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マッドジンクス  作者: 和達譲
アイ・オープナー→ブランデー・クラスタ
19/24

第十九話:『ドライな関係』


店が軌道に乗り始めた一年後。

暴風・・がやって来た。




「───これを機にぜひ仲良くなりたいので、良ければアダ名の"音ちゃん"って呼んでください。」




"音ちゃん"。

そう名乗った彼女は、大別して私と同じ人種だった。


背は高め、声は低め。

中性的かつ男性的な装いや振る舞いを好むトランスジェンダー。


頭にバリ(・・)のつくタチ(・・)であることも含め、初見で気付いた。

恐らくは、互いに。




「───志帆さん!また来ちゃいました!」




にも拘わらず、音ちゃんは私を口説いてきた。

タチ同士ではタイマンになると分かっていて、本来の好みから全く外れた私を。




「───今日はー……、と。

あ、アイ・オープナー?ってやつください。」


「───えっと、えー……。

あれだ、スクリュードライバーください!」


「───アプリコットフィズって出来ますか?」




自分で言うのは烏滸がましいが、私は割とモテる方だ。

バーテンダーの職業性も相俟って、やれクールだのミステリアスだのと、便宜的なイメージを持たれやすい。

一目惚れだとかって告白してくる人も少なくない。




「(アイ・オープナー、ブルーラグーン、スクリュードライバー、キャロル、アプリコットフィズ───。

もしかして、意味わかって頼んでる……?)」




きっと音ちゃんも、夜の空気に当てられた被害者なんだ。

何度か顔を合わせるうちに、幻想だったと悟るに違いない。


だって私は、君の言うような、綺麗でカッコイイお姉さんなんかじゃないから。




「───先に志帆さんがいると分かっていれば、私は手足を失くしても前へ進みますよ。」




音ちゃんが店に通い始めて、更に一ヶ月後。

暴風・・になった。




「試してみましょう。

どんな形なら平穏無事に済むのか、私と実験しましょう。」




"恋人ごっこの体ならどうですか"。

そう提案してきた彼女は、悟るどころか、ますますヒートアップした様子だった。

もしかしたら、私が余計な火種を撒いてしまったのかもしれない。




「どうせ上手くいかないからって、ずっと一人きりでいるなんて、寂しいじゃないですか。」




遊蕩は良くて、真剣交際は無理。

嫌いじゃないけど、愛してはやれない。

どっち付かずな私のスタンスを、そんなんじゃ納得できないと、音ちゃんは一蹴した。


今までの子達はみんな、愛してもらえないなら形だけでもと、最後には引き下がってくれた。

私も私で、体の関係に限るならと、不誠実なりに真心を以って報いてきた。


音ちゃんは、私との思い出よりも、私自身が欲しいのだと断じた。

せめて納得できる答えが得られるまでは、引くに引けないと。




「初めてついでに、最初で最後の四人目になってやりますよ。」




恋人ごっこ。恋愛ごっこ。

いい年をして子供じみていると呆れる反面、小田切音々という人物に些かの興味が湧いた。


ここまで執着されたのも初めてだし、初めて記念に一つくらいは要求を呑んでやろうじゃないか。


私が飽きるのが先か、音ちゃんが冷めるのが先か。

最初は火遊びのつもりで、くだらないお誘いに乗ってやった。




「───おっ、あのコ可愛い~。」


「どのコ?」


「あそこの。ふわふわした茶髪のコ。」


「水色のワンピース?」


「それそれ!」


「なるほど。

キミの言う可愛い系ってのは、ああいうタイプを指すんだ。」


「アレェ、もしかしてヤキモチですかぁ?」


「そうだね。

私とは正反対だから。」


「だから尚更なんじゃないですか。」


「え?」


「本来のタイプとは違う人を好きになった時が、本物の恋だって言うでしょ。

だから、私の志帆さんへの好きは、かつてないほど好きってことなんですよ。」




形勢逆転。

終始押せ押せな音ちゃんに、私のほうが防戦一方に追いやられた。




「───今日はそうだなぁ……。

よし。ブランデー・クラス───」


「"時間よ止まれ"。」


「へ、」


「それ。

自分から頼む時、いっつもスマホ見てるけど。

カクテル言葉の意味、確認してるんでしょ。」


「ば、バレました、か。」


「さすがにね。」


「ア!?分かってて態と惚けてたんすか!」


「まあね。」


「ぐぬぅ……。

やっぱりブランデー・クラスタは今度にして、志帆さんが良さげなの見繕ってください。」


「オッケー。カンパリソーダね。」


「"カンパリソーダ"……、」


「カンニング禁止。」




音ちゃんは、派手な見かけ以上に、中身が魅力的な子だった。


フットワークは軽いくせに、一度決めたことは梃子でも曲げない。

優しさや思いやりは人一倍のくせに、ここぞの我儘は遠慮がない。


先生とも、お嬢さんとも、彼女とも違う。

まさに陰と陽、毒と薬を併せ持つ。

今まで出会った誰より容易く、誰より手強い相手。




「───忘れるわけないでしょ。忘れたいだけ。」




いや、違う。

違うのが違う。


先生とも、お嬢さんとも、彼女とも、通ずるところがある。

お嬢さんみたいに明るくて、彼女みたいに芯があって、先生みたいに闇を抱えてる。


お嬢さんと彼女が先生に似ていたとするならば、音ちゃんは三人を足して割った集合体だ。

三人ともに近くて遠い、馴染み深くて目新しい存在なんだ。




「ね。気持ちいい。」




本気になっちゃいけないのに。

自制が追い付かないほど、惹かれていった。

音ちゃんの温かい手で、背中の傷に触れられたのが、駄目押しになった。




「絶対死なないから。

少なくとも10年、いや20年は、志帆さんの目の黒いうちは、絶対死なないから。」




証明してやると、音ちゃんは言ってくれた。

死なないからと、約束してくれた。




「いいかげん聞き分けろって、樫村志帆。」




信じていいのかな。

先生とも、お嬢さんとも、彼女とも、違って似ている音ちゃんなら、大丈夫かな。

音ちゃんとなら、私も普通の人間みたいに、愛して愛されてもらえるかな。




「この大馬鹿者、」




真正面から受け止めた体温。

懐かしくて、柔らかくて、ったかくて。

少し、痛かった。



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