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66、吹き渡る風が 頬をかすめてく

 クロトが拳に炎を纏わせた事実に対して、「そんな事もできるのか」と驚くのでなく、クロトのやろうとしている事を察して対応しようといている自分に驚く。

「なっ・・・。なんや急に。怖気づいたんか。」

 俺の制止に勢いを削がれ、安い挑発をしている。

「いやいや。せっかくだから・・・付き合ってやろうかと思って、ちょっと設定を・・・変えようと・・・。」

 技能取得の画面を開きながら答える。

「設定・・・。なんや、これに対抗する新しい技能でも取るんか。」

「まさか。そんな無粋な事をするか。ちょっと設定を変えるだけ・・・よし、できた。悪いな、待たせた。」

 此処で相手の能力に対抗する為に新たに技能を取得したり能力を向上させたりはしないさ。今持てる力をぶつけ合っている最中にそんな事をしては意味が無い。これが命懸けの戦闘中なら迷い無くするが。・・・そんな事態の時は、そんな余裕は無い事が多いのだが。

「じゃぁ設定って、なんやねん。」

「まぁまぁ、それはお楽しみって事で。」

「なんや、良く分からんなぁ・・・。」

「お前も一応まだネタは隠してるんだろ。」

「それは・・・確かにそうやね。」

 釈然としていない表情をしているが、一応の納得はしたようだ。

「良し。じゃぁ・・・続きを始めようか。」

「それはええけど・・・気分が出えへんな。」

 それはそうだろうな。仕方のないやつだ。いっちょ気分を乗せてやるか。流れを遮ってしまったのは俺だからな。

「・・・だからぁ、お前は阿呆なのだぁぁぁっっっ。」

 俺のぶつけた叫びにクロトは顔を上げる。その目は開かれていた。瞬く間に笑顔が宿る。心なしかその瞳も煌めいているみたいだ。・・・気の所為かもしれないが。さて今回はちゃんと追い打ちをしてやろう。

「この程度の事で狼狽えおってぇぇっ。この馬鹿弟子がぁぁっ。」

 狼狽えてもいないし、俺の弟子でもない。俺にはちゃんとロックとミナという可愛い弟子がいる。勿論気分を盛り上げる為の演出だ。ははは、効いてる効いてる。そしてこいつで仕上げと行こうか。

「さぁ構えろ、クロト。お前の力を見せてみろぉっ。」


 クロトは一度首を下げ左右に振ってから、再び顔を上げる。

「おおおおおっ・・・。」

 雄々しい雄叫びが上がる。気合を入れ直したのか、それとも気分が昂揚したのか。多分どちらも含まれていると思われる。気持ちの乗った雄叫びに、離れた場所で見守っている観客・・・お互いの家族達も緊張する。今日一番の気迫が伝わってくる。良いね、阿呆にしか伝わらない煽りに絶大な効果あったようで俺は嬉しいよ。

 再び右手で虚空を掴む動作で炎を宿す。先程よりも力強く。俺はクロトから少し距離を取る。至近距離では少しつまらないと思ったからだ。間合いを詰める動作も見せ場の一つだろう。それにせっかく俺が用意したものも本領を発揮出来ないしな。さて、クロトの口上が始まる。

「わいの右手が真っ赤に燃えるっ・・・。」

 叫びながら右手を頭上に掲げる。予想通りでなによりだ。・・・まぁ、あの煽りに反応した時点で確定の演出ではあるが。

「勝利を掴めと轟き叫ぶっ・・・。」

 徐々にクロトの語気が増す。右手を自分の顔の横まで下げ構える。乗ってますなぁ・・・。これでこそ付き合った甲斐があるってもんだ。・・・来るか。

「ばぁぁく(爆)熱、黒兎掌こくとしょうぅぅぅっ。」


ーー黒兎拳・爆熱黒兎掌ーー


 技名を叫ぶと同時に炎を纏わせた右手を突き出し、俺に向かって突進してくる。

「・・・満足そうに笑いやがって。」

 まあ、俺も好きだけどな、それ。さて、おもてなしはこれからだぜ。後方に高く跳び上がる。

「いくぞ、クロト。・・・天剣絶刀っ。」

 俺も呼応するように振る舞ってみる。空中で右足を大きく振りかぶる。


ーー白兎流格闘術・斬空十字飛刃脚ざんくうじゅうじひじんきゃく(銀色)ーー


「なぁんちゃって、銀色のあしぃぃぃぃっ。」

 俺の右足から銀色の十字の風刃が飛ぶ。些か原作とは違う様相だが、そこは勘弁して欲しい。威力を上乗せしなければ、おそらくクロトの最高出力であろうその技には対抗出来ないと考えたからだ。そして俺が設定したものの答えがこれだ。法術の風の色を銀色に変えた。勿論威力やその他の性能に何の変化もない。ただ色を変えただけ。

