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マッドジンクス  作者: 和達譲
志帆視点:日本酒とブルドック
17/24

第十七話:『あなたを守りたい』


三十路を目の前にした転換期。

私は自分の店を持つことを決めた。

ラウンジの環境にもオーナーの人柄にも不満はなかったが、ここでは私の夢を叶えられないからだ。


ビアンバー。

お酒の有無に拘わらず、男性は決して立ち入れない、秘密の花園。

女同士、気兼ねせず寛げる場所を作ることが、いつからか私の夢になった。




「───あーん、まだ実感わかないよ~。」


「せっかく仲良くなれたのにぃー。」


「ありがとう。

これからも時々遊んだりしようね。」


「絶対だよ!」


「今の台詞、オーナーにも言ったげてね。」


「オーナー?

プライベートで遊んだことないけど……。」


「そーれーでーも!

物分かりいいフリしちゃって、なんだかんだ一番寂しがってんの、あの人だから。」


「見初めた張本人だもんね~。」



資金調達も、円満退社までのシナリオも、とんとん拍子の滑り出しだった。

店名をどうするかという、いの一番に立ちはだかった壁を、なかなか越えられなかった以外は。




「───聞いたよ。自分の店持つんだって?」


「ええ。

今年いっぱいで卒業させてもらうつもりです。」


「そっかー、寂しいなぁ。

みんな、志帆ちゃんに課金しに来てたようなもんだったのに。」


「買い被りですよ。

私に関係なく、いい店ですから、ここは。」


「ちなみに、もう決まってるの?」


「なにがですか?」


「名前。自分のお店の。」


「あー……。

いいえ。考えてはいるんですけど、なかなかね。」



せっかく自分の城を持つからには、晩年にも恥ずかしくない程度には拘りたい。

かといって拘りすぎると、一見いちげんさんが寄り付きにくくなる。


個性的で、かつ親しみを感じられるような、良きフレーズはないものか。

頭を抱えていたところ、ある女性(・・・・)がヒントを与えてくれた。




「じゃさ、ワタシも一緒に考えていい?」


「名前を?」


「そ。採用するかどうかは、そっちにお任せするからさ。

ほら、こう見えて一応、コピーライターですし。」


「それは有り難い。是非お願いします。」



彼女はラウンジの常連客で、私と同い年のコピーライター。

あくまでビジネスと割り切った上では、5年の付き合いになる人だった。


私を目当てに通っていたので、独立するなら今度はそっちを贔屓にする、と言ってくれていた。




「"フロムニキータ"……。由来は?」


「ニキータってフランス映画、知ってる?」


「知ってますよ。好きな映画です。レオン派ではありますけど。」


「私もレオン好きよ。どちらかと言えばニキータ派だけど。」


「なるほど。"フロム"は?」


「映画のラストでさ、ニキータがボブ宛てに手紙を残すじゃない?」


「ええ。」


「その手紙がどんな内容だったかって、ファンの間でいろいろ考察されてるじゃない?」


「ですね。」


「だから、そういう多様性?みたいのも含めて、手紙にかけて、フロム。」


「なるほど……。」


「あと……。

まだ不良だった頃の、ニキータの雰囲気がさ。ちょっと似てる気する。」


「私がですか?アンヌ・パリロー?」


「そうそう。」


「あー……、髪型だけは近いかな?」


「全体的に近いって!」



"フロムニキータ"。

彼女が好きだというフランス映画のタイトル、および主人公の通称から拝借した名前。


私の好きな"レオン"では何かと既出が多そうだったので、有り難く彼女のセンスに肖ることにした。




「───みて!ローストビーフ~!美味しそうでしょ!」


「ええ。

肉系被っちゃいました。」


「そうなの?なに?」


「燻製ベーコン。

自分じゃ滅多に食べないなって。」


「いいじゃんいいじゃん!今夜はお肉パーティーだ!

で、お酒の方は?なに作ってくれんの?」


「出来てからのお楽しみ。」


「フウ~!

独立して一発目なわけでしょ?"腕が鳴るぜ"?」


「お口に合えば。」



独立表明の一年後。

ラウンジを退社した夜に、私は彼女と祝杯を上げた。


門出を祝うためと、彼女が私を自宅へ招き。

世話になったお礼がしたいと、私が彼女へお酒を振る舞った。


プライベートでカクテルを贈った相手は、彼女が初めてだった。




「失礼な質問かも、だけどさ。」


「うん?」


「同性愛の……。

レズビアンの人たちって、どうやって知り合うもんなの?」


「それこそビアンバーとか、特定のコミュニティーに集まったり……。

最近だと、SNSで繋がる例も増えてきたって聞きますね。」


「出会い系ってこと?」


「ざっくり言えば。」


「志帆ちゃんは?

