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第7話 最初は服を着せたかっただけなのに

「……それはどうしたんだ」


 図書室の扉をくぐり、呼び出した妻――シュネーの姿を認めるなり、ヴェルクは戸惑った声を上げた。


 雪遊びの日の夜から、シュネーは奇妙な行動を取り始めていた。

 毎日朝晩の気温を測り、夜ごと寝室にも温度計を持ち込み、ヴェルクが心地よく感じるようあらゆる位置と距離から氷の魔法を当てて奇妙なノートに――『ヴェルク様の記録』と題されたそれに書き込むようになっていた。


 ヴェルクに案内してもらい、一通りの城内の場所と人々の持ち回りや仕事を確認した後からは、せっせと図書館と魔術師の詰め所を往復している。


「お待ちしておりましたわ」


 振り向いたシュネーは、手に持っていた1メートルほどの薄い布を、ぴっと張るようにして見せつける。一見リネンのようだが妙に光沢があって、光の加減で艶めいて見えた。

 ヴェルクも魔術師であれば当然、そこにまとわりついている魔力も一緒に見えただろう。


「これがヴェルク様専用の布ですわ! 私とお城の魔術師、機織り職人の方たちの努力の結晶ですわ。

 この布をどのように加工するか、実験――こほん、ご意見を伺いたくてお呼びしましたのよ」


 さあ早速触ってください、とシュネーは歩み寄ってきた手に布を押し付けた。

 金属を使用しているにも関わらず、さらりとした引っかかりのない手触りはかなりこだわった部分だ。


「そうか。しかしこのような暖炉のない場所でなくとも」

「お優しいですわね。でも、ご安心くださいませ」


 シュネーが空いた手で、もこもこの飾りが縁どる毛皮のコートを見せつけるように開けば――彼には一瞬怯まれたように思えた――裏地に付けられた幾つもの内ポケットがほんの少し膨らんでいる。


「個人的なお財布の中身をぶっぱなしましたの」

「ぶっぱなし……うん。……今、何と言ったかな?」

「魔導具の大量購入ですわ。寒いから動けない、となればますます活動時間は減り、筋力量と代謝が落ちますわ。ならば温めるまで、ですわ!

