13 雛の奪還 その1
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森から戻った翌日、ケン一家は王子に呼ばれた。王子の天幕に着いてから、千鶴達は人間に変化した。奥では王子と参謀の爺さんが待っていた。
「今後の戦略に関わるから、参謀だけには正体を明かしてほしい。あの契約魔法をかけて良い」
千鶴は青ざめる爺さんと“指切りげんまん”をした。嘘をつくと千の針が臓腑を抉る暗黒魔法だと思われている。今更、ただの言葉遊びだとも言えない。
王子が早速、会議を始めた。
「次の街を攻める前に、雛を取り戻さねばならん」
「え? 何で?」
千鶴は思わず口を挟んでしまった。
「ゴッズリバーは幼鳥や幼獣を盾に、魔物を操っているそうだな。ならば人質を奪い取るまでだ」
「ゴッズリバーって何?」
「まさか知らないのか?!」
そのまさかだ。この国の名前も知らない。ケンがそっと教えてくれた。
「隣国の国名だ。我が国はイーストキャピタル王国だ」
「へえ」
ギンも同様だった。
「オレも!初めて聞いた!」
「信じられない…」
王子はぐったりと椅子に座り込んだ。爺さんが慰めた。
「一生村から出ない民もおりますから」
「…話を戻すぞ。雛を奪還したら、すかさず街を攻める。ここを守るのはハルピュイアだ」
王子は地図の一点を指した。国境の大きな川の近くにある街だ。千鶴は昨夜捕まえたハルピュイアに訊いた。
「そうなの? レゼル」
成鳥には名前があった。今は千鶴の妖術で鷲に変化させている。レゼルは縮こまって答えた。
「はい。人狼族が奪った後、我らが守護しております。私は伝令としてこちらにいました」
城門を破壊されて戦況が不利となり、王子を攫えと命じられたらしい。千鶴は震える鷲をそっと抱いた。隷属印のせいだから、仕方ない。
「悪いけど、雛は私が取り戻す。これは鳥人族の問題だから」
千鶴はキッパリと断ったが、王子は認めなかった。
「我が国の問題でもある。心配するな。代償など求めない」
「人間に命を救われたら困るの!」
仕方なく鳥人族の宿命を説明した。雛自身は恩返しができないから、便宜上、次期女王の千鶴が返さねばならない。王子とは結婚できないし、お金も無収入だから何年かかるか見当もつかない。
「…分かった。一種の呪いなのだな。ではお前の娘を貰おう」
王子はあっさりとシエルを要求してきた。驚いた千鶴は背に翼を出し、大きな羽でシエルを包み込んだ。
「ど…奴隷とか? ダメ!絶対ダメ!」
「たわけ。正妻だ。爺、準備を」
爺さんは何か言いたそうだったが、紙とペンを用意した。王子はサラサラと婚姻届のような文言を書いていく。ケンが娘に訊いた。
「シエル。嫌なら良いんだぞ。俺と千鶴で返すから」
娘は首を振った。
「ううん。良い」
書類の最後に新郎・新婦と、証人の爺さんとケンがサインをした。王子はニッコリと笑ってシエルの手に口付けると、おどける様に言った。
「さあ。全て片付いたな。雛と街の奪還作戦を立てるぞ。義父上、義母上?」
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夜更けまで計画を練ってから、秘密の会議は終わった。ケンと従者の少年以外は動物に姿を変えて出ていった。何度見ても凄い魔法だ。人間が何年修行をしても、あの境地には辿り着けまい。
アウグストはようやく寝台に身を横たえ、目を瞑った。昨夜から色々ありすぎて疲れた。爺が心配そうに訊いてきた。
「宜しかったのですか? 婚姻など…」
「良いさ。縁談を断る良い口実ができた」
「…」
爺は何も言わずにそっと出て行った。
(父上は怒るだろうな。平民どころか魔物なんて。いっそ王族籍を抹消してくれれば)
早く大人になって魔法士団を引退したい。その後は山奥で修行三昧だ。翼ある美しい妻と暮らして…。アウグストは愉快な未来を夢見て、眠りに落ちていった。
