17 ハイテール山へ
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ゴッズリバーとの停戦交渉がまとまった。アウグストは莫大な賠償金をもぎ取り、ついでに隷属印のような非人道的魔法の禁止条約まで結ばせた。
国軍はタウンフィールドに向けて出立した。傭兵隊は金を受け取って去り、貴族の私兵は自領に戻ったので、騎士団500名のみの行軍だ。予定では、歩兵と合流してからアウグストの領地に魔物達を置き、ウエスト伯領経由で王都に戻る。
「殿下のご領地というと、ハイテール山地ですな? 恐ろしく危険な魔物がいるとか」
爺が王国の地図の西端を指した。馬車に乗ったアウグストと参謀長は行程を確認していた。
「そうだ。人間の村は無い。平地は岩だらけの荒れ地で、山奥に行くほど大きな魔物が出る」
税収も無いに等しいので、誰も欲しがらない。広いだけの未開の地だ。
「ハルピュイア達が住めるならそれで良し。無理だったら別の土地を…」
その時、馬車がガタンッと急停車した。騎士団長が大声で命じた。
「敵襲!馬車に近づけるな!」
爺は素早く窓のカーテンを下ろし、王子に覆い被さった。馬の嘶き、剣を打ち合う金属音、矢が馬車に刺さる音が聞こえる。
「ゴッズリバーか?」
「さて。神殿にも恨みを買いました」
「そうだったな」
床に伏せながら爺と推測していると、馬車が動き出した。味方の騎士が叫ぶ。
「お逃げください!タウンフィールドはすぐそこで…」
斬られたのか、続きは聞こえなかった。アウグストは魔力で周囲を視た。猛スピードで走る馬車を、数十騎が追っている。
すると、頭の中に念話が響いた。
『伏せて、アウグスト!』
同時に後方で爆発音が連続して起こる。やがて馬車は静かに停まった。ドアがノックされたので、爺はカーテンを開けた。
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「大丈夫? 怪我してない?」
茶色い髪の美少女が宙に浮いている。アウグストは立ち上がって窓に近づいた。
「シエル!君こそ無事か? 今の爆発は?」
「お母さん達がやっつけた。もう出ても平気だよ」
爺が慎重に辺りを見回してから降り、アウグストも続いた。後方に倒れる馬と賊共が見えた。一体どんな魔法なのか、人間だけが焦げている。
「王子ー!」
頭上からチヅルの声がする。見上げると背に羽が生えた人間が何十人も飛んでいる。甲冑をつけ、手に弓を持った女たちだ。王子は下りてきたチヅルを問いただした。
「チヅル。あれは一体何だ?!さっきの魔法は!」
「ハルピュイアだよ。変化を習得したの。どうよ?」
チヅルは自慢げに言った。賊の1人がヨロヨロと逃げ出した。すかさず空から光の矢が放たれ、賊に当たって爆発する。
「遠距離魔法“電光雷矢”!なんちゃって!アハハ!」
笑い事ではないぞ。こんな魔法を操る連中だったのか。アウグストは目の前の鳥人を警戒した。だが続々と下りてきた女達は、彼の前に跪くと首を垂れた。
「お帰りなさいませ。アウグスト殿下」
「…面を上げよ」
爺が息を呑む。恐ろしいほど整った顔の女達だ。鎧姿で凛々しく並ぶ様は、さながら戦乙女であった。
「助かった。ありがとう」
アウグストは女達の友好的な姿に安心した。代表の1人が綺羅綺羅しい笑顔で答える。
「シエル様の御夫君なれば。当然でございます」
そうだ。シエルを娶ったのだった。妻はアウグストの手をそっと握った。優しい魔力が流れてくる。そこへ騎士団長達が追いついてきた。
「殿下!ご無事で…???」
翼ある乙女達に、騎士達は戸惑っている。とりあえず被害を確認すると、死者はいないが重傷者数名、軽傷者多数とのことだった。
「重傷の人はこっちね」
チヅルが治療を始めた。他の乙女は軽傷者を癒していく。王子は感嘆した。
「凄いな。皆、治癒魔法が使えるのか」
「お母さんほどは、できないけど」
女王の魔法は特別らしい。チヅルは取れかけた腕まで完璧に治していた。シエルはじっと母の技を見つめていた。
「あ!お父さん!」
シエルが遠くを見て手を振った。すぐに白馬に乗ったケンが到着したが、彼も騎馬も返り血に塗れていた。
