8、勝負は能力と戦術と時の運。
家に帰ってセッテさんに聞いてみた。規定値はLv50だったらしい。今すぐ進化しなくてもその機会は失われない。ただしこのままだとLv200までしか上がらない。だが俺は進化をLv200まで保留する事を伝えた。能力値や所持技能で進化先が変わるかもしれないと考えたからだ。進化先は幾つかの進化先の中から任意で選択できる様だ。選択肢は少ないより多いほうがいいはずだ。あまり多すぎても困るが。
赤目熊の肉を食べてみた。その際、例の蟹の爪が肉を切り分けるのに非常に役に立った。俺自身の身体で扱うのには慣れが必要な事も分かったが。流石、あの鋼ガガの実を切断出来るだけの事はある。魔物の肉を捌くのは予想していたよりも簡単だった。ただちょっと蟹臭いが。肉を食べた事で新たな技能も取得して幾つかの技能が取得可能になった。ご多分に漏れず、熊言語を取得。その他に威圧も取得した。取得可能になった技能の中で、毛皮硬化の技能を取得した。それ以外は残りのスキルポイントの関係で今はとりあえず保留する事にした。今のところ気配を消す、隠す技能の存在は確認できなかった。
白兎流格闘術の技も一つの漏れもなく追加されていた。影技・重下鋼弾砲、月面宙転流星弾、螺旋流星弾、ベアハッグ。・・・ベアハッグ!?赤目熊の技か、って使えねぇよ。どうしろってんだ。俺四足歩行なんだよ、腕無いんだよ。いや待てよ、ベアハッグがあるって事は使う方法があるって事だよな。前向きに捉えておこう。しかし見ていると少しむず痒いが、ある程度揃っていて気持ち良さもある。これを増やしていくのも少し楽しそうだ。目標はどれくらいにしようかな。48・・・いや、ここは美来斗利偉の漢にあやかって、108にしよう。まぁそれより多くなっても別に問題ないんだけど。今回みたいに意図せずに増えちゃう事もあるみたいだし。
ちなみに今現在、あの銀胡桃は割れない。思ったより手強いな、レベルも上がって能力値もちゃんと上がってるはずなんだけど。
それから数日はスキルポイントを増やす事に重点を置いて生活した。木の実と小さい果実中心の生活だ。と言っても熊の肉はかなりの量があるので、毎日少しづつ消費している。
レベルが上がった事で少し困った事もある。自分が若干ではあるが強くなってしまったせいで、この辺りでは、少なくとも自宅周辺では自分の脅威になりそうな相手がだいぶ減ってしまった。故に何か気配が近づいてきてもあまり気にしなくなってしまった。そうなると今までより襲われる回数が増えてしまった。栗鼠や蛇のおなじみの面子の他に、古代狸、石頭猪、森毒蜥蜴、斑牛蛙などのはじめましての顔ぶれにもご対面したが、そのどれもがLv20以下で今までの事が嘘の様に屠れる。動きが止まって見えるとまでは言わないが、遅くて少しもどかしさを感じる事もあるくらいだ。あの鋼ガガガニでさえ容易に対応できる様になってしまった。落ち着いて対処できる様になると、思ったより残念なやつだった。鋼ガガの木を背に引き付けて避けると、自慢の爪が木の幹に刺さって抜けなくなってしまう。その隙に上から鋼弾砲を落とし終了、可哀想な気さえする。まあそのおかげで鋼ガガの実の方も順調に収穫出来るようになったのだが。そして消費するのが大変な程に肉が増えた。それにしてもなぜ明らかに格上の相手に、何の躊躇いも無く襲いかかってくるのだろう。新しく手に入れた威圧の技能を使っても、動きを鈍らせるだけで逃げ出したりしない。なぜなのだろう、野生の動物・・・魔物はこんなに無謀な生き方を選ぶものだろうか。今のところ答えは見つからない。こんな毎日を過ごしていればレベルも上がる訳で、気が付いたら117まで上がっていた。毒耐性等の取得及び取得可能な技能も増え、水泳を含む幾つかの技能はレベルが上がった。それでもまだあの銀胡桃は割れない。凄いなこの胡桃。
