11 月夜の戦い
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「人狼出ました。数、およそ50。後続は無し。城門閉まります」
報告を聞き、第八王子アウグストは確信した。予想通りだ。人狼と騎士は共闘できない。人狼を足止めできれば、主力が街に近づける。
「ウエスト隊はどうだ?」
王子の問いに観測員の魔法士が答えた。
「たった今、白い馬に乗った騎士が3匹を斬りました…歩兵が…何かを敵にぶつけています」
「何?」
「分かりません。人狼たちが鼻を押さえています」
鉄鎖以外にも武器を用意していたのか。観測員が声を弾ませた。
「30匹以上を引き倒しました!鍬で殴っています!」
「参りましたな。農民が人狼を倒すとは」
参謀が苦笑して言った。
「ケンという男のお陰だ。兵の育成に長けている」
当初の計画では、歩兵は人狼隊を引きつける囮だった。アウグストは反対した。だが国軍の歩兵が壊滅状態の中、傭兵を雇う以外の策が無かった。そこへウエスト伯の事務官から報告が来た。ある農夫が面白い訓練を提案した、人狼に対抗できるかもしれないと。
「10匹以上に突破されましたが、傭兵隊が押さえています」
吉報が続く。王子は立ち上がった。
「よし!出るぞ。農夫に負けてなるものか!」
「おおっ!!」
騎士たちが拳を突き上げた。今宵こそ、借りを返してもらう。王子と主力の騎士団は城門へ向かった。
◇
城門が開き、人狼が飛び出してきた。狼の皮を被った人間のような異様な姿に、歩兵たちは怖気付いた。
「殺さなくていい!訓練通りにやれ!」
ケンは大声で呼びかけながら先陣を切った。ハクが全力で人狼に向かう。飛びかかってきた数匹を斬り捨てたが、思ったよりも速い。すぐに前線を抜けてしまった。手綱を引いて向きを変えながら、指示を出した。
「匂い玉だ!鼻を狙え!」
教官に頼んでおいたものだ。歩兵らが酢と香辛料が詰まった皮袋を投げた。
「グッ!」
当たらずとも、一帯に強烈な匂いが立ち込める。人狼たちは鼻を押さえて立ち止まった。
「今だ!行け!」
月明かりの中、訓練通り歩兵の鉄鎖が人狼を捕らえた。必ず3名で1匹と戦うようにしている。倒れた人狼は鍬で叩かれ続け、立ち上がれない。しかし数匹が鎖から逃れた。
「わああああっ!」
尻餅をついたオルに狼の爪が迫った。するとチヅルが降下して人狼の頭を蹴った。間一髪、オルは助かった。
「チヅルさん!あ、ありがとう!」
「ケェーッ!(早く立て!アホ!)」
拝むオルを叱っている。蹴られた人狼はギンが始末した。
『お父さん!傭兵さんが苦戦してる!』
シエルの念話が来た。歩兵達の方はチヅルとギンに任せる。ケンは傭兵部隊を助けに行った。
流石に戦のプロだ。数名で人狼を囲み、槍で接近戦を避けている。だが怪力で槍を折られていた。ケンは騎馬のまま弓を取り、矢をつがえた。そのまま狙いを定めて打った。
「ギャッ!」
鼻先に矢が当たる。その隙に傭兵の槍が人狼に刺さった。ケンは次々と矢を放った。10匹ほどの人狼が倒せた。
「何でこの暗さで当たるんだよ?!」
傭兵隊長が人狼の首を刎ねて叫んだ。心臓を貫いただけでは死なないようだ。
「すまんが、こっちの始末もしてもらえるか?」
ケンは頼んだ。
「…おう。行くぞ!」
駆けつけた傭兵たちが、歩兵の捕らえた獣人を確実に屠った。見上げるとチヅルとシエルが旋回している。
「もう終わりかよ?」
ギンが不満そうに言った。ケンはハクの首を撫でた。
「ああ。皆、よく頑張った。ありがとう」
歩兵と傭兵部隊は大勝利だった。そこへチヅルの声が聞こえた。
『王子様の方、見てきて良い? 何か面白そうな事してるよ』
大魔法のことか。
「一緒に行こう」
ダンに怪我人の手当てや搬送をするよう指示し、ケン達はそこを離れた。
♡
千鶴が暴れるまでもなかった。つまらん。ケンのところに戻ろうとしたら、街の方で霊力が集まるのが感じられた。あの赤毛の王子が何かするらしい。
「あの子はどうして大人に混ざって戦っているの?」
遠見で見ていたシエルに訊かれた。
「王子様だからね。魔法使いだって言ってたし」
