表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドジンクス  作者: 和達譲
コーヒーかレモンサワー
10/24

第十話:性



「───"ごっこ"の体を弁えるんじゃなかったんですか。」


「恋人じゃなくてもセックスはできるでしょ?」


「こ、この人でなし……。」


「はは。可愛かったよ。」



事後、私は生ける屍になった。

最中さいちゅうの志帆さんはマジで死ぬほどしつこくて、マジで死ぬかと思ったというか何回か死んだ。

ネコ可愛がられる側が、いかに疲弊するかを体感させられた。

高い勉強代だった。




「はい。喉渇いたでしょ。」


「ありがとうございます……。」


「寒くない?」


「いいえ……。」



志帆さんが持ってきてくれたコップの水を一口飲み、志帆さんが整えてくれたタオルケットに全身くるまる。

優しさが胸に沁みて、ついでに腰が痛い。




「北海道の夏はさ、夜だけ夏じゃないよね。」



志帆さんも自分用のコップに口を付け、ベッドの端に腰掛けた。

私と同じシャンプーに、志帆さん特有の甘くほろ苦い体臭が混じって、ふわりと香る。




「まあ、昼夜の寒暖差はエグいっすね。」



薄い背中、細い腰、乱れた髪、縒れたシャツ。

34歳に似つかわしくない瑞々しさと、34歳ならではの風格を前に、得も言われぬ感情が込み上げる。




「志帆さんって脱がないタイプなんですね。」


「うん?

まあ、そうかな。あんまし見せたいものでもないし。

音ちゃんは?」


「私も最中は脱がないですけど、裸でギューすんのは好きですよ。

肌と肌が合わさる感じとか、相手の体温が伝わる感じとか、気持ち良いから。」


「そっか。」



志帆さんは服を脱いでくれなかった。

私もタチる時は脱がない主義だから文句はないけど、志帆さんは主義だけの問題じゃない気がした。




「志帆さん。」


「うん?」


「志帆さんは、男になりたいって思ったこと、ありますか。」



コップをサイドチェストに置き、ベッドに仰向けになる。




「それは、同じタチとしての疑問?」


「タチはタチでも、ボイタチとしての疑問。

男みたいなナリしてる以上、一度はぶつかる壁かなと。」



志帆さんはこちらを一瞥して、頷いた。




「そうだね。

そういう時期も、なくはなかったかな。」


「今は違うんですか?」


「……むしろ、男なんかに生まれなくて良かったと思うよ。今は。」



なげやりに呟くと、志帆さんは残りの水を飲み干した。




「音ちゃんは?

男になりたいと思う?」



すぐに質問で返したのは、掘り下げられたくないからか。

志帆さんへの言及は保留として、自問自答に切り替える。




「なれるもんなら、なりたかったですよ。

男と女なら、結婚できるし、子ども作れるし。

普通・・以上も以下も、求められずに済みますし。」


「そうだね。」


「セックスだって一緒に気持ち良くなれます。」


「ふふっ。そうだね。」


「ただ、さっきの。

男なんかに生まれなくて良かったってのも、ちょっと、分かります。」



志帆さんがぴくりと反応し、ベッドが軋んだ音を立てる。




「音ちゃんは、いつからだったの?

自分がそういう類の人間だ、って気付いたの。」




私は男ではない。

男に生まれたかったと思うことはあるが、後天的に手術をしてまで男になろうとしたことはない。


女性としての自分を、貶しつつも嫌いになれない。

女性だからこその個性やコミュニティーに、なんだかんだと満足している。


だったらどうして、男みたいな格好をして、男みたいに振る舞うのか。

これという理由はないけれど、そんな風に生きようと思い立ったきっかけは、覚えている。




「レズビアンって───、バイもですけど。男が苦手って人、多いじゃないですか。

ゲイの人たちは、女が嫌いって人もいれば、女友達たくさんいるって人もいるのに。

ビアンの多くは、女が好きの前に、男が嫌いだったりする。

男が無理だからこっちの世界に逃げてきた、って人も少なくない。」


「かもしれないね。

個人差ありきだけど。」


「特に、私たちみたいな、半分男みたいなヤツは、半分男みたいなくせをして、男が大っ嫌いだって話をよく聞きます。

それも、全体的にざっくり嫌いなんじゃなくて、過去に特定のクソ野郎と関わったことがあって、そいつへの当て付けっていうか、反面教師っていうか……。」


「ウチに来る子の大半は、そのタイプが多いね。

なにに対抗してるんだか、自分でも説明が難しいけど。」



寝返りを打ち、暗がりに目を細める。



「私は、その特定のクソ野郎が、父親でした。」




生い立ちを詳しく語るのは、司にも、他の誰にもしていない。

タイミングが巡ってこなかったんじゃなく、私自身で拒んできたからだ。


今現在の"小田切音々"が、どうやって形成されたのか。

知られたくなかった。墓場まで持っていくつもりだった。


隣にいる相手が志帆さんでなければ、たとえ事後だろうと酔った勢いだろうと、決して明かさなかっただろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