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28 突入

            ♡



 王様と王妃様に「ご心配おかけしました。ちょっと出てきます」と言って、千鶴は飛び出した。爺達が魔力を分けてくれたので気力体力共に満タンだ。


 シエルの念話が急に途絶えた。でもあっちの積乱雲の方に気配がする。小袋も同じ方角を差しているし。彼女は全速力で飛びはじめたが、ふと地上を走る騎馬に気づいて、急ブレーキをかけた。雉の爺も止まった。


「どうした?千鶴」


 どうもこうも、灰色頭がハイテールの方向に走っていた。千鶴は急降下して馬の脚を凍らせた。勢い余った灰色は前方に投げ出される。ここで会ったが百年目、うめく灰色を踏みつけてやった。


「ハルピュイアか。もう遅い」


 奴は嘲笑うように言った。動けないくせに。


「何がだよ!この腐れ外道が。あっ!これあたしの羽根じゃない!」


 馬にくくりつけた袋から、白い羽毛が溢れ出ている。千鶴の匂いがする。


「黒狼が魔王の種だったとはな。災い転じて福と為す、だ。奴はお前の羽根を追ってくる。第八王子も王も死…ガハッ!」


 降りてきた雉の爺が妖術で灰色を拘束し、猿轡を噛ませた。


「この男は“言霊使い”だ。喋らせるな。洗脳される。まあ霊力の高い者には効かないがな」


 そして灰色の耳の穴に青い羽根を刺した。


「言霊使いはこうやって尋問するんだ。よく見ておきなさい」


「ギャアアアッ!」


 羽根は脳に潜り込んで情報を集めてきた。灰色は絶叫して気を失う。えげつない妖術だけど凄い。


「ふむ。魔王を使って王らを殺そうと企んだのか。羽根は魔法で増やしたと」


 ケンは羽根に触れた者を無差別に攻撃している。千鶴を殺した敵だと思って。もはや王子やシエルも分からないらしい。


「そんな…」


 千鶴は呆然とした。あの積乱雲は少しづつ動いている。このままではハイテールも飲み込まれてしまう。


「行こう。爺。早く何とかしないと」


「そうしよう。こいつは…ちょっと仕舞っておく」


 爺は灰色を四次元収納の瓢箪に吸い込んだ。2人の鳥人は再び舞い上がった。



            ♡



 積乱雲の近くまで来た時、大鷲と梟の爺が追いかけてきた。大鷲の爺は大きな手で千鶴の頭を撫でた。


「千鶴!どうだ調子は?」


「おかげさまで絶好調だよ。ありがとね。…なんか若返ってない?」


 久しぶりに見た爺の顔はシワひとつない。体も少し大きくなっている。


「ここが霊気に満ちているせいだ。実に興味深い」


 梟の爺は白髪の無くなった髪を靡かせている。雉の爺は元々年齢不詳だから気づかなかった。


「妖術も力加減を調節しないと。さっきも大火事を起こしかけてしまった。ハハハ!」


 大鷲の爺の言葉で思い出した。千鶴も怪力で色々壊していた。不器用じゃなくて、ここの霊気のせいだったんだ。


「ところで、2人とも何を急いでいる?」


「あの千鶴の夫を止めねばならん」


 梟の爺が訊くと、雉の爺は積乱雲を指差した。


「変わった夫だな!妖なのか?」


「入道雲に変化とは。考えたこともなかった。今度試してみよう」


 爺たちは妙なところに感心している。千鶴は全力で否定した。


「違う!元は普通の人間だったの!」


 断じて魔王などではない。千鶴の無事を知れば、きっと元に戻る。ケンは優しい人なんだから。しかし地上では、雲からの雷攻撃を必死に防ぐ王子達がいた。



            ▪️



 アウグストとシエルは力を合わせて防壁を張っていた。このままでは魔力が尽きてしまうが、雷の数が多過ぎて逃げ出せない。ジリジリと焦っていると、頭上からチヅルの声がした。


