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04 デクノボー

            ♡



 子狐が居着いた。奴はせっせと山の幸を獲ってくる。無収入の千鶴は肩身が狭い。ちょうど芋の収穫が始まったので、村に売りに行くのを手伝った。ケンは芋でいっぱいの荷車を軽々と引いていった。


「馬とかいれば楽じゃない?」


 後ろで押しながら、千鶴は訊いた。馬車で荷を運ぶイメージなんだけど。


「馬は高い。一頭100万はする」


「100万円?」


「エンじゃない。ディネロだ」


 通貨の単位を教わっているうちに商店に着いた。ケンが店の裏に荷を降ろす間、千鶴は表のベンチで休んでいた。そこへ3人の若い男が声をかけてきた。


「ケンの嫁って、あんたか?」


「千鶴です!よろしくね!」


 笑顔で挨拶をしたら、男たちは呆けたような顔をした。そのうちの1人がジロジロと千鶴を上から下まで眺めて言った。


「あんなボロ小屋に、よく嫁が来たな。身請けでもされたか?」


 失礼極まりない。千鶴は男を睨んだ。


「デクノボーのくせに。こんな美人を手に入れやがって」

 

「まったくだぜ。デクノボーにゃ、勿体ない」


 他の2人も憎々しげに言った。『デクノボー』の意味は不明だが、ケンを貶めているのは分かる。許せん。


「何を言ってるのかしら? 私からお願いして妻にしてもらったのよ」


 千鶴の妖術が水蒸気を凍結させた。急激に周囲の気温が下がる。男たちの体はあっという間に霜に覆われた。


「ま…魔法を使うぞ!この女!」


「おほほほほ。寒くなってきただけよ。晩秋ですもの」


 奴らの靴裏は凍って地面に張り付く。そこへケンが出てきた。真っ白な男たちと千鶴を見比べ、ため息をついた。


「こいつらは俺の幼馴染だ。悪気は無い。赦してやれ」


 彼女はむくれた。いじめっ子の間違いじゃないの。


「だって『デクノボー』って」


「ただの渾名だ。気にしてない」


 仕方なく、術を解いた。男たちは慌てて逃げていった。商店から中年の女性も出てきて、奴らの後ろ姿を渋い顔で見た。


「ケンの嫁さんが綺麗だから。妬んでんのさ。ごめんね、チヅルちゃん」


 千鶴は満面の笑みを浮かべた。


「まあ!女将さんたら!綺麗な嫁だなんて!」


「俺は届け物がある。お前はここに居ろ。また奴らに絡まれたら困る」


 ケンは残りの芋と薬草の箱を持ち、出かけてしまった。待っている間、女将さんがお茶に誘ってくれた。千鶴はそこでようやく『デクノボー』の意味を知った。



            ▪️



 ケンはおとなしい子供だった。チャンバラごっこをするんでも、すぐに降参して捕虜になる。子供同士で遊ぶより、日曜学校で学ぶ方が好きみたいだった。かわいそうに、15の時には両親を流行病で亡くしてた。


 『木偶の坊』っていうのは、『人のいいなり』って意味だ。ケンは何でも他人にあげてしまう。薬草は売れば金になるのに、病人がいればタダで分けてやる。夫を失った女の畑仕事を手伝ってやる。もちろん金は取らない。


 一人暮らしの老人の死に水も取ってやるし、諍いの仲裁だって、本当は村長の仕事なのにケンがしてる。日照りや冷害で収獲が減っても、決して作物の値を上げなかった。


 そんな事を続けていれば貧乏なままだ。でも全然気にしてない。いつも穏やかで怒らない。一年中、誰かのために働いている。褒められもしないのに。だから『木偶の坊』って呼ばれてる。


