16 隷属からの解放
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ハルピュイア達は胴に鎧のような鉄板をつけていた。胸が見えないので、歩兵の手を借りて洗った。くっついた鳥もちは油で落とした。千鶴が暴れる連中を威圧してたら、ヒソヒソと話す声が聞こえる。
「誰? あの女…」
「しっ。訊いちゃダメなんだってよ」
「知ると身体が爆けるらしいぞ」
針千本が爆裂魔法にまで進化している。千鶴は気にせず、洗い終わった同胞に呼びかけた。
『ハイ、注目!今から隷属印を取り除きます!めちゃめちゃ痛いです!でも終わったらお子さんに会えます!』
縛られたハルピュイア達は、目を見張った。信じられないかと思ったので、レゼルに念話をして幼鳥の映像を送ってもらった。それを水鏡に写すと彼女達は涙を流した。
『めんどくさいから10人ずつ、まとめてやるよ。頑張って!』
そこへ王子とシエルが来た。朝まで寝ているかと思ったのに、早い目覚めだ。王子は手伝ってくれると言う。
「待て。私が痛みを抑える」
「魔力、すっからかんでしょ?大丈夫?」
心配して訊いたが、王子はシエルを見て微笑んだ。
「彼女が寝ながら分けてくれた。今すぐだって大魔法が撃てる」
王子が指揮を取り、1羽のハルピュイアを歩兵4人がかりで押さえた。レゼルで1回やった妖術なので、それほど時間はかからない。でも王子が目一杯癒しても、ハルピュイアは痛みに暴れた。人間達は懸命に押さえ、励ましてくれた。
「頑張れ!もう少しだ!」
「子供達が待ってるよ!お母さん!」
足裏を凍らせ、印ごと肉を削って再生させる。それを10回繰り返したら日が暮れていた。篝火の中、兵らは夕食をハルピュイア達に振舞った。大家族で育った農夫達は優しい。スプーンなどは使えない彼女達に、一口一口、食べさせてやった。先ほどまで敵だったハルピュイアは泣いて礼を言った。
「ありがとうございます。向こうでは家畜のような扱いでした…」
やっぱり。幼鳥の酷い監禁状態を見れば分かる。千鶴の怒りは再び燃え上がった。
「礼には及ばない。さあ、子供達に会いに行け」
王子が解放を宣言した。先導をシエルに任せて、飛び立つ同胞を見送ると、千鶴はギンと狐獣人たちを呼んだ。
「次の方、どうぞ!」
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狐獣人達は大人しく捕縛されていた。全て雄の成獣だが、治療を受けるハルピュイア達を見て震えている。元は穏やかな性質の獣人なのだ。ギンは小山のような九尾の狐に変化した。
「オレが痛みを代ってやる」
9つの尾に1匹ずつ包み込み、痛覚をギンに移すと、チヅルに合図した。
「やってくれ」
「いいの? 9倍痛いよ?」
「いい」
チヅルは顔を顰めて治療を始めた。削った肉を再生する時、凄まじい痛みが襲ってきた。ギンは前脚を踏ん張り、呻き声を堪えた。赤毛がその頭に触れる。少しだけ、痛みが和らいだ。
「はい!次!」
全部の治療が終わった時には、立っていられなかった。変化を解いて倒れるとケンが抱き上げてくれた。
「よく頑張ったな、ギン」
「…戦は?」
「勝った。お前が獣人達を押さえてくれたおかげだ」
違う。市街戦の途中でケンを置いて離脱した。従者失格だ。やっぱりオレには、同胞を助けるなんて無理だ。
しょぼくれていると、チヅルがギンの頭を掴んだ。大量の霊力が入ってくる。
「おどき。そこはあたしの場所だから」
「…」
喧嘩する気力も起きない。でも立てるので降ろしてもらった。すると、狐獣人達が跪いた。
「ありがとうございます。あなたが王です。お名前をお聞かせください」
「いや、そういうのは…」
やめてほしい、と言いかけたが、チヅルが割り込んできた。
「偉大なる九尾の狐・玉藻の前様が遣わした銀狐のギンだ」
赤毛まで調子を合わせる。
「邪悪なゴッズリバーから同胞を救わんと、我らに呼びかけたのだ。感謝するがいい」
「ははっ!」
そこへ農民兵が夕飯を持ってきてくれた。狐獣人達はありがたく食べ、タウンフィールド近くの陣地に向かった。赤毛を残してケン一家と歩兵も一緒に戻る。純朴な農夫達と狐獣人は話しながら歩いた。着く頃には、すっかり仲が良くなっていた。
