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マッドジンクス  作者: 和達譲
コーヒーかレモンサワー
13/24

第十三話:四度目の喪失


紆余曲折あって、私の好意は受け入れられた。

まだ"ごっこ"の延長ではあるが、これからは志帆さんと、足並みを揃えて歩いていける。

恋人としてパートナーとして、信じ合い支え合える道を。


と、幸福の絶頂に至った翌日。烏にフンを落とされた。

更に三日後にはガムを踏み、更に五日後には免許証を無くした。

志帆さん曰くの"ちょっとした不幸"が、立て続けに私の身に降り懸かった。


まさか、と一瞬過ぎったが、その程度は日常的に起こり得るもの。

ナーバスになっているせいで、大袈裟に感じてしまうだけかもしれない。


そう思って、志帆さんへの報告はやめておいた。

せっかくの蜜月期間に、余計な心配をかけたくなかった。




「───今、なんと。」


「やー、俺もいろいろ、頑張ったんだけどね。

やっぱり地域柄っていうか、時勢柄なのかね。」


「つまり?」


「さすがに限界ってこと。廃業。」


「急───、す、ぎませんか。そんな、」


「ごめん。」


「せめてなんか、もっと、相談とかしてくれれば───」


「前もって言ってやれなかったのは謝る。でも、俺としても急なことだったんだ。

まさか、……いい関係を築けてると、思ってたんだけど。今更になって切られるとは、予想してなくてさ。」


「取引ですか。」


「そう。

首の皮一枚、切れちゃった。」


「………。」


「退職金は、できるだけ捻出する。

転職先も、当てがなければ紹介する。

君ならどこでも重宝されるだろう。」


「親方、」


「今まで支えてくれて、ありがとね。

……不甲斐なくて、ごめんね。」




更に何日か経って、9月初頭。

本業の勤め先が、店じまいすることになった。


バイクに特化したカー用品店なんて、よほど栄えた都心部でもない限り、流行らないのは承知していた。

けど、贔屓にしてくれる上客もいたし、オーナーも現役だし、なんだかんだ持つだろうと楽観していた。


どうして、こんなに、急に。

件の不幸とやらは、段階的に引き上げられるんじゃなかったのか。

僅か一ヶ月で職まで失うのは、段飛ばしが過ぎるんじゃないのか。




「───音ちゃん?」


「ンェ?」


「ぼーっとして、どうしたの?」


「ああ……。

きのー遅くまで動画みてたもんだから、寝不足で。」


「なんの動画?」


「聞きたいですか?」


「やっぱやめとく。」


「ふへへ。」


「……なんでもいいけど、無茶だけはしないでね。」



疑惑は疑念に、不安は恐怖に、私の能天気は空元気へと変わっていった。

志帆さんへの報告は、やっぱり出来なかった。




「───連敗記録の進捗どうよ?」


「18連敗ちゅー……。」


「うーわ。今度はどこ?」


「パチンコ、引っ越し、ゴミ収集……。」


「そのラインナップで落ちるって、よっぽどだな。

なにが駄目だって?」


「わかんない……。ずっとお祈りされてる……。」


「職歴はまずまずだし、資格もそれなりにあるし……。

印象は悪くないと思うのに。」


「貴社に言ってやってください……。」


「ま、最悪ウチを本業にしちゃえばいいんだし?いよいよ困ったら逃げてこいよ。

不動のナンバーワンは譲ってやんねえけどな。」



いやいや、偶然が重なっただけの可能性もある。

ここで挫けるようでは志帆さんに、少し前までの自分に申し訳が立たない。


心機一転、就職活動開始。

面接どころか書類審査すら通らなくても、めげずに履歴書を書き続けた。

副業の男装喫茶は平常運転だったのが、食い扶持的にも精神的にも幸いだった。




「───本当にいいの?

