9、勝負は決着の後の方が大切。
目の前にいる狐は出会った時の見とれる程の美しさは既に無く、その身体に受けた傷とその傷から流れ出た己の血で赤黒く汚れている。立っているのもやっとだろうと思うが、最後に力の限り足掻いてやるぞと覚悟を決めている事が解る。俺は知っているからだ、今までは俺がそちら側だったから。だから油断などしない、だから気を抜いたりしない、だから最大限の敬意を持って最後まで全力で。
相手を倒す覚悟を決めて跳び出す。右へ、左へとジグザグに跳びながら距離を詰める。それを近づけまいと白い狐は、狐火を連弾で放つ。片目が機能していない為、照準はだいぶ甘くなっている。それに気が付いたのか、途中で当てるのではなく弾幕を張る方針に切り替えた様だ。全く、頭がよく切れる。短期決戦は正解だったよ。真横に跳び左の木の幹に向かう。その木の幹を蹴り反射して反対側の木の幹へ。そのまま狐の死角へ回るように木から木へ飛び移る。痛めた脚が遂に対応できなくなり真横に回り込む事に成功する。ここだ、と狐に向かい突っ込んで行く。激痛に耐えながら立っているであろう狐の腹の下へ滑り込む。俺は両前脚を大地にしっかりと突き立て、身体を縮める。次の瞬間、両方の後脚を同時に身体全体を利用し真上へと力一杯蹴り上げる。大地をまともに踏み締める事が出来なくなっていた狐は、真っ直ぐ上へと身体をくの字に曲げ飛んでいく。
ーー白兎流格闘術・倒立昇天脚ーー
間髪を入れず俺自身も跳躍の技能を使い真上に跳び、最大最速で狐を追い掛ける。身体を流線型に畳み速度を上げ飛ばした狐を追い越す。その先の一本の木の枝にぶつかる直前で身体を反転し後脚で着地する。その勢いで俺の身体を乗せたまま撓る。撓った枝は元の位置に戻る為に来た道を帰る、俺を乗せたまま。今度は俺がその反動を利用しこちらへ飛んでくる狐に向かい跳ぶ。両前脚の先を重ね突き出す。
ーー白兎流格闘術・反天落追撃ーー
上昇していた狐は俺の勢いの全てを乗せた一撃を受け、正しい重力の方向へと飛ばされ大地に叩きつけられる。俺は技を放った反動を使いもう一度少しだけ上に跳び勢いを相殺し自然落下する。叩きつけた一撃の衝撃による風圧とそれより少し遅れて届いた音が、その凄まじさを教えてくれた。おそらくほぼ全ての骨が折れただろう、勝負あった・・・。降下しながら倒れた狐を見つめ、そう確信する。
地面に着地し狐の側へゆっくりと近づく。微かではあるが息をしている、たいしたものだ。素直に命の強さに感心する。この状態だと、もう長くは持たないだろうが。
「お前、の・・・勝ち、だ。」
「そうだな。」
今の俺には他に掛ける言葉は無い。慰めも気休めも意味をなさない。
「私の、命を・・・無駄に、してくれるなよ・・・。」
消えそうな呼吸をしながら、少し満足気に笑う。
「あぁ、そのつもりだ。その為にも、なるべく長く生きてみるさ。」と答え「最後に何か望みはあるか。叶えられるかはわからないけど。」と続ける。狐は少し考えて答える。
「願わくば・・・妹に、会う事が、あったら・・・見逃して、欲しい。」
「妹がいるのか。」
妹が、家族がいるのか。そりゃ普通どんな生き物には親兄弟は、家族はいるよな。
「他に家族は?」
「父と母は、既に、無く。」
「そうか・・・。じゃあお前が死んだら、その妹は大丈夫なのか。」
「そうだなぁ・・・、困ったなぁ。少し、心残り、だ。」
その表情は本当に困っていた。まあ死を前にしてこんな嘘を付く必要は無いだろう。家族、家族かぁ・・・。
「はぁぁぁぁぁっ・・・・・・。」
と、わざとらしい深い溜め息をつく。つくづく思う、俺はワイルドライフに向いてない。「あぁあ。」と言いながら、満身創痍の狐に向けて兎の癒しを使う。傷口が塞がっていくが、一度で全ては癒せなかったので途中で細石水苺を食べる。
「一体、何を・・・。傷が、塞がって、いく・・・。」
三度程兎の癒しを使い傷を塞いだ。完治させる事は出来てはいないと思うが。狐は不思議そうな顔をして、こちらを見ている。そりゃ当然だな、野生の魔物には理解し難いよな。アイテムボックスから薬草と木の実を幾つか取り出し、狐の側に置く。
