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マッドジンクス  作者: 和達譲
音々視点:フロリダ
3/24

第三話:from/NiKiTa


夕方5時。

昼のカフェ営業を終えた帰り、私と司は繁華街へと赴いた。

適当に暇を潰して二時間のブランクを埋め、そろそろオープンという頃合いに目的地のビアンバーへ。



「ここ?」


「たぶん。」



スマホの位置情報を確認しながら、司は頷いた。



「あんまバーっぽくないね。」


「ビル上がってくよりかは入りやすいんじゃん?」


「ふむ。」



雑居ビル群の奥にひっそりと佇む、一見するとイタリアンレストランかのような平家。


"fromフロム/NiKiTaニキータ"。

珍しい響きの店名だが、ネット上に掲載された写真と目の前の光景は、全く同じ。

ここが噂のビアンバーで間違いなさそうだ。




「いま何時?」


「7時27分。」


「30分出遅れたな。」


「競争じゃねんだから。行くぞ。」


「ウス。」



実際のオープン時間を30分弱押したのち、私と司はフロムニキータのドアベルを鳴らした。


店内もレストランのような造りになっていて、お酒と食事の両方を楽しめそうな雰囲気だった。

純喫茶にも近いかもしれない。




「えらいハイソだな。」


「汚ねえヤツお断り感。」


「じゃあお前は出禁だ。」


「下品と不潔は別だろ。」


「下品は否定しねえのかよ。」



店内を見渡してみると、既に何人かのお客さんが席に着いていた。


テーブル席に二人と、カウンター席に二人。

いずれも若い女性で、カップルとは違うっぽい。


司の言っていた、オーナー目当てのコ達だろうか。

肝心のオーナーはどこにいるんだ。




「いらっしゃいませ。」



そこへ、オーナーと思しき人物がカウンターから現れた。

バックヤードに引っ込んでいたらしい。


彼女の姿を目の当たりにした瞬間、私は雷に打たれたような、強い衝撃を覚えた。




「ご新規さんだね。

カウンターとテーブルと、両方あいてるけど、どっちにします?」



ふわふわの赤毛、スラリとした長躯、穏やかな物腰に不釣り合いなロブピアス。

私や司とはまた異なるタイプのハンサムウーマン。


彼女が、ここのあるじ

理解より先に、本能が囁いた。

私、このひと好きかもしれない。




「だってさ。どうする?」



先人いわく、運命の相手と出会った時、"ビビビ"と来る感覚を味わうという。


恐らくは、これが"ビビビ"だ。

経験がないので断定は出来ないが、形容するなら確実に"ビビビ"だ。

だってなんか、今にもおしっこ漏れそうだ。




「おい?どうした?」



硬直してしまった私を、司が訝しげに覗き込む。

だが私はロボットのような母音しか発せられず、司にもオーナーさんにも返事がままならなかった。




「あー……。

カウンターでお願いします。」


「どうぞ。」



痺れを切らした司が代表して答え、私の腕を引く。

私は司の誘導する通りに歩き、カウンター席の端に座らされた。




「二人ともカッコイイね。

うちじゃ滅多に見ないタイプだ。」



改めてオーナーさんに話し掛けられ、改めてオーナーさんの御尊顔を間近で拝見し、私は我に返った。


今、カッコイイって言われた。

こんなカッコイイ人にカッコイイと言われたぞ。

カッコイイなんて色んな人に言われてきたけど、こうも胸躍るカッコイイは生まれて初めてだ。

カッコイイがゲシュタルト崩壊。




「いやいや、お姉さんのがカッコイイですって。噂に聞いた通り。」


「乗せるのが上手いねぇ。噂って?」


「オスカルみたいな人が切り盛りしてるって。」


「オスカルかぁ。

あんな風になれたら、もちろん嬉しいけどね。」




司と会話を弾ませるオーナーさん。


ああ、酒焼けの低い声も(決め付け)、愛撫の上手そうな長い指も(思い込み)、つぶさに覗く所作の一つ一つが美しい。

男前の中に女性らしさも潜んでいて、日光浴ないし森林浴を彷彿とする包容力を感じる。


これぞ歩くマイナスイオン。

ルックス対決は司の勝ちでも、総合芸術的にはオーナーさんが一枚上手だ。




「なに飲まれます?」


「んー、最初だし軽めの……。

ハイボールでもいいですかね?」


