23 罠
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「何で一緒に行けないの?!」
千鶴は王子の研究室に押しかけた。置いていかれるなんて、全然納得できない。同じく居残り組の王子は不機嫌に答えた。
「総司令官のアントニウス兄上が、お前を見たくないと仰せだ」
「誰? 何番目かのお兄さん?」
初めて聞く名前だ。王子は椅子からずり落ちそうになり、シエルが支えた。
「お前に言い寄っていただろう!」
「ダチョウ氏のこと?」
「名前も知らないとは…」
王子はブツブツ言いながらも、軍議の様子を教えてくれた。第一王子に指揮を取るよう、王様が命じた。今回は兄に花を持たせろと言うことらしい。そしてダチョウに嫌われた千鶴は出禁になった。
「本当に大丈夫なの? 人狼が500匹って。前より多いじゃない」
歩兵もいないし。千鶴は心配で訊いた。
「剛腕卿、ブルータス、隻眼の隊は鉄鎖も匂い玉も訓練済みだ。ケンもいる。スッラ領兵千名も兄上と駆けつける予定だ。計算上は勝てるが…」
王子は立ち上がると、隣の部屋に千鶴を連れて行った。大きな鉄の引き出しが並んでいる。その一つを引っ張ると凍った遺体が出てきた。タウンフィールドから持ってきた人狼だった。
「見ろ。隷属印が無い。あの神殿に人狼の幼獣はいなかった。ゴッズリバーはどうやって奴らを支配していた?」
冷凍死体がすごく気持ち悪い。千鶴は薄目を開けて見た。
「今回は満月でもないのに現れた。そもそも月は関係なかったのか。分からない事だらけだ」
次々と引き出しの中を見せてくれるが、正直どれも同じに見える。あまり個体差が無い。そう王子に言ったら、驚いていた。
「気づかなかった!鳥人も狐人もあれほど違いがあるのに!」
王子は研究員たちに遺体の計測を命じ、何かを猛烈な勢いで書き始めた。もう千鶴には見向きもしない。
「アースはああなったら、何も聞こえないよ」
とシエルに言われて、お暇した。彼女は次に騎士団に向かった。
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騎士団の受付でケンを呼び出してもらう。少し待つと彼がやってきた。ハクとギンもいる。千鶴は同行できないことを詫びた。
「本当にごめん。でも!変化してコッソリ行くから!」
「バカですか。アントニウス王子は次の王なんですよ。バレたら鳥人族ごと追い出されるでしょうが」
ハクが呆れたように却下した。ケンはしょげる千鶴を慰めてくれた。
「心配するな。隻眼の餓狼達がいれば必ず勝てる。お前は自分の仕事をしていろ」
ギンは折衷案を出してくれた。
「いざとなればチヅルを呼ぶよ。必要なら念話するから、鳥人族も寄越してくれよ」
漠然とした不安は、多分、家族と離れるのが初めてだからだ。でも3人とも強いし。きっと大丈夫。
「分かった!もしピンチになったら駆けつけるから。絶対、連絡してね!」
千鶴は努めて明るい調子で言うと、ケン達と別れた。彼らはその日中に出陣していった。
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千鶴はやはり心配で、ハクに何度も念話を送ってしまった。
『ナカの村は無事ですよ。奴らはもっと南の村々を荒らし回ってるそうです。我々が駆けつけると、サッと逃げるので難儀してます』
『皆、元気です。午前中だけで50匹は仕留めました。え? お昼? 食べましたよ』
『…まだ1時じゃないですか。休憩中です』
『あー、よく聞こえません』
とうとう念話障害を装って通話を切られてしまった。ギンはそもそも出ない。悶々としていたら、王様から晩餐に招待された。今日は第八王子の誕生日だそうだ。非常時なので家族だけで祝うらしい。あまり乗り気ではなかったが、シエルも来ると言うので正装をして行った。
豪華な食堂には、10人以上の煌びやかな格好をした少年少女らがいる。アウグスト王子の兄と姉妹だ。ダチョウは親戚の領地経由で戦場に向かったので、いない。
