第二話:こっちは相棒のジョン
「───で?
ロクな抵抗もせずに、相手の言い分をみすみす聞き入れてやったわけだ、お前は。」
「はいそうです。」
シフト終わりの職場。
ホールの後片付けに勤しみながら、私と同僚は駄弁っていた。
話題はもちろん、先日の私の失恋についてだ。
「ホンッッット幸薄いってか、お人好しが過ぎるだろ。
ちっとは困らせるくらいしてやれよ。」
彼女の名は、魚住 靖子。
またの名を、七波 司。
ジョン・コナーのような顔と髪型で、体の半分が足で出来ているスタイルおばけ。
私の同僚にしてセクマイ仲間でもある、唯一無二の親友だ。
なぜ名前を複数持つのかというと、後者がいわゆる源司名だから。
本名で呼ばれることを頑なに嫌がるため、話し掛ける際には"七海"か"司"と呼んでやる必要がある。
間違っても"靖子のやっちゃん"などとからかったり、キャラクターの割に声が可愛いことを指摘してはならない。
ジョン・コナーがT−1000になります。
「だってぇ。
三度目なら正直ってか、三度目だから慎重になるってもんだろぉ。
また前みたいに愛想尽かされないようにってさぁ。」
「それで結局フられてんじゃねーか。」
「グサァァァッ。」
「だいいち、向こうが好きだって迫ってきたんだから、もっと踏ん反り返ってやりゃ良かったんだ。
毎度毎度、馬鹿の一つ覚えみてえに尽くしてばっかで、いいかげん学習しろ。」
「僕は王子様だもん。
君と違ってオラオラできるタイプじゃないんだもん。」
「キャラの話は置いとけ。」
私たちの職場は、地元で唯一のコンセプトサロン。
昼はカフェ、夜はバーとして営業する、業態的には普通の飲食店だ。
コンセプトの所以は、勤めるスタッフが全員、女性であること。
その内のキャストと呼ばれる面々が、男装をしていることにある。
メイド喫茶ならぬ男装喫茶、と説明するのが手っ取り早いだろう。
ここで私は、趣味と実益を兼ねて働かせてもらっている。
司と違って副業なので非常勤だが、今やランキングのナンバーツーを誇る人気者だ。
そう、人気者なのだ。
少なくとも、上辺では。
「なーんでこうなっちゃうのかなぁ。
男性不信だって言うから、今度こそ信用できると思ったのに。」
店に来る大半は女性客で、女性客の大半は私か司が目当てだ。
ホストクラブのように、ビジネスを越えたアプローチをされることも珍しくない。
件の彼女も、私を推してくれていた常連の一人だった。
なのに、振られた。
いつもいつも、私が言い寄られる側なのに、最後は私が振られてしまう。
「そりゃあお前、お前みたいのを好む時点でお察しだろ。」
「また身も蓋もねえことをよ。」
「いやいやマジな話。
いくら男性不信つっても完ビじゃなかったんしょ?
むしろ男性不信だからこそ、仕方なくこっちに流れてきたわけで。」
「きっかけはそうだったかもしんないけどさ……。」
「きっかけって案外、重要なファクターっしょ。
男みたいな女を対象にするってことは、まだヘテロに未練があるってことでもある。
そんな中途半端な時期に、理想通りの男に出会っちゃったもんなら、やっぱそっちのがイイってなるのは必然よ。」
「つまり私が私である限り、近付いてくる女はいずれヘテロの里へ帰っていく運命だと。」
「わかってんじゃん。」
悲しいかな、司の説教は的を射ている。
生粋の同性愛者を捕まえない限り、いつ異性愛者に寝取られてもおかしくない。
まして私や司は、中性寄りのトランスジェンダーだ。
半分男みたいなヤツを好む時点で、女性性への頓着が薄いのは明らか。
とどのつまり、半分男みたいな女と本物の男、どっちも同じ程度好きなら、前者を選ぶ女はいない。
「こうなったら、いっそフェミチェンすっか。」
「ポリシー捨ててまでモテたいのか?」
「モテたいのではない!いやモテたいけども!ていうか今が断然モテてる!」
「どっちだよ。」
「私はただ!私でなきゃ駄目だと言ってくれる女性と添い遂げたいだけだ!そのためなら私はどんなことだってする!」
「じゃあそのための第一歩として、今度スカート穿いてこいよ。
"僕"って言うのも禁止な。」
「そういうのは僕の美学に反するから……。」
「意思よわ。」
「求む真実の愛……。ギブミーラブミー……。」
神様、後生です。
もうカワイイ娘じゃなきゃ嫌なんて贅沢は言いません。
おっぱいも大きくなくていいです。
見た目はこの際、度外視で構わないですから、一度だけ。
たった一人でいいですから、真摯に私を愛してくれる人と、出会わせてください。
「しょーがねーなぁ。
おセンチなマブのために、いっちょ元気の出るモンくれてやっか。」
「なに?団地妻?」
「AVじゃねーよ。
正しくは元気の出そうなとこ連れてってやる、かな。」
「どこ?おっぱいパブ?」
「セクキャバじゃねーよ。
最近知ったんだけど、ビアンバ───」
「できたの!?」
「だとよ。
なんでも、オスカル風味のハンサム姉さんがオーナーで、その人に会うために通ってる子もいるんだとか何とか。」
「なんだ同業か。」
「まあでも?ビアンバーで看板出してるからには、当然こっち寄りが集まるだろうし?
もしかしたら新しい出会いがあったりするやも───」
「行く。」
「変わり身の早さよ。」
「けど司は?
私は今日昼番だけど、司は夜までじゃなかった?」
「私も今日は昼までになっ───」
「オラさっさとしろよグズ。時間もったいねえだろハゲ。」
「誰がハゲだブス。」
傷心の友のためにと、提案された新境地開拓。
ビアンバー自体は何度か行ったことがあるが、地元にも存在したとは驚きだ。
願わくは私の傷を癒し、私を苛むジンクスから解き放ってくれる、私だけのミューズが待っていてくれますように。
「───てんちょー!お掃除おわりマーシタ!」
「お疲れさーん。
……アラッ、なんか出勤前より元気じゃない?イイコトあった?」
「これからしに行くんでーす。おさき失礼しまっす!」
「またよろしくねー。」
「はーい!
てんちょーも夜営業ガンバってくださーい!」
客同士のコミュニティーに、幸運が紛れているかもしれない。
この時までは、間接的に期待していた。
まさか、オーナーその人が幸運である可能性は、思案の外だった。