古代狸のおかげで、遂に気配隠蔽の技能が開放された。迷わず取得しLvを5まで上げる。Lv100になった時に音探知が開放され、こちらも迷わず取得。鋼ガガの実のおかげでスキルポイントが効率よく得られた。そのポイントを使用し、手持ちの技能のレベルを軒並み上げておいた。今のところ取得に201を超えるポイントを要する技能は無い。技能Lvを上昇させる場合は別だが。現在のスキルポイントの上限は2000、おそらくこれは種族進化で増えるだろう。一杯になるとそれ以上は無駄になってしまうのでその前に何かしらの技能を取得するか、Lvを上げる。どんな技能も取得しておいて損はしないだろうが、早急に必要ではないものや、使う機会の少なそうなものある。それでも食事の方は絶対必要な訳で、自分から獲物を狩り肉を食す訳ではない訳で、ということは主食は植物になる訳で、鋼ガガの実などはレベルも上がりやすくとても助かるので好んで食べる訳で、そうなるとスキルポイントが自然と加算される訳で、スキルポイントを無駄にしないようにすると、技能も増えるって訳です。夜目、口笛、星見、鉱物鑑定、暗算、距離感の技能を取得した。対魚用の技能は現在見つけられていない。
そんな毎日の中で新たな魔物にも出会ったが、新たな木の実にも出会う事が出来た。殻付きの銀杏ぐらいの大きさで、銀杏よりもより球体に近い。殻は薄く簡単に割れる。その中身は蜂蜜の様な琥珀色の蜜で実が包まれているのだ。琥珀色のビー玉の中に少しズングリしたピーナッツが入っている様な感じだ。見た目もとても綺麗なのだが、何より素晴らしいのはその味だ。まさしく蜂蜜の様な味がする。この世界に来て、勿論果実の甘みを感じる事は出来ていたが、それに不満があった訳でもないが、いわゆるこういう甘みを感じる事は無かった。初めて口にした時、飛び上がる程嬉しかった。元々蜂蜜は好きな方だったのもあり、涙が自然に流れた。ドロップナッツという木の実だ。見つける度に収穫し、大事に食べている。自分へのご褒美にしている。疲労回復に絶大な効果がある事も分かった。
草や葉も幾つか新しい種類を見つける事が出来たが、効果の差はあるが特に変わった物は無かった。そして人参には未だに出会えていない。この際、漢方薬の材料みたいなやつでも良いから食べてみたい。せっかく兎になったのだから、一度くらい人参を食べたい。兎の身体で、兎の味覚で人参を食べたらとても美味しく感じる事ができるのではと期待しているからだ。・・・過度な期待はしないようにしよう。
今日もいい天気だ。雨の降る日もあるが、大きく荒れる日は無く大体過ごしやすい天気の日が多い。流石にレベルが100を超えると能力値の上昇の恩恵を実感する。日々の日課は欠かさないが、準備運動は庭ではなく自宅周辺でする様になった。自宅の外周を三周くらい跳び回る。準備運動も済ませ、出かける。技能の向上の影響もあるとは思うが道もかなり覚えてきたし、身体も動くようになり一日の行動範囲と行動量が増えた。今日も木の実集めを主な目的として行動する。自分のよく知っている範囲で行動しようと決める。新しい場所で新しいものに出会わないと新しい技能を取得するのは難しいとは思うが、今は我慢の時と自分に言い聞かせる。好奇心や冒険心を出して何度も命懸けの危険な目にあったじゃないか。
お気に入りの場所を順番に回る事にする。二つ目の場所で栗鼠に襲われる。もうこの飛突栗鼠は相手にならない。飛び回っているのを空中で迎撃出来るようになってしまった。こちらから追いかけ回さなくても、その場に立ってるだけで倒せるのだが。木の実と栗鼠を回収しつぎの場所へと移動する。そこから二箇所で魔物に遭遇したが、特に大きな問題も無く過ごした。レベルも一回上がった。今日は後一箇所、我が家からは少し離れているが行動範囲内の北東の場所へ寄ってから帰ることにした。