「ごめんね。誕生日だって知らなくて」
手ぶらの千鶴はアウグスト王子に謝った。彼は笑って首を振った。
「いい。魔法の一つでも教えてくれ」
「そう? 嘘をついてるか見分ける魔法でいい?」
兄王子の何人かがピクリと肩を動かした。何かサプライズでも隠しているっぽい。異母兄弟だろうに、案外仲が良い。席に着いてシエルとお喋りをしていると、王様と王妃様が来た。
「11歳おめでとう。アウグスト」
乾杯をして、食事会がスタートした。主賓の第八王子とその妻、義母は上座に近い席だった。必然的に不機嫌な王妃様とお話をする羽目になる。
「普段の誕生祝いはどんな感じなんですか?」
千鶴は当たり障りのない話題を振ってみた。
「15くらいまでは、年齢の近い子供を呼んで茶会をするわ。成人したら晩餐会よ」
王妃様はごく普通に答えた。元々不機嫌な顔のようだ。それ程嫌われていない。
「そこで令嬢を見初めるのよ。普通はね」
でもチクリと刺された。千鶴はしれっとやり返した。
「さすがアウグスト王子。嫁取りも特別ですね」
ただでさえ険しい顔がますます厳しくなった。千鶴は知らん顔で高そうなワインを一口飲んだ。
「…これ、苦くないですか?」
不味いので口の中で消した。訊かれた王妃はグラスの匂いを嗅ぐ。そしてガタッと立ち上がると叫んだ。
「陛下!毒です!」
王様は口を押さえた。次々と王女たちが倒れる。
「医師を!早く!」
「助けて!死にたくない!」
「給仕を拘束しろ!」
晩餐の会場は混乱を極めた。千鶴とシエルは手分けして解毒した。王妃様と兄王子は飲んでいない。まずは王様の体から毒を消した。大人で量も少ないから大したことない。
「大丈夫? アーク」
アウグスト王子はシエルが解毒した。ジュースは苦味を消していたらしい。幼い王女は治ってもショックでわんわん泣いている。別室で医師に診てもらうために連れられて行った。
「…助かった。ありがとう。チヅル女王」
王様は冷静に礼を言った。食堂には王妃様、アウグスト王子とシエル、兄王子たちが残っている。現場の調査をする憲兵を待っているところだ。
「いいえ。解毒の魔法、覚えます?」
「寿命が縮むんだろう?」
「死ぬより良いでしょう」
雑談をしているうちに、扉が開いて兵士がゾロゾロと入ってきた。その先頭に何故かダチョウがいた。王様と王妃様の顔色が変わった。兄王子たちはダチョウの方へ行ってしまった。
「アウグスト。お前を王族毒殺未遂で逮捕する」
ダチョウは謎の罪状を告げると、第八王子の捕縛を命じた。
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やられた。兄上達の罠だった。陛下や妹王女まで巻き込むとは思わなかった。アウグストはこの状況を切り抜ける方法を必死で考えた。大人しく捕まるのは愚策だ。
「ゴッズリバーに寝返ったな。望みは何だ。玉座か? 私の命か?」
カマをかけてみると、第一王子は無表情で言い放った。
「黙れ謀反人が。父上と母上は毒でお倒れになった。私と弟達で国政を担う。お前はこの場で処刑だ」
「アントニウス!何ということを!」
王妃殿下が近寄ろうとしたが、兵が阻んだ。
『王子。逃げよう』
チヅルの念話が入った。
『だが陛下と王妃殿下を残しては行けない』
『王様を抱えて。シエルは王妃様を。あたしが飛ばすから』
それではチヅルが捕えられてしまう。彼女はアントニウスをチラッと見た。兄は食い入るように美しき女王を見つめている。
『シエルを守って。お願い』
アウグストは妻と顔を見合わせた。シエルは頷いた。チヅルは背から羽を出すと大きく広げた。一つ羽ばたくと、ゴウっと暴風が起きて兵達は飛ばされた。
「王子!シエル!」
その隙に2人は走った。父と母に抱きつくと窓を破って飛び出す。チヅルの魔法があっという間に、空高く飛ばしてくれた。みるみる遠ざかる城を尻目に、アウグストはハイテールを目指して西に飛んだ。王を取られなければ、まだ逆転する機会はある。