「少し休んだら、これを食え。だいぶ回復すると思うぞ。だけど、暫くの間は無理するなよ。・・・じゃあな。」
俺はもう一度溜息を付き、振り返る。そしてその場を離れるべく動き出す。その背中に予想通り「なぜだ!?」と声だけが追い駆けてきた。・・・ですよね。分かっていたよ、だからこちらも用意していた言葉で応戦する。
「何がだ。」
できるだけ素っ気無く答える。格好を付けたかったのもあるが、どうせ理由を話しても理解はしてもらえないだろうと思ったからだ。これで納得して引き下がる訳もなく、「どうして助けた。」と決まり文句の質問をする。
「俺が甘いだけだ、気にするな。妹はお前が守ってやれ。・・・後は、できればこれからは兎を襲わないでくれるとありがたい。」
そう言って退散しようとしたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。狐はふらつきながら立ち上がり声を絞り出す。
「また、お前を襲うかもしれないぞ。」
「一応、そうしないでくれってお願いしたぞ。」
「私がそれを守る保証は無い。守ると言ってもいない。」
「そうだな。もしそうなっても、それは俺の責任だ。お前が気にすることじゃない。」
やはり理解が追いつかず困惑している様だ。きっとこんな自己満足な考えた方は解らないだろうな。
「守るべき家族がいるんだろう。」
「・・・感謝する。だが私にはこの恩に報いる術を持っていない。」
困惑と申し訳無さで狐の顔は充満している。言ったてしょうがないと分かってはいるが、お決まりの言葉を掛ける。
「だから、気にするなって。」
「しかし・・・そういう訳には・・・。」
そうだろうなぁ、気持ちは分からんでもない。このままだと終わらない押し問答になりそうだな。
「じゃあ、友達になってくれ。」
本音だが、無理難題を提案する。このあたりで煙に巻いて、そろそろ御暇しようかな。今なら逃げ切れるだろうし。
「・・・友達か。」
おや、即答で否定されると思ったんだけど。
「それは・・・出来ない。」
まあそうなるな。「じゃあな。」と声をかけようとした瞬間に狐は「が・・・」と言葉を続けた。
「友達は無理だが、従者として仕えるなら。」
以外な答えに言葉の理解をするのに数秒の時間を要した。
「俺と主従関係を結ぶって事?」
「今の私に差し出せるのはこの命だけだ。」
少し答えに迷ったが、これ以上の良い解決策は今の俺は思いつきそうも無く、その提案を受け入れる事を決める。俺が主になるという自体に多少の抵抗はあるが。
「わかった。それでお前の気持ちが治まるなら。でも良いのか、兎の俺が主で。」
狐は静かに頷いて俺の前にゆっくりひれ伏し、服従の意志を明確に示す。こちらの勝負は俺の負け、素直に白旗を上げる。
「そうか・・・分かった。俺は、イッスン。名前は?」
その質問に狐は目を見開いた。
「主殿は名前があるのですか・・・。勝てなぬ訳だ。私は名前は持っておりません。」
主殿って・・・、受け入れるの早いな。敬語になってるし。凄い対応力だな。あ、それより気になる事が。
「え?名前、無いの?」
俺の驚きの表情を不思議そうに眺め、
「私にはありません。と言うより普通魔物に個別の名前はありません。」と教えてくれた。そういうものか・・・でも普通に考えたらそうだよな。
「そうかぁ。でも名前が無いと不便だよな。」
「そうでしょうか。私は今まで特に不便を感じた事はありませんが。」
「そうなの?」
「そうですね。家族以外と会話はしないですから。」
あぁなるほど。そりゃそうだ、俺みたいに多種多様な言語を理解できないだろうしな。理解できたら野生では逆に不便そうだ。
「でもなぁ、狐とか、おいとか、お前って呼ぶ訳にはいかないからな。どうしようかな。」
「私はそれでも構いませんが。」
本当にそう思っているだろうが、俺としては何だか居心地が悪い気がする。
『提案、技能・命名の使用を推奨します。』セッテさんが割って入ってきた。おぉっ、セッテさん。そういえばそんな技能あったな。「流石、セッテさん。それだ。ありがとう。」と心の中で感謝する。
「今俺が付けても良いか。」
「名前を頂けるのですか。」驚いた表情で答える。
