27 魔王誕生
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遠くの空でワイバーンと鳥人族が戦っている。ブルータスが加勢に行こうかと迷っていると、狐人の伝令が来た。
『西に二千メートルの湿地に、人狼の別動隊がいる。数は500程だな』
妙な鏡の中から陛下が指示を出した。こんな戦は初めてだ。
『亡命中でな。私とアウグストしか指揮官がいない。すまんな』
「滅相も無い。こちらの位置がお分かりで?」
ブルータスは不思議に思って訊いた。
『ああ。全て見えている。アウグストが直接頭に指示を出すこともある。驚くなよ』
何のことやらさっぱりわからない。狐人の伝令は隠密の様に素早く消える。ブルータス隊は移動を開始した。
指示された場所には既に人狼が待ち構えていた。丈高い葦が邪魔で鉄鎖は使えない。ブルータスは匂い玉だけを使う事にした。いざ、突撃の合図をしようとしたら、
『待て。今、人魚族が敵を足止めする』
頭の中に第八王子の声が響いた。
『10秒後に一撃食らわす。それから行け。行くぞ10、9…』
すぐ横にあった水たまりから、ニョキっと手が出てきて、敵を指した。人狼は足が上がらずに騒いでいる。
『…2、1、0』
空から光の矢が降ってきた。それが半分近くの人狼を吹き飛ばす。ブルータス隊は突撃した。凄い。本当に殿下の声が聞こえた。こちらの状況が見えている。湿地のぬかるみは騎馬が走る所だけ固まった。誰かが手助けをしているようだ。
ブルータスは落馬した者を助けに駆けつけ、囲まれてしまった。3匹同時に飛びかかられた時、光の矢が2匹を吹き飛ばした。
「援護します!」
彼は人狼を斬り捨てながら見上げた。あの伝令にきた女だ。ブルータスが水を飲ませてやった。凄く綺麗な顔が彼を見つめている。名前が知りたい。独身かどうかも。婚約者の有無もか。
「隊長!もう終わりました!」
気づくと人狼は全滅していた。女は手を振って飛び去ってしまった。
「あ、名前…」
ブルータスは決心した。次こそ尋ねよう。部下がヒソヒソと何か話していたが、全然聞こえなかった。
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長老達は凄まじい魔法で残りの人狼を一掃した。おかげでこちらの勝利は確定だ。だが彼らはゴッズリバーを殲滅させると言って聞かない。アウグストは思いとどまるよう説得した。
「せめてチヅルが目覚めるまで待ってくれ」
優しい彼女がそんな事を望むとは思えない。大鷲と梟の長老は渋々受け入れた。
「婿殿がそう言うならば。ではそれまで、汚れた狼どもを掃除するか」
「早く片付けないと伝染病の元になるしな」
2人は死体の後始末に行ってくれた。
アウグストはふとケンを思い出した。ハクとギンもチヅルを運んだ後で戦場に戻った。数時間もの間、彼らだけで数千の人狼と対していたはずだ。突破されたという報告もない。早くチヅルの無事を知らせないと。
『デイフィールドのケンを映せ』
王子は偵察隊に命じた。だが水鏡には黒い大地が映るばかりだった。
「シエル!ケンには知らせたか?!」
妻は顔を曇らせて答えた。
「念話が通じないの。今、レゼルが知らせに向かってる」
映像を確認するが、どこにもケンたちはいない。待て。あそこの土はこんなに黒かったか。夏草は。アウグストは映像を拡大した。大地は人狼の死体で埋め尽くされていた。
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千鶴は夢を見ていた。
あるローマの将軍は反乱の末に数万人を殺した。冤罪で妻子を吊るされたからだ。
またある東欧の君主は、多くの異教徒を殺して悪魔と呼ばれた。追い詰められた妻が自殺したからだ。
草原の貧しい羊飼いは全て思い出した。
(もう殺すまい)
だが愛する白馬が死んだ時、やはり狂ってしまった。気づくと国中の貴族とその家来を殺していた。
何度生まれ変わっても、大量殺戮をしてしまう。
数百年後、ようやく戦のない時代に生まれた。平凡な中学生は平穏な人生を送るはずだった。なのに運命は彼を見逃さなかった。
(まだだ。農夫として生きれば)
人に尽くし、富を持たない。誰も愛さない。そうやってケンは運命を欺いていた。
