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18 ダチョウ再び

            ◇



 歩兵隊はウエスト領都で解散した。希望者は歩兵として正式に採用されるが、誰も残らなかった。


「怖くて人狼の止め刺せなかったし。兵隊は無理かなって」


 ケンは引き留めなかった。


「それが普通だ。お前達は十分に勇敢だったぞ」


「隊長が騎士になるって聞いて、凄く嬉しいです!ウエスト領農夫の誇りです!」


 2つの戦での功績で、ケンは騎士に叙されることになった。アウグスト王子の臣下に取り立てられたのだ。歩兵達は大いに喜び、教官と事務官も祝いを言いにきてくれた。


 第八王子は歩兵達に金貨と小さな勲章を下賜した。故郷で自慢できると、皆晴れやかな顔で帰って行った。



             ♡



 解散式を終えると、王子と国軍は領城に入った。千鶴とシエルは鷲に変化している。まだ、鳥人族の存在を公にしていないからだ。


 今は王子と参謀の爺さん、騎士団長のおっさんが領主と茶を飲んでいる。護衛のケンは王子の後ろに立っていた。千鶴は彼の肩で、シエルは王子の膝の上で菓子を貰っていた。


 急に、部屋のドアがノックも無しに乱暴に開けられた。すごい剣幕で男が飛び込んできた。


「ケン!ケンはいるか?!」


 ダチョウの羽がついた帽子が見えた。蘇る殺意。千鶴は思わず飛び掛かろうとして、ケンに押さえつけられた。領主がダチョウに駆け寄って宥めた。


「落ち着いてください。第八王子殿下はお疲れです。戦から戻ったばかりで…」


「私はその農夫に話があるのだ!」


 ダチョウはケンを指差した。失礼過ぎる。千鶴はバタバタと抵抗したが、ケンに羽と嘴を掴まれて動けない。


「皆。すまないが下がってくれ。兄上と話したい」


 アウグスト王子は優雅にカップを皿に置くと、爺さん達に命じた。部屋には王子とケン、ダチョウが残った。


「兄上。人前であのように振る舞うのはお控えください。王家の品位に関わります」


 弟王子はたしなめた。兄王子は偉そうに命じた。


「席を外せ。アウグスト」


「ケンの妻を召し上げる話でしょう。彼は騎士になりました。もはや無名の農夫ではありません。諦めてください」


 淡々と王子が言った。しかしダチョウは戦に行く前の約束を持ち出した。


「チヅル殿と会わせると言ったな。彼女が私を選んだら置いていくと」


 もう我慢ができない。千鶴はケンの脇に押さえられたまま変化した。ダチョウはギョッとして後退る。彼女はキッパリと言った。


「あたしはケンを選ぶ。100万回訊かれても答えは変わらない」


「お母さん!」


 シエルも変化して父にしがみついた。母子が両脇からケンにひっついて睨んでも、奴はヨロヨロと手を伸ばしてきた。


「こ…子供が…いや、良い。娘も連れてこい。この国の王妃にしてやる」


「お断りだ!」


 完全に頭に血が上った。千鶴はハルピュイア形をとり、飛び上がった。もちろんチューブトップは着けている。脚でダチョウを押し倒すと顔横5センチに鉤爪をめり込ませ、ドスの効いた声で囁いた。


「二度とケンにちょっかいを出すな」 


 ダチョウは気絶した。これだけ脅せばもう言い寄ってこないだろう。千鶴は鷲に戻った。


「あ。床が…」


 大理石が抉れてしまった。これ弁償しないとだめかな。王子に訊いたら声をたてて笑われた。


「そっちの心配か!まあ良い。兄上が起きる前に出発しよう」


 ダチョウは原因不明の発作で倒れた事にして、王子と騎士団は慌ただしく領城を出た。皆がゆっくり休めなくて申し訳ない。ケンの肩でしょんぼりと項垂れていると、彼は優しく羽を撫でてくれた。


「元気を出せ。俺は嬉しかったよ。選んでくれて」


『本当?』


「ああ。お前は宮殿よりボロ小屋が良いんだな」


 ケンがいればね。大鷲は頬を彼の兜にすり寄せた。


「ボロ小屋直したいって言ってたじゃねぇか。チヅル」


 ギンが余計なことを言う。


『ケンの住まいはもっと立派であるべきです』


 白馬も念話で混ぜっ返す。シエルは王子の馬車に行ってしまったし。最終目的地・王都まで、4人は賑やかにお喋りしながら旅をした。



            ♡



 王都はさすがに大きかった。中世ヨーロッパを感じさせる城壁内に、石造りの建物が建ち並ぶ。沿道には大勢の市民がひしめいて、歓声と花吹雪で第八王子の凱旋を祝っていた。ケン一家も王子の馬車の後ろを進んだ。


「アウグスト殿下万歳!」


「イーストキャピタル王国、万歳!」


 王子は馬車の窓から手を振って応えていた。いつも通り千鶴はケンの肩に載っているが、今日の彼は真っ黒な鎧とマント姿だ。とても目立つ。王都に入る前に、急にこれを着ろと命じられたのだ。


 ケンを見た市民たちがヒソヒソと話している。千鶴は妖術で聴いてみた。


「あれが人狼を数十匹斬ったっていう“黒狼卿”か」


「農夫だったんだろ。それにしちゃ良い体格だな!」


 “黒狼卿”って。誰が考えた二つ名だ。大鷲は首を傾げた。


『私だ』


 馬車から王子が念話を飛ばしてきた。


『私の側近が心優しい農夫では困る。王国一の騎士になってもらう』


『でもケンは戦とか嫌いなんだよ』


 千鶴は異議を申し立てた。だが王子は却下した。


『あれだけの戦果を上げておいて、何を言っている。奴は天才剣士だ』


 才能と幸福は別かもしれないのに。


『兄上がまだ諦めてなかったらどうする? 黒狼卿の名がお前を守るんだ。これはケンも承知のことだ』


『…』


 千鶴のために彼が無理をしている。それが心苦しい。悶々としている間に、パレードは王城の門で終わった。



            ♡



 翌日、城の大広間で騎士の叙任式が行われた。多くの貴族らが見守る中、主君であるアウグスト王子が長剣でケンの肩を打つ。ケンは王子に忠誠を誓った。


 次に王様の代理という人が褒賞を下賜した。王子と参謀の爺さんには領地の加増、ケンには金貨と名字が与えられた。


「今後は“ウルフスレイ”を名乗れ」


 王様がくれるものは断れない。千鶴の夫はケン・ウルフスレイとなった。その日の夜は戦勝祝賀会が開かれ、ケン一家も参加するように命じられた。


「皆、人化して来るように」


 と王子が言う。ケンは王子の近衛騎士の制服が与えられたから良いとして、それ以外は晴れ着なんて無い。千鶴は仕方なく、霊力で作ることにした。よく知らないこっちの流行を真似するより、各自の希望を優先する。


「何でも良いじゃん。伝統的なら」


 じゃあギンは水干で牛若丸スタイルね。


「キラキラしていれば良いのでは?」


 ハクはチャイナドレスにスパンコールてんこ盛り。


「王子とお揃いが良い」


 シエルはふわふわシフォンの赤いドレスで良いか。


 千鶴は振袖にした。成人式の時に、(こうのとり)の婆が用意してくれた鶴の柄のだ。派手すぎて気に入らなかったけど、家族は褒めてくれたっけ。ちょっぴりホームシックになった彼女は、今の家族に笑いかけた。


「皆、とっても素敵!さ、行こうか」

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