「どうしたんだ?」
王子が訊くと、ケンは馬を降りて跪いた。
「前方に伏兵がおりました。挟み撃ちにするつもりだったようです」
爺が口を挟んだ。
「数は? どこの手の者か分かるか?」
「おおよそ300かと。ゴッズリバー騎士と神殿騎士だと思われます」
ケンの答えに、アウグストと爺、騎士団長は視線を交わした。この男1人で300の騎士を倒すのか。敵の正体より、そちらの方が問題だった。
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王子が戻ってきたので、歩兵隊とハルピュイアは出発した。目指すはハイテール山だ。ギンと狐獣人らが先行して調査をしている。住めそうだったら各地に散らばる同胞に移住を呼びかけるそうだ。何だかんだ言って、ギンは仲間の面倒をよくみていた。
「でっかい蛇がいるらしいよ。痺れる毒とか吐くんだって」
千鶴は馬車の中で新天地の調査報告をした。向かいに座る王子と爺さんは難しい顔で聞いている。
「あと翼竜っぽい…何ていうの?」
「ワイバーンか」
物知りな王子が教えてくれた。
「そう、それ。ちょっと硬いけど美味しいってさ」
「食べたのか?!魔物を?!」
獲ったら食べる。当たり前の事だ。蛇だって毒を抜けばいける。ギンは食いしん坊だから味の報告が多い。岩をどければ畑は作れるし、森は豊かだそうな。
「だから多分、暮らせる。問題は現金収入だよね。蛇やワイバーンの皮とか売れないかな?」
「現金?」
王子は不思議そうに訊いた。
「だって砂糖とかお洋服とかほしいもん。文化的な生活したいじゃない」
甘味は心の必須栄養素だし、女子には綺麗なアクセサリーや化粧品も必要だ。力説したら、王子は大笑いしていた。
「分かった。行商人を寄越すから、相談してみろ」
「そうだね!人間に売れる商品開発してみるわ。そしたら納税できるよ」
「アハハハ!税を納めたがる民がいるのか!」
千鶴の望みは人間との共存共栄だ。ちゃんと税金を払えば、普通の人間も認めてくれるんじゃないかな。それを聞いた王子は渋い顔をした。
「…人は本能的に異質なものを排除する。魔物への偏見をなくすのは難しいだろう」
「でも農民兵とはすぐに仲良くなったよ。おしゃべりしたり一緒にご飯食べたりすれば、必ず分かってもらえる。それに魔物って呼び方も変えたい。あたし達は鳥人族。ギン達は…狐人族かな?」
魔物は蛇とかワイバーンとかにしてほしい。すると心強い言葉を貰えた。
「よし。王都に戻ったら、魔法士団と学術院で魔物の定義を決めよう。王命として発布していただく。…となると、お前の正体を明かすが。良いのか?」
爆裂契約魔法のことか。千鶴は頷いて、両手の小指を王子と爺さんの小指に絡めた。
「はい、ゆーびきったー!おしまい!」
そもそも解除法なんて無いけれど、小指を離すと、爺さんはほっとした表情で腹を撫でていた。
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数日歩いてハイテール山に着いた。山の麓には既に村っぽいものができていた。人数も増えている。
「隠れ里にいた小狐達の母ちゃんとか、家族とかだ。噂を聞いた奴らも向かってるって」
ギンが村の案内してくれた。まず、荒れ地の開墾から始めないといけない。それを聞いた農民兵の数人はここに残ることを希望した。
「オレ、開墾手伝うよ。面白そうだし」
王子は喜んで許可した。彼らの村には、立派に軍役を務め上げ、開拓団に加わったと伝えるらしい。千鶴とギンは王様に定住許可を願うため、王都に向かう予定だ。
鳥人族はもっと山の高い所に村を作りたいと言う。彼女達は変化も魔法も習得した。もう弱いハルピュイアじゃない。千鶴は安心して留守をレゼルと数人のリーダー達に任せた。
「人間に平和な種族ってアピールしてくるわ。狐人族と協力して。何かあったら連絡してね。あ、敵は容赦なくぶっ飛ばして良いから」
「かしこまりました!お待ちしております!」
母鳥達は、両手に幼鳥を抱いて飛んでいった。やはり変化ができると違う。千鶴は笑顔で手を振り、騎士達は寂しそうな顔で見送った。そして騎士と歩兵は次の目的地、ウエスト領都へと出発した。