「そうきたかぁっ・・・。」

 俺の飛刃脚の風刃を右手で受けて立ちながら叫ぶ。その風刃と右手の衝突地点の少し離れた、クロトの正面の地点に着地する。

 数多あるその作品の技の中から、割と地味めなこの技を選択した事をどう思っているのだろうか。ご満足頂けているだろうか。俺の持てる力を最大限に活かして、しかもなるべく簡単に再現できそうな技がこれだった故にこの選択になったのだが。

 俺の銀色の飛刃を突き破り、クロトが突っ込んでくる。・・・始めから分かっていたさ。俺の飛刃脚とクロトの黒兎掌なら、クロトの方に分がある事を。例えるなら、俺のは通常技、クロトのは決め技・奥義の類に分類されると推察されるからだ。俺の前に現れたクロトの顔は・・・気迫と満足の入り混じった、なんとも言えないものだった。多少威力・・・というか勢いは相殺出来たようだ。心情としては正面から受けやりたい所ではあるが、こんなものをまともに頭で受けたらひとたまりもない。俺は身体を少し右にずらし、左腕をクロトの右腕を内側へと差し込み軌道を逸そうと試みる。だがクロトの技の威力が勝り僅かにずれるに留まり、その燃え盛る右手が俺の左の二の腕を掴む。

「ぬぐぅっ・・・。」

 熱い。そしてこの握力。俺の腕を掴んだクロトの目が、俺のおもてなしが成功した事を物語っていた。全力で応えなければ、と。流石に握り潰される事はなさそうだが、気を抜いたら折れそうではある。それより俺のご自慢の白い高級毛皮が焦げてちまってるな。煙も立ち昇っている。

「少し狙いはずれてもうたが、これで終いや。まいった、せい、おっさん。折れてまうぞ・・・。」

 仰る通りだな、クロト。だがな、俺のおもてなしはまだ終わらない。左の二の腕を掴まれたまま、左手でクロトの右腕を気合で掴み返し固定する。

「そうかな。俺もお前を捕まえたぞ・・・。」

 熱さからなのか、ど根性からなのかは区別がつかないが、身体中から汗を吹き出しながらクロトを笑いながら睨みつける。

「・・・なんやと。痩せ我慢は、みっともないでぇ。」

 そのままクロトを連れて少し腰を落とす。

「甘いな小僧。俺の右手は空いてるぜぇ。そして、お前の身体もなぁっ。クロト・・・小宇宙を感じたことはあるか。」

「しまっ・・・。」

 クロトには伝わらないかもしれないが、この技で行かせて貰うぞ。

 この世界にも星座はある。星兎たる俺はどうやらその力、ないし加護を得る事が出来るらしい。黄道二十六星座以外にも、数多くの星座が存在する。その中に在るんだな、俺と相性の良さそうな星座が。その名を・・・白兎しろうさぎ座。俺は蹴り技を旨としてはいるが、やはり此処はこの技だろう。聖なる闘士の衣は纏ってはいないが。

「白兎流格闘術・天球技てんきゅうぎ白兎流星拳はくとりゅうせいけんっっっ・・・。」


ーー白兎流格闘術・天球技・白兎流星拳ーー


 御本家の様に一秒に百発などという馬鹿げた数ではないが、それでもその半分以上程の拳撃を、無防備なクロトの前面に叩き込む。

「どりゃぁぁぁっっ・・・。」

 ここまで来ると、我慢比べ。意地の張り合い。何発歯を食いしばって叩き込んだかは分からないが、遂にクロトは掴んだ右手を放し後方へ飛んで行った。俺の勝ち・・・と言いたい所だが、引き分け・・・だな。左腕の激痛を思い出す。吹き飛ばしたクロトを目で追い、左の傷口を押さえながらその場に膝を着く。クロトは落下し仰向けに倒れる。これで決まったと思いたいが・・・そうもいかないだろうなぁ。完全に回復することもやろうと思えば出来るのだが、それは違う気がする。どうやらお互いにそう思っているらしい。気が合うね。それでも流石にこの傷はちょいとやばい。悪いけど止血だけさせて貰おう。体力の回復は無しの方向で。