そこは木の実ではなく果実系の場所だ。ここもお気に入りだ。ここは実にファンタジーな果実がある。味は果実そのもので、みずみずしい。だが和菓子の琥珀の様な見た目をしている。色は半透明の水色。ゼリーの様な寒天の様な見た目なのだが、口に含むとそれが弾け果汁が溢れるのだ。つまりゼリーの様な物は全て果汁で、それがとても爽やかな柑橘の様な香りが鼻を抜ける。これは前世の世界では味わえない素敵な果実だ。大きさは物にもよるがキャラメル二つ分位。細石水苺という果実だ。喉の乾きも癒せる優れもの。
昼食後の散歩の途中で立ち寄った喫茶店の様にゆっくり過ごす。四個程収穫し、あと一つこれを食べて一休みして帰ろうと立ち上がりその実をもぎ口に運ぼうとした時だった。あの時程近くは無かったがその藪の右の端から白い首が現れた。俺は驚き立ち前脚で細石水苺を持ち、口を開けたまま目だけでそちらを見る。その首がこちらを向く。目が合いお互いにその存在を認識し動きを止める。白い狐だ。どうやらあちらも俺の気配を察して近づいて来た訳では無かったらしい。良かった、俺が警戒を怠った訳ではない。・・・いや良くないだろ、この白い狐の接近に気が付かなかったんだから。それにしてもきれいな白だな、思わず見とれそうになる。素早く細石水苺をアイテムボックスに放り込み、間合いを取る。魔物鑑定、淡雪狐。Lv131/500。
「兎か・・・珍しいな。」
いい声だな、声まで良いのか。ちょっと格好良すぎるだろ。
「そうか、俺は生まれてからずっと兎だけど。」
俺の言葉にピクリと眉間と瞼の端が動く。
「言葉が解るのか。」
「そうだな。」
「なぜだ。」
まあそうなるな。当然の疑問だ。観念したように息を吐き答える。
「・・・食ったからだ。」
目を少し開き、
「食った?・・・同胞をか。」
「そうだ。」
「兎とは狐を食べるのか。」
ほんの少しだが語気が強くなる。そりゃそうだ、狐を食べたと聞いて良い気はしないだろうよ。
「本来は食べないんじゃないか。」
「じゃあなぜお前は食べたんだ。」
「命を奪ったからだ。」
淡雪狐の表情に怒りの色が浮かび始める。
「命を、奪っただと?」
「そうだ。」と警戒しながらもここまで淡々と答える。
「なぜだ!」
当然のように怒りを露わにして声を荒げる。俺もこの声に反応し押さえていた感情を出す。
「俺を食う為に、襲ってきたからだ!」
俺の答えに、自分の怒りが身勝手なものだと気づきハッとした様だった。
「・・・そうか、そうだな。すまない。」
謝罪した、意外な展開に少し驚く。
「だが、なぜ兎であるお前が狐を食べた。良ければ効かせて欲しい。」と落ち着いた口調で俺に問う。
「生きる為とはいえ、奪ってしまった命だ。その命を無駄にしたくないと思ったからだ。」
こちらも正直に答える。嘘をつく必要もない。
「命を無駄にしたくないか・・・。凄いな、お前は。そんな事考えた事もないな。」
「まぁ、普通はそうだろうな。生きる為に食ってるんだし、食わなきゃ生きていけないんだしな。」
「生きる為にとはいえ、奪った命を無駄にしない為に本来肉を食べないお前が・・・。そこまでするのか、そこまで出来るのか。」
俺に問うでなく、自分自身に問うでなく、呟くように声に出している様だった。俺に向けていた視線を外し木々の間から見える空を見上げた。
「食べずにその場を離れる事も出来たんだ。それでも無駄にはならなかったかもしれない。そのままこの森の養分になったかもしれない。俺以外の生き物の糧に、肉を食べる他の魔物や虫たちの命を繋ぐ事ができたかもしれない。それでもその亡骸を見てたら、申し訳ない気がしたんだ。せめて俺が食べられたら、奪ったこの命に責任が持てると思ったんだ。・・・ここの説明は省くが、簡単に言えばそう思ったら食べられる様になったんだ。」
別にこの白い狐に話す必要も無いが、たぶん誰かと会話をできるのが嬉しかったんだと思う。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「私は命の事をそこまで考えた事は無い。獲物より強ければ食って生き、弱ければ敗れて死ぬ。それぐらいにしか思っていなかった。」
