表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/30

26 帰還

            ▪️



「ケンが飛び出して行った?」


 アウグストは睡眠不足の頭で考えた。奴は遊軍扱いだ。戦場のどこかにいれば良い。命令違反は後で問うことにして、今は放っておこう。


「うん。今、デイフィールドってとこで、人狼が川を越えるのを止めてる」


 領主館の大広間を作戦本部として、陛下と詰めている。そこで妻はサラッと重要なことを言った。


「もうそこまで来ていたのか?! 早すぎる!」


「落ち着けアウグスト。…シエル。様子を映せるか?」


 陛下が命じると、彼女は頷いて水鏡を出した。そこに白馬に乗って人狼を斬り伏せるケンが映る。ギンは魔法の刃で戦っている。


「今、周囲に配した斥候達の見ている映像も出します」


 アウグストは小さめの水鏡を幾つも並べた。確かに隣領の河岸に人狼がひしめいている。ケン達が先行して良かった。危うく奇襲を許すところだった。彼は胸を撫で下ろした。


「次から先に報告してくれ…」


「ごめん」

 

 妻は素直に謝ったが、ハイテールの住民は軍人ではない。不慣れな事をさせているのはこちらだ。


「これは凄いな!戦場が一望できるのか!」


 陛下は水鏡に感心している。指示もできると言ったら、やってみせろと言われた。アウグストは川にいる人魚族に念話した。


『私だ。ケンを援護できるか?』


『ハイ!』


 人魚達は水を操り、人狼の足元を粘土のように固めた。更に深みに引き摺り込んで沈める。それだけで数十匹の人狼が消えてしまった。


「…凄い連中だな」


「定住希望の審査中でした。許可するとしましょう」


 次に兎人族が渡河してきた人狼を迎え撃つ。アウグストは近くにいた鹿人族を応援に行かせた。


『無理はするな。敵は狼…』


『大丈夫デス!』


『オ任セクダサイ!』


 最後まで聞かずに、草食の2氏族は争うように走り出した。兎人は人狼の鉤爪を掻い潜り、逞しい脚で頭を蹴り飛ばした。首が千切れるほどの威力だ。鹿人は低い姿勢で突進すると、角で刺した。人狼の皮膚は刃こぼれするほど硬いはずだが。王と王子は無言になった。


「なぜこれほど強い種族が移住をしたがる?」


 やっと口を開いた陛下の問いに、シエルが答えた。


「数が少ないの。力を合わせた人間には敵わない。隠れ住んだり、少ない土地を奪い合ったり、見せ物にされたり、そういうのが嫌なの。ハイテールは、“納税”すれば人間と仲良く暮らせるから」


「ゲホッ!」


 陛下が飲んでいた茶をむせた。慌てて狐人の小姓が背中をさする。シエルは拳を握って宣言した。


「だから絶対にゴッズリバーは許さない。この戦いに勝って、私達は必ず“納税”する」


「…」


「申し訳ありません。私の説明が足りないようです」


 アウグストは謝罪して妻の手を取った。チヅルがいけない。曲解されている。その時、彼女がビクッと体をこわばらせた。


「お母さんだ!」

 

 シエルはケンの映像を指した。そこには片脚を失った大きな鳥がいた。



            ♡



 瀕死の鶴は懸命に飛んだ。封印中に溜めた霊力はダチョウの治療で無くなった。おまけに矢を射られた。ノッポが綺麗に切ってくれたし、すぐ凍らせたので脚の傷は痛くない。でも刺さった矢が生命力を奪っていく。


(痛い…。ケン、どこ…)


 空が曇っていて方向がよく分からない。千鶴は泣きたくなった。すると胸の羽毛から袋がぴょこっと飛び出した。こちらに持ってきた、少年の骨が入った小袋だ。ずっと首にかけていたのを忘れていた。それは彼がいる場所を示した。


(あっちだ!)


 ハイテール近くの川岸で、ケンとハク、ギン達が人狼と戦っていた。ウジャウジャと渡ってくる人狼を、他の種族も頑張って押し留めている。


『ケン!』


 千鶴は念話を送った。気づいたケンが上を見た。もう大丈夫だ。彼女はホッとして下降を始めた。


「!?」


 突然、何かが体当たりをしてきた。同時に傷ついた脚に激痛が走った。落ちながら顔を向けると、ワイバーンが脚に噛み付いている。奴は半分以上を喰いちぎった。


『ああああ!』


「チヅル!」


 ハクが猛スピードで飛んでくる。ケンはワイバーンを一太刀で切り捨て、千鶴を受け止めた。あまりの痛みに彼女は気を失った。最後に見えたのは、目を見開いて青ざめたケンの顔だった。