「そろそろ終わりにしないか・・・。」

 なんとなく答えは分かってはいるが。もう終わりにしたいのは本音だ。

「まだまだや・・・。」

 そう言いながら傷付いた身体を起こした。でしょうねぇ・・・。最初に言ってたもんなぁ・・・、まいったするか、力尽きるまでって。つまり体力まで回復させていたら、何時まで経っても終わらない。強烈な一撃で相手の意識を飛ばすか、命を奪うか。後者の選択は絶対に無いにしても、前者にしてもここまで互いに疲弊していたらまず不可能だろうな。・・・つまり、力尽きるまで、と。

「傷口だけ塞がせて貰ったぞ。」

「それはかまへんよ。・・・にしても、流星拳とは。」

「基本だろ。お前の百裂拳と同じ時代を彩った技だぞ。」

「流星拳位は知っとるけど、話はよく知らん。」

「それなら後で俺がゆっくり聞かせてやろう、星の神話を。」

「あぁ・・・それは勘弁して下さい。」

「まぁ・・・遠慮すんなよっ・・・。」

 お互いに立ち上がったのを確認してから、間合いを詰めて殴り飛ばす。

「そら横暴や。」

 そう言いながら殴り返す。そのまま俺は少し距離を取る。傷付いた左腕を横に伸ばしクロトへ向かって突進する。左腕なのは俺の拘りだ。

「小僧、先輩の言う事は絶対だっ。」


ーー白兎流格闘術・兎ラリアットーー


 この技が初めて相手に決まった。顎下から突き上げるように被弾したクロトは、逆上がりよろしく一回転してうつ伏せに地面に落ちた。俺は左腕を掲げ誇示する。

「理不尽じゃっ・・・。」

 立ち上がって低い姿勢で突っ込んで来る。俺の両足を掴み左右の足をそれぞれの脇に抱え込む。

「喰らえぇぇっ、ジャイアントスイングじゃいっ。」

 ここへ来てそんな大技を。・・・分かってるじゃないか、お作法が。回されながらそんな事を考える。何回転したかは分からないがしばらく回された後、放り投げられた。辛うじて受け身は取れたが、全身に強い衝撃を感じながら背中から落ちた。歯を食いしばって立ち上がる。自らの回転でふらついているクロトに殴り掛かる。

「社会に出たら、理不尽な事ばっかりだっ・・・。」

「出た事がなかいら、分からんわいっ・・・。」

 御尤もな答えと一緒に殴り返される。

「いい加減、倒れろ・・・。」

「そら聞けないお願いや。・・・おっさんこそ、もう限界ちゃうんか。」

 一撃づつ交換する。


 ここからは最早技の応酬とは行かず、ただの殴り合い。子供の喧嘩と言うには、双方に多少なりとも武の心得が在るようで、みっともないものにはならなかったが。太陽が落ちるまで、拳を握り殴り合っていた。

 一体幾つの拳と脚をぶつけ合っただろうか。気が付いたら、辺りはすっかり暗くなり、俺とクロトは共に背中を大地に合わせて、大の字になっていた。・・・星空は、滲んではいなかった。

「ふぅっ・・・流石に、それはないか・・・。」

 と、思ったのだが、隣から鼻を啜る音が聞こえた。

「・・・なんだ、泣いてるのか。」

 真上に広がる満天の星空を眺めながら声を掛けた。クロトの方を向いて確認するの無粋だと思ったのも確かだが、正直首を動かすのも面倒くさいと思える程疲労していたのも事実だった。

「俺に勝てなかったのが、そんなに悔しいのか。」

 そんな理由でない事は分かっている。ただの冗談。きっと話したくない事もあるだろう。ちょっとでも気が紛れれば・・・それも余計な事かもしれないが。

「・・・ありがとうなぁ、イッスン。」

「なぁに、俺も楽しかった。」

 この世界へ来て初めて命の危険を感じずに力尽きるまで全力で戦う事が出来た。俺も間違いなく楽しかった。

「・・・わい、なぁ。全部記憶が残ってる訳やないけど、覚えてる事もあんねん。」

「ん・・・。」

 それは俺もだ。家族や友人、同僚や師範はおろか自分の名前が一切抜け落ちている。どんな人生だったかもおぼろげだ。その割には合気の心得や偏った知識は健在だ。その偏った知識に関しては、登場人物の名前もはっきり覚えている。その事を悲しんだり、悔やんだりはしない。何を忘れてしまったのかを覚えていないので、悲しみようがないし悔やみようがない。ただ覚えている内容の事を考えると、色々と残念な気がするだけだ。

「・・・そいでな、子供の頃から身体が弱ぁてな。ずっと入院しててん。」

「・・・そうか。」

 その後に続く「それは大変だったな。」という言葉を飲み込んだ。俺にはその経験が・・・少なくともそういう記憶がないので、本当の大変さを理解出来ていない気がして。おそらくクロトならそんな事は気にしないと思われるが。