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千鶴達が戻ったのは真夜中近かった。天幕にはハルピュイアの親子が雑魚寝している。里に戻るには暗すぎるのかな。明日の朝、ちゃんと見送ろう。そう考えた千鶴は同胞に混ざって寝てしまった。
翌朝、目が覚めるとハルピュイア達が平伏していた。代表の1羽が話しかけてきた。
「陛下。お救いいただき、ありがとうございました」
千鶴は起き上がり、周囲を見回した。
「良いよ。同胞だもの。もう里に帰る?」
「里はありません」
「へ?」
代表は涙を浮かべて説明した。営巣地を焼かれた後、高山の里に戻ったハルピュイア達は、更にそこも失った。ゴッズリバーの魔法使いが山崩れを起こしたのだ。
「帰る場所を無くすことで、逃げる気力を奪ったのです」
おのれ。ゴッズリバー。必ずや天に代わってお仕置きをしてやる。千鶴の怒りが天幕を揺らすと、幼鳥達が母親の羽下に逃げこんだ。
「何という魔力!さすが陛下!」
成鳥達は喜んでさざめいた。千鶴は立ち上がって皆に言った。人間の領域で暮らすには、変化を習得してもらう。
「変化ができれば、どこでも暮らせる。魔法も取り戻すの。強くならなきゃ、また雛を奪われるよ」
「で…でも、我らは…」
ハルピュイア達は尻込みした。千鶴はシエルを呼び、人間形から鷲へ、それからハルピュイアへと変化させた。
「この子は私の娘のシエル。血の繋がりは無い」
見せ物小屋で見つけたこと、修行をして変化を身につけたことを教えた。
「雛を救うために、シエルは人間と婚姻した。彼女が払った代償を忘れないでほしい。今、ここにいる全員が変化を習得したら、あなた達は“鳥人族”と呼ばれる。この世界で最も強く美しい一族になるの!」
同胞は大声で泣いた。幼鳥は嬉しくて鳴いた。あまりの騒ぎに歩兵達が駆けつけたが、なかなかハルピュイア達の興奮は治らなかった。
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王子はツインボウルズで停戦交渉をしているらしい。騎士やその他兵隊は皆そちらに移動した。大きな天幕と、いくつかの小さな天幕やテントは置いていってくれた。
「もう歩兵の出番はない。交渉がまとまったら迎えに行くから、それまで好きにして良い」
と王子が水鏡で言ってきた。ハルピュイアは帰る里が無いし、狐獣人達も隠れ里をこっちの国に移したいらしい。千鶴は王子に頼んでみた。
「どっか空いてる土地ない? 森とか山とかで。そこに新たな里を作って良い?」
『荒れ地で良いなら。私の領地だ』
王子の母方の実家が持つ土地らしい。相続人がいないので彼が引き取ったとか。
「じゃあそこで。お願いします」
『少し遠回りだが、王都に帰る前に寄ってやる。それまで歩兵と彼らを頼む』
王子が約束してくれたので、その日から早速、ハルピュイア・狐獣人は合同で変化の修行を開始した。先生はギンだ。シエルと千鶴は講師としてサポートする。農民兵は、持ってきた鍬で空き地に畑を作り始めた。
「遊んでれば良いのに。王子が食べ物送ってくれるんだから」
千鶴は不思議に思ってケンに訊いた。彼は笑って苗に水をやっている。
「これも遊びなのさ」
そんなものか。ケンとゆっくり話す時間ができたので、この先のことを相談してみた。戦も終わったし、同胞達が新しい里に定着したら、またあのボロ小屋に帰ろう。王子の領地はウエスト領からも遠くない。飛べば通勤圏だ。
「昼間はハルピュイア達のとこに行っても、夜は帰ってくるから。どうかな?」
恐る恐る、千鶴は提案してみた。すると彼は大胆な答えを返した。
「いっそ、家族皆でそちらに移住するか? 荒れ地でも芋は育つ」
妻の転勤についてきてくれるなんて。千鶴は胸がいっぱいになった。
一月が過ぎた。歩兵はすっかり農民に戻り、ハルピュイアや狐獣人達と和やかに共同生活を送っていた。そして、交渉が終わった王子が爺さんや騎士団長達と戻ってきた。