 あ、取り換え用は充魔力中ですの。欠点はヴェルク様にくっつけないことですわね」

「そうか、暖かいなら良かった。言ってくれれば用意したのだが、気付かず済まなかった」


 しごく真面目に頷いているヴェルクだが、後半聞き流されたので、シュネーはもう一度言う。


「欠点は、ヴェルク様にくっつけないことですわ」

「……そ、そうか」

「それから、謝られることはありませんわ。熱くするなんて発想で暑くなってしまいますでしょう?」


 コートの前を閉じると、シュネーは手で積み上げられた本を示した。そこに更に一列、10冊ほどがイルゼによって運ばれてきて、どんと追加される。


「シュネー様、お運びしました」

「ありがとう、イルゼ。……それでヴェルク様。私、最初はこの服の逆を考えましたの。冷たいものを携帯するような。

 ですけれど、魔力の補充は遠征中は難しいでしょう? ならば布自体を涼しい素材で、風が通りやすいかたちで作ればよいと思いましたの」

「それで魔法銀に氷の魔力を付与エンチャントしたのか」

「ええ、それを細い糸にして放湿性の高いリネンと一緒に織りましたの。正直、発想よりも専用の織機の開発の方に手間取りましたわ。

 さすが辺境伯領ですわね、対魔物用の魔法銀の加工技術が高くて助かりましたわ」


 イルゼが運んできた本は、南方の国の服飾カタログだった。


「最近何やらやっていたのは、このためだったのか」

「ええ、布を首や腕に当ててみてください。体温の変化も記録させてくださいね。試作品を作って、出立前には間に合わせますわ」


 にこりと笑ったシュネーだが、元々白い肌が不健康に青白く、目の下にクマができている。


「もしや夜に会った後、一人で本でも読んでいるのだろうか」

「……そうですわね」

「根を詰め過ぎて疲れているのではないか。しばらく夜はゆっくり休んだ方がいい」


 それはできませんわ、と言おうとしたシュネーだったが、口から欠伸が出かけてしまったので、大人しく頷くことにした。


「残念ですけれど……今日のところはそうさせていただきますわね」

「それに焦ることはない。上半身裸なことには慣れている。暑さも必要なら魔法で冷ますし、汚れも傷も綺麗にできる」

「さすが稀代の魔術師ですわ」


 感心して頷くが、でき過ぎるのも弊害があるということだろう。でなければ服を着て生活していたはずだから。


「遠征でも、気にしなければならないのは人目くらいだ」

「でも、旦那様がいかに才能のある方でも、やはり少しでも傷付かない方法があればそちらの方が嬉しいですわ」

「心配をかけていることは済まないと思う。……ところでそれは?」


 シュネーがしおりを挟んだデザイン書をヴェルクのために広げていると、彼はよけられた薄い冊子に目を留める。


「ああこれは、騎士団ファンの方が描いたスケッチ集ですわ、お気になさらず」

「……スケッチ? 領民が好きで描いたものだろうか。騎士団として許可した覚えは――何だろう、これは?」


 表紙の凛々しい騎乗姿のそれを手に取って開くと、訓練中の騎士たちの姿が一枚一枚繊細なタッチで描かれていた。街に出たイルゼが買ってきてくれたのだ。

 剣の稽古、騎乗の突撃訓練、陣地の構築、食事の風景……くつろいだ姿まで。時々差し込まれている「ここが推し」コメントに、妙な愛が溢れているのをそういうことに疎いヴェルクも感じた。


「騎士団のことをもっと知りたかったなら、案内するが……その、半裸の男が多くないだろうか」

「上半身裸の男性を見慣れるためですわ」


 淑女らしくない台詞を言い切ったシュネーを、ヴェルクは珍しく何とも言い難い表情で、まじまじと見つめる。しかし冗談で口にしたのではない。


「今の状態でヴェルク様と親しくなるには、服を着ていただくか私が慣れるしかありません。どちらかならば、後者の方が即効性があるでしょう?」

「それは……いや、確かに?」

「少し慣れてきましたの。今後は実物を間近で見た方が良さそうですわね」

「それならば、わたしでも良いのではないだろうか?」

「……それはともかく、こちらの候補からいくつか良さそうな型を選んでくださいませ」


 シュネーは本を広げると、裁縫師が言っていたことを口にした。


「そういえば旦那様のサイズ、最後にお計りしたのが一年ほど前だとか。それまでは城でも服を着ていらしたそうですし、育児日記にも服を脱いで困るとの記述があったのは、本当に小さい頃だけでしたわ」

「……そ……そうだったか」


 言い淀むヴェルクが動揺しているのは明らかだった。

 心の機微に疎いシュネーでも分かるほど。


 シュネーはじっとその顔を、わざと真顔で見つめる。領主としてはともかく、個人的に隠しごとをするような、そして隠しおおせるような性格ではないだろうと思ったからだ。


「そうでしたわ」

「そうだったろうか」

「三度は読み直しましたので間違いありませんわ」

「そうか、きっと気が緩んで忘れていたのだろう」

「……緩んで……そう、そうですの」


 裁縫師に教えてもらうまで、シュネーは彼が長い間、城では半裸で過ごしているものと思っていたし、そう態度にも出ていたと思う。その勘違いをヴェルクはわざと止めなかった。たぶん。


 一年ほど前と言えばちょうど婚約が決まったころだが――ストレスだったのだろうか、今のシュネーのように環境の変化などが。

 今まで婚約もしてこなかったのだから、それはあり得る。

 彼のことだから、隠すとしても悪い動機ではないだろう。気遣ってのことかもしれない。それでも、真相を知りたかった。


(緩んだのでなく緊張ではないかしら……?)


 心の中で呟くにとどめて、シュネーは追加調査の決意を悟られないよう、服のカタログをずいとヴェルクに押しやった。

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