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ケンは歩兵に新たな訓練を始めた。ハルピュイアを捕獲する道具を作るために、まずは竹林に行った。
「持ちやすい太さの竹を切るんだ。葉は上の方だけ残して、後は落とせ」
彼の指示で、どんどん煤払いの箒みたいのが出来上がっていく。千鶴たち鳥人は暇なので、女子会をすることにした。
「ここら辺でいいか」
奥の空き地に結界を張り、誰も入れないようにした。千鶴とシエルは人間形に、レゼルはハルピュイアに戻っている。くすねてきた干し肉や固いパンを並べて、ちょっとしたピクニックだ。満腹になった頃、千鶴は切り出した。
「…聞いていい? ハルピュイアって雌しかいないんでしょ?なんで雛が生まれるの?」
ずっと疑問だった。中途半端な変化もだ。繊細な話なので、3人だけで話したかった。レゼルは辛そうな表情で語り始めた。
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大昔。ここには今よりずっと多くの同胞がいました。その頃は魔法を操り、チヅル様やシエル様のように自在に変化していたそうです。
ある時、他種族と大きな戦が起こり、雄のほとんどが死にました。気づいた時には雌しかいませんでした。
このままでは絶えてしまう。そう考えた先祖は人間の雄と婚姻しました。ですが生まれた子は翼を持たず、ほぼ人間でした。
そんな時、自力で身籠れることが分かりました。生まれた子は全て雌で、ハルピュイアの姿でした。魔法もできません。
絶滅するか魔物になるか。先祖は生き延びる道を選んだのです。
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「…」
千鶴は衝撃で何も言えなかった。まさかの単為生殖。雌しかいないということは、クローンで命を繋げていたのだろうか。だがレゼルもちゃんと霊力を持っている。変化できるはずだ。
(雛を救って、隷属を解いて。変化を教えて…その先は?)
千鶴がいなくなれば、また退化してしまうかもしれない。
「お母さん」
シエルの声で意識が引き戻された。
「私、手や足ができて楽しい。お父さんやギンやハクと暮らせて幸せだよ。仲間にも、そうなってほしい」
千鶴の不安は、一瞬で消えた。そうだ。今、幸せにならなくてどうする。彼女はシエルとレゼルをぎゅうと抱きしめた。
「みんなで変化してさ。最高に強い美女軍団を作ろう!」
「はいっ!陛下!」
それから鷲に変化してケンの下に戻ると、木の皮みたいな物を腐らせてくれと頼まれた。お安いご用だ。千鶴は幾つもの大樽の中身を腐食させた。兵らがそれを水で洗い、搗いたり練ったりすると灰色のネバネバができた。彼女は念話でケンに訊いてみた。
『ところで、何これ?』
「鳥もちだ」
『ぎゃああっ!』
鳥類が絶対に近づいてはならない物だ。ケンは笑って樽に蓋をした。
「もう大丈夫だぞ。心配なら離れて見ていろ」
彼は竹を使って訓練を始めた。千鶴は樽を見るのも嫌で、シエル達を連れて王子の天幕に避難した。
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「それで逃げてきたのか。ちょうどハクが戻った。雛の居場所が分かったぞ」
王子の横には中華白髪美女が立っていた。奴が雛の居所を探すと自ら名乗り上げたのだ。ハクは水鏡に多くのハルピュイアの幼鳥が押し込められた部屋を映し出した。止まり木もないし空も見えない、劣悪な環境だった。レゼルが鷲の瞳を潤ませて見つめている。
「全部で100羽ほどです。他に何かの幼獣が30匹います」
「これ、便利だな。後で教えてくれ」
王子は水鏡をしげしげと眺めた。遠くを見る魔法はあるが、映すものは無いらしい。
「警備はゴッズリバーの兵が200名。他に魔法士が10名ほどいましたね」
「雛は地下か。では私が門を破壊しよう。兵はこちらの騎士が受け持つ。チヅルたちはその隙に侵入しろ」
王子は爺さんを呼んで準備を命じた。日没後、国軍の騎士とケン一家は出陣した。目指すは国境の川だ。




