表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドジンクス  作者: 和達譲
アイ・オープナー→ブランデー・クラスタ
20/24

第二十話:『時間よ止まれ』


恋人ごっこの"ごっこ"が抜けた、一ヶ月後。

私と音ちゃんは、二人で飲むことになった。

音ちゃんに近況報告をしてもらうため、音ちゃんの行き付けであるというラウンジで。




「───前に勤めてたとこと比べて、どうすか?こっちのが格下?」


「そんなことはないけど、まぁ、そうだね。広さは、あっちのが余裕あったかな。

あとカクテルメニューの数も。」


「やっぱり。

どんなとこだったのかな~って、実はこっそりチェックしてたんですよ。」


「ほう。ご感想は?」


「めっちゃイイ感じのお店でした。さすが都会って感じの。」


「ここだって十分モダンだよ。

飲む時は居酒屋が多いって言ってたから、ラウンジの行き付けもあるって意外だった。」


「エヘヘ。

元は司のご贔屓だったのをパクっただけなんすけどね。」



まずは乾杯。

からの、当たり障りない世間話。

二つ目のおつまみが運ばれてきたところで、件の近況報告を促した。




「ないない。なーんにも。」


「ほんとに?無理してない?」


「してないしてない。

言ったでしょ、なにかあったら報告するって。」


「言ったけど……。」


「約束は守りますから、どうか心配しないで。」


「うん……。」


「あ。

ちなみにですけど、風邪引いたくらいはノーカンにしてくださいね。

タンスの角に指ぶつけたとかも。」


「ふふ。わかってるよ。

その時は普通に心配させてもらう。」



どの角度で攻めてみても、音ちゃんは"平穏無事"の一点張りだった。


本当は何かしら影響が出ていて、心配をかけまいと嘘をついているのか。

まだ交際し始めて日が浅いから、本当に何も起きていないのか。


今のところは顔色も悪くないし、体を壊した様子もないから、本人の申告を信じてやりたいけれど。


念には念だ。

今度それとなく、司くんにも探りを入れておこう。




「じゃー今度は、志帆さんの番。」


「近況報告?」


「じゃなくて、えーと、経歴報告……、遍歴報告?