「俺に付けられるのが嫌でなければ、だけど。」
「滅相もありません。喜んで頂戴致します。」些か畏まり過ぎの様な気がするが。「じゃあ考えるから、ちょっと待って。」と時間を貰う。待っている間に、さっきの木の実や薬草を食べるように勧める。
目の前の狐を今一度よく見る。初めて見た時の印象を思い出す。凄く白くて綺麗だったな、まさしく淡雪狐の名に違わぬ姿だった。雪、白・・・ねぇ。うぅんと口を閉じたまま音を出し、思考を巡らせる。ふと首と目線を持ち上げると、木々の葉の間から青い空が見えた。今日もいい天気だな、綺麗な青だなぁ。その青く澄んだ空に、白くふわりとした雲が浮かんでいる。白い狐の美しいその白い毛皮を思わせる。雲・・・雲か。
「ヤクモ《八雲》。」
ポツリと呟くように漏れたその言葉に、白い狐は顔を上げる。
「ヤクモはどうかな。八つの雲で、ヤクモ。」
改めて向き直り目を見る。今度は白い狐が「ヤクモ。」と呟く。そして噛み締める様に頷き、俺に視線を返す。
「ありがたく頂戴致します。私には勿体ない気もしますが。」
「そんな事無いさ。ぴったりだと思うよ。・・・それじゃ、今から君は、ヤクモ《八雲》だ。」
『技能・命名の使用を承認しました。』
俺の身体とヤクモの身体が淡く光を放つ。おぉ、ファンタジー。っていうか名前を付けるのってこんなに特別な事なのか、ちょっと大袈裟なんじゃないか。そういえばセッテさんの名前を付けた時に500もスキルポイントを使ったんだっけ。俺よりもヤクモの方が戸惑っているようだが。今自分の身に何が起きているのか把握しきれていないのだろう。でも名前を受け入れてもらえて良かった。従者はやっぱり、八雲ですよね、セッテさん。
『是、肯定します。』
暫く頭の上に幾つも「?」を浮かべていたヤクモは、ハッとして俺を見つける。少し照れくさそうに、咳払いをして姿勢を正す。
「改めて感謝を。そして、このヤクモはイッスン殿を主とし付き従う事を誓います。」
「ああ、これからよろしくな。」
と、このやり取りの後に、またしても予想外の事が起きた。
『承認しました。特殊技能・主従の絆を取得しました。』
それと共に先程と同じ様に、主従共々光りに包まれる。そんなに特別な事なのだろうか、と思う。レベルが上っても、新しい技能を取得しても光らないのに。良く解らないぜ、ファンタジー。
『レベルが上昇しました。Lv172。』
『スキルポイントが540加算されました。』
なんですと!?なぜレベルが上がった、それも一気に50以上も。このままだと追加で説明が始まると、直感する。「ちょっと待ってセッテさん、後で確認する。お願いできますか。」とセッテさんを遮る。『是、肯定します。』との事。助かった、この状況では、ちゃんと理解できそうもない。特にヤクモは大変だろうからな、目の前で再び頭の上に疑問符を浮かべてるし。
「ヤクモ、大丈夫か。」
見かねて声を掛ける。その声に気が付き、こちらを見る。
「あぁ・・・はい。大丈夫・・・ではないかもしれません。急に様々な事が起きて・・・。今まで理解できなかった事が、理解できる様になって・・・そのせいで、余計に理解が追いつかなく・・・。」
「なるほど、おおよそ状況は理解した。俺が後で説明出来る事は説明する。だから今は考えるのを一旦辞めよう。」
「はあ。」と釈然としないですと分かる返事をする。よく分かるよ、その気持ち。
「今はとりあえず移動しよう。ゆっくり落ち着いて話の出来る所に行こう。」
俺の提案を快く受け入れたらしく、「はっ。」と従者らしい返事をする。それにしてもこの適応能力に驚かされる。抵抗感は無いのだろうか。まあ別に後ろから噛み付かれても文句は無いが。
ヤクモの住処に行く訳にはいかないよな、妹さんもいるみたいだし。今俺が一緒に行ったら、ややこしい事になりそうだし。ただでさえ、俺が作った状況とはいえ自分でも理解するのに時間が掛かりそうなのに。まあ始めから俺の自宅にご招待一択だったんだけどな。どう考えても、あそこが考えられる中で一番安全だろうし、広さも申し分ない。
「とりあえず、俺の家に行こう。」そう言って立ち上がる。ヤクモは「よろしいのですか。」と顔を上げて聞く。
