04 デクノボー
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子狐が居着いた。奴はせっせと山の幸を獲ってくる。無収入の千鶴は肩身が狭い。ちょうど芋の収穫が始まったので、村に売りに行くのを手伝った。ケンは芋でいっぱいの荷車を軽々と引いていった。
「馬とかいれば楽じゃない?」
後ろで押しながら、千鶴は訊いた。馬車で荷を運ぶイメージなんだけど。
「馬は高い。一頭100万はする」
「100万円?」
「エンじゃない。ディネロだ」
通貨の単位を教わっているうちに商店に着いた。ケンが店の裏に荷を降ろす間、千鶴は表のベンチで休んでいた。そこへ3人の若い男が声をかけてきた。
「ケンの嫁って、あんたか?」
「千鶴です!よろしくね!」
笑顔で挨拶をしたら、男たちは呆けたような顔をした。そのうちの1人がジロジロと千鶴を上から下まで眺めて言った。
「あんなボロ小屋に、よく嫁が来たな。身請けでもされたか?」
失礼極まりない。千鶴は男を睨んだ。
「デクノボーのくせに。こんな美人を手に入れやがって」
「まったくだぜ。デクノボーにゃ、勿体ない」
他の2人も憎々しげに言った。『デクノボー』の意味は不明だが、ケンを貶めているのは分かる。許せん。
「何を言ってるのかしら? 私からお願いして妻にしてもらったのよ」
千鶴の妖術が水蒸気を凍結させた。急激に周囲の気温が下がる。男たちの体はあっという間に霜に覆われた。
「ま…魔法を使うぞ!この女!」
「おほほほほ。寒くなってきただけよ。晩秋ですもの」
奴らの靴裏は凍って地面に張り付く。そこへケンが出てきた。真っ白な男たちと千鶴を見比べ、ため息をついた。
「こいつらは俺の幼馴染だ。悪気は無い。赦してやれ」
彼女はむくれた。いじめっ子の間違いじゃないの。
「だって『デクノボー』って」
「ただの渾名だ。気にしてない」
仕方なく、術を解いた。男たちは慌てて逃げていった。商店から中年の女性も出てきて、奴らの後ろ姿を渋い顔で見た。
「ケンの嫁さんが綺麗だから。妬んでんのさ。ごめんね、チヅルちゃん」
千鶴は満面の笑みを浮かべた。
「まあ!女将さんたら!綺麗な嫁だなんて!」
「俺は届け物がある。お前はここに居ろ。また奴らに絡まれたら困る」
ケンは残りの芋と薬草の箱を持ち、出かけてしまった。待っている間、女将さんがお茶に誘ってくれた。千鶴はそこでようやく『デクノボー』の意味を知った。
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ケンはおとなしい子供だった。チャンバラごっこをするんでも、すぐに降参して捕虜になる。子供同士で遊ぶより、日曜学校で学ぶ方が好きみたいだった。かわいそうに、15の時には両親を流行病で亡くしてた。
『木偶の坊』っていうのは、『人のいいなり』って意味だ。ケンは何でも他人にあげてしまう。薬草は売れば金になるのに、病人がいればタダで分けてやる。夫を失った女の畑仕事を手伝ってやる。もちろん金は取らない。
一人暮らしの老人の死に水も取ってやるし、諍いの仲裁だって、本当は村長の仕事なのにケンがしてる。日照りや冷害で収獲が減っても、決して作物の値を上げなかった。
そんな事を続けていれば貧乏なままだ。でも全然気にしてない。いつも穏やかで怒らない。一年中、誰かのために働いている。褒められもしないのに。だから『木偶の坊』って呼ばれてる。
さっきの悪ガキどもはバカにしてるけど、ほとんどの村人はケンに感謝してるよ。魔法を使える嫁さんがきたんだ。幸せになるだろうよ。神様はちゃんと見てらっしゃるんだね。
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女将さんの話を聞いて、千鶴は己を恥じた。馬が欲しいとか、狐は消えてほしいとか、自分勝手だった。ケンは素晴らしい人だ。ほぼ聖人だと思う。ボロっちい小屋は、やっぱり直したいけど。
(ケンと共に幸せに暮らしたい。『デクノボー』夫婦でもいいや)
貧しさや辛さを抱える人に届け物をして、ケンは戻ってきた。帰りは荷車に千鶴を乗せてくれた。
「ねえ。ケン。やっぱ馬は要らないや」
「そうか? 農耕馬にもなるし、良いぞ」
そんな話をしながら小屋に戻ると、戸の前に白い馬がいた。2人は驚いて顔を見合わせた。どこかから逃げてきたのかも。脅かさないように、ケンはゆっくりと馬に近づいた。すると、
「お久しぶりです。スーデルソヨー」
馬が喋った。妖だ。千鶴は咄嗟に妖術を使おうとして、ケンに止められた。
◇
ケンは白い馬に芋を食べさせ、ざっと手入れをしてやった。馬は小屋に入れないので、今夜は外で夕餉にする。焚き火を囲んで芋粥を食った。山から戻ったギンも交えて、馬の話を聞いた。
「私はツァス。あなたの馬でした。覚えていない?…問題ありません。あなたと共に、幸せに暮らせれば良いのです」
白い馬は顔をケンに押し当てた。彼は撫でてやった。
「ちょっと待ったーっ!」
チヅルが険しい顔で立ち上がる。
「それ!私が先に思ってたんだから!」
「…日ノ本の鳥人ですか。思いに先も後もありません。愚かな」
チヅルと白馬の魔法がぶつかり合った。雹の混じった旋風が焚き火を揺らした。
「オレも仲間に入れてー!」
ギンまで乱入してきた。ケンは食器が割れる前に回収し、小屋に入った。3人は遅くまで力比べをしていたようだ。翌朝、外に出ると仲良く寄り添いあって寝ていた。
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目が覚めた千鶴は思った。短期間に2匹も妖が現れるなんて、おかしい。ケンは『恩返され体質』なのかも。
「ケンとどんな関係なのよ?」
早速、ケンが馬小屋を作っている。材料は木こりの村人から貰ったそうだ。千鶴は芋の選別作業をしながら馬に訊いた。昨夜はすぐに喧嘩に突入してしまい、馬の身の上話をちゃんと聞いてなかったのだ。白馬はモンゴル帝国っぽい時代の前世を語った。
「スーデルソヨーは心優しい少年でした。親とはぐれた仔馬の私を拾って、大切に育ててくれました。私たちは部族で一番の騎馬と騎手になったんです」
草原を白馬で疾駆する少年。美しい想像が広がる。
「ある時、私たちは貴族が開いた競馬大会に出ました。見事優勝したのですが…」
「ですが?」
白馬を気に入った貴族が、少年から馬を取り上げてしまった。抵抗した少年は蹴られ殴られて追い出された。馬は少年の下に帰りたくて脱走した。しかし追手が射た矢傷が元で死んだ。
「ううっ!酷いっ!」
千鶴は号泣した。何という残酷物語だ。持っていた芋が砕けてしまった。
「辛かったね。少年もハクも」
「私の名前はツァスです」
「言いにくい。白いからハクでいいよ。その少年も、スー何とかじゃなくてケンだからね。今は」
白馬は不満そうだが、ケンが『ハク』と呼ぶと納得した。変化もできると言うので見せてもらったら、白髪の中華風美女だった。すわライバル出現か!と千鶴は身構えた。しかしその後、ハクは専ら馬の姿でケンを手伝っていた。鶴と狐と馬と人間の奇妙な生活が始まった。