志帆さんに会いたいーって、寝言でも言うくせに。」


「いーの。

どーでもいー飲み屋で安酒あおりたい気分なの!」


「ごらんし〜ん。」



そして、11月の終わり。

間もなく師走に差し掛かろうという時節に、疑念が確信となる事件が起きた。




「あんだよ、ぜんぜん進んでねーじゃん。」


「だってなんか、安っぽい味する。」


「安酒あおりたいつったの誰だよ。普通に美味いじゃん。」


「んー……。

悪くはないけど、人工的つか、有り合わせつか……。

志帆さんだったら、生のレモン絞ってくれるのに……。」


「結局かよ。

昔は市販のチューハイでも喜んでたのになぁ?」


「残りあげる。」


「自分どうすんの。」


「日本酒にする。」


「珍しい。」



この日、私は司と飲みに出掛けた。

なかなか就職が決まらない私の激励会という名目で、司がセッティングしてくれたのだ。


どの地域にもあるような、派手すぎず地味すぎずの大衆居酒屋。

フロムニキータ以外で飲むお酒は味気なかったが、志帆さんの目がない点に於いては都合が良かった。




「さすが居酒屋。あんだけ飲み食いして一万越さない。」


「ごっそさん。」


「うむ。

落ち着いたら、今度はお前が奢れよ~。」


「わかってるよ。」


「んで、どうする?どっか行きたいとこある?」


「んー……。」


「なに、遠慮してんの?」


「そういうんじゃないけど……。」



居酒屋を出た後は、二軒目をどうするか司と相談した。


別の店で飲み直すか、ご無沙汰のカラオケと洒落込むか。

たまにはネカフェで朝までコースも乙だな。


なんて軽口を交えつつ、商業ビルの階段を下りていくと、ふと背後から切羽詰まった声が聞こえた。

なんだと振り返った時には手遅れで、私はどこぞの馬の骨に巻き込まれる形で、踊り場まで転げ落ちていった。




「音々────!!」




後から司に教わった話。

同じ居酒屋を出たジジイが、足を滑らせたのが発端らしい。


ジジイ酔っ払いの上にデブだったし、床も雪溶けの水で濡れてたし。

いつ事故に発展しても、おかしくない状況ではあったわけだ。

私を下敷きにしたおかげでジジイほぼ無傷だったのは、"しょうがない"の一言で片付けたくねえけど。


結果。

私は全治三週間の怪我を負い、二週間余りも入院をする羽目になったのだった。




「───小田切さーん、おはようございまーす。」


「おはようございます……。」


「うふふ、まだ眠そうですね。今朝の具合はどうですか?」


「いいですよ。美人の笑顔はよく効きます。」


「もー、ホストクラブじゃないんだから~。」



生まれて初めての骨折。

病院での寝泊まり。

丈夫な私には無縁と思われた体験だが、実際にはそう悪くなかった。


ナースのお姉さんは親身に世話してくれるし、病院食も噂ほど不味くないし、費用もジジイ負担で折り合いがついた。


なにより、後遺症が残らない範疇で済んだのは、むしろ幸運と言うべきだろう。




「───そんな顔すんなってば。」


「私が付いていながら……。」


「いやいや、あんなん誰も止められるワケねーし。

せめてお前は無事で良かったよ。ナンバーワンが一ヶ月も不在じゃ、みんな困るんだ。」


「お前いなくたって穴デケーよ。」


「ごめん。

爆速で治して戻るから。」


「うん……。

次なんか持ってきてほしいモンある?」


「もう来なくていいってば!」



事故現場に居合わせた司は、しつこいくらい何度も見舞いに訪れた。

私はこの有様で、自分はどこも何ともないのが辛いのだろう。


いざとなると発露する繊細な一面こそ、司の中に隠れた靖子の人格であることを、私は知っている。




「そろそろ行くわ。」


「おう。

次は店の格好まんまで来んなよ。つか来んな。」


「うるせ。

退院の日取り決まったらな。」



平日の昼下がり。

6度目の見舞いに訪れた司が退出し、一息ついたところで、再びの来訪者があった。

司と入れ違いで現れたのは、ここに来るはずのない、志帆さんだった。




「───なんで、」


「司くんに聞いた。」


「な────」


「"口止め"、されてたみたいだけど。

黙ったままでいるのは義理を欠くからって、教えてくれた。」


「えっと……。」


「そこ、座っていい?」


「……はい。」



あのヤロウ。

志帆さんにだけは絶対言うなと口止めしておいたのに。


志帆さんとの約束事を司は知らないから、そりゃそうなるか。

詰めが甘かったな。




「これ、お見舞い。」


「ァダ、アス、づ、ありがとナス。」


「具合どう?」


「よ、良かとです。」


「そう。」



沈黙が痛い。

なんで今日に限って、私の見舞い客しか来ないんだ。

もっとガヤガヤしてくれよ。

二人だけの空間にしないでくれ。




「車のお店、閉めたんだってね。」


「ヌッ、ブ、ま、なんの話───」


「誤魔化したって遅いよ。それも司くんに聞いたから。」



やっぱりか。

司が白状してしまったのは、事故についてだけじゃなかったようだ。




「仕事のことも、事故のことも。

───最近、ウチに顔出してくれなくなった理由、ぜんぶ。」



店じまいの旨をオーナーに宣告されて以来、私はフロムニキータへ近寄らなくなった。

タイヤ交換の繁忙期だからと、事実とは逆の言い訳をして。


就職活動で忙しかった、のも一理あるが、違う。

会えなかったのではなく、会いたくなかった。

志帆さんの前で嘘をつくのが、暴かれまいと緊張しながら接するのが、忍びなかった。


だから遠退くことにしたんだ。

また自然と笑えるようになるまでは。




「嘘、ついたんだね。」


「違います。」


「なにが違うの?」


「別に、あの、志帆さんのそれとは違うくて。

これは、なるべくしてなったことですから。

店は元から火の車でしたし、怪我したのだって私の不注意で───」


「"繁忙期"だからって話じゃなかった?」


「あ。」



やっちまた。

自分で捏ねた言い訳で、自分の首を絞めちまた。

なんだっけ、策士策に溺れる?




「いや、いい。分かってる。

そりゃ言えないよね。心配させたくなかったんだもんね。」


「あの、」


「でも、もういいよ。もう嘘つかなくていい。

答えは出たから。」


「志帆さん、」


「今までありがとう。

短い間だったけど、好きな人と過ごす時間は幸せだった。」



私の反論を悉く遮断して、志帆さんは席を立った。




「交際期間は今日で終わり。

明日からは店のオーナーとお客さん、もしくは他人だ。」


「待って志帆さん、」


「バイバイ、音ちゃん。」



頭のてっぺんにキスをされる。

私は志帆さんを捕まえようとして、ひらりと躱された。




「ごめんね。」




傷付くのも傷付けるのも嫌で、志帆さんは分厚い殻に閉じこもっていた。

私はそこに無理やり踏み入って、荒らすことしかしなかった。


また志帆さんに、喪失の痛みを味わわせてしまった。

あんな顔を、させたいんじゃなかった。






「ごめんなさい、しほさん。」




退院した後も、新しい勤め先が決まった後も。

私は、フロムニキータへ行かなかった。

志帆さんと、会わなくなった。



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