


「お客さん皆、そう言うね。

たまに、こっち系のバーだって知らずに入ってきちゃう人もいるよ。」


「レストランだった頃と、どのへんが違うんですか?」


「造り自体は大体一緒。

バーにしては厨房が広すぎたから、いらない分をカウンターに割いて……。

あとは壁紙貼り直したのと、棚とかテーブル持ち込んだくらいか。」


「そんなに弄らなかったんですね。」


「弄れなかった、かな。まるっと改装できるほど余裕なかったし。

ここに決めたのも、安かったってのが一番の理由。」


「なんだっていいですよ。

志帆さんがいるなら、どんなサバンナもオアシスです。」


「はは、詩人みたいだ。」




まずは、お店の成り立ちについて。

フロムニキータは、元はイタリアンレストランだった建物を改装したバーであるらしい。


レストランは地元民の間で隠れ家的に知られていたが、ご主人が高齢となったため已むなく廃業。

同時期に志帆さんが独立を計画し、共通項の不動産屋からレストランのことを教わった。


立地はあまり良くないが、築年数の割に外観は損なわれていない。

レストランにしては狭いという欠点も、バーにすると考えればむしろ都合が良い。

なにより、商業ビルの一角に構えるより、一城ごと設けてしまった方が、多くの人に認知してもらえる。


即決に近い形で志帆さんはテナント契約し、晴れて"イタリアンレストランみたいなビアンバー"は誕生した。


厨房を縮小したり、壁紙や家具を入れ替えたりなどの差分を除けば、レストランだった名残が強いと志帆さんは言う。




「───あの楯みたいのって、なんの記念なんですか?」


「あー……、あれか。

昔あった大会の、参加賞みたいなもんだよ。」


「大会って?」


「バーテンの腕を競う大会。」


「バーテンの!

前にテレビで観たことあります!」


「それはきっと、NBA主催のやつだね。」


「NBA……?

バスケの───、なわけないですよね。」


「こっちのNBAは、日本バーテンダー教会のこと。

その教会が毎年主催する、公式の技能大会があるんだけど……。

私は、そっちには出てないんだ。残念ながら。」


「なにか理由が?」


「バーテンって一口に言っても、私は教会に属さないアマチュアだからね。

この楯は、メーカー主催のコンペに出た時の。」


「いろいろ制約とかあるんすね……。

ちなみに、何位だったんですか?コンペでは。」


「……137人中、」


「うん。」


「………4位。」


「めっちゃスゴイじゃないすか!どこが参加賞!」


「参加賞だよこんなの。代名詞になるって言われて、仕方なく飾ってるだけだし……。」


「じゅうぶん代名詞ですよ!

もっとガンガンアピールしていきましょう!」


「本人より熱いじゃないか。」




次に、独立までの歴史について。

フロムニキータを立ち上げる以前の志帆さんは、札幌にあるラウンジの従業員であったらしい。

当時からバーテンダーとしての評価は高く、技能を競うアマチュア大会では惜しくも表彰台を逃したとのこと。


それだけの実績があって何故、プロを名乗らないのか。

名乗るための資格を取らないのかは、私には分からない。


まあ、志帆さんクラスなら集客に困らなそうだし、出されるお酒もちゃんと美味しいし、さしたる問題じゃないのだろう。




「───ほう、副業。」


「ぶっちゃけると、副業なんて言い方すんのも、おこがましいくらいなんですけどね。

私としては、賃金の発生する趣味みたいなもんです。」


「本業は?何してるの?」


「車とかバイク関連のお店で働かせてもらってます。」


「言われてみれば、ぽい(・・)感じするね。

()きなんだ?」


「車もですけど、バイクのが性に合ってますかね。

志帆さんは?免許持ってるんですか?」


「持ってるよ。

普通と大型二輪と中型。」


「中型!?

ってことは、マイクロバスは───」


「乗れるね。」


「な、なんでまた。」


「んー。なんかの役に立つかなって。」


「予想外すぎる……。」




「───かわいい名前だよね。」


「え?」


「"音々"ちゃん。

美人じゃないと許されない感じ。」


「あー、イメージ的に?