「何か問題があるのか?・・・もしかして嫌か。」
「滅相もない。ですが自分の住処に他の者を招き入れてよろしいのですか。」
「ヤクモなら問題無いだろ。」
素直に思ったことを口にしただけだったのだが、ヤクモは何とも言えない表情をして頭を下げた。
「動けるか。無理そうなら言ってくれ。」
「あまり速くは走れ無いかもしれませんが・・・動く分にはなんとか。」
「わかった、比較的安全そうな道を選ぶよ。無理はするなよ。」
ヤクモは「お心遣い感謝します。」と言って立ち上がった。やっぱり立つと大きいな、そして格好良いな。だいぶ俺のせいで汚れてしまっているが。何だか申し訳ない気持ちになる。
「じゃあ行こうか。遅すぎたら言ってくれ。歩幅が違うからな。」笑いながらそう言うと「私が捉えきれないのにですか、ご冗談を。」なんて言うから「あれは全力で跳び回っていただけだよ。」と照れ隠しを言って、向きを変えて走り出す。
気配でなんとなく分かるが、一応定期的に振り向きヤクモを確認する。あの感じを察するに、我慢して無理する性格じゃないかと思い、様子を見ながら道を進む。「大丈夫か。」と聞いても「大丈夫。」としか返さないだろうしな。それにしても、音も無く走る姿も様になっていて美しい。俺もこんな風に走れたらなぁと、見とれそうになる。
「一つ聞いてもよろしいですか。」と不意に声を掛けられた。
「お、おう。いいけど。」
「あの最後の一撃なのですが・・・。」
「ん?反転落追撃か、あれがどうかしたのか。」
思いもよらぬ質問に少し戸惑う。何か問題があったのだろうか、それともやりすぎたか。
「なぜあの時、その角を使った技では無かったのでしょうか。角での攻撃の方が確実だったと思うのですが。あの状態なら私は避ける事は出来なかったと。」
「ああ、なるほどね。」走りながら話を続ける。「俺が刺し違えても倒すつもりならそうしたと思う。でも手加減をした訳でも無いぞ。今回は無理をする様な状況じゃ無かったからな。あのまま頭から突っ込んで、ヤクモと一緒に地面に激突したらどうなると思う。最悪その衝撃で、俺の首の骨が折れる可能性もあるだろ。その危険を冒す必要は無いと判断しただけだ。・・・納得したか。」
「納得しました。・・・失礼しました。心得違いをしていました。」
「気にしすぎだよ、ヤクモ。俺はあの時そんなに手加減が出来る程の心の余裕は無かったよ。下に潜り込んだ時点で角で突く選択肢もあったけど、それだと不確実に思えたんだよ。もっと強烈な一撃が必要だと思って、威力を増すために取った手段があれだ。」
感心した様に小さく唸った。そしてやや間があって、再び質問をする。
「それをあの一瞬で考え、判断したのですか。」
「ん〜。最後に走り出す時にはある程度決めてたかな。今回に限り、ほとんど思惑通りだったかな。」
「そうですか・・・。主殿とはそんなに差がありましたか・・・。」
ひどく落ち込んだ声を出している。
「それは違うな。」
俺の言葉に「え?」と反応する。
「ヤクモが頭が良いから、俺の作戦が通用したんだよ。」
「それは一体どういう事ですか。」
当然の疑問だろうな。自分が頭が良いから負けたと言われても良く解らないだろう。
「何も考えずに闇雲に襲って来るようなやつでも無ければ、自分の火や風の技能の使い方を全く知らない訳でも無かったからだよ。」
これを聞いて「あぁ。」と納得したような、感心したような声を発した。
「勿論、何も考えずに突っ込んでくる方が対処が楽な場合もあるけどな。でもヤクモぐらい俺と力の差があると、闇雲に来られる方が厄介なんだよ。何をしても意味が無かったり、技能を偶発的に使われたりするとどうしようも無い。」
「なるほど・・・。そういう事ですか。」
「まあ、要因はそれだけじゃ無いんだけどな。」
「聞かせて戴いてもよろしいですか。」
「聞きたい?」
「はい、今後の参考に。」
何とも勉強熱心な生徒だな。こんなに優秀な奴が俺の従者になってくれるなんて、頼もしい限りだ。俺には勿体ない気がしてきた。でもこれから先ヤクモが俺と同じ様な目に合うかもしれない。そんな時の助けになれば。