歴代の彼女さん達とは、どうやって?」


「私は……。

普通に、なんでもないとこで知り合って、最終的にそうなったって感じ、でしたね。」


「たまたまレズビアン同士、出会えたの?」


「の、人もいれば、もとは男性が対象だった人もいましたよ。」


「やっぱり。」


「やっぱり?」


「だって志帆ちゃん、魔性だもの。

彼氏や旦那さんがいた、いるって人でも、思わずクラッときちゃうものを持ってる。

ワタシなんか正にそう。」



うすうす、予感はしていた。


彼女が私に、好意を持ってくれていること。

意を決して、自宅へ招いてくれただろうこと。


こういう展開になるかもしれないことも含めて、お招きに預かった。




「遊び人だって、知ってますよね?」


「知ってるよ。

そういうポーズ取って、バリア張ってるってことも。」


「例外はありません。

たとえ好ましい相手でも、深い関係にはならないしなれない。

貴女のこともです。」


「うん。知ってる。」



彼女は知っていた。私が教えた。

私の恋愛遍歴と、犯した罪と、消えない傷を。


だから、誰に言い寄られても拒み続けた。

当分は根無し草でいるなどと、予防線を張っていた。


もう、なにひとつ失いたくないし、背負いたくないから。

先生の時のように焦がれたくないし、お嬢さんの時のように求められてもいけないから。




「けど、好きだって気持ちは、やめたくてやめられるものじゃあない。」


「私は────」


「分かってる。……わかってる。

付き合ってほしいなんて言わない。ただ、分かってほしいの、あなたにも。

ワタシが、あなたを好きなこと。

あなたは、自分で言うような、冷たい人間じゃないってこと。」


「買い被りなんですよ、ずっと。」


「通うから。お店。」


「遠いですよ?」


「遠くても、通うから。

志帆ちゃんの顔を一目見て、志帆ちゃんの作ってくれた一杯だけ引っ掛けるために、バス乗って、通うから。」


「貴女という人は───」


「"物好きなんだから"?」


「取らないでくださいよ、もう。」



それでも好きなんだと歌う唇は、ブルドックの味がした。

痛々しく笑う顔が、今際の先生と重なった。






「───樫村志帆さん、でいらっしゃいますか?」



ラウンジ退社三日後。

私の自宅に警察が訪ねて来た。


事情徴取にご協力をと、前口上に次いだ台詞は、彼女の名前と死因だった。




『───女性は一年ほど前からストーカー被害に悩まされており、警察にもたびたび相談に行っていたと。』


『どうしてこう、若い女性ばっかり狙われるんでしょうかね。』


『"若い女性"だからじゃないですか?』


『この前も20代の子が襲われて、前の前は女子高生だったでしょ。

遡ったらキリないくらい、みんな若くて、将来のある子たちで……。』


『好きだったとか何とか、加害者側の言い分も、同じようなのばっかりでしたよね。

好きなら何で殺すのって、まぁ、そんな常識あればね、そもそもストーカーなんてしないでしょうけど。』


『そうですね。

若い女性を狙った犯罪は、年々増加傾向にありまして───』



包丁でメッタ刺しにされた末の失血死。

犯人は彼女の元彼で、捨てられた腹いせで犯行に及んだらしい。


ニュースでは連日、彼女の事件が取り扱われた。

彼女にゆかりがあるとしてラウンジも取材され、オーナーやスタッフがインタビューに応えた。


私にも同様のオファーがあったが、メディアへの出演は一切断った。

共通の知人友人からの連絡も、一切無視した。




"───別れたっていっても、もう三年以上前の話よ?

しかも向こうの浮気が原因で"。


"時間が経って、冷静になってみてやっぱり、貴女が大切だと気付いたとか?"。


"遅いってぇーの。

今さら復縁求められても応えるわけないし"。


"心配ですね。

しばらく、ウチ来るの控えた方が……"。


"イヤよ。

志帆ちゃんと飲んでお喋りするのが、ワタシの数少ない生き甲斐なんだから"。


"なら、ちょっとでも不安に感じることあったら、すぐSOS出すんですよ。

お友達でも、同僚でも、私にでも"。


"SOSしたら、助けに来てくれる?"。


"もちろん"。


"うれしい───"。




"まえ付き合ってたカレに粘着されてるのよね"。


何度か彼女に相談されたことがあった。

自分の不義理を棚に上げて、逆恨みでもしているのだろうと、彼女は呆れながらも怯えていた。


私は彼女と対策を講じた。

ケータイ番号を変えるためショップへ同行し、家を越すため荷造りを手伝い、タイミングが合えば送り迎えを買って出た。


おかげで無言電話や付き纏いの回数が減ったと、胸を撫で下ろした矢先に死んだ。

殺された。


失血死ということは、限界まで血を失って漸く、息絶えたということ。

息絶える瞬間まで彼女は恐怖し、激しい痛み苦しみに悶えたということだ。






"───樫村"。




報せがあったのは三日後でも、事件が起きたのは翌日。

私が帰って間もなくに、私と飲んだ痕跡のある部屋で、彼女は殺された。

かつて愛した人物に、どの家庭にもある包丁を使って、繰り返し刺された。

きっと、直前の記憶や長年の走馬灯、私の顔なんかも、脳裏に浮かべながら。




"───しいちゃん"。




やっぱり、私のせい、なのか。

先生とお嬢さんは恋人で、恋仲にさえならなければ回避できると。

なにか起きるにしても、きっかけから一年は猶予があると、思っていたのに。


関係性に関係ないなら、彼女はどうして死んだのか。

三人はどこに共通点がある。




"───志帆ちゃん"。




もしかして、好きになったからか。

彼女とは発展こそしなかったが、私も彼女を好いていた。

だとしたら、私と恋仲になった人ではなく、私に愛された人は死ぬ、のか。




「呼ぶな。」




先生と、お嬢さんと、彼女。

結末は異なれど、魔の手をいざなったのは私。

彼女たちに突き付けられたリボルバーの、引き金を引いたのが私。


私が、みんなを殺したんだ。




「私の名前を呼ぶな。」




ごめんなさい。ごめんなさい。

謝って赦されることじゃないけれど、生涯愛さないと誓うから。

寂しくても辛くても、空いた穴を埋めないから。




「お願いだから、」




神様、どうか。

どんな罰でも受けるから、私にかけられた呪いを解いて。


私を、死神にしないで。



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