志帆さんこそ、綺麗な良い名前だと思いますよ。」


「名前はね。

個人的には、あんまりしっくりきてないけど。」


「それなんですけど、中性寄りの女って、女っぽい名前のやつ多くありません?

"よし子"ーとか、"よし恵"ーとか、一発で女ってバレちゃう系の。」


「業界あるあるだね。

むしろフェム寄りの方が、"アキラ"とか"ジュン"とか、男女共にいける名前だったり。」


「なんなんすかねー、この食い違い。」


「お姉様タイプのゲイさん達も、キャラクターと食い違った、男らしい名前が多いって聞くね。

調べてみたら結構、因果関係ありそうだ。」


「司なんかスゲエっすよ。"靖子"。」


「ンフフッ。

───あ、笑っちゃいけないね。」


「いいっすよ別に。名前自体は良い名前だって、本人も認めてますし。

ただやっぱり、キャラクターと合わねえってだけで。」


「ジレンマも込みの我々さ。」


「ですかねぇ。」




「───ほら、あの人なんてケンチキ持って来てますよ。クッセーのに。」


「お酒はともかく、おつまみは種類出してあげらんないからね。仕方ないよ。」


「だからって、わざわざ"持ち込み可"なんてお触れ出さんでも……。」


「そういうカラオケだってあるでしょう?

お酒だけでも十分採算とれてるし、いいんだよ。心配ご無用。」


「この"ボナセーラ"は?」


「"カチャトーラ"ね。それは手作り。」


「おおー、手作り!」


「したのを、さっきチンした。」


「そういやチーンって聞こえたな……。

手作りのは全部、開店前に用意するんですか?」


「そう。あとは既製品。

スーパーで買ってきたものもあれば、知り合いの飲食店で頼んだものもある。」


「じゃあボナセーラは志帆さん大当りってわけっすね!覚えとこ。」


「カチャトーラね。」




他にも、互いの趣味や経歴の話、懐かしい学生時代の話。

過去にやらかした失敗談まで、色々な話をした。




「───おかえり、音ちゃん。いつもの席、空いてるよ。」




知れば知るほど、志帆さんは魅力的な女性だった。

知れば知るほど、志帆さんの人柄に惹かれていった。


気の迷いかもしれない、なんて懸念は杞憂に終わり。

私の志帆さんに対する想いは、段々と恋心へ、着実に愛情へと、昇華していった。




「───志帆さん。

そろそろ真剣に、お付き合いしませんか。」


「また言ってる~。」


「ヤケクソでしょもう。」


「ヤケクソじゃない。私はずっと本気だ。」


「ありがとう。

"友達の延長"としてなら、いつでもお相手するよ。」




ただ。

どんなに仲良くなっても、志帆さんが語ってくれない話題が、一つだけあった。

"本命の恋人を作らない"という、噂の真相についてだ。




「だーから言ってんじゃん。志帆さん本気にさせんのなんか無理だって。」


「みんなが噂してるだけで、実際は違うと思いたかったんですよ……。」


「ざーんねん。」


「来る者拒まず、去る者追わずが、志帆さんのモットーだから。

いよいよになる前に目覚ました方が身のためよー?」


「志帆さん抜きなら、キミめちゃくちゃ需要あるんだし、もっと周りに意識向けてみたら?

あそこに座ってる子なんかホラ、狩人みたいな顔してこっち見てるよ。」


「そうしたいのは山々ですが、今の私は志帆さん以外考えらんないんです……。」


「こりゃ重症だ。」




嘘か真か、有るか無しかの二択には答えてくれるのに。

理由や原因を掘り下げようとすると、途端にシャットダウンされてしまう。


古い付き合いだという人達ですらお手上げなら、いくら親睦を深めようと私に勝算はない。




「───気持ちは嬉しいけど、私なんかに血迷うのは、やめておいた方がいいよ。」




遊び相手は受け入れて、真剣交際の相手は拒む。


どうして。

なんのために。


さっさと暴いてしまいたい反面、タイミングを外して嫌われたくない。




「また来ます。」


「待ってる。」




ジレンマを抱えつつも、フロムニキータに通うことは、志帆さんに会いに行くことは、やめられなかった。



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