05 魔物じゃない
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馬小屋が完成してすぐ、雪が降り始めた。畑も春までお休みだ。ケンは内職をしたり、貧しい村人の家を回って、足りない物があれば届けたりしていた。千鶴は水色の布で自分のワンピースとケンのシャツを縫った。暖かくなったら、それを着て彼とデートしたい。邪魔者達のせいで全然進展しないんだもの。
ギンとハクは野山で遊んでいる。夜になると戻ってきて、皆で食事をした。
「こっちって妖がいないよな。全然気配が無い」
小狐は炉端で焼いた芋を食べながら言った。
「ええ。周囲100キロにはいませんね。いたとしても雑魚です」
白い髪の女も同意した。千鶴としては不本意だが、冬の間、白馬は変化して小屋で寝ていた。
「魔物がいる」
ケンが教えた。彼は小刀で器用に小物を作っている。農閑期の内職だそうだ。
「魔物って? どんなの?」
千鶴は訊いた。地球産の狐と馬以外、まだ異世界らしいものを見てない。
「俺も見たことが無い。人と獣が混じった姿だとも聞く」
「ふーん」
食事が終わると、さあ寝ろとケンが灯りを消してしまう。千鶴はハクと寝台を分け合った。ギンとケンが布団で寝る。羨ましい。
屋根の穴を塞いでも隙間風が入ってくるし、芋しか食べるものは無かった。でも4人で身を寄せ合っていれば温かかった。
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この世界の年明けは春だった。新年を祝うお祭りが街であるらしい。珍しくケンから誘ってくれた。
「屋台も沢山出るぞ。行ってみるか?」
「行く!」
やった!2人きりでお出かけだ!と千鶴が喜んでいたら、狐と馬も行きたいと言う。美形の農夫とその妻は、白髪の美女と銀髪の美少年と連れ立って夜の街に繰り出した。
「新年おめでとう!ケン!チヅル!」
祭り会場に着くと、布屋の女将さんが声をかけてくれた。ハクとギンを見て目を丸くしている。派手だもんね。
「姉とその息子です。遊びに来てて」
千鶴は適当な関係をでっちあげて紹介した。
「へえ。綺麗な一家なんだね。そのワンピースとシャツ、自分で作ったの?良い腕だ!」
「ありがとうございます。仕立ての内職とかあれば、お願いします!」
女将に営業をかけていたら、狐と馬はどこかへ行ってしまった。まあ、帰る時に念話で呼べば良いか。千鶴としては好都合だ。デートよデート。
祭りに沸く街はランタンに照らされ、人が溢れていた。2人は屋台で買い食いをしたり、露天の土産物屋を冷やかしたりした。はぐれないようにと、ケンが手を繋いでくれる。千鶴は何だか体が熱くなってきた。
「喉乾いたね。何かないかな?」
「飲み物を買ってくるから、ここで待っていろ」
ケンは通り過ぎた屋台に戻ってくれた。千鶴は広場のベンチで待ちながら、幸福を噛み締めた。
(ずーっとこのまま一緒にいたいなぁ)
恩返しもどうでも良くなってきた。千鶴はケンより長く生きる。彼が老いて死ぬまで添い遂げたい。でも、最愛を失ったら、狂い死ぬかもしれない。
(そうか。夕姫が鶴の姿を見られたぐらいで逃げたのは、そういう事なんだ。人間を愛しすぎたらダメなんだ)
「あのっ!お嬢さんっ!」
ぼんやりと物思いに耽っていたら、急に誰かが声をかけてきた。顔を上げるとダチョウの羽がついた帽子が見えた。
「今日はお一人なんですか? よろしければ、少しお話しさせてくださいっ!」
礼儀正しいナンパだ。重厚なマントと上等な服。胸元には宝石がきらめいている。金持ちっぽい。
「いえ。夫を待ってます」
千鶴は速攻断った。男は何故か跪くと、一輪の花を差し出した。
「せめてお名前を…」
いや教えないよ。個人情報だし。とはいえ、こんな人目がある場所で妖術は使えない。どうやって逃げようかと考えていたら、ケンが両手に木のカップを持って戻ってきた。千鶴とダチョウ男を見て、
「うちのが何か、失礼をしましたか?」
と、丁寧な言葉で言った。彼が敬語を使うのを初めて聞いた。
「いや…。行って良い」