「それが自然の摂理だろ。俺の勝手な自己満足だよ、気にするな。」
その考える狐は黙って俺を見つめている。俺もこれ以上話す言葉を見つけられないまま黙っている。天気の話や世間話をするわけにもいかないしな。緊張感が全くないわけでは無いが、張り詰めてもいない静かな空気が俺とその狐の間に流れる。
「命を奪うのが惜しい気がしてきた。もう少しお前と語らってみたい様な気もする。」
「じゃあ見逃してくれないか。」
「そういう訳にもいかないさ。」
「俺もここまで会話のできる相手を食うのは、気が引ける。」
白い狐は少し愉快そうに笑い、「私に勝つつもりなのか。」と言い体勢を整える。それに合わせて俺も気を引き締める。
「負けるつもりでは戦わないさ。」
「そうだったな。生きる為に戦うんだったな、お互いに。」そう言い終わると、双方同時に距離を取り構える。示し合わせた様に火蓋が切られた。
間合いを計りながら睨み合う。ほんの少しだけだが会話をして受けた印象は、頭は悪く無さそうだ。普通の野生の魔物の様に本能だけで戦うって事は無さそうだ。おそらく技能も幾つか取得していて、それを意思を持って使ってくるだろう。だが任意で技能を取得出来る程この世界のシステムを使いこなしているとは考えにくい。あくまで会話の内容からの推測だが。それでもある程度の戦術・戦略を組み立てて来るだろう。あちらは完全に俺をただの兎では無いと認識してしまっているだろう、残念ながら油断はしてくれなさそうだ。だがその戦術も今までの経験則からのものだと考えられる。俺みたいな相手とは闘った事は無いはずだ。狙うとすればその辺りだろう。できるだけ短期決戦が望ましい、手の内を知られる前に勝負を決めたいところだ。一つ懸念があるとすれば、手の内の数かな。手持ちの札がそんなに多くない。この札の切り方が大切になってくる。どうやって相手を翻弄するかだろう、兵は詭道なりって魏武注にも書いてあったし。正確にはちょっと違うのだが。そして本当は「兵」とは「軍」の事なのだが。兵法書は一対一を想定したものじゃないんだけどな。全く参考にならないはずは無い、冷静さを保つ為にも心に留めておこう。
互いに始めの一手を出す機会を探る。今までに何度か体験した命懸けの戦いとは少し違う。ただ俺を食う為に目を血走らせて、それこそ死ぬまで追い掛けて来るのとは違う。ただ本能に任せて闇雲に襲ってくるのとは違う。勿論命懸けなのは間違い無いが、ただの殺し合いでは無い。互いの生き残りを賭けた真剣勝負だ。不謹慎かもしれないが、嬉しくもある。きちんと俺という存在を認めてくれている様で。
俺の目の前にいる白い狐は、右の前脚を音も無く空気の隙間を通す様にふわりと持ち上げる。ピタリと初めから位置が決まっていたみたいに宙に止まる。一つ間を置いて、その脚首だけを動かしひと掻きする。その動作と同時に風の刃が俺に向かって直進してくる。狐風の風刃、分かってたさ。最小限の動作で右へ跳び躱す。左の少し後方で小さく斬撃の音がした、空以外に地を切ったらしい。風刃が通り抜けた先を横目で確認する。明らかに俺のより威力は高い、あんなのを食らったら右の俺と左の俺の二人になっちゃうよ。
「やはりこれを躱すか。大抵はこれで終いなのだがな。」
心なしか少し嬉しそうにも見える。
「この耳はそれにやられたからな。」
「なるほどな。」と言いながら距離を詰めてくる。前脚での連続攻撃が俺に襲い掛かる。幾度か身体を掠ったが、毛皮硬化の技能のおかげで何とも無い。狐は連続攻撃を止め、再び距離を取る。・・・さて、じゃあ次はこちらから仕掛けて見ようか。
ある程度地形を把握できた。前から考えていた技をやってみるか。後ろへ跳び、木の幹に後脚で着地し林間跳躍で別の木へ跳び移る。そこから白い狐に向かい流星弾で跳ぶ。避けられても、当たらなくてもそのまま跳び正面の木の幹に向かい衝突する直前で身体を反転させ、後脚で幹を蹴り再び相手に向かって跳ぶ。これを繰り返す、連続での流星弾。名付けて、