「だから・・・友達と外で遊んだ記憶が殆どないねん。」

 俺にその記憶が残っているかと言われると、はっきりとあるとは言えない。言えないが、無かっとも言えない。だがその経験がなくて悲しい思いや、寂しい想いをしたという記憶がない以上、俺は一般的な経験はしてきたのだと思う。・・・たぶん。

「夢やってん、友達と外で思いっきり遊ぶのが・・・。」

 なるほどなぁ。ずっと病床に在ったら、きっと俺もそう思うだろうな。男子なら特にそう感じるかもしれないな。

「わいの、つまらん、我儘に付き合うてくれて、ありがとうな・・・。」

 俺はつまらないとは思わないが。

「夢は叶ったか。」

「ああ・・・。」

 鼻声で語尾は消えていた。今俺の目には星空しか見えないが。首を横にしても暗くて見えないしな。しかもクロトは夜だと保護色で更に見えない。俺が夢を叶える手伝いが出来たのならなによりだ。日が暮れるまで時間が掛かってはしまったが。

「それは良かった。・・・俺のおもてなしは満足して貰えたか。」

「・・・大満足や。」

 鼻を啜った後に明るくそう答えた。

「すまんな。俺が一番再現出来そうな技があれだったんだ。」

「いやいや。あれで充分や。・・・そうか。あれの色を変えとったんやな。」

「法術の風の色をな。威力や性質に変化はない。ただ銀色になっただけ。」

「まさしく銀色の脚、やね。」

「確かに。」

「でも飛んできたのは十字やったね。」

「あれなぁ・・・。十字にしないとお前の黒兎掌に釣り合わないと思ってな。実際、十字にしても半分・・・三分の一位の威力しか無かったけど。」

「そらしゃあないわ。黒兎掌はわいの最高の技や。そう簡単には負けへんよ。」

 勿論それは織り込み済みで飛刃脚を繰り出したが。それにしても、ああも簡単に突破されると少し落ち込む。色の設定を変えた事自体は遊び心だが、技はふざけて放ったつもりはないからなぁ。

「でもその・・・わいの黒兎掌に合わせてくれた心意気が嬉しいやないか。」

「そう言って貰えると助かる。」

「それよりも、あれや。」

「なんだ。」

「あれはなんや。白兎流格闘術とか言うてる割には、ドロップキックやらバックドロップやらのプロレス技やないかい。」

「ああぁ・・・それな。」

 そいつは当然の指摘だな。いやぁ、そこに引っ掛かってくれるのは、ある意味とても嬉しい。ヤクモ達では・・・と言うより、おそらくだが、純粋なこの世界の生物では疑問を抱かないだろうからな。

「それは、俺が獣神を目指してるからだ。」

「そういう事か・・・って、そんなのになれるんか。」

「ははは。それは分からん。」

「分からんのかい。」

「でも、目標としては面白いだろ。」

「・・・ええね。」

「お前は目標ないのか。」

「そうやねぇ・・・。だったら、わいは王様かな・・・。」

 おっと。これは意外なお答え・・・って、そういう事か。

「ハートの、か。」

「ははは、流石やね。」

「流派は東方不敗じゃなくて良いのか。」

「それも考えてんけど、流石にそのままってのもなぁと思ってなぁ。言うても我流やし、師匠に会った事もあらへんし。よう知ってはおるけども・・・。」

「そうだな、俺もその師匠の事は知ってる方だとは思うけど・・・。にしても良く知ってるな。結構昔のやつじゃないか。確か・・・俺が学生だった気がするんだけど。」

 まだクロトと擦り合わせていないから、確かな事は言えないが、同じ時の流れの中で生きていたうえでの年の差なら・・・つまり、前世で生を終えた時間が同じ又は同時期と仮定するならだが。生まれた時が近いという可能性もある。さて・・・どちらが正解に近いかな。別にどっちでも良いんだけどな。

「病院って結構暇やねん。わいは勿体ないからええって言うてんけど、有料の動画配信に入ってくれてな。それを端から見てん。」

 なるほどなぁ・・・。

「なんか・・・悪い。」

「気にせんでええよ。別にわいは不幸だったとは思うてへんし。親や友達、病院の先生や看護師さん達も優しかったし・・・たぶん。少なくとも、悪い記憶は残ってへんわ。」

 その言葉の運びに悲壮感はない。きっとその通りだったのだなと思える。俺が勝手に辛い人生だったのではないかと思ってしまうのは良くないな。出会ってからまだ一日も経っていないが、クロトがそんな強がりを言うようなやつじゃないと確信出来る。・・・殴り合ったせいだろうか。