「もちろん。

ウイスキーベースとリキュールベースなら、どっちがいいですか?」


「リキュール───、ってどんな味するんですか?」


「大まかには香草系、果実系、種子系がありますね。

スパイスかフルーツかナッツか、どんな風味がお好みか。」


「じゃあー、果実系のリキュールでお願いします。」


「かしこまりました。

……おつまみは?いる?」


「そっちも軽めのやつ、適当にお願いします。」


「かしこまりました。」




今まで付き合ってきたコ達とは正反対、理想のタイプには掠りもしてないはずなのに。

こんな風になりたい憧憬と、こんな人と付き合ってみたい欲求が交錯する。


なんて不思議な心地だろう。

あわよくば格上の相手をヒーコラさせたいなんて野心まで出てきた。

信じられるか?会ってまだ5分も経ってないんだぜ?




「そちらさんは?なにがいい?」



オーナーさんがこちらを向く。

司との会話を聞いているようで聞いていなかった私は、"なにがいいか"の部分を切り取って答えた。




「貴女がいいです。」


「え?」


「貴女がいい。貴女がほしいです。」



しん、と静まり返るカウンター。

短い間を置いて、司の二つ隣に座る先客が吹き出した。


おいネエちゃん、笑うとこじゃねえぞ。




「やい早漏。

お前には節度ってもんがねえのか。」


「ダッ。」



司に横からデコピンされる。

おかげで少し頭が冷えたが、体温はまだまだ下がる気配がない。




「じ、じゃあ……。オススメをひとつ……。」


「辛いのと甘いのだったら?」


「甘いので……。」


「かしこまりました。」



まともに判断がつかないので、注文はオーナーさんに丸投げ。

オーナーさんは私の粗相など歯牙にもかけず、バックヤードへと再び捌けていった。




「っとに大丈夫かよ。相当キてんぞ、今のお前。」


「相済まぬ……。」



突かれたこめかみ(・・・・)を摩りながら司に宥めてもらっていると、先程のネエちゃんが司越しに絡んできた。




「あなたで三人目ですよ。」


「え?」


「志帆さんを一目見て告白したの。」



手前のネエちゃんが話し、奥のネエちゃん2号が遠慮がちに笑う。


志帆さん。

オーナーさんの名前、志帆さんっていうのか。

できれば本人の口から聞きたかった。




「前の人もすごい興奮してたよね。」


「運命です!とかって叫んだりしてね。」


「そうそう。」



どちらもフェミニンな装いで顔立ちも整っているが、どういうワケかそそられない。


気が強そうだから?

おっぱいが大きくないから?

いや違う。


志帆さんのに見たからだ。

だから、どちらかと言えば彼女らの方が好みであるはずなのに、酷く褪せて見える。

志帆さんと比べると平凡だなとか思ってしまう。


自他ともに認める好色の私がこのザマとは、司いわくキている証拠か。

あるいは、私の気質を覆すほどの魔性が、志帆さんにあるのか。




「こいつみたいのが他に二人もいたってことですか?」


「ええ。好意を寄せてるって意味では、もっとたくさん。」


「へえ。おモテになるんですね。」


「そりゃあもう!

そっちのがあろうとなかろうと、志帆さんに落ちない女はいませんよ。」


「そういう貴女がたは?」


「わたし達もファンの一員でーす。」


「有象無象の男どもなんか足元にも及びませんて。」



ネエちゃんズと司とで勝手に盛り上がっていく。


恐らくは手前のがバイで、奥の2号がヘテロだな。

女性であれば誰でも入店可能のようだし、手前のガチ勢にくっ付いて来たら、奥の友達もハマっちゃったってとこだろう。




「けど────」



手前のネエちゃんが、ふと語気を落とす。



「本気で好きになるのは、やめといた方がいいですよ。」


「というと?」


「志帆さん、遊ぶ程度なら付き合ってくれますけど、本命の恋人は絶対作らない主義だから。」



遊ぶ程度なら付き合ってくれる?

本命の恋人は作らない主義?

口ぶりからして、ネエちゃんは"遊ぶ程度"の経験者と思われる。


虫も殺せないようで、志帆さんって意外と見境なかったりするのかな。

ギャップ萌えなような、ちょっとショックなような。



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