「王子!シエル!大丈夫?」


 急いで防壁に隙間を空けた。チヅルと長老達がそこを通って降りてくる。シエルは母の胸に飛び込んだ。


「お母さん!」


「シエル!遅くなってごめんね!」


 母子は泣きながら抱き合った。アウグストはチヅルに訊いた。


「魔王…ケンにお前の無事を知らせたい。念話は通じるか?」


「それが全然」


 すると梟の長老が、


「王子。儂らだけで突入する。防壁はこの子らにやってもらう」


 と言って、上にいた鳥人族を呼び寄せた。防壁の中は護衛騎士とその馬、戦乙女らでいっぱいになる。3人の長老は彼女達に防壁の張り方を教えた。ぶっつけ本番でやる気だ。


 突入するのは、長老達とチヅル、シエルだという。アウグストは自分も行くと主張した。だが剛腕卿が反対した。


「危のうございます!何が起こるか分かりません」


「妻だけ行かせる阿呆がいるか!ここから先は魔法の戦いだ。卿らはここで待て」


「し、しかし…」


 どのみち、これを止めないと国が滅ぶ。アウグストは背に羽を出した。騎士らが目を見張っている。どんどん人間離れしていくが仕方ない。


「おや。婿殿も飛べたのか?」


 大鷲の長老が笑顔でアウグストの頭を撫でた。完全に子供扱いだ。王子は不機嫌に答えた。


「最近、出来るようになった」


「ならば良し。行くぞ」


 雉の長老は頷くと、大きく羽ばたいて外に飛び出した。他の者も続いた。


「じゃあ、儂が出た10秒後に防壁を代わってくれ」


「はいっ!」


 最後に梟の長老が乙女らに声を掛けて出た。幸いな事に飛んでいると攻撃されない。6人は積乱雲の天辺まで上昇した。



            ♡



 梟の爺がざっくり計画を立てた。中心にケンがいると仮定して、金床雲の真上から穴を空ける。どれくらい厚みがあるか不明だが、一気に下りて彼を探す。見つけたら、気絶させてでも連れ戻す。


「手荒なことはしないでよ。手加減してよね」


 千鶴は爺達に念を押した。


「分かってる。彼もウチの婿殿だ。俺が押さえとくから、その間に説得しろ」


 大鷲の爺は気楽に言った。


「臨、兵、闘、者…」


 雉の爺が九字印を結んだ。たちまち霊力が爺の両手に集まる。


「…前!」


 ドカン!と大きな音と共に穴が空いた。千鶴はシエルと手を繋ぎ、穴に飛び込んだ。長い時間下降した後、遂に中心と思われる空間に出た。濃い霧が立ち込め、かなり視界が悪い。


 その時、地表らしき所からギンの念話が聞こえた。


『おーい!』


 行ってみると、人化したギンが大きな柱につかまっていた。


「ギン!良かった!無事だったんだ!」


 千鶴は急いで下りた。一見したところ怪我もしていない。


「ケンは? ハクもどこ行っちゃったの?」


「ハクは向こうだ。お前も手伝え!ケンを止めるんだよ!」


 ギンは怒ったように言った。すると柱が地響きを立てて揺れ始め、彼はそれを押さえて踏ん張った。千鶴は訳が分からず突っ立っていた。


「これはケンの左足だ!ハクが右を押さえてる!」


「え?」


 ごおっと風が吹いた。大鷲の爺が霧を払ったのだ。20メートルほど向こうにハクがいる。彼女は巨大な踵にしがみついていた。千鶴は上を見上げて固まった。大仏よりも大きな巨像が立っていたのだ。


 巨大な脛の上には巨大な膝。どこかの御神木みたいに太い足は、バティック風の布を巻いた腰へと続く。六つに割れた腹筋と逞しい胸部を持つ胴に、6本の腕が生えている。顔は上すぎてよく見えない。


「デカい婿殿だな!こりゃダメだ。おっと!」


 飛んでいた大鷲の爺を雷が襲った。大きな腕も爺や王子達を捕まえようと動く。意外と速い。


「やめて!お父さん!」


 シエルは飛び上がり、巨大な腕にしがみついた。すると、その腕は動きを止めた。梟の爺が皆に命じた。


「一人一本ずつ止めろ!」


 爺達はそれぞれ手近な腕を押さえた。王子も飛びつきながら叫んだ。


「チヅル!顔の近くで呼びかけろ!」


「分かった」


 千鶴は巨像の頭近くまで上昇した。近づいてみれば、確かにケンの顔だ。目を閉じて、少し悲しそうな表情をしている。


「ケン!あたし!もう大丈夫!治ったから!」


 彼女は大声で叫んだ。だが巨像は自由な手で千鶴を払い落とそうとした。顔に触れて直接念話を流そうとしても、大きな掌が近づけさせない。ここまで来て話ができないなんて。


「千鶴!耳だ!」


 雉の爺が珍しく声を張り上げた。そうだ。さっきの拷問的尋問だ。千鶴は手と雷を避けながら顔の側面に移動して、大きな耳の穴に飛び込んだ。さすがに頭の中までは攻撃できない。しかし不快なのか頭を振っている。彼女は邪魔な羽をしまって、揺れ動く穴の奥まで走った。やがて行き止まりの壁が見えた。


「ケン!もう帰ろう!」


 千鶴はその壁に両手をついて語りかけた。精一杯、念話も送った。でも揺れは全然おさまらない。


「もうやだーっ!元に戻ってよ!優しいケンを返して!うええーん!」


『優しくなんか無い』


 泣いていると、壁の向こうからケンの声が聞こえる。


『これが俺の本性だ。向こうでもここでも、大量の命を奪う』


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