14 雛の奪還 その2
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人狼を撃破してから僅か2日後、アウグスト王子は雛奪還作戦を開始した。少し欠けた月の下、白馬に乗ったケンは王子に付き従っている。小狐に戻ったギンと鷲形の千鶴達は上空を飛ぶ。
国軍の騎士と騎馬は、一糸乱れず夜陰の行軍を続ける。千鶴が妖術で音を消しているので静かだ。やがて国境の川に着いた。雛は向こう岸の神殿にいる。
『チヅル。頼む』
王子の念話が聞こえた。千鶴が一気に川を凍らせると、騎士達はビクッとした。王子の魔法ということになっている。
『滑ります。少し荒らしてください』
白馬が細かい注文をつけてきたので、砂状の氷を撒く。騎馬はあっという間に渡りきった。神殿は目の前だ。王子が馬を降りて杖を構えると、またド派手に神殿の門を吹き飛ばした。
「襲撃ーっ!出合えっ!」
たちまち警護の兵と戦闘になった。そこは騎士に任せて、千鶴たちは神殿内に突っ込んだ。霊力で雛を探すと地下から反応がある。
地下へと続く階段の手前に、魔法使いと騎士たちが待ち構えていた。火の弾や水の弾を撃ってくるが、へなちょこばかりだ。
「おどき!雑魚ども!」
千鶴は一瞬で天使形に変化した。羽ばたき一つで魔法を跳ね飛ばす。魔法使いどもは彼女の威圧に負けて気絶した。弱い。すると騎士が斬りかかってきた。
「化け物がっ!」
ムッとして立ち向かおうとしたら、ケンと人化したハクが足止めしてくれた。
「先に行け」
千鶴とギン、2羽の鷲は階段を下へ下へと飛んだ。
『みんな!』
最奥の部屋に飛び込むと、痩せた雛達が一斉にこちらを見た。ずっと水浴びもしていない。糞尿も片付けておらず、酷い悪臭が漂っていた。泣きたいのをぐっと堪えて、千鶴は念話で呼びかけた。
『助けに来たよ。さあ、お母さんのところに帰ろう』
雛はきょとんとしている。天使形が見慣れないのかも。千鶴はハルピュイアに変化した。すると子供達が駆け寄ってきた。
『本当? 出られる?』
『ええ。具合の悪い子はいない?』
『いる。こっち』
衰弱していた雛に治癒の妖術をかけて回復させた。よちよちと歩く幼鳥を連れて部屋を出ると、ケンが来た。
「ケン!見て!無事だったよ!」
千鶴は喜びのあまり彼に飛びついた。ケンが困ったように目を逸らす。ハルピュイア形で、乳丸出しだったのを忘れていた。咄嗟に天使形に戻ったが、気まずい空気が流れた。
「…」
「あー。ギンはどこかしら? こっちの方に気配がするわぁ」
とほほ。チューブトップくらい着とけば良かった。千鶴はギクシャクと隣の部屋を開けた。やはりむっとするような悪臭がする。
「ギン? どうしたの?」
銀髪美少年が、何かを持って立ち尽くしている。
「妖狐だ…いや…」
独り言みたいに呟くその手には、獣の耳と尾が生えた幼児が抱かれていた。
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千鶴が雛の治療をしている間、ギンは他の部屋を探った。隣の部屋に何かいる。ハクが言っていた獣人の子供だろう。これも助けないとな。彼は人間に変化し、無造作に扉を開けた。
「…?」
うずくまる子供達が顔を上げた。その頭には獣の耳。尻の下からは尾が覗いている。ギンは一瞬、故郷に戻ったのかと錯覚した。妖狐族の子供の姿、そのままだったのだ。
(バカな。ここは異世界だ。同胞がいる訳ない)
でも鳥人族がいたじゃないか。今まさに、その雛を救いに来ているんだぞ。
「みず…、おみずちょうだい…」
3歳にも満たない子供が這い寄ってきた。ギンは抱き上げて妖術で水を出してやった。そこにチヅルが来た。彼女は部屋を見回すと、倒れている幼獣に治癒を掛け始めた。
「ギン!ぼさっとしてないで!」
ギンは正気に戻り、腕の中の幼児を見た。衰弱して動けないようだ。
「でも、オレ、治癒はできない」
彼は首を振った。こういう妖術にはチヅルの方が長けている。
「霊力を分けるの!少しだよ!入れ過ぎないで!」
