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マッドジンクス  作者: 和達譲
音々視点:フロリダ
2/24

第二話:こっちは相棒のジョン



「───で?

ロクな抵抗もせずに、相手の言い分をみすみす聞き入れてやったわけだ、お前は。」


「はいそうです。」



シフト終わりの職場。

ホールの後片付けに勤しみながら、私と同僚は駄弁っていた。

話題はもちろん、先日の私の失恋についてだ。




「ホンッッット幸薄いってか、お人好しが過ぎるだろ。

ちっとは困らせるくらいしてやれよ。」




彼女の名は、魚住うおずみ 靖子やすこ

またの名を、七波ななみ つかさ


ジョン・コナーのような顔と髪型で、体の半分が足で出来ているスタイルおばけ。

私の同僚にしてセクマイ仲間でもある、唯一無二の親友だ。


なぜ名前を複数持つのかというと、後者がいわゆる源司名だから。

本名で呼ばれることを頑なに嫌がるため、話し掛ける際には"七海"か"司"と呼んでやる必要がある。


間違っても"靖子のやっちゃん"などとからかったり(・・・・・・)、キャラクターの割に声が可愛いことを指摘してはならない。

ジョン・コナーがT−1000になります。




「だってぇ。

三度目なら正直ってか、三度目だから慎重になるってもんだろぉ。

また前みたいに愛想尽かされないようにってさぁ。」


「それで結局フられてんじゃねーか。」


「グサァァァッ。」


「だいいち、向こうが好きだって迫ってきたんだから、もっと踏ん反り返ってやりゃ良かったんだ。

毎度毎度、馬鹿の一つ覚えみてえに尽くしてばっかで、いいかげん学習しろ。」


「僕は王子様だもん。

君と違ってオラオラできるタイプじゃないんだもん。」


「キャラの話は置いとけ。」




私たちの職場は、地元で唯一のコンセプトサロン。

昼はカフェ、夜はバーとして営業する、業態的には普通の飲食店だ。


コンセプトの所以は、勤めるスタッフが全員、女性であること。

その内のキャストと呼ばれる面々が、男装をしていることにある。

メイド喫茶ならぬ男装喫茶、と説明するのが手っ取り早いだろう。


ここで私は、趣味と実益を兼ねて働かせてもらっている。

司と違って副業なので非常勤だが、今やランキングのナンバーツーを誇る人気者だ。


そう、人気者なのだ。

少なくとも、上辺では。




「なーんでこうなっちゃうのかなぁ。

男性不信だって言うから、今度こそ信用できると思ったのに。」




店に来る大半は女性客で、女性客の大半は私か司が目当てだ。

ホストクラブのように、ビジネスを越えたアプローチをされることも珍しくない。

件の彼女も、私を推してくれていた常連の一人だった。


なのに、振られた。

いつもいつも、私が言い寄られる側なのに、最後は私が振られてしまう。




「そりゃあお前、お前みたいのを好む時点でお察しだろ。」


「また身も蓋もねえことをよ。」


「いやいやマジな話。

いくら男性不信つっても完ビじゃなかったんしょ?

むしろ男性不信だからこそ、仕方なくこっち(・・・)に流れてきたわけで。」


「きっかけはそうだったかもしんないけどさ……。」


「きっかけって案外、重要なファクターっしょ。

男みたいな女を対象にするってことは、まだヘテロに未練があるってことでもある。

そんな中途半端な時期に、理想通りの男に出会っちゃったもんなら、やっぱそっち(・・・)のがイイってなるのは必然よ。」


「つまり私が私である限り、近付いてくる女はいずれヘテロ(・・・)の里へ帰っていく運命だと。」


「わかってんじゃん。」




悲しいかな、司の説教は的を射ている。

生粋の同性愛者レズビアンを捕まえない限り、いつ異性愛者ヘテロセクシャルに寝取られてもおかしくない。


まして私や司は、中性寄りのトランスジェンダーだ。

半分男みたいなヤツを好む時点で、女性性への頓着が薄いのは明らか。


とどのつまり、半分男みたいな女と本物の男、どっちも同じ程度好きなら、前者を選ぶ女はいない。




「こうなったら、いっそフェミチェンすっか。」


「ポリシー捨ててまでモテたいのか?」


「モテたいのではない!いやモテたいけども!ていうか今が断然モテてる!」


「どっちだよ。」


「私はただ!私でなきゃ駄目だと言ってくれる女性と添い遂げたいだけだ!そのためなら私はどんなことだってする!」


「じゃあそのため(・・・・)の第一歩として、今度スカート穿いてこいよ。

"僕"って言うのも禁止な。」


「そういうのは僕の美学に反するから……。」


「意思よわ。」


「求む真実の愛……。ギブミーラブミー……。」




神様、後生です。

もうカワイイじゃなきゃ嫌なんて贅沢は言いません。

おっぱいも大きくなくていいです。

見た目はこの際、度外視で構わないですから、一度だけ。

たった一人でいいですから、真摯に私を愛してくれる人と、出会わせてください。




「しょーがねーなぁ。

おセンチなマブのために、いっちょ元気の出るモンくれてやっか。」


「なに?団地妻?」


「AVじゃねーよ。

正しくは元気の出そうなとこ連れてってやる、かな。」


「どこ?おっぱいパブ?」


「セクキャバじゃねーよ。

最近知ったんだけど、ビアンバ───」


「できたの!?」


「だとよ。

なんでも、オスカル風味のハンサム姉さんがオーナーで、その人に会うために通ってる子もいるんだとか何とか。」


「なんだ同業か。」


「まあでも?ビアンバーで看板出してるからには、当然こっち寄りが集まるだろうし?

もしかしたら新しい出会いがあったりするやも───」


「行く。」


「変わり身の早さよ。」


「けど司は?

私は今日昼番だけど、司は夜までじゃなかった?」


「私も今日は昼までになっ───」


「オラさっさとしろよグズ。時間もったいねえだろハゲ。」


「誰がハゲだブス。」




傷心の友のためにと、提案された新境地開拓。

ビアンバー自体は何度か行ったことがあるが、地元にも存在したとは驚きだ。


願わくは私の傷を癒し、私を苛むジンクスから解き放ってくれる、私だけのミューズが待っていてくれますように。




「───てんちょー!お掃除おわりマーシタ!」


「お疲れさーん。

……アラッ、なんか出勤前より元気じゃない?イイコトあった?」


「これからしに行くんでーす。おさき失礼しまっす!」


「またよろしくねー。」


「はーい!

てんちょーも夜営業ガンバってくださーい!」




客同士のコミュニティーに、幸運が紛れているかもしれない。

この時までは、間接的に期待していた。


まさか、オーナーその人が幸運である可能性は、思案の外だった。



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― 新着の感想 ―
完ビって言葉が出てくる小説はほとんど無いので嬉しいですね!
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