ーー白兎流格闘術・流星跳弾ーー
全弾命中させる必要はない。この程度の攻撃が通用する相手でない事は分かっているさ、あくまで相手に体勢を整えさせない事が目的である。そのついでに傷を付けられれば、機動力を削ぐ事でも出来れば儲けもの。何度跳弾しただろうか、始めは狐の身体を掠っていたが、流石に慣れて来てしまった様で躱される回数が増えてはきた。それでも左後脚の太腿に深めの傷を付けられたのは大きい、初手としては上出来だ。後この三倍位の時間跳び続ける事も可能だが、これ以上の戦果は望めないし望むのは良くない。跳弾を終了し、次の木の幹に垂直に、地面に対し平行に着地する。その間に狐はこちらを向く。俺もきちんと距離を保ち狐の正面に立つ。白く美しかった狐は俺のせいで傷だらけになり、自らの血で汚れてしまっている。その顔は悔しさが滲み歪んだ表情になっている。悪いがここで手を緩めるつもりは無い、追撃させてもらう。
後脚に力を溜め、狙いを定める。相手への敬意を込めて、「白兎流格闘術・流星弾。」と技の名前を披露し白い狐の真正面に跳び出す。勿論避けられる事を想定して跳んでいる。どちらかと言うと狐の後方、もしくは側面を取れれば良しと。だが結果は想定していたより遥かに大きなものだった。左の脚に付けた傷が思いの外深かったらしく、上手く機能していないらしい。よろける様になんとか動く右側へ身体を逸らしギリギリで致命傷を避けるのが精一杯だった様だ。それも完全に避ける事は出来ず、俺の角に感触が伝わってくる。すれ違って着地して直ぐに振り返り、その手応えが確かなものであった事を自分の目で確認する。左の口の端から左目に下から上へ、顔を抉っていた。と言っても目玉を抉り出す程の凄惨なものではなかった。それでも完全にその視界を奪った事は間違い無いだろう。顔の左側を朱に染め、歯を食いしばっている。これで一つ確信が持てた。どうやらこの狐は応急処置さえしないところを見ると、傷を癒やす技能を持ち合わせてはいないらしい。ここでもう一押しと、先程と同じ流星弾の体制を取る。次の一手の為に間を置かず跳び出す。狐は自分の右側へ倒れ込む様に身を躱す。思惑通りに狐の左後脚の近くに着地する。まさかこの技を使う機会がこんなに早くあるとは思わなかった。狐の左後脚に両前脚で抱え込み、抱き抱え力を込めて締め上げる。
「白兎流格闘術・ベアハッグ!」
狐の苦悶の叫びと同時に、その尾が俺の顔面に振り降ろされる。その力に身体を弾かれ技を解いてしまう。飛ばされた俺は落ち着いて木の幹に着地する。受けた傷を兎の癒やしで回復する。俺を振り払った狐を見れば、のたうちまわる事もできず悶絶している。骨を折るまではいかなかったが、小さくは無い損傷を負わせる事はできた様だ。よろよろと立ち上がる狐を待ちながら、
「もう、終わりにしないか。今、退くなら追わない。」と声を掛ける。
「そういう訳には、いかない。」
力無く微笑んで強がる。
「どうして。俺はこれ以上は望まない。」
「私から、挑んだ、勝負だ。それで、勝てぬからと、逃げ出す、訳には、いかない。」
途切れ途切れの言葉が痛々しい。まだ目は死んではいない、警戒を緩める訳にはいかない。が。
「たぶんこのまま続けたら俺が勝つ。格好悪くても生きてる方がいいと思うんだがな。」
「そう、だろうな。だが、お前の、命に、対する、けじめが、つかない。」
返す言葉を見失う。これはおそらくもう何を言ってもその覚悟は揺らがないだろう。むしろ俺の覚悟の方が甘かったとさえ思う。自分が有利に事を運べただけで、思い上がっていたと知る。謝罪の言葉を掛けるのも違うと思い、「そうか。」とだけ答える。
おそらくこの勝負は間違いなく俺が勝つだろう。少なくともここまでの戦術は全て順調に、いや想定よりも良い結果だった。ここで最後に気を抜く訳にはいかない。気を引き締め直す。最後の力を振り絞る白い狐の覚悟に最大の敬意を込めて、気合を入れて構えを正す。さあ、終わりを始めようか。