言われるままに横たわる子供達に霊力を注いだ。全部で30人くらいを、ケンとハクとで手分けして運び出した。ハルピュイアの雛達は自力で歩いている。表に出ると、もう戦闘は終わっていた。
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「それで全部か?」
王子が千鶴達を出迎えた。味方の騎士がお坊さんぽい連中を縛り上げている。
「多分。もう気配が無いから。誰? その人たち」
「ゴッズリバーの悪徳神官だ。雛と幼獣を隠す手伝いをしていた」
それを聞いた神官が縛られながら叫んだ。
「黙れ!魔物など、どう扱おうが…ムグっ!」
千鶴は妖術で口を凍らせた。ドスを効かせた声で脅す。
「あの酷い監禁部屋に閉じ込めてやろうか? 水も無い苦しみを味わってみる?」
「チヅル。大事な証人だ。殺すな」
王子が嗜めたので、彼女は仕方なく術を解いた。後でこっそり、全鳥類に攻撃される呪いをかけてやる。
すぐに子供達を運ぶ荷馬車が到着した。ひどく衰弱している幼獣と雛を載せると、いっぱいになってしまった。
「全部は載せきれないか」
「まだ飛べないしね」
王子と考えていると、騎士団長というゴツいおっさんが申し出た。騎士が抱っこして連れていくという。千鶴は比較的元気な雛に訊いてみた。
『あの人たちは良い人間なの。運ばれても大丈夫な子、いる?』
『良いよ』
何羽かが羽を挙げた。その子らをマントで包み、騎士が片手で持った。
「よしよし。怖くないでちゅよー」
変な言葉であやすのは大体子持ちらしい。撤収の準備ができたので、王子が号令を発した。
「よし。これより帰還する!」
全軍は速やかに敵国から脱出した。天使形の千鶴は荷馬車の横を飛んだ。怯える雛達に語りかけ、安心させながら進む。それを見た騎士団長が並走する王子に訊いていた。
「殿下。あの翼のある女性は…?」
「訊かぬ方が良い。知るには契約魔法が要る」
「…」
やがて本陣に到着した。出発から3時間も経っていない。作戦は見事、成功したのだった。
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子供達は一番大きな天幕に集められた。千鶴とシエル、レゼルは人間形になり、彼らを綺麗に洗って、食事を食べさせ、寝かしつけた。作戦よりもお世話の方が疲れた。
千鶴は一緒に寝落ちしてしまった。そこにギンが顔を出した。
「どうだい? 獣人の方は」
千鶴は眠い目をこすりながら起き上がった。
「朝には元気になってるよ。食べ物が合ってなかったみたい」
幼獣も雛も、もっと肉を与えなくてはダメなのだ。ギンは近くで眠る獣人の子を見つめた。
「あのさ。こいつらさ…妖狐族だと思うんだ」
「へえ。尻尾、狐っぽいもんね」
千鶴はフサフサの可愛い尾を撫でた。ギンは目を見開いている。
「驚かないのかよ? 地球と同じ妖がいるんだぜ」
「人間だって同じじゃない。同胞がいたっておかしくないよ」
ギンは黙った。何が問題なのだろう。千鶴は首を傾げた。
「お前は元から鳥人族の姫だし。オレは違う」
そうか。同胞を導く自信が無いのか。千鶴は納得した。妖狐族は玉藻の前という大妖怪が庇護している。ああいう強力なリーダーシップを想像してるんだ。
「じゃあ、彼らが鳥人族の下についても良いの? 従属するなら面倒見るよ?」
わざと意地悪く言ってみる。他の種族に従うのは敗北の印、屈辱なのだ。
「…それは」
「嫌でしょう? 玉藻の前様が送ったなら、ここではギンが妖狐族の頭領なの」
悪戯好きの半妖でもその義務がある。ギンは怒ったような顔をして出ていった。千鶴は横になって母や故郷を思った。鳥人族は数が少ない。長老達から受け継いだ術を次代に繋げられるか、ずっと不安だった。
(でも今はシエルがいる。レゼルも。この子達とその親に遺せる)
こちらに来て良かった。ケンに感謝だ。ケンと言えば…ハルピュイアの姿を見せてしまった。完全に痴女だった。彼女は朝まで羞恥に悶え苦しんだ。




