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12 隷属魔法

            ♡



 王子を助けたは良いが、鳥人とバレてしまった。まあ、いざとなったら記憶を消す妖術がある。千鶴はさして気にしていなかった。


 3人が下りたのは森の中だった。鷲に変化して木々の上まで飛んだが、どちらの方角に戻れば良いのか分からない。千鶴は念話をギンとハクに送った。距離のせいか何か障害物があるのか、返事は来なかった。


「どうしよう? 念話が届かない」


 人間形に戻って王子に相談してみた。千鶴よりもずっと子供なのだが、頼りになる雰囲気がある。口調がケンに似ているせいかも。彼は倒木に腰を下ろして、休息を提案した。疲れているようだ。


「きっと捜索隊が出ている。今夜はここを動かずにいよう」


「うん」


 千鶴は薪を集めて火を熾した。久しぶりの野宿だ。シエルは狩りに行った。


「凄い魔法だったね。お腹空いたでしょ? これ、食べて」


 彼女はケン特製の干し芋を王子に勧めた。持っていた水筒も渡した。王子は受け取った。


「ありがとう。助けてもらった礼もしていなかったな」


「良いよ。そうだ。歩兵隊、頑張ったんだよ。ボーナス出してよ」


 ケンはそういうこと言わないから、妻として交渉してみた。王子は笑って頷いた。


「もちろんだ。ケンには勲章を与えるよう、陛下にお願いしよう」


「それは要らないです」


「欲が無いな。では何が良い?」


 千鶴は考えた。


(王子ってことはダチョウ氏の血縁なんだよね)


 何とか断れないか、相談をしてみることにした。



             ▪️



 チヅルの話を聞いて、アウグストは頭を抱えた。腹違いの兄がまた醜聞を起こそうとしている。見初めた人妻を手に入れるために権力を悪用したらしい。


「本当にすまない…。実はこれが初めてじゃないんだ」


「人妻?」


「いや、平民の娘だ。それで婚約破棄をした」


 兄は次期国王に最も近い王子だ。なのに学園で知り合った平民の娘と結婚すると言い出した。国王も王妃も、愛妾にしろと言った。だが執着した兄は、娘を貴族の養女にして、婚約者だった隣国の姫に無体を働いた。


「公衆の面前で婚約破棄を宣言したんだ。姫は怒り狂って帰国した。それがこの戦争の発端となっている」


 チヅルは呆れたような顔で言った。


「バカなの?」


「女性に関してはな」


「じゃあ、やっぱり記憶を消すわ。忘れてもらう」


 アウグストは首を振った。それは何度も試した。だが特殊体質なのか、兄の記憶は改変できなかった。娘と引き離すためにウエスト伯預かりとしたのだ。


「えー。じゃあどうすれば良いの? ウチの村、そこにあるんだよ」


「暫く私の麾下に入ってくれ。今回の手柄を考えれば自然だ。ほとぼりが覚めるまでだ」


「それって、いつまでなの?」


 兄の興味が他に移るまでか。数ヵ月か数年かは分からない。あの学園生だったピンクの髪の娘より、チヅルの方が何倍も美しい。諦めさせるのは難しいかもしれない。


「グ…」


 その時、ハルピュイアが呻いた。目が覚めたようだ。人間に気づくと、鉤爪で地面を蹴って飛び掛かってきた。


「キェエエーッ!」


 上から小さな鷲が急降下して、魔力を込めた蹴りを喰らわせる。ハルピュイアはまた倒れ伏した。


「危ないよ。お母さん」


 小さな鷲は少女に変身した。


「ごめん。つい話し込んでて」


 チヅルは魔力で作った鎖でハルピュイアを縛り上げた。そして王子には分からない言葉で尋問を始めた。



            ♡



 千鶴は鳥人族にだけ通じる言葉で話しかけた。


『なぜ王子を攫おうとしたの?』


『…』


 ハルピュイアは答えない。千鶴とシエルを険しい顔で睨んでいる。匂いは同族なのに、人間形なのが不思議なんだろう。


『野生じゃないでしょ? 妙な鎧をつけてるもん。訳を教えてくれたら、力になるよ』


 千鶴の申し出に迷っているようだ。彼女は無言で足裏を見せた。シエルのように焼印が押されている。でも腐ったりはしていない。ハルピュイアは何度もそれを見せて、頭を左右に振った。


