07 召集
♡
訓練を始めて1週間で、シエルは変化を成功させた。
「変化習得おめでとう!」
24時間維持に成功した日、皆で祝った。人間形のシエルは7歳ぐらいの美少女だ。茶色いふわふわの髪に金色の大きな目。物凄く可愛い。まだ服までは霊力で作れないので、千鶴手製の水色のワンピースを着ている。
「おめでとうシエル。チヅルもよく頑張ったな」
ご褒美にケンがご馳走を作ってくれた。ギンとハクは人化して準備を手伝った。
「次は妖術だな!オレが教えてやるよ!」
ギンは蜜を絡めた揚げ芋を貪っている。悔しいが、奴の感覚的指導がシエルに合っていたのは認めよう。
「ありがとう!」
シエルは礼を言った。変化も言葉も、もう大丈夫だ。千鶴は皆に頭を下げた。
「…鳥人族として、感謝申し上げます。ありがとうございました」
「よせ。お前は俺の家族だ」
優しくケンが言った。そこは『お前は俺の妻だ』のような気がするが。
「そう!お母さん。お父さん。ギンお兄ちゃん。ハクお姉ちゃん」
娘は嬉しそうに皆の顔を見た。
「えー。やだよ。こんな息子と娘」
千鶴が狐と馬を指差すと、向こうも言ってきた。
「オレだってごめんだよ。こんな母ちゃん」
「私の方が母親じゃないですか。年上ですし」
聞き捨てならん。3人の妖はバチバチと霊力をぶつけ合った。ケンが外でやれというので、小屋の上空で戦いが始まった。シエルは父に心配そうに訊いた。
「止めないの?お父さん」
「大丈夫。じゃれてるだけだ。さあ、もう寝なさい」
血の繋がりも無いし種族も違う。一風変わった家族は穏やかに春を過ごした。
◇
畑に種芋や苗を植え終わった頃、村長が来た。シエルを見て驚いていた。
「最近、嫁が来たって聞いたぞ。子供が大き過ぎるだろ」
「養女なんだ。事情があって引き取った」
父親以外の人間を見て、シエルは小屋に逃げ込んだ。村長とケンは庭の丸太に腰を下ろした。人買いに攫われた子供を助けたと話しておいた。
「それであんなに臆病なのか。可哀想にな。時にケンよ。お前、何かやったか?」
「何かとは?」
村長は懐から封筒を取り出し、ケンに差し出した。
「召集令状だ」
「…」
ケンは令状を広げて読んだ。一帯を治める領主の名で命じている。確証は無いが、祭りの夜に会った貴族か。
「お前1人が戦に行けば、村の賦役を免除すると書いてある。戦なんてどこで起こってるんだ。聞いたこともない」
断れば、村の男たちを駆り出す。野良仕事が始まるこの時期に。ケンは承知した。
「行っても良い。うちの畑の面倒を見てくれるか?」
村長の顔に安堵の色が浮かぶ。説得するつもりだったのだろう。留守の間、村人が責任を持って手入れをすると約束してくれた。
「収穫までに戻れなかったら、貧しい奴らに配ってくれ」
「…すまんな。ケン。いつもお前ばかり」
心優しい老人は帰っていった。速やかに領主の城に出向かねば。ケンは準備を始めた。
◇
千鶴が買い物から戻ってきた。旅支度をするケンを見て目を丸くしている。
「何? どっか行くの? ケン」
「戦に行くことになった。暫く留守にする。畑は村の者たちが世話してくれる」
彼は淡々と答えた。そこへ遊びに行っていたギンとハクが戻ってきた。
「ええええーっ?!」
千鶴は小屋が揺れる程の大声を出した。
「どどどど…どういう事?」
ケンは家族に説明した。
◇
彼の話を、皆黙って聞いていた。ハクとギンも人化して囲炉裏端に座っている。
「支度ができたら出発する。急ですまんな」
「私はついていきます。馬は必要でしょう」
ハクが申し出てくれた。ありがたい。ケンは頷いた。するとギンが立ち上がって、くるりとトンボを切った。鎧を着た14、5の少年形をとる。
「オレは従者になる!」
「ギン」
「十兵衛は戦で死んじまった。今度は守ってみせる。絶対だ」
少年は真剣な顔で言った。仕方ないか。次にケンは鳥人の母子を見た。ここに残すのは不安だった。
