第二十一話:罪が罰
"───お伝えしなければならないことがあります"。
珍しく司くんから送られてきた、断りのメール。
まさかと電話に応じると、"本当は口止めされてるんですけど"、と前置きされた。
『───それで容態は!?本人どうなったの!?』
『ちょと、ちょっ、落ち着いて志帆さん。無事、本人無事ですから。
意識ありますし、普通に会話もできます。
後遺症とかも残らないって、先生言ってましたから。』
『そう……。
仕事の方は?具体的にいつの話?』
『二ヶ月くらい前でしたかね。
最近になって急に、契約切られたりなんだりが続いたらしくて。』
『二ヶ月……。』
『志帆さん?』
『うん。ごめん。話してくれてありがとう。
ちなみに、費用はどうしてるか分かる?
期間中は家賃とかも、なんとかしなきゃでしょ?』
『そこは心配ないです。
例のおっさんが、慰謝料も込みで負担してくれるってなったんで。
就職活動は、しばらくお休みになっちゃいますけど。』
表情が乏しかったり、声に覇気がなかったり。
兆候らしきものは、ふつふつと顕れていた。
でも音ちゃんは、約束を守ると約束してくれた。
本人が大丈夫と言うなら大丈夫なんだと、信じたかった。
『あの、志帆さん。』
『なに?』
『……二人のこと、私はよく知りませんし、あえて詮索もしませんけど。
別に、あなたを信用してないとか、悪気があって黙ってたわけじゃないですからね。
心配させたくないって、その一心で───』
『大丈夫。わかってるよ。
音ちゃんの気持ちも、君の気持ちも。』
『……すいません。差し出がましいことを。』
『とんでもない。
君っていう友達がいてくれるおかげで、私も心強いよ。』
『"私も"……?』
烏にフンを落とされて、ガムを踏んで免許証を失くして、あげくの果てには無職になった。
そして、死にかけた。
見知らぬおじさんの巻き添えで階段から転げ落ち、頭を強く打って即入院。
命に別状がなかったとはいえ、偶然が重なっただけの訳がない。
「───嘘、ついたんだね。」
先生とお嬢さんは、交際開始の一年後。
彼女は、キスをした三日後。
それぞれに何が影響したのかは、未だに分からないけれど。
"一年以内"に"キス"をしなければ、当面は大丈夫だろうと油断していた。
少なくとも、恋人"ごっこ"の時点では、何事もなくいられたのだから。
「いや、いい。分かってる。
そりゃ言えないよね。心配させたくなかったんだもんね。」
先生とお嬢さんの場合だって、身の危険を感じるほどの不幸は終盤だった。
彼女の場合と照らし合わせてみても、引き金となり得るキスは一度もしていない。
関係を他言したり、"音々"と本名で呼ぶことも控えていた。
考えられる要因は、片っ端から避けてきた。
「でも、もういいよ。もう嘘つかなくていい。
答えは出たから。」
私が本気になったから?
音ちゃんを好きかもしれないと自覚したことが、最大の要因?
"彼女"とはキスをする以前に、一年以上の片思い期間があったのに?
音ちゃんへの好きは、まだ好き"かもしれない"の範疇なのに?
「今までありがとう。
短い間だったけど、好きな人と過ごす時間は幸せだった。」
いいや。どうでも。そんなこと。
どうあれ、音ちゃんは傷付いた。
天職を失い、命からがらの怪我をした。
いずれも彼女の人生を大きく左右するものだ。
私の勝手な思い込みだろうが、事実は事実。
私は私の意思に反して、私の愛した人を傷付けてしまう。
"この人なら大丈夫"は、誰にも該当しないんだ。
「交際期間は今日で終わり。
明日からは店のオーナーとお客さん、もしくは他人だ。」
音ちゃん。
私のせいで、いっぱい苦労させた。
痛い思いをさせたね。
せめてお友達でいたかったけれど、私はきっと割り切れない。
近くにいれば、君への気持ちを抑え切れない。
だから、今日で終わりだ。
明日より私たちは没交渉。
街中で擦れ違って挨拶して、店で酌み交わすことがあったりしても、顔見知りの域を出ない。
樫村志帆、小田切音々。
個人として接することは、二度とないだろう。
「バイバイ、音ちゃん。」
一方的な別れを告げて以来。
音ちゃんは、店に来なくなった。