昔の彼女さん達の話です。」


「こないだしたじゃない。」


「要点だけチョーざっくりね。」


「普通、詳しく知りたいものかね?元カレ元カノの話なんか。」


「私はぜんぜん知りたいですし、聞けるタイプですよ?」


「……こりゃあ長丁場になりそうだ。」



音ちゃんからの反撃。

出先でとは想定外だが、いつかはしなければならなかった話だ。

畏まった機会を設けるより、こういう雑多な空間に乗じた方が、話し手も聞き手も楽かもしれない。




「まずは、そうだな……。

初恋について、になるかな。」



拍子抜けなくらい、抵抗がなかった。

私の半生はどういったもので、私は何を思って生きてきたか。

自然と曝け出せた。


目の前にいるのが、音ちゃんだから。

私と近しいルーツを持つ、音ちゃんが相手だからこそ、変に意地を張ったりせずに済んだ。




「───どうりで、敏感になるわけですね。」



とりわけ三人目は犯罪臭が強いし、普通だったら引かれるだろう。


しかし音ちゃんは、驚きも疑いもせず、黙って耳を傾けてくれた。

本人いわく、普通じゃないのは自分も一緒だから、だそうだ。




「亡くなられた人達のことは、いくら自分には関わりがなかったといっても、辛いです。言葉にならないくらい。

ただ───」


「なに?」


「そのお三人には申し訳ないですけど。

私は正直、志帆さんの方が心配です。」


「私?」


「───失礼します。」



絶妙なタイミングで現れた店員が、空いた皿を片付けていく。

店員がいなくなると、音ちゃんは自分のニコラシカを一口飲んで、仕切り直した。




「私が志帆さんの立場だったら、耐えられる気がしませんし、最悪───……。

首吊ってるかもって、漠然と思いました。」



音ちゃんの所感は、あながち的外れじゃない。

浴室にカミソリを持ち込んだり、ドラッグストアで大量の睡眠薬を買い込んだりした前科が、実際にあるのだ。

一応は未遂に終わっただけで、彼女の言う"首吊ってるかも"と同じ結末を、私は否定できない。




「そうだね。

死ねるもんなら、死ぬべきなんだろうけど───」


「"べき"じゃありません。志帆さんは死んじゃ駄目。」


「ありがとう。

まぁ、なんだ。現状こんな感じで、なんだかんだと、生きてしまったよ。」


「"しまった"じゃありません。生きててくれて嬉しいです。」


「ありがとう。」



軽く流してしまいたいのに。

音ちゃんが前のめり過ぎるせいで、流しきれない。


居た堪れなくなって、グラスの氷を噛み砕いた。

知覚過敏には辛い。




「志帆さん。」


「うん?」


「何度でも言いますけど、当事者じゃなかったくせにですけど。

志帆さんのせいじゃないですからね。」


「……うん。」


「同情とか慰めでってんじゃなくて、事実として。

お三方が立て続けに亡くなられたのは、悲しいかな、偶然が重なっただけです。

もし志帆さんに超常的な、非科学的な力があるんだとしたら、それは相手を不幸にする力ではなく、自分自身を不幸にする力です。

愛する人を失って、それでも生きなきゃならないなんて、下手すりゃ死ぬより辛いことですよ。」



優しい音ちゃん。

きっと庇ってくれるんだろうなって、分かってた。

同時に、悲しい気持ちにさせるんだろうなってことも。


こんなやつを好きにならせてしまって、ごめんね。

こんなやつを好きになってくれて、ありがとう。


君のくれる言葉は、どんな偉人の金言より胸を打つ。

君が言うならそうなのかもって、一瞬でも肩の荷が下りるよ。


愛してしまって、ごめんね。

愛させてくれて、ありがとう。




「とりあえずは、一年ですね。」


「リミットのこと?」


「だいたい一年後にリミットを迎えるんなら、一年を凌げば一安心ってわけですもんね?」


「うーん。だといいけど。」


「歯切れ悪くね?病は気からですよ!」



必ずしも一年が期限とは限らないが、目安にはなる。


これから一年間、音ちゃんが五体満足でいられるように。

音ちゃん自身に注意してもらう傍ら、私は私で目を光らせよう。




「四度目の正直!四度目に仏の顔!」


「めちゃくちゃな造語だなぁ。」


「なんとでも!

よーし、景気付けにもう一杯───」


「今夜は、そのへんにしておこうね。」


「エエー?まだ全然イケるのにぃ?」


健康・・。気を付けてくれるんでしょ?」


「はぁーい……。」



深酒になる前に、一次会はお開き。

二次会はスナックでも行こうかと相談して、私たちはラウンジを出た。




「───フー、すずしー。もうすぐ秋ですね~。」


「だんだん日、短くなってるもんね。」


「それ毎年言ってる気しますわ。」


「同感。」



初秋の風に吹かれながら、商業ビルのある方角へと足を延ばす。




「志帆さん、」


「うん?」


「手、握んのはアウト?」



ふと覗き込んできた音ちゃんに、お伺いを立てられる。

あんまりいじらしい"おねだり"に、私は吹き出してしまった。




「ベッドを共にして駄目なわけないでしょ。いいよ。」


「やったー。」



触れた手に指を絡める。




「わ、志帆さん手つめたー。」


「音ちゃんはったかいね。」



懐かしい感触。

腕を組ませてあげたのは何人かいたが、手を繋いだのはお嬢さんが最後だった。

10年単位でご無沙汰となれば、緊張するのも無理はない。




「(罰当たりかな。)」



今度があるなら、今度こそ私に皺寄せを。

隣にいる子には、指一本触れないでくれ。




「(尻軽だって、怒るかな。)」



節操なしと、罪作りだと、謗りを受けてもいい。

病気になって、車に轢かれて、殺人犯に狙われてもいい。

私が対象になるなら、なんでもいい。




「───志帆さん、」



この子を、私から取り上げないで。

贖罪の支えに、彼女を必要としてしまう弱さを、赦して。




「志帆さん。」


「うん?」



二度目の呼び掛けで振り向くと、音ちゃんは二度目のお伺いを立てなかった。

静かに近付いてくる顔に察した私は、繋いでいない方の手で互いを隔てた。




「キスはまだ駄目。ね。」


「はぁーい……。」



露骨にガッカリする音ちゃんがまた可愛くて、頬にチュッとすることで手打ちとさせてもらった。


音ちゃんの勤め先が潰れるのは、この三日後のことだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