「それで数ある作品の中でかなり異色な部類のそれに惹かれたのか。」

「衝撃やってん。」

「・・・それは間違いない。」

 格闘技で各国が世界の主導権を争う大会という設定までは良いとして、それなら生身でやっても変わらないのではないかとも思わんでもないが。搭乗者の力がそのまま影響するのなら尚更。・・・などと言ってるが、俺も大好きな作品だ。

「馬鹿みたいに熱いし。」

「それも間違いない。理屈を度返しした、大味な感じも良いよな。」

「流石やね、おっさん。よう分かっとる。」

「おいおい勘弁してくれよ。俺が何年そちらの世界にいると思ってるんだ、小僧。」

 おそらくクロトの生まれる前から。そしておそらくクロトの年齢の倍くらいの期間。

「確かに。すんません、先輩。」

「・・・そうだ。俺の方も礼を言わないとな。」

「何やねん、急に。」

「なあに、大した事じゃないんだけどな。あの終盤で大技を決めてくれたろ。」

「ん・・・あぁ、ジャイアントスイングか。そらぁ、な。」

「お前も相当阿呆だな。」

「おっさんも相当馬鹿やね。」

「お互い様か。」

「そやね、似た者同士やね。」

 そう言って、夜空を見上げたまま笑い声を上げた。やっぱりその星空は滲んではいなかった。


 俺とクロトと星空の間に、急に灰猫さんの逆さまの不機嫌な顔が現れた。薄い水色の月の様な瞳が美しいなと思った。

「おい、貴様ら。もう終わりで良いのか。」

 おっと。完全に忘れてた。

「おぉ、すまん。終わりや。」

「それなら早く言え。皆待ちくたびれている。」

 確かに仰る通り。終わったかもしれないと思っても、声を掛けづらいよな。

「いやぁ、失礼した。すっかり俺達だけの世界に浸ってた。」

 そう言いながら、全身に痛みを感じながら上半身を持ち上げた。隣の黒兎も楽しそうに呻きながら起き上がった。

「この世界で初めて同郷のやつに会えて、はしゃいだ。申し訳ない。」

「・・・ふん。なるほど、そういう事か。ならば多少は仕方のない事だな。」

 この灰猫さんにも思い当たる節があるのかな、寛容だな。

「そう言って貰えると助かる。」

「ふん。・・・皆に知らせてくる。」

 そう言って、クロト側の仲間達の方へと向かって行った。

「無愛想ですまんな。照れてるだけや。」

「分かってるさ。」

 俺はヤクモやトウオウ達の方へと大きく手を振りながらそう答えた。すると歓声が上がり皆が一斉に此方に向かって駆け出した。スーアンとトウオウとノインは普段と変わらずだが。

「うちのは騒がしくてすまんな。まだ子供が多いんだ。」

「そら賑やかそうで羨ましいなぁ。うちは無愛想なのが多くてなぁ。」

 そう言われて、なんとなくクロト側の一団の方へと視線を向ける。するとうちとは違いゆっくりと近づいてきてる姿が星に照らされ見える。確かにその姿形からでしかないが、無骨な奴が多いように見える。殿に仕える武将といった風情か。

「お疲れさまでした、主殿。」

 いち早くヤクモが声を掛け、それに続きジュウザ達がそれぞれに興奮気味に声を掛けてきた。

「あぁ、分かった分かった。後でゆっくり聞くから、取り敢えず今日の寝床と食事の準備だ。場所はもう此処で問題ないだろ。」

 俺の問にノインとトウオウは頷いた。それを合図に野営地の設営が始まる。

「クロト達は普段、夜はどうしてるんだ。」

「・・・どうしとるって、そら野宿に決まっとるやろ。」

 おや。ま、普通に考えたらそうなるか。

「ヤクモ、予備の天幕も出そう。それをクロト達に貸そう。」

 予備は後二つある。一つはスーアンが、もう一つはノインが持っている。破損したり、万が一別々に行動する事になった時の為に事前に用意してあったものだ。更にそれ以外に皆それぞれ一個づつ、自分が入れる大きさの小さい簡易天幕を持っている。聖獣様の加護付きの。

「・・・こら、凄いな。これ、作ったんか。」

「おう。ちょっとした結界みたいなものだ。旅をより安全にと思ってな。さ、早くこいつを設置して飯にしようぜ。」

 モモカに癒しの法術を掛けて貰い、ある程度傷と体力を回復させて貰った俺とクロトは立ち上がり天幕の設置に取り掛かった。その際、クロトはモモカに深々と頭を下げて礼を言っていた。

 流石モモカだ。俺の毛皮も元通りだ。

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