「チヅル。隷属魔法だ。喋れないように呪いがかかっている」


 王子が言った。彼は近づいてきて、足裏を観察した。


「絶対服従、秘密の保持、逃走の禁止…高度な隷属印だな」


「もしかして、人狼も? 誰がそんなことを?」


 ゾッとした。妖は自らの意思でしか従属しない。こんなのは間違っている。


「隣国の魔法士が開発したと聞く。何らかの方法で魔物を捕まえ、刻印したのだろう」


 ではその印を消せば良い。シエルの時は、腐った肉を治したら消えた。千鶴は荒っぽい治療をすることにした。ハルピュイアの頬を両手で包み、念話を送る。


『あなたの足裏を焼く。そして再生する。かなり痛むけど、耐えて』


 そしてシエルと王子に協力を求めた。


「押さえててくれる? 凄く痛がると思うの」


「私が癒しの魔法で痛みを抑えよう。だが今は魔力が…」


 王子が困ったように言った。するとシエルが彼の両手を取り、霊力を分け与えてた。


「これぐらいでいい?」


「充分だ。ありがとう」

 

 微笑みあう美少女と美少年。甘酸っぱい。千鶴はケンが恋しくなったが、頭を振って雑念を払った。


「今から隷属印の除去手術を行います」



             ▪️



 アウグストは初めて見る魔法を興味深く観察した。焼くと言うから火を使うのかと思ったが、違った。超低温で凍らせた肉ごと隷属印を削り落としていた。それを再生する時に、痛みが襲ってきたらしい。王子は癒しの魔法をかけた。しかしハルピュイアは布を噛み締め、涙を流して暴れた。


「終わったー!」


 チヅルが拳を突き上げた。大したものだ。時間にして数分だが、繊細な技術を駆使した魔法だった。


「あ…ありが…とう」


 ハルピュイアが、人間にも分かる言葉で礼を言った。驚いた。魔物と意思の疎通ができる。大発見だ。


「どういたしまして。よく頑張ったね!」


 チヅルが笑って拘束魔法を解いた。ハルピュイアは彼女の前に平伏した。


「女王陛下。仲間が…仲間をお救いください!」


「へ?」


「雛の命を盾に取られ、この印を押されました」


 ハルピュイアは話し始めた。隣国の、魔物を使役する仕組みが明らかになった。



            ♡



 同胞の悲劇を聞くうちに、千鶴の霊力が漏れ出し始めた。


 隣国の魔法使いはハルピュイアの営巣地に火をかけた。腕がない彼女達は雛を置いて逃げるしかなかった。奴らは雛を奪い、隷属印を強要した。ハルピュイアはスパイや戦争の道具にされた。


「あの国の人間は、魔物を使って世界を征服するつもりです」


 あまりに酷い。千鶴は制御できない霊力を、ドカンと上空に放った。青白い雷が天を割く。


「お母さん!落ち着いて!」


「殺す気か!」


 しまった。少年少女を怖がらせてしまった。慌てて千鶴は力を抑えた。そこへ愛しい夫の声が聞こえた。


「チヅル!無事か!?」


「おーい!シエル!」


 ギンの声もする。見上げると、空飛ぶ白馬に跨ったケンと、天翔ける小狐がいた。王子が目を見開いている。


「ケーン!こっち!」


 千鶴は大きく手を振った。白馬は下りてきた。


「何度も念話を送ったんですよ。返事くらいしなさい」


 ハクがぷりぷり怒っている。こっちだって送ったよ。たまには念話障害だってあるよ。白馬と言い争ってたら、ケンが飛び降りて2人の口を塞いだ。


「…もう何も驚くまいよ。ケン。お前の妻も配下もな」


 王子が達観したような顔で言った。後ろではシエルが小狐と再会を喜び合っている。


「ご無事で何よりでした。アウグスト殿下」


 ケンは何事もなかったかのように跪いた。


「ああ。攫われたおかげで、色々と分かってきたぞ」


 捜索隊がすぐ近くまで来ているらしい。王子をハクに乗せ、一行はそちらに向かった。

 

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