「君に会うまではね。チヅル」
鶴を救った少年が寂しげに言った。そこで夢は終わった。そうか。あの骨が見せてくれたんだ。
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目を開けると、千鶴は知らない部屋で寝ていた。ベッドの横に雉の爺が座っている。
「起きたか。ゴッズリバーとやらを消そうか? それとも損害賠償を払わせるか?」
唐突に質問された。話が全く見えない。彼女は起きあがりながら訊いた。
「何で爺がここにいるの? どうやってここが分かったの?」
「お前が死にかけたからだ。その小袋にはGPSが入っている」
異世界に不似合いな単語が出てきた。小袋の中身を見たら、お骨と発信機が入っていた。衛星もないのにどうして。
「霊力で探せるんだ。亀の婆さんが、お前が死にそうだって急に騒いでな」
それで大鷲の爺と、梟の爺と一緒に来てくれた。着いたらワイバーンと戦う同胞がいたので、サクッと敵を消した。千鶴の怪我も治してくれた。
「ありがとう!ああー助かったー!」
寝てる間に万事好転していた。長老が3人もいれば、人狼だろうが何だろうが、どんと来いだ。彼女はベッドを下りて、娘に会いに行こうとした。しかし爺がおかしな事を言った。
「今はいないぞ。お前の夫のケンとやらが魔王化したそうだ」
「はい?」
またまた。GPSにRPG? 突っ込もうとしたら、シエルの叫びが聞こえた。
『助けてお母さん!』
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人狼の死体を辿った先に、地を覆う巨大な積乱雲があった。『魔王』と呼ばれる超常現象だ。アウグストは妻と護衛を連れて、現地に急いだ。
「魔王?」
シエルは知らなかった。王子は説明した。
「最後に出現したのは5千年前。人類は絶滅しかけたと伝えられる。隕石の落下か、伝染病の比喩だと考えられてきたが…」
先祖達はこの巨大な魔力の塊を絵で遺したが、詳細は不明だ。これがどのような厄災をもたらすのか見当もつかない。
「中心にお父さんがいる。でも念話が通じないの」
鳥人族は入り口を探して飛び回った。しかし雲のように見えて、不可視の固い防壁に覆われている。地上からも空からも、中に入ることはできなかった。
(一旦調査を打ち切り、学術院の有識者と話し合うべきか)
王子が考えあぐねていると、護衛の剛腕卿が注意を促した。
「殿下。東より接近する一団がおります」
「何者だ?」
剛腕卿は遠眼鏡で確認した。
「神殿騎士団のようです」
白い鎧兜にマントをつけた騎士達はアウグストのすぐ側で止まった。指揮官らしき男が進み出た。
「アウグスト殿下。ここは危ないのでお下がりください」
口調は丁寧だが、下馬もせずに横柄だ。王子は冷たく拒否した。
「断る。ここは我が国の領土内だ。出ていけ」
剛腕卿がずいと前に出て指揮官を睨んだ。
「ま、待たれよ!そちらと争う気は無い。魔王を討伐せよと神託があったのだ!そうだな? ネロ」
指揮官は、背後にいた灰色の髪の上級神官を呼んだ。
「その通りです。さあ殿下。共に魔王を討ち倒しましょう」
灰色の目の神官は抑揚のない声で言った。気持ちの悪い声だ。アウグストは不快感を押し殺して神官に訊いた。
「どうやって倒す」
「殿下は当代随一の光魔法の使い手。我々と力を合わせて光の大魔法を撃ちましょう」
簡単に言ってくれる。そんなことをしたら1週間は動けない。
「やりたければ勝手にやれ」
王子が拒否すると、神官はやにわに馬で走り出した。
「何だ?」
逃げながら奴が何かを撒いた。軽くて小さなものが風に乗って舞い落ちた。白い羽毛だ。シエルが悲鳴をあげた。
「逃げて!アウグスト!違うの!やめてお父さん!」
支離滅裂なことを言い、彼女は風で羽毛を吹き飛ばそうとした。
「撤退!」
剛腕卿が叫ぶと同時に、『魔王』が稲妻で攻撃してきた。避け損ねた神殿騎士の一部が焼け焦げる。アウグスト達は逃げた。稲妻は次々を襲ってくる。
「一体何が起こった!?」
訳がわからず防護魔法で弾き返していると、シエルが泣きながら言った。
「これはお母さんの羽根。お父さんは私たちを仇だと思ってる!助けてお母さん!」




