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15 ツインボウルズ戦

             ▪️



 雛と幼獣を迎えた陣はてんやわんやだ。アウグストは自身の天幕を彼らに譲り、別の天幕で参謀と騎士団長、ケンと軍議を行っている。そこに幼鳥とそれを追いかけてチヅルが飛び込んできた。


「ごめんなさーい!」


 夫と目が合った彼女は、慌てて幼鳥を捕まえて出ていった。


「まるで幼稚園だ。早く親に返さんと」


 アウグストはため息をついた。その足元を子狐の一群が走っていく。ギンが変化を教えたらしい。なるべく人間形でいろと命じたのに、まるで言うことを聞かない。


「いやはや。まるで御伽話の世界に迷い込んだようです」


 騎士団長は窓から入ってきた幼鳥を抱き上げると、頭を撫でてから外に出した。幼いながら美しい笑顔で飛び去る。王子は気を取り直して、次の目標である街、ツインボウルズを攻略する軍議を続けた。


「密偵の情報によると、戦いに出せる人狼は尽きたらしい。どこかに隠れ里はあるかもしれんが、あの規模の人狼隊が出ることは、もうない」


「幼獣に人狼の子がいませんでした。ゴッズリバーが隠している可能性もあります」


 ケンの指摘に、アウグストは頷いた。


「確かにな。だが戦場に出るまでに数年はかかるだろう。それまでにハルピュイア、狐獣人らと盟約を結べば良い。チヅルとギンが彼らの王なのだろう?」


「…」


「え? ギンとはケンの従者ですよね? チヅルとは?」


 騎士団長が混乱している。爺が声を落として注意した。


「ケンの妻だ。それ以上はやめておけ。暗黒の契約魔法が要る」


「はあ」


 団長は微妙な顔で引き下がった。王子は地図のツインボウルズの位置に歩兵の駒を置いた。


「ここを守る魔物たちは隷属印を押されている。なるべく無傷で捕えよ。ケン、期待しているぞ」


「はっ」


「城門の破壊後は前回と同じだ。今回は傭兵隊はこっちに回せ。略奪は許さん。騎士団長、徹底するように」


「承知仕りました」


 さあ、街に籠るハルピュイアたちを引き摺り出すぞ。アウグストはハクに習った新魔法を試すことにした。



            ♡



 幼鳥を捕まえた千鶴は、足取り重く天幕に戻った。昨日からケンとまともに話せない。あと数時間後には戦が始まるというのに。


(謝ろう)


 遊び疲れた子供達が昼寝をし始めた。少しの間レゼルたちに任せて、千鶴は鷲に変化して夫の天幕に行った。


「ケン?」


 声を掛けてから中に入ると、彼は座って刀身を眺めていた。哀しそうな後ろ姿に、はっと気づいた。


(そうか、ケンは軍人になりたくないんだ)


「チヅル?」


 彼は振り向いて剣を鞘に仕舞った。大鷲は頭を下げて謝った。


「ごめんなさい。ケンは戦が嫌いなのに。あたしのせいで」


 ダチョウに会わなければ、彼が戦場に来ることはなかった。そもそも千鶴が押し掛けなければ、今頃畑で芋を作っていたのに。恩返しどころか、どんどん面倒ごとに巻き込んでいる。


「そうじゃない。…少し怖いんだ」


「怖い? ギンもハクもいるよ。あたしも全力で守るし」


 ケンは首を振って、笑った。


「お前たちは強い。俺が心配性なだけだ」


「それはあたしだよ。…仲直りしよ?」


 千鶴は来訪目的を思い出した。鷲で良かった。人間形だったら真っ赤になってると思う。ケンは不思議そうな顔をした。


「喧嘩をしていたか?」


「あの、地下室の前で…その…」


「ああ…」


 羞恥のあまり、鷲はカラスぐらいにまで縮んだ。ケンはそれを掬い上げ、頬の辺りに口付けた。驚いた千鶴はボンッと人間形に変化して、彼の膝に乗ってしまった。


「俺の妻なんだろう? 気にするな」


 彼は千鶴を抱きしめた。そうこうするうちに、出陣の支度をする時間になってしまう。ケンは彼女を置いて出ていった。残された千鶴は倒れて固まっていた。天幕に入ってきたギンが蹴つまずいて文句を言ったが、全く聞こえなかった。



            ◇



 正午を回った頃、全軍はツインボウルズの街に向けて出発した。すでに奪還したタウンフィールドの街から、それほど遠くない。3時間後には、歩兵隊が街を囲む城壁の前に並んだ。ケンはハクに乗って彼らの前に立った。