ノブレス何とかって奴だ。シエルがしきりと気にするので、見に行くことにした。ケンに訊いたら、一緒に行こうと言われた。
城門が見える場所で夫の肩に降りた。娘は腕に停まる。ケンが軍議で聞いたことを教えてくれた。
「大魔法で門を破壊すると言っていたな」
「へえ。あんな大きな物を。凄いね」
そういえば、本格的な魔法を見るのは初めてだ。ギンとハクも興味津津で見守っている。
幾何学模様の中心に立った王子が、杖を門に向かって振った。大量の霊力が赤い光となって門にぶつかり、爆音と共に門が半壊した。
「あんなに霊力使ったら、もう動けないぜ。アイツ」
ギンは呆れたように言った。確かに王子は苦しそうに喘いでいる。
「かわいそう。どうして他の人は見てるだけなの?」
シエルが気を揉んでいる。ケンはその背を撫でて言った。
「あれほどの魔法使いは数が少ない。子供でも貴重な戦力なんだ」
壊れた門の中へ騎士が突入していった。敵兵と戦うのが見える。優勢のようだ。大魔法とやらも見たし、加勢は要らなさそうだし、そろそろ陣に戻ろうかと皆で相談していた時だった。何かが城門の上から飛び出してきた。
「!?」
翼がある。人間には暗くて見えないだろうが、千鶴たちにはその姿がハッキリと見えた。成鳥のハルピュイアだ。それは真っ直ぐに王子に向かっていった。周りの護衛を飛び越え、鉤爪で王子を掴んだ。
「殿下!?」
「待て!」
護衛が騒ぐが、魔鳥はあっという間に飛び去った。
「ちょっと行ってくる!」
千鶴は跡を追った。娘もついてきた。
「チヅル!シエル!」
下でケンが叫んだ。ハルピュイアは街と反対方向へ飛んでいく。考えている場合じゃない。
『ダメ!見失っちゃう!追っかけてきて、ケン!』
念話を送って、千鶴は速度を上げた。鳥人の目の前でナメた真似をしてくれる。
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身体がふわりと浮いた。アウグストは一瞬、疲労で倒れたのかと思った。何かに後ろから肩をガッチリと掴まれ、そのまま空に昇って行く。護衛が騒ぐ声、風を切る音、バサバサという羽ばたき。みるみる地上が遠のく。
(まずいな。今落とされたら死ぬ)
大魔法を放った直後だ。魔力が底をついて、防御魔法は使えない。王子は暗い森の上を連れ去られていった。
数分経った頃、どこからか女性の声が聞こえた。
「待ちやがれーっ!!」
ドカッという音と衝撃が伝わった。アウグストの体が宙に投げ出される。思わず目を瞑ると、誰かが受け止めてくれた。彼は目を開けた。白と赤の衣服を着けた、黒髪黒目の女性だった。
「…」
女性の背には大きな白い羽が生えている。彼女は王子をそっと地面に下ろした。
「ケェーッ!」
上から何かが落ちてきた。女の顔を持つ魔物・ハルピュイアだ。胴に鉄の鎧のような物をつけている。
「お母さーん!」
少女が女性の胸に飛び込んできた。水色のワンピースに裸足。茶色の長い巻き毛が美しい。
「よしよし。怖かったね。よく倒したね」
お母さんと呼ばれた女性は少女の頭を撫でた。そして伸びているハルピュイアを踏みつけた。
「半鳥人の分際で。あたしに歯向かうとは良い度胸だ!」
「よせ。もう気絶している」
王子は止めた。
「あなたは誰だ? 女性がいる部隊はなかったはずだが」
「えーっと。その…」
しどろもどろで誤魔化そうとする。すると少女が王子に訊いた。
「秘密を守ってくれる? お母さんと私が人じゃないって、黙っててくれる?」
金色の大きな瞳がアウグストを射た。王子は即答した。
「約束する。誰にも言わない」
人ならぬものとの契約は絶対だ。女性が小指を差し出した。王子の小指と絡める。
「じゃあ。ゆーびきーりげーんまーん、嘘つーいたら針せーんぼーんのーます、ゆーびきった!」
呪いか。同じことを少女ともさせられた。
「私はチヅル。この子はシエル」
チヅルと名乗る女性は笑った。そして溶けるように姿を消したと思ったら、大鷲がいた。
「ケンの妻です。よろしくね!さて、このハルピュイアをどうしようか?」
王子は遮った。
「待て待て。ケンとは歩兵隊のか?」
人間の妻で、大鷲で、鳥人。王子は額を押さえた。何が何だかわからない。




