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19 宮廷

            ▪️



 人化してこいと言ったのは間違いだった。アウグストは後悔したが、今更部屋に戻れとも言えずに会場まで連れてきてしまった。


「第八王子アウグスト殿下!」


 祝賀会場に入った途端、ざわめきが止む。見たこともない衣装を着たケン一家は、恐ろしい程美しかった。


「アース」


 赤いドレスを着たシエルが王子の愛称を呼んだ。フワフワの髪を半分結い上げてダイヤの髪飾りで留めている。これは危ない。攫われる。アウグストは彼女の手をしっかりと握った。


「あれ? 踊ったりしないの?」


 チヅルがキョロキョロと会場を見回した。王子は一家に釘を刺した。


「舞踏会じゃない。…陛下にご挨拶するまで、ウロウロするな。お前達は目立つ」


「メシ食って良い?」


 ギンは料理に目が行っている。


「お酒は何が? 美味しいのはどれです?」


 ハクは赤面した給仕を捕まえている。どいつも自由すぎる。すぐに出御の触れが聞こえた。


「国王陛下の御成!」


 人々が一斉に跪き、頭を下げた。慣例として王子は礼をするだけだが、ケン以外の自由な連中はポカンと突っ立っている。アウグストは念話で跪くように命じた。しかしチヅルは逆に訊いてきた。


『え? 何で?』


 打ち合わせをすべきだった。誤魔化し方を考えていたら、陛下が笑ってお許しくださった。


「良い。その方らが鳥人と狐人の代表だな。アウグスト、近う」


「は…」


 陛下の合図で人々は立ち上がった。第八王子は御前に一家を連れて行った。


「ご紹介いたします。此度の戦で第一の働きをいたしました、ウルフスレイ卿です。横がその妻で鳥人族の女王・チヅル。その隣が狐人族の長・ギンでございます」


「白い髪の美女は? その赤いドレスの美少女も」


 周囲が聞き耳を立てている。アウグストはさらりと答えた。


「彼女はウルフスレイ卿の部下・ハクです。この少女はチヅルの娘であり、私の妻になりました」


 どよめきが起こる。陛下には書面で伝え済みだが、了承はされていない。


「名は?」


「シエルです」


 陛下はシエルをジロジロと眺めた。身分を理解していないのか、シエルは金の瞳でじっと王を見つめた。そしてにっこりと笑った。


「何故笑う? 朕の顔が面白いか?」


 お怒りにならないかハラハラしていると、シエルは驚くべきことを言った。


「いいえ。アースと同じ優しい魔力を持ってるから」


「!」


 衝撃が広がった。王家で魔法使いは第八王子唯1人。それが常識だったのだ。アウグストは赤子の時に魔力が溢れ出て事故を起こしかけ、魔力持ちだと判明した。多くの魔法使いはそのようにして発見される。


「…その量は? 朕は魔法を使えるのか?」


「分からない。お母さん、分かる?」


 シエルは母親に訊いた。チヅルが何かを測るように魔力を放った。この場に他の魔法使いはいなかったが、勘の良い者は何かが通り過ぎたのを感じていた。


「えーっと。量は多いです。多分、使えます。でもお勧めしません」


 チヅルは畏れることなく言った。一応敬語でよかった。


「何故だ?」


「ちゃんと修行をしないと、寿命を削るからです」


「ふむ。他に魔力を持つ者は?」


 彼女は数人の貴族を指した。ほぼ王室の流れを汲む大貴族だ。


「基本的にみんな持ってます。量は遺伝じゃないですか?」


 陛下は納得されたように頷き、アウグストに命じた。


「魔法士団で潜在的魔力持ちの判別法を研究せよ」


「はっ!」


「さあ。堅い話はこれまでにしよう。新たな英雄と友人達に乾杯を!」


 皆が陛下のお言葉でグラスを上げた。それを合図に祝賀会は始まった。料理を食らうギンには令嬢達が群がる。どんどん酒杯を空けるハクは貴公子達と飲み比べを始めた。そちらはもう放っておくことにした。



            ♡



 千鶴、王子、シエルは王様と同じテーブルに着いた。ケンは王子の後ろに立っている。王様は赤い髪が王子に似た、カッコいいおっさんだ。魔力がオーラになって周囲を威圧している。それを教えたら変な心配をしていた。


「寿命は縮まるか?」


「それぐらいなら大丈夫ですよ。危ないのは王子の大魔法とかです」


 いい機会だから親御さんに伝えておこう。


「大魔法を撃ち過ぎです。子供があんなに魔力を使ったら…」


「どうなる?」


「背が伸びません」


 王様は吹き出した。冗談じゃないのに。魔力が枯渇する苦しみを見せようと、彼女はテーブルに水鏡を出した。そこに大魔法をぶっ放して城壁を壊した後、うずくまる王子を映した。


「…これは…」


 周囲の人達が息を飲んでいる。王子はバンっと水鏡に魔力を流して映像を消し、怒ったように言った。


「あれが最善だった!魔法士は騎士を補助するのが仕事だ!」


「アウグスト」


 王様が静かに声をかけると、王子はビクッとした。


「幼いお前に負担をかけ過ぎたな。すまなかった。魔法士を増やそう。急には難しいが、約束する」


「陛下…」


 伝わって良かった。するとシエルが王子の手を握り、笑顔で危険な提案をした。


「次は一緒に撃とう。こうして手を繋げば魔力も倍だよ」


 威力も倍だよ。城も吹き飛ばせるよ。微笑みあう少年少女が魔王夫妻に見えてきた。


「チヅル女王。先ほどの鏡でもっと何か見せてくれ」

 

 王様が動画をご所望なので、千鶴は人狼戦やハルピュイア捕獲戦、仲良く遊ぶ幼鳥と兵士、狐人族の村の様子などを映してみせた。ギンに送ってもらったハイテール山の魔物の姿も見せた。すごく驚いていたので、見せ物としてお金が取れるかもしれない。


「見れば見るほど、凄い魔法だ。鳥人と狐人は皆できるのか?」


「まあ大体。王子もできたよね?」


 王子に話を振ると、千鶴達がすっかり忘れていた売り込みをしてくれた。


「はい。彼らは我々の知らない魔法を数多く知っています。ゴッズリバーのように隷属ではなく、同盟を組んだ方が国益になると存じます」


「確かに。女王の望みはハイテールへの定住と、魔物との区別だったな?」


 王様は前向きだ。千鶴は頷いた。


「偏見をなくすのは難しいって王子が言いました。でもやってみないと。ちゃんと納税するので、お願いします」


 頭を下げると王様は笑った。笑い方が王子にそっくりだ。納税は王族のツボにハマるらしい。


「聞いたか!このように美しく力ある一族が、朕に納税を約束するのだ。拒否できるものか!」


 反対派の意見も聞かねばならないから、正式な決定は後日となる。それまで千鶴とギンは王城に留まるようにと言われた。


「こちらは決定で構わん」


 何か書類が王子に渡された。それを見た王子は深く頭を下げていた。後で聞いたら、シエルとの婚姻届だったそうだ。千鶴の中では彼はとっくに義理の息子だったので、未決定だったことに驚いた。


 祝賀会後、ギンとハクの下には、令嬢や貴公子達から大量の手紙が届いた。千鶴には、挨拶を交わした大貴族のおっさん達からだけ。釈然としないが、これも同胞のためとロビー活動に勤しむことになった。


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