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マッドジンクス  作者: 和達譲
コープス・リバイバー
22/24

第二十二話:COVID‑19


令和2年、1月中旬。

昨年末から危惧されていた"アレ"が、とうとう日本に上陸した。


"新型コロナウイルス"。

またの名を、"COVID‑19"。

世界に未曾有のパンデミックを齎し、一年が経過した今なお、猛威を振るい続ける大厄災。


私の周りで感染者は出ていないが、だからといって安心はできない。

感染そのものを防げても、そこから生じた余波や情勢には逆らえない。


いわゆる"コロナ時代"に於いて、白眼視の対象とされる飲食店。

中でも酒類を提供する居酒屋、接待を含むホストクラブなどは大打撃で、やむなく廃業に至ったケースもあるという。


では、"酒類を提供"するうえ、"接待的なサービス"も含む、"女性限定"の"バー"はどうなのか。




「───志帆さーん。今日も来たよーん。」



言わずもがな、我がフロムニキータも大変な打撃を受けた。

度重なる自粛・休業要請により、テナント料を支払ってギリギリな期間もあった。


それでも店を畳まずにいられたのは、応援してくれる常連さん達のおかげ。

そして、コロナ時代の幕開けと共に姿を消した、音ちゃんのおかげだった。




「いらっしゃい。

今日もテレワーク?」


「今日は半分出勤、半分テレワーク。」


「どっちかにしてほしいね。」


「ほんとよ~。テレワークの意味~。」


「いつもの?」


「いつものと、あとカツサンドふたっつ。」


「珍しいね。

お肉控えてるって言ってなかった?」


「たまには美味いもん食わねーとやってらんねーってのよ!」


「そうだね。

唐揚げふたつ、オマケしたげよう。」


「やった~。志帆たんしゅき~。

……あ、今夜は8時まで営業だっけ?あとでちょっと遊び来てもいい?」


「いいよ。ひとり?」


「ううん。

あっちも大分だいぶストレス溜まってるみたいだから、ふたり。」


「そっちも"いつもの"、だね。」



新メニューの試作を手伝ってもらった際、音ちゃんはおつまみ以外のレパートリーも伝授してくれた。


がっつり定食っぽいものから、場所を選ばない軽食ものまで。

バーで出すには不向きな内容かもしれないが、いつか何かの役に立てばと。


おかげで、ランチ営業やお弁当の販売といった活路に繋がった。

緊急事態宣言が解かれてからは、お酒を出したり出さなかったり、様子を見ながら遣り繰りしている。


夜遅くまで接客していた頃と比べると、違う意味で骨が折れそうだけど。

気持ち的には、感謝の念でいっぱいだ。




「───前に食べて美味しかったの、なんだっけ?」


「チキンと白菜のサワークリーム煮?」


「それそれ!

また食べたいんだけど、今日ある?」


「あるよ。今持ってくるね。」


「……どんなの?」


「見た目シチューっぽいんだけど、もっとご飯すすむ感じの。

シンプルだけど味付けいいんだ。」


「へー。

まあ、志帆さんが作ったやつなら、なんでも美味しいか。」


「あー……。

考案したのは、志帆さんじゃないらしいんだけど……。」



当の音ちゃんはというと、前述した通り。

病院で別れ話をした日から、メールの一通も寄越さなくなった。


正式に出禁にしたわけでもないのに、店を冷やかしに来ることもない。

それどころか、役所へ行ってもスーパーへ行っても擦れ違わない。


まるで神隠しにでも遭ったみたいに、忽然といなくなってしまった。




「おまたせー。

はい、熱いから気を付けてね。」


「……ねえ、志帆さん。」


「うん?タバスコ?」


「じゃなくて。

……いろいろ、話、してたんだけどさ。」


「うん。」


「音ちゃんのこと。」


「あー……。」


「何回も聴いてごめんだけど、本当に何も知らないの?

せめて、旭川に居るか居ないかくらいは───」


「ごめんね。

本当に何も知らないんだ。」


「そっかー……。」


「志帆さんで駄目なら、いよいよお手上げだねー。

今頃どこで何してるんだか。」


「っとに、薄情にも程があんでしょ。

あんなに毎日通ってたくせに、いきなり来なくなって、あげくの果てには連絡先まで……。」


「志帆さんよかアンタのが怒ってんじゃん。」


「だって狙ってたんだもん。」


「え。」


「初耳。」


「狙ってたって……。いつから?」


「割と始めから。」


「人のこと言えねーじゃん!

志帆さん一筋じゃなかったのかよ!」


「志帆さんのことは今でも好きよ!ただワタシは堅実なの!

全く可能性ない相手にいつまでも熱上げられるほど馬鹿じゃないの!」


「つまり音ちゃんは馬鹿だったと。」


「そうだよ。

馬鹿でもなくなった薄情バカのことなんか、もう知らん。」



体調は崩していないか。

新しい勤め先は見付かったか。

私以外の相手は、既に隣にいるのか。


心配したところで、確かめる術はない。




「志帆さんは寂しくないんですか?けっこう仲良かったですよね?」


「そうだね。

お店も随分、静かになった。」


「コロナのせいもありますけどね。」


「そういや、司くんも来なくなったよね……。

あの二人と志帆さん並んだら、めちゃパリコレだったのにぃ。」


「司くんとはカフェ行きゃ会えるじゃん。」


「行ったの?」


「ええ。

あそこも大変だって聞いたんで。」


「どうだった?」


「だいたい他と一緒ですよ。

パーテーションとか空気清浄器とか設置して、あとはキャストとの絡み禁止?

あれを目当てにしてるお客さん多いから、禁止するのは、お店的にも相当厳しいらしいんですけど……。

なんとかやってます、って言ってました。」


「音琴くんはとっくの昔に辞めたそうで~す。」


「そう……。」



変わり身が早い?

すっかり過去へ葬った?


まさか。引きずってるよ。

一年経っても、こんな状況になっても、変わらずに。


寂しくて恋しくて堪らない。

ちょっと近くをとおったからって、ふらっと現れてくれるのを毎日待ってる。

志帆さん志帆さんって、子供みたいに笑いかけてくれたのを、毎日思い出してる。


一緒にいた当時より、離れ離れになった今の方が、ずっと"好き"が増している。




「ほらほら、そんなショゲないの。

今生の別れじゃなし、生きてりゃまた会えるかもしれないっしょ?」


「うん……。」


「志帆さんも。」


「私?」


「音ちゃんのことは残念ですけど、わたし達には何より、この場所が大事ですから!

どんな形になっても構わないんで、フロムニキータの名前だけは何とか、なんとか死守してください!」


「ふふ。ありがとう。」


「そのためなら、わたし達、一肌でも二肌でも脱ぎますよ!」


「そうだぁ!

毎日お弁当買いに来るぞぉ!」


「わたしも!」


「……うん。ありがとう。」



一度は切れた縁。

結び直すつもりはない。


先生と、お嬢さんと、彼女と、音ちゃん。

四人と過ごした思い出と、四人を傷付けた十字架を胸に、私は一人で生きていく。


せめて、命拾いした音ちゃんだけでも息災に。

私のいない人生を謳歌してくれることを、切に願う。



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