22 嫉妬
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ギンが逃げたので、千鶴、王子、シエルでお茶会に参加した。場所はお城の庭園だ。今日のシエルは王子の衣装に合わせた水色のドレスで、天使よりも可愛い。会場に入った途端、注目の的だった。
3人は王様のテーブルに案内された。初夏の日差しをタープみたいな布で遮っている。そこには鋭い雰囲気の中年女性もいた。
「国王陛下並びに王妃殿下。本日はご招待いただき、誠に有り難く存じます」
王子が挨拶を述べる。王様は機嫌良く席を勧めてくれた。
「よく来た。アウグスト。チヅル女王も」
「ご無沙汰してます。先日は定住許可をありがとうございました」
千鶴は忘れないうちに礼を言った。
「ああ。長く待たせて、済まなかった。王妃よ、これが鳥人族のチヅル女王だ。横の少女はシエル王女、アウグストの妻だ」
王様が普通に紹介してくれた。千鶴も普通に頭を下げた。だが王妃様は扇で口元を隠すと、
「私は認めません。アウグストにはちゃんとした名家の娘を娶らせます」
と言って席を立ち、他のテーブルに行ってしまった。王様が苦笑して謝った。
「あれはアウグストの母を可愛がっていてな。色々と気になるんだろう」
側室だった王子の母親は産後すぐに亡くなった。王妃様が王子の面倒を見たらしい。ドロドロ大奥じゃ無かった。顔は怖いけど良い人だ。しかしシエルは不安そうなので励ました。
「お姑さんは難敵だったね。気長に頑張ろう」
「はい。お母さん。でも、どうやって?」
贈り物はどうかな。宝石でも美食でも貰い慣れてるだろうから、お化粧品の開発でもしてみようか。ワイバーンには良いコラーゲンがありそうだ。
「でもまあ、孫でも生まれたら変わるんじゃない?」
何気なく言ったら、王様が面白そうに訊いた。
「羽の生えた孫か?」
「それは無いと思います」
王子のティーカップが音をたてた。珍しく動揺している。シエルはまだハルピュイアの呪いを教えていないらしい。千鶴はテーブルの周りに遮音結界を貼った。そして鳥人と人間の子は、ほぼ人間になると話した。
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王子とシエルは挨拶周りに行った。千鶴もそろそろ失礼しようと立ち上がりかけたら、
「チヅル女王。今の話は伏せておくように」
王様が真面目な顔で言った。
「アウグストの為だ。頼む」
「はい」
どうせ10年以上先の事だ。千鶴は素直に頷いて御前を辞した。
「チヅル様!」
すぐに声をかけられ、振り向くとマルゲリータ嬢と侯爵夫人がいた。2人の横に座っていた男性がスッと立ち上がり、千鶴を席までエスコートしてくれた。
「こんにちは。サルヴァトーレ氏」
「私がお分かりなのか」
挨拶をしたら、令息は目を丸くしていた。侯爵夫人が笑って言った。
「当たり前じゃない。聖女様なのよ。チヅル様。その節は、大変お世話になりました」
いえいえ、こちらこそ。定住権の件ではお世話になって。お礼を言い合って近況を聞き合う。夫人の呼びかけで、傷痍軍人達の逃げた嫁はほとんどが帰ってきたらしい。
「私と同じく、軍に復帰した騎士も沢山います」
サルヴァトーレ氏は爽やかな笑顔で報告した。
「ええー。無理してない? 大丈夫?」
令息と婚約者は微笑み合った。試練を乗り越えて愛が深まったようだ。それから夫人に王子とシエルを紹介したり、マルゲリータ嬢のお友達と恋バナで盛り上がったりして、和やかに茶会は終わった。
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アリタリア侯爵夫人と楽しげに話す美女。確かにチヅル殿だ。庭園を窓から覗いている男は、第一王子・アントニウスだ。彼は密かにウエスト領都から戻っていた。
(やはり美しい。他の女達の何倍も)