「ほとんど訓練できなかったが、大丈夫だ。雀を追い払う要領だ」


「本当っスかぁ?」


 農民兵は笑った。


「ああ。ただし極力傷つけないでほしい。あの幼鳥たちの母親なんだ」


 隷属印のことは話してある。死に物狂いで攻撃してくる。それは魔法で操られているからだと。


「狐獣人もいる。人狼ほど素早くはないが、武器を使うという。充分気をつけてくれ」


「はいっ!」


 ケンは王子に見えるように手を振った。歩兵の背後の空中に巨大な水鏡が現れた。そこに雛や幼獣が映る。数秒後、王子の増幅した声が響いた。


「見えるか!ハルピュイアよ!狐獣人たちよ!お前たちの子は我らの手にある!嘘だと思うなら出てこい!」


 城門は開かない。だが何かが続々と城壁を飛び越えて出てきた。


「構え!」


 歩兵が竹を立て、襲いかかるハルピュイアを打つ。すると竹の先についた鳥もちが羽を絡め取った。


「キエエエエッ!」


 あっと言う間に十数羽が地に引き摺り下ろされた。警戒した他の妖鳥は、竹が届かない高さまで昇った。


『×××!』


 上空のチヅルが、人には理解できない言葉で命令した。それを聞いたハルピュイアたちは硬直して落下する。逃げることもできずに、たちまち竹に絡め取られた。まだ逃げ回る数羽は、大鷲が直接蹴り落とした。


 鳥もちでベタベタになりながら、兵はハルピュイアを縛り上げた。


『お父さん!狐が出てきたよ!』


 上空で偵察をしているシエルから念話が来た。城壁を飛び降りる影が見える。人狼ほど獣寄りではなく、耳と尾がついただけの人間だ。皆、武器を手にしていた。


「網持て!」


 歩兵が次に持ったのは鳥もちを塗った網だ。数人がかりでそれを狐獣人に投げると、蜘蛛の巣にかかった虫のように捕まる。


「白い馬の人間が隊長だ!あいつを殺せ!」


 賢い数匹が指揮官のケンを狙ってきた。そこにギンが立ちはだかり、


「下がれ!」


 と威圧の魔法を放った。狐獣人たちはブルブルと震え、武器を捨てて平伏した。兵が彼らを縛っても、ほとんど抵抗しなかった。



            ♡



 ハルピュイアと妖狐の捕獲が終わると、王子が例の大魔法をぶっ放した。よく考えたら、2日に1度くらいの頻度で撃ってる気がする。崩れ落ちた城門から騎士たちが街に突入した。


「大丈夫?」


 千鶴とシエルは天使形になって、王子の側に舞い降りた。


「大丈夫に見えるか?」


 王子は荒い息で杖に縋っている。2人は両脇から王子を支えた。


「もう休もう。さすがに無理しすぎ。先に戻っても良いですよね?」


 参謀の爺さんに確認すると、爺さんは頷いた。騎士団長のおっさんは目を見開いている。こっちの軍はいい感じに押してるし、王子が見てる必要は無い。千鶴とシエルはフワリと飛び立った。そのまま王子を後方の天幕に運んだ。


「おい。勝手に…」


 王子は弱々しく抵抗したが、却下した。


「子供のうちに霊力使いすぎると、大きくなれないよ」


「しかし…」


「あとは爺さんとおっさんが何とかするって」


 寝台に押し込んで布団をかけても、まだゴニョゴニョ言ってるから、シエルに添い寝をさせた。横で美少女がすうすう寝始めたら、王子も眠った。これで良し。千鶴はそっと天幕を出た。



            ▪️




「今のあれが…チヅルどの? でしょうか?」


 騎士団長は参謀長閣下に訊いた。突然現れる羽の生えた美女。一緒にいた茶色い髪の美少女も気になる。


「言えぬ。言えば我が臓腑が引きちぎられる」


 閣下は真っ直ぐに戦場を見据えながら言った。そんな恐ろしい契約魔法なのか。それ以上訊く事もできずに黙っていると、伝令が駆け込んできた。


「伝令!城壁内にも獣人がいます!傭兵部隊が苦戦中とのこと!増援を乞う!」


 参謀閣下は歩兵隊のケンに救援に行くよう命じた。


「単騎で大丈夫でしょうか?」


 人狼を何匹も斬った男だとは聞いているが。騎士団長が心配を漏らすと、閣下は保証した。


「問題ない。ケンに勝てる者はいない」


「はあ…」


 白馬の歩兵隊長が駆けつけてから、四半時もしないうちに報告がきた。


「残留獣人を全て無力化!ケン隊長と傭兵部隊は騎士団に合流し、制圧完了目前です!」


 まだ途中だが、各騎士の戦績が書き出された。ケンは途中参戦にも関わらず、ずば抜けている。それを見た閣下はため息をついた。


「これで先日の戦が初陣だというのだから、まさに天賦の才よ」


「殿下は良き臣を得ましたな。王太子へまた一歩、近づいたのでは?」


 軍には第八王子の信奉者が多い。側室腹とは言え、あの歳で総司令をこなし、大魔法で兵を助けるのだ。王に相応しいと思うのは当然だ。すると閣下の小さな声が聞こえた。


「だが妻が魔物ではな…」


「は?魔物ですか?」


 騎士団長は聞き返した。


「何でもない。腹が痛いような気がする。後は任せたぞ」


 と腹を摩りながら閣下も本陣に戻って行く。その後、敵の司令官を捕らえて勝利が確定した。ついに我が国はツインボウルズの街を取り返したのだ。


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