 さっきの悪ガキどもはバカにしてるけど、ほとんどの村人はケンに感謝してるよ。魔法を使える嫁さんがきたんだ。幸せになるだろうよ。神様はちゃんと見てらっしゃるんだね。



            ♡



 女将さんの話を聞いて、千鶴は己を恥じた。馬が欲しいとか、狐は消えてほしいとか、自分勝手だった。ケンは素晴らしい人だ。ほぼ聖人だと思う。ボロっちい小屋は、やっぱり直したいけど。


(ケンと共に幸せに暮らしたい。『デクノボー』夫婦でもいいや)


 貧しさや辛さを抱える人に届け物をして、ケンは戻ってきた。帰りは荷車に千鶴を乗せてくれた。


「ねえ。ケン。やっぱ馬は要らないや」


「そうか? 農耕馬にもなるし、良いぞ」

 

 そんな話をしながら小屋に戻ると、戸の前に白い馬がいた。2人は驚いて顔を見合わせた。どこかから逃げてきたのかも。脅かさないように、ケンはゆっくりと馬に近づいた。すると、


「お久しぶりです。スーデルソヨー」


 馬が喋った。妖だ。千鶴は咄嗟に妖術を使おうとして、ケンに止められた。



            ◇



 ケンは白い馬に芋を食べさせ、ざっと手入れをしてやった。馬は小屋に入れないので、今夜は外で夕餉にする。焚き火を囲んで芋粥を食った。山から戻ったギンも交えて、馬の話を聞いた。


「私はツァス。あなたの馬でした。覚えていない?…問題ありません。あなたと共に、幸せに暮らせれば良いのです」


 白い馬は顔をケンに押し当てた。彼は撫でてやった。


「ちょっと待ったーっ!」


 チヅルが険しい顔で立ち上がる。


「それ!私が先に思ってたんだから!」


「…日ノ本の鳥人ですか。思いに先も後もありません。愚かな」


 チヅルと白馬の魔法がぶつかり合った。雹の混じった旋風が焚き火を揺らした。


「オレも仲間に入れてー!」


 ギンまで乱入してきた。ケンは食器が割れる前に回収し、小屋に入った。3人は遅くまで力比べをしていたようだ。翌朝、外に出ると仲良く寄り添いあって寝ていた。



            ♡



 目が覚めた千鶴は思った。短期間に2匹も妖が現れるなんて、おかしい。ケンは『恩返され体質』なのかも。


「ケンとどんな関係なのよ?」


 早速、ケンが馬小屋を作っている。材料は木こりの村人から貰ったそうだ。千鶴は芋の選別作業をしながら馬に訊いた。昨夜はすぐに喧嘩に突入してしまい、馬の身の上話をちゃんと聞いてなかったのだ。白馬はモンゴル帝国っぽい時代の前世を語った。


「スーデルソヨーは心優しい少年でした。親とはぐれた仔馬の私を拾って、大切に育ててくれました。私たちは部族で一番の騎馬と騎手になったんです」

 

 草原を白馬で疾駆する少年。美しい想像が広がる。


「ある時、私たちは貴族が開いた競馬大会に出ました。見事優勝したのですが…」


「ですが?」


 白馬を気に入った貴族が、少年から馬を取り上げてしまった。抵抗した少年は蹴られ殴られて追い出された。馬は少年の下に帰りたくて脱走した。しかし追手が射た矢傷が元で死んだ。


「ううっ!酷いっ!」


 千鶴は号泣した。何という残酷物語だ。持っていた芋が砕けてしまった。


「辛かったね。少年もハクも」


「私の名前はツァスです」


「言いにくい。白いからハクでいいよ。その少年も、スー何とかじゃなくてケンだからね。今は」


 白馬は不満そうだが、ケンが『ハク』と呼ぶと納得した。変化もできると言うので見せてもらったら、白髪の中華風美女だった。すわライバル出現か!と千鶴は身構えた。しかしその後、ハクは専ら馬の姿でケンを手伝っていた。鶴と狐と馬と人間の奇妙な生活が始まった。


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