醜い本性を見せられ、思わず気を失ってしまった。だが人間の姿をした彼女が忘れられない。
(ああ。悔しい…)
あの農夫は今や有名人だ。“黒狼卿”の二つ名と、その妻への溺愛ぶりを知らぬ者はいない。種族を越えた恋などと持て囃されている。
私が先に出逢っていれば、あの瞳は私のものだった。彼女はただの平民じゃない。父と母もきっと認めてくれただろう。現にアウグストは鳥人族の王女を娶ったと聞いた。私だって…
「手に入りますとも。あなたは次期国王なのですから」
急に話しかけられ、アントニウスはギョッとした。振り返ると灰色の髪と目をした神官の男がいた。見たことがない顔だ。
「チヅル様は王妃に相応しいお方。騎士風情には勿体のうございます」
「そなたは?」
「お初お目にかかります。上級神官のネロと申します」
ネロという男は恭しく礼をした。年齢がよく分からない。抑揚の無い声を聞いていると、頭がぼんやりとしてきた。だがアントニウスの聞きたい言葉を言ってくれる。
「手を貸してくれるか? ネロ」
「もちろんでございます。必ずや殿下をお幸せにいたしましょう」
味方ができた。賢そうなこの神官の言う通りにすれば、何もかも上手くいく。アントニウスはフワフワとした不思議な心持ちで彼の話に聞き入った。
◇
ケンの仕事が変わってきた。午前中はアウグスト殿下の護衛で、午後は騎士団で対人狼の鍛錬に参加する。武術大会でケンと対戦した4人の騎士とは友になった。
「俺たちは王都守護番だからな。タウンフィールド戦もツインボウルズ戦も行けなかった」
剛腕卿が残念そうに言った。休憩中も鉄亜鈴を上げ下げしている。彼ならば人狼も叩き潰せるだろう。
「お前達なら1人で100匹は倒せる」
ケンが保証すると、隻眼の餓狼は笑った。
「じゃあケンは倍は殺れるな」
鍛錬場にブルータスが駆け込んできた。彼は大声で皆に知らせた。
「大変だ!人狼が出たらしいぞ!」
まさか。ケンはブルータスに訊いた。
「どこで? 数は」
「ウエスト領の南だ。500はいるらしい」
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「兄上が総司令官ですって?」
アウグストは耳を疑った。緊急の軍議で、陛下は第一王子に出兵を命じたのだ。冗談にも程がある。国家存亡の危機を、戦に出た事もない兄に任せるなんて。
「そうだ。アントニウスとスッラ公爵家が先陣を望んでいる。国軍を向かわせるより早い」
確かにスッラ領の方がウエスト領に近い。だが領兵だけで、大量の人狼を食い止められるとは思えない。
「もちろんそれだけではない。ケンと4騎士を派遣する。状況次第では増援もする」
「それでは王都の守りが。“神速の双剣”には残ってもらいましょう。…私も行ってはいけませんか?」
アウグストは粘った。指揮権は無くとも、現場で騎士を援護することはできる。だが陛下は許さなかった。
「今回はアントニウスが手柄を上げる番だ」
「心配するな、弟よ。王国最高の騎士達がいれば勝ったも同然だ」
兄が自信に満ちた声で言った。領都で会った時とは別人のように落ち着いている。アウグストは裏事情を考えた。スッラ公爵家は王妃殿下の実家で、兄の後見でもある。そろそろ第一王子にも武勲を与えたいのだろう。
「分かりました」
アウグストは仕方なく引き下がった。兄が思い出したように進言をした。
「陛下。鳥人族の女王と娘とやらは、王都に留め置いてください。あのような者たちに我が戦場を汚されたくないのです」
驚いた。随分と嫌いになったものだ。陛下は了承した。
「では、女王にはそのように伝えよ。以上だ。武運を祈る」
軍議は終わった。ケンと剛腕卿、不死のブルータス、隻眼の餓狼が先行してウエスト領に向かう。アントニウス王子と近衛はスッラ領都経由で行く。アウグスト王子はチヅル、シエルらと王都に残ることになった。




