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マッドジンクス  作者: 和達譲
アイ・オープナー→ブランデー・クラスタ
18/24

第十八話:『運命の出会い』


彼女の死後、私はしばらく立ち直れなかった。


入浴は三日に一度。

食事は出来合いが中心。

並には気を遣っていたはずのファッションも、物欲が全く湧かないせいで、着古した服をローテーションした。


何もしたくない。

誰とも会いたくない。

平日も休日も自室に閉じこもり、たまに外出をしても茫然と空を眺めて終わり。

彼女を殺した犯人にどう復讐しようかと、恨みつらみを糧としたライフワークも、長くは続かなかった。



ナントカ(・・・・)って元彼は、法が罰してくれるけれど。

私のことは、罪に問うてさえもらえない。


だったら、私が私の罪を罰するしかない。

およそ人間らしさを断絶して、せめてもの償いとしたかった。




「───もう充分だろう。

彼女が死んだのは、君のせいじゃないんだ。

弔ってやるのは良いとして、君が殺したみたいに思い詰めるのは違うよ。」


「はい。」


「お店持つこと、彼女も楽しみにしてたんでしょ?

だったら彼女のためにも、彼女の分まで、夢叶えてあげようよ。」


「はい。」


「どうしても辛かったら、またいつでも、戻ってきていい。いつでも、なんでも相談に乗る。

命日にはこうして、ね。みんなで飲んだりしてさ。思い出してあげればいいじゃない。

君がずっと、そんな顔をしてることは、彼女を含めて誰一人、望んでいないんだからね。」


「……はい。」



築城を再開したのは、31歳の時。

ラウンジ時代の仲間を筆頭に、たくさんの人たちに励まされて、やっと重い腰を上げた。




「───帰省かぁ。」


「けどまー、会いたかったら会える距離じゃん?」


「だね。

旭川なら、バス一本で行けるしね。」


「ずっと心配してたから、ひとまずは、ね。良かったよね。」


「ね。」


「ありがとうございます。ご心配おかけしました。」


「たまには、こっちにも遊びおいでよ。オーナーも喜ぶしさ。」


「そういや、今日なんでオーナーいないの?」


「悲しくなるから、別れの瞬間には立ち会いたくないって。」


「それ前も聞いたな。」


「元気でね、志帆ちゃん。」


「……はい。

改めて、お世話になりました。

皆さんにも、よろしくお伝えください。」



札幌を拠点とする計画は改め、地元の旭川でイチから物件探し。


地元に愛着があって、ではなかった。

札幌に当てがなくて、でもなかった。


仮にも飲食店を営むならば、都会の方が有利ということも、重々承知していた。




「バイバイ。」


「さよなら。」


「またね。」


「いってらっしゃい。」



同じ景色に、留まっていられなかった。


お嬢さんと彼女と、共に過ごした思い出が、札幌の町にはあり過ぎる。

ここにいる限り、自力で殻を破るのは無理だと悟った。

だから環境を変えて、無理矢理にでも割り切ることにしたのだ。


生きた彼女の夢でもあった、独立を実現させるために。

死んだ彼女の幻を、置き去りにして。




「───こんにちは。」


「お姉さん。いらっしゃい。いつもの?」


「いつもので。」


「頑張るね~。

さすがに耳ばっかりじゃ飽きないかい?」


「揚げたり煮たりして、色々バリエーション変えてやってます。」


「良かったら、今度レシピ書いてあげよっか?