「ありがとうございます。では」
ケンはカップを1つ千鶴に渡すと、空いた手で彼女の肩を抱いた。そのまま広場を離れ、静かな路地裏に入る。
「何であんな下手に出るの?」
不思議に思って千鶴は訊いた。
「あれは貴族だ。平民など好きにできる」
ケンは当然のように答えた。そして千鶴の頬を撫でた。
「お前は美しすぎるな。顔を隠すか」
「…」
良いムードになった。目を閉じて初めての口付けを待つ。
「ケン!お金くれ!」
だが狐のアホがぶち壊した。千鶴の飲み終えたカップが粉々になる。怒って振り向くと、ギンが手を出して金を無心していた。
「あっちに見せ物小屋があったんだ!一緒に見よう!」
ギンはケンの腕を引っ張って連れて行こうとした。彼も笑ってついて行く。千鶴は慌てて後を追った。
「ちょっと!待ってよ!」
どうせ大きな板に赤いペンキを塗って『大イタチ』とかいうやつでしょ。詐欺に決まってるのに。千鶴らは祭り会場の外れにあるテントに向かった。
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またあの美しい女性に会えた。去年の秋に出会った、白い肌に漆黒の髪と瞳の女神。1日たりとも忘れたことはない。だが夫がいた。騎士のように見事な体躯の美丈夫だった。
貴族の男は、渡し損ねた花をグシャリと握り潰した。仲睦まじく歩み去る2人から目が離せない。
(欲しい)
まるで魅了の魔法にかかったようだ。何とか彼女の素性が知りたい。憑かれたように歩き出した時、妬ましげに話す声が聞こえてきた。
「チッ。ケンの奴。女房と揃いの服なんか着やがって。当てつけかよ」
「水色のワンピース、似合ってたなぁ。可愛いなぁ」
「さっき見たか? 白い髪のすげえ良い女も連れてたぜ。デクノボーのくせによう」
酒場の前のテーブルで酔った若い男達が零していた。女神とその夫は水色の服を着ていた。彼らは彼女を知っている。
「今の話を詳しく教えてくれ」
貴族に話しかけられ、彼らは身をこわばらせた。
「な…何スか?」
「そのケンとやらの素性が知りたい。これでどうだ?」
テーブルに金貨を数枚置く。平民の男達は素直に話し始めた。
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怪しい雰囲気のテントに着いた。入り口横の看板に『怪奇!双頭の大蛇!』とか『哀れ!人と獣の間に生まれた魔物!』とか書いてある。千鶴は全く興味が無い。だがギンがどうしても見たいというので、ケンは3人分の入場料を払った。
テントの中は薄暗かった。ちらほらと他の人間がいる。1メートル四方の檻が並んでいて、それぞれにプレートが付いていた。
「見ろよ!頭が2つある!」
ギンは『双頭の大蛇』に釘付けだ。そこまで大きくはない。青大将ぐらいだ。
(野生では生きられない…)
千鶴は奇形の動物達を見ていられなかった。外で待っていようと思い、1人で先に出口に向かう。すると大声で抗議する客がいた。
「何だよ!これ、死んでるじゃないか!金返せよ!」
最奥の檻を客が指差している。すぐに主人らしき男が来た。
「本当だ。すみませんね」
「鷲娘が見たかったのに!」
「ではお代はお返ししますよ」
客と主人は入り口に向かった。千鶴はその檻に近づいた。プレートには『魔物・鷲娘』と書かれていた。茶色い羽毛と肌色の皮膚が見える。これも奇形かと思い、彼女は中を覗いた。
「!!」
千鶴は息が止まるほど驚いた。中でくたりと倒れているのは、人間の頭と胸を持つ鷲だったのだ。
(どうして?!)
間違いない。これは鳥人だ。目を閉じた顔は幼く、乳房も小さい。まだ幼鳥だ。中途半端に変化を止められていた。
『しっかりして!』
念話を送ったが、反応がない。檻に手を入れて直接霊力を流そうとしたが、
「どうした?チヅル」
ケンが後ろから声をかけてきた。ただならぬ表情をしていたのだろう。彼は千鶴の両肩をそっと抱いた。彼女は念話で言った。
『同胞なの!まだ生きてる!』
「…」
ケンも屈んで檻を覗いた。
『魔物なんかじゃない!…ああ!死んでしまう!』