「幾つかあるんだけど、一つはヤクモが俺の事を良く知らなかった事。だから俺を警戒して様子を見た。」
「そうですね、知らなかったので警戒しました。でもそれは当然なのでは。」
新たな疑問が生まれた様だ。そうでしょうとも。
「勿論それは間違ってはいない。でも同時に俺にヤクモが俺のことを知らないって事を教えてくれた。」
「確かに・・・。しかしそれは・・・。」
「そうだよな。でもな、言葉が通じる時点で自分の、つまり狐の情報を俺がある程度知っている事に気が付くべきだったかな。風刃を見た事あるとも言ったしな。」
ここまで話すとヤクモは「ああ。」と気付きと溜息を吐き出した。しかし流石だな、これだけで自分の至らなさに気づく事ができるんだから。
「そして、技能を自分の意志で使う事が出来るって事は、それを理に適っていない使い方はしないだろうと思った。」
「そうですね・・・。」
「だから偶発的な場合よりだいぶ読み易い。」
「勝てない訳ですね。」
かなり落ち込んでしまった。反省するのは良い事だが、落ち込み過ぎは良くないぞ。
「あんまり落ち込む必要は無いと思うぞ。頭が良いと思ったから、短期決戦をしようと思ったんだよ。長引いて俺の情報を知られる前に決着を着けようとしたんだ。ヤクモが強敵だと判断したから、俺が勝つ為にはこれしか無いと。」
ヤクモはまだ複雑な顔をしている。
「俺が狐と戦った事があったのと、作戦が自分で思ったよりだいぶ上手くいったのが勝因だな。運が良かったんだよ。だから反省をしてもいいけど、あんまり気にするな。」そして最後に冗談めかして付け加える。「今回は相手が悪かったんだよ。」
「そうですね。」と何とも言えない感じに答える。
「良いじゃないか、そのおかげで俺はヤクモと主従になれた。それは思ってもみなかった事だけど、素直に嬉しい。」
そこまで聞くとようやく表情が明るさを取り戻した。「そうですね、それはたぶん私もです。」
目印の自宅の上に鎮座している木が見えてきた。一度速度を落とし立ち止まり、「あの木の下が俺の住処だ。」と教える。庭の入口まで移動して、そこから「あそこだ。」と見せる。だがご招待する前に、苦労の末完成させた水飲み場へ案内する。交代で水を飲み、庭の中に入っていく。「ここだ。」と自宅の中へ入ろうとしたのだが、ヤクモが庭の中程で立ち止まり木を見上げている。
「どうした。」
「何かいます。」
「ああ、あれか。そうだな、いるな。」ヤクモと同じ様に首を曲げ見上げる。
「よろしいのですか。」
「良いんじゃないか。特に敵意も悪意も無さそうだし。」
「確かに。それに脅威になるほどの気配では無さそうですね。」
「なんとなくここが安全だと知ってるんだろ。それに俺を観察してるだけみたいだから、今のところ放って置いてる。」
「それは、それでいいんですか。」
「そんなに気にならないかな。それに何だかちょっと楽しそうにしてるから。」
「主殿が良いなら、構いませんが。」
「そっとしておいてあげよう。そのうち降りてくるかもしれないし。」
「承知しました。」
そうなんだよなあ、気が付いたらあそこにいたんだよな。たぶん鳥系の魔物だと思うんだけど。ここにいるって事は今のところ敵では無さそうだし、楽しそうなんだよな。あえて魔物鑑定もして無い。降りてきて姿を見せてくれるのを俺も楽しみにしておこうと思っている。
ヤクモを自宅の中へ促す。興味深げにゆっくりと中を見渡している。好きな所に座ってくれと言って、俺は定位置に収まる。そこに置いてある銀胡桃は触らないようにと付け加える。木の実を幾つか取り出し、ヤクモと分ける。
「兎を食べるなとは言わないけど、俺の目の前では遠慮してくれると助かる。俺も気を付けるから。」
「それが不思議なのですが、食べたいと思わなくなりました。」
「そうか。おそらく、主従の絆の影響だな。助かったよ、これで安心だな。」
「私もです。」
俺に渡された木の実を少しづつ食べながら、まだ辺りを見回している。
「そんなに気になるか、ここ。」
「失礼しました。ただ不思議で・・・何かに守られているように感じます。」