ちゃんと食事っぽくなる食べ方も出来るんだよ。」


「お気遣いすいません。

今日は奮発して、ドーナツも買っちゃいますかね。」


「まいどあり。」



二年間も引きこもっていた上に、急遽の移転で予定外の支出。

独立資金はみるみるうちに減っていき、生活費を切り詰めて凌いだ。


不便だった。

でも不満はなかった。不幸じゃなかった。

たとえ貧しくても、人間関係にだけは恵まれていたからだ。




「───そうだ、樫村さん。預かりものがあるんですよ。」


「私にですか?」


「あった。

これ、例のマスターさんから。」


「これは……。」


「自分とこで出してたメニューの、レシピだそうです。

畑は違うけど、同じ飲食なわけだし、なにかの役に立てばって。」


「………。」


「……ご迷惑でした?」


「まさか。嬉しいです。

ただ、かよってるパン屋さんでも、このあいだレシピを頂いたので。」


「へー。なんのレシピです?」


「私がパンの耳ばっかり買っていくものだから、少しでも美味しく食べられるようにってことで。」


「なーるほど。

節約中だって仰ってましたもんね。」


「ええ。

本当に有り難いんですけど……。

そんなにひもじく(・・・・)見えますかね、私。」


「いやいや、ひとえに人徳でしょう。

頑張ってることが伝わるから、皆さん応援したくなるんですよ、きっと。」



物件探しに付き合ってくれた周旋業者。

居抜きを薦めてくれたイタリアンオーナー。

各種手続きで応対してくれた事務員さんに職員さん。

見切り品などを融通してくれたパン屋さんに惣菜屋さん。

たまたま道で擦れ違っただけの人にさえ、私は親切にしてもらえた。


こんな、疫病神みたいな、公害同然のヤツなんかに。

もしかしたら、彼女らが余していった幸運を、私が勝手に回収してしまったのかもしれない。




「───やっとか。長かったね。」


「うん。ご心配をおかけしました。」


「こーんな爆イケ姐さんが一人でお店~、なんてなったら、絶対みんなっとかないよ。

どうすんの?客から求められたら。」


「仮にそうなったとしても、上辺だけ応えて終わりだよ。

名前の変わる関係にはならない。」


「ワタシみたいに?」


「キミは最初から、私を求めてるわけじゃないでしょ。

そっちこそ、例の彼女とはどうなったの?」


「順当にいけば、離婚かな。」


「やったじゃん。略奪愛だ。」


「略奪なもんか。

体よく捨てられたところを颯爽と迎えに行く王子様がワタシよ。」


「そうなるといいね。」


「師匠も。」


「うん?」


「孤高主義も結構だけど、人との繋がりは途絶えさせないようにしなよ。

深い関係じゃなくても、友達同士、気兼ねなくご飯食べたり、お喋りしたりしてさ。

そういう時間が、人間には必要なんだから。」


「ユウちゃん……、」


「ん。」


「大人になったねぇ。」


「いくつだと思ってんのよ!」



33歳。念願の城が完成した。


店名は"from/NiKiTa"。

彼女のアイデアを尊重し、他の候補は選ばなかった。




「───すいませーん。」


「いらっしゃい。何名様?」


「アッ、あー……。

あの、わたし達……。そっち(・・・)の人ってわけじゃないんですけど、それでもいいですか……?」


「もちろん。女性は誰でも大歓迎です。

お好きな席へどうぞ。」



大した宣伝もしなかった割に、客入りはまずまず。


毎日毎晩、馬車馬のように働いた。

過労で倒れることがあったとしても、本望だった。






"───約束してほしいことがあるんだ"。




先生。

あなたと出会った故郷ふるさとの地で、私はお店を開きました。

みんなにも良き出会いがありますようにと、願いを込めて作ったお店です。




"一人ぼっちでいないで。

わたしに義理を立てようとしないで"。




あれから約10年。

あなたの他に、私は二人の女性と恋をしました。


一人は老舗酒蔵の跡取り娘で、私の暗さを吹き飛ばすほどに、明るい子でした。

二人は駆け出しのコピーライターで、私の悲しみに寄り添ってくれる、落ち着いた人でした。


二人とも、先生とは異なるタイプで、どこか先生と似ていました。

二人とも、先生とは異なる理由で、先生のように若くして亡くなりました。




"たまにはお寿司たべたり、旅行いったり。

みんなが楽しいって言うようなことを、君も素直に楽しんで"。




先生。

あなたは病で、天国へと旅立っていかれましたね。

残された私はとても辛かったけれど、見送る猶予があったおかげで、受け止められました。


他の二人は違うのです。

彼女らは旅立ったのではなく、奪われた。

彼女らを見送る猶予を、私は与えてもらえなかったのです。




"いいかい。

君には、幸せになる権利があるんだ"。




先生。

私は酷いやつでしょう。


あなたのことは、過去にできました。

あなたと過ごした青春を思い出しても、泣かずに笑えるようになりました。


他の二人は違うのです。

私は故郷に帰ってきたのではなく、逃げてきたのです。

彼女らの喪失は、未だに受け止めきれずにいるのです。




"いつかきっと、心から愛せる人に出会える。

初めて付き合った相手は保健の先生だったんだぜ、なんて。

いつか、笑って話せる日が来るよ"。




生憎と、私はまだ死ねません。

病に罹ってくれないし、車が轢いてくれないし、誰も殺してくれません。

天寿を全うする以外には無い気がします。


早く終わらせるには、自分で選ぶしかないのでしょうが、そうはしたくありません。

生きている以上、生きていきます。

死に物狂いで、生きます。




"志帆。わたしの天使。

君の存在が、わたしの人生で最も素晴らしい出来事だった"。




そうして、たくさん徳を積んで、いつか最期を迎えたら。

一度だけ、一目だけでいいから、会ってくれませんか。

私が地獄へ堕ちるまでの一瞬だけ、天国から降りてきてくれませんか。




"生きて"。

"生まれて良かったって、笑えるようになるように"。




先生。

どうすれば私は、人間になれますか。



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