            ◇



「チヅル!チヅル!」


 酷い状態でチヅルは戻ってきた。喰い切られた脚からは血が流れ、胴には何本も矢が刺さっている。


 何があった。何をされた。チヅルは痛がりなのに、こんな。ケンの中で何かが目を覚ました。


「ギン、ハク。ハイテールへ運んでくれ」


「う、うん」


 ギンにチヅルを渡し、白馬に乗せると、彼は地上に飛び降りた。


「いけません!ケン!まだ、まだ生きています!」


 嘘だ。心臓の音が聞こえない。


「ハク!急ごう!」


「ケン!すぐ戻ります!」


 ギンが急かし、白馬は空に飛び上がった。それを見送ることもせず、ケンは人狼の群れに突っ込んだ。



            ▪️



 ボロボロの鳥が領主館に運ばれてきた。シエルが懸命に治癒魔法をかけるが、傷は塞がらない。意識も戻らず、脈がほとんど取れなくなってきた。


 泣きながらシエルは説明した。鳥人の治癒魔法は、自分より上位の者へは効かない。チヅルと魔力量が同等以上の者でないと治せないと。


「どうしよう。お母さんが死んじゃう!」


 アウグストも辛い。自分たちを逃がすためにチヅルは犠牲になったのだ。何とか助けたい。そこへ伝令が走ってきた。


「ワイバーンの襲撃です!」


「何だと!」


 王子は本部に戻った。すでに陛下が鳥人族に指示を出していた。


「ワイバーン? どうして急に?」


 水鏡に空を覆い尽くすような翼竜の群れが映った。領主館を目指している。


「狙いが我々なら、敵の仕業だろう。…人狼も川を超えてきたな。隻眼隊を出すぞ」


 様々な事が同時に起こる。空ではワイバーンと鳥人族が、地上では人狼と騎士がぶつかった。チヅル女王が死ねば、おそらく鳥人族は崩れる。怒り狂ったケンも自滅しかねない。アウグストは両手を組み合わせ、目を瞑った。万事休すか。


「アウグスト。見ろ」


 顔を上げ、陛下が指差す水鏡を見ると、高速で飛ぶものが接近している。新手だろうか。アウグストは念話でギンとハクを呼ぼうとした。だが何か様子がおかしい。


「鳥人の…男?」


 明らかに女ではない、背に羽を生やした鳥人が現れた。



            ▪️



 レゼルもワイバーンと戦っていた。領主館には今、傷ついたチヅル様がいる。何としても食い止めなくてはならない。だが空中では得意の遠距離攻撃魔法が使えない。脚だけをハルピュイア形にして、鉤爪同士の肉弾戦となった。徐々に怪我をする者が増え、鳥人族は押されつつあった。


「どきなさい!」


 急に頭上から聞こえた。レゼルは咄嗟にワイバーンと距離を取った。上空から光の槍が落ちてくる。それがワイバーンに当たると、奴らは一瞬で塵となった。


「下がって。あとは我々がやるよ」


 見上げると男性の鳥人が3人いた。大きな羽を広げこちらを見下ろしている。彼らは次々とワイバーンを消した。同時に数十発の光槍が出せるのだ。只者ではない。神だ。


 神々は怪我をした者を癒やし、全員に魔力を分けてくださった。


「いや、びっくりした。何だ? 今の。ジュラ紀か!」


 黒地に白い筋が目立つ羽の神は笑顔で言った。


「しまった!全部消してしまった!研究用に残しておけば…」


 灰に黒い斑点が入った羽の神は、嘆くように言った。


「あれは売れば幾らになるのかね?」


 青と緑の輝く羽の神は、レゼルに尋ねた。


「分かりません。売ったことがないので…」


「まあいい。千鶴は?」


 女王陛下のお身内に違いない。レゼルは神々を領主館へ案内した。



            ▪️



 アウグストが病室に駆け込むと、見知らぬ3人の男が振り向いた。黒髪黒眼がチヅルに似ている。羽は仕舞っているが先程の鳥人で間違いないだろう。


「やあ。婿殿。初めまして。私は“大鷲”の長老だ」


 一番大柄な男が右手を差し出した。アウグストはその手を握った。


「同じく“梟”」


「“雉”」


 眼鏡をかけた教授風の男と、スラリとした神経質そうな男とも握手する。向こうはアウグストのことを知っているようだ。気づくと、ベッドに人間化したチヅルが眠っていた。


「チヅルは持ち直したのか?」


 シエルが頷いた。


「うん。お爺さま達が治してくれた」


 大鷲の長老は笑ってシエルを抱き上げた。


「お爺さま!いい響きだ。こんな小さな鳥人は久しぶりだな」


 長老とは言え、姿は若い。それが馴れ馴れしく妻に触るので、アウグストは不快感を露わにした。跪いていたレゼルが小さな声で止める。


「神に逆らっては…」


「神だと?」


 聞き咎めると、梟の長老が口を挟んだ。


「似たようなものだが、違うぞ。時間がないから講義はまた後でな。王子よ。反撃だ」


「え?」


 雉の長老はレゼルの手を取って立たせた。


「我らが鶴姫の借りを返してもらう。ゴッズリバー国とやらは今日で消滅だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お爺様ズ、格好良い!! めちゃ面白くなって参りましたっ!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