「あぁ、そうなんだよ。ちょっとした結界のような、聖域ような感じだよな。」
今まで薄っすら感じていた事を自分以外の誰かに指摘され、やっぱりそうなんだと思う。
「結界、聖域・・・とは一体なんですか。」
「ああそうか。・・・そうだな、俺に敵意や悪意を持つものが極めて近づき難い、俺が許可しないと入れない縄張りみたいなものかな。」
「ああ、なるほど。そうですね、その通りだと思います。」
理解が早いな。俺の説明でちゃんと伝わったのか些か不安が残るが。
さて、どうするかな。ヤクモに説明をするにしても、今回俺にも色々変化が起きた。それをある程度把握してからの方が確実だろうな。おそらく結構時間が必要だよな、その間ヤクモを待たせるのも申し訳ない。外もだいぶ夕日で焼けてきたし。
「ヤクモ、今日は疲れただろ。寝てくれ、身体もだいぶ傷ついただろうし。」
「そんな、大丈夫です。」と思った通り抵抗する。
「いや、いいんだ。ヤクモに説明するにしても、俺自身も確認するのに時間が掛かりそうなんだ。だから無理しないで先に寝てくれ。明日説明する。」
「分かりました、それではお言葉に甘えて。」と俺の提案を受け入れてくれた。「まだ何か食うか。」と聞く前に、やはり相当疲労していたのだろう、それに抵抗するのを止めた途端に夢の中に溶けて寝息を立てていた。俺にも経験があるからよく解る。しかしこうも簡単に俺を信用して、警戒心を解いてくれるのは何だか嬉しいね。
「お待たせしました。それではセッテさん、お願いします。」と今回俺自身に起きた事の確認を始める。
・特殊技能・主従の絆の取得
→主従間、従者間の言語の共通化
→新たな技能が取得可能
→技能・白兎の幸運取得
→従者への白兎の幸運の加護が付与
→技能・能力成長効率上昇(微)取得
能力成長効率上昇って、つまりレベルが上がりやすくなったって事かな。『是、肯定します。』
白兎の幸運とはどんな感じかな。・・・どうやら従者のレベルが上がる時に加算スキルポイントが2増加するらしい。・・・え?俺は?従者だけ2増えるの?『是、肯定します。』まぁ別に良いけど、釈然としないな。従者だけ12加算するの、俺主なのに。『否、否定します。』違うの?『是、肯定します。』どういう事でしょう。『技能・幸運の尻尾を所持していない魔物は通常レベル上昇時、1に付き1のスキルポイントが加算されます。』おっと、そいつは衝撃の事実。それと食事によるスキルポイントの加算か。そうか、これも本来は備わっていないのか。兎って凄いな。『是、肯定します。』次、お願いします。
・新たな従者を迎い入れた事によるレベルの上昇
→新たな技能が取得可能。
これって仮に従者が増えるとレベルが上がる事があるって事なのかな。『是、肯定します。』相手のレベルに比例したりするのかな。『是、肯定します。』まあ可能性は低そうだな、俺は主って柄じゃないし。『是、肯定します。』おい。
ヤクモの方に起きた変化は説明して貰えるのかな。『是、肯定します。ただし全ては承認出来ません。』勿論だよ、それで構わないです。
・命名による効果
→各種の初期機能の開放及び使用が可能
→機能各種の使用文字の理解が可能
→新たな技能が取得可能
・主従の絆による効果
→主従間、従者間の言語の共通化
→主の種、従者間の個に対する食欲・敵意の除去
→白兎の幸運の加護
→新たな技能が取得可能
・レベルが上昇
なるほど、こりゃ大変だ。これだけの事が一度に襲ってきたら、混乱するだろうよ。ヤクモくらい頭が良いと余計にね。明日ゆっくり丁寧に説明しないとな。前世の知識がある俺でも情報を整理するのに苦労したんだからな。
気が付くと外は暗くなっていた。ヤクモの事を起こさない様に庭へ出る。ちょこんと座って夜空を見上げる。心地の良い夜の風が身体をそっと撫でる。今日あった事を今一度思い返しながら、ゆっくりと深呼吸する。夜目と星見の技能が役に立つ事があるとはね、と微笑する。音をさせないように家の中に入り元の位置に戻る。
今回取得可能になった技能を吟味しようと、ゆっくりとその一覧を眺めている内にそのまま寝落ちしていた。翌朝目が覚めた時に、その画面が開き放しなっていたのでそれで気が付いた。