「2人は街で暮らすか? 布屋の女将に頼めば…」
チヅルが遮った。
「何言ってるのかしら? ケンさん。ついていくに決まってるでしょ」
母と娘は目配せをした。
「シエル!変化!」
「ハイっ!」
溶けるように姿が消え、大小2羽の鷲が現れた。大きい方がバサリと飛び、ケンの肩に停まった。
「置いてったら呪うよ。本気だよ」
恐ろしいことを言う。小さな鷲は彼の膝に飛び乗った。潤んだ金色の瞳が見上げている。魅入られたな。
ケンは家族と一緒に支度を始めた。まるで旅にでも出るかのような、軽やかな気持ちだった。
◇
ケンが戦に行くと聞いて、村人が次々とお宝を持ってきた。商店の女将は長剣をくれた。長らく倉庫に眠っていたらしい。錆びていたが、鍛冶屋が大急ぎで研いでくれた。他にも引退した騎士から譲り受けた鎧だの、先代が見栄で買った馬具だのがもらえた。ケンはありがたく受け取った。
「皆さん、ありがとう!これ食べてね」
暫く帰れないので、千鶴は村人に芋を全て配った。小屋をきれいに片付け、ケン一家は領都に向けて出発した。
▪️
領主の城の門に立派な騎士が来た。素晴らしい白馬に乗り、肩には大きな鷲を載せている。供をするのは銀髪の少年で、これまた美しい。従者の方にも小さな鷲がいた。あまりに堂々としていたので、門番はさぞかし有名な貴族であろうと考えた。
「これ」
銀髪の従者が封筒を差し出す。もう1人の門番は恭しく受け取った。
「召集令状…ナカの村の農夫ケン…?何かの間違いでは?」
「間違ってない。農夫のケンだ。案内を頼む」
馬上の男が言った。門番たちは衝撃で動けなかった。こんな農夫、いるものか。
▪️
村外れの汚い小屋の前に馬車が止まった。扉が開き、村の若者と貴族の男が降りてきた。
「ここか?」
貴族が訊いた。村人はへつらうように答えた。
「へえ。ケンは一昨日、出ていったそうです」
「そうか。ご苦労だった。行け」
従者が金貨の入った袋を渡すと、ヘコヘコと頭を下げて村人は去った。
(ここに彼女が…)
あまりに貧しく汚い。こんな暮らしから救ってやるのだ。嬉しいに違いない。貴族は薄い戸を叩いた。
「チヅルどの」
呼びかけても反応がない。戸を開けさせ、中を覗いたが誰もいない。留守のようだ。
「殿下」
「何だ」
「このようなものが壁に」
小屋から出てきた従者が紙を差し出した。貴族は受け取った。
『暫く留守にします。畑をお願いします。小屋の中の物は何でも使ってください。ケン&チヅル♡』
どういうことだ。領主に命じて、あの農夫を戦場に送らせたはずだ。王子は従者達に小屋とその周囲を徹底的に探させた。しかし女神はどこにもいない。
「領主の城へ!」
彼は怒鳴るように命じた。馬車は夕暮れの田舎道を走り去っていった。
▪️
領主の城には、厄介な客が逗留していた。中央で問題を起こして送られてきた王子だ。街で見かけた農夫の妻に横恋慕したらしい。夫と引き離すために、領主に召集令状まで出させた。妻を口説こうと出かけたが居なかったそうだ。
「どこに行ったんだ!?」
「里に帰っているのでは?(殿下みたいな男が狙いますからな)」
領主は内心うんざりしながら、王子の相手をしていた。見た目も頭も悪くないのに、女を見る目がない。平民の娘に夢中になって王の逆鱗に触れたと聞いた。だが王妃腹だ。いつか王位に就くかもしれん。
「里? どこだ?」
知るか。領民の全てを把握してるわけないだろうが。
「さて。とりあえず夕食にしませんか」
本心を笑顔で包み隠して、領主は晩餐に誘った。そんなものを調べる気はない。農婦を妃にするとか言い出したら困る。
「明日は狩りに行かれては? 来週は夜会を開きます。美しい令嬢たちをご紹介しますよ」
「…」
楽しい話で誤魔化しておく。王の怒りが解けるまで、何事もなくお過ごしいただければ良いのだ。