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65、ご挨拶。

 屈伸やら伸脚やら一般的な準備運動をしながら話をする。

「・・・なぁ、クロト。あの灰猫さん、お前の事「我殿」とか呼ぶ割にえらく辛辣な物言いだな。」

 だからと言って特に不快な訳ではないんだが。

「あぁ、アッシュの事か・・・。すまんのぉ、悪いやつやないんや。たぁだ、ちょいと口が悪いだけや。まぁ、ああいう口調やと思ってくれ。」

 そう言って申し訳無さそうに笑った。あいつ、アッシュって名前なのか。

「はは。特に問題はない。なんか面白い奴だなと思っただけだ。」

「・・・そうやろ。だけど、なんや知らんけどわいにだけ、やたら当たりがきついんや。なんでやろ。」

「それは・・・お前が阿呆だからじゃないのか。」

「うっ・・・、この短時間でそれを見抜くとは。やるやないか、イッスン。」

 胸を抑えて大袈裟に蹲る。

「・・・そういうとこだぞ、多分。」

「わいもそう思うわ。」

 この笑顔だけで、クロトのこの世界での今までが悪いものではなかったのだと分かる。決して楽なものではなかったとは思うが。

「で、どうする。」

「せやね。取り敢えず、どっちかが「まいった。」するか、お互いに力尽きるまで。」

「えぇ・・・。なんとなく実力が分かれば良いんじゃねぇのか。」

「こんなに自分の力をちゃんと使えそうな相手は、そうはおらんのや。頼む。」

 両手を合わせて俺を拝む。・・・気持ちは良く理解できる。俺にとってもこんな機会はそうは無いだろうとは思う。

「まぁ・・・しょうがねぇな。ただ先に言っておくぞ。俺はおっさんだからな。」

「いや、同い年やないかい。」

「くそぅ・・・ばれたか。」

「しょうもない事を・・・。」

「おっさんだからな。」

「それは・・・そうやね。」

「だから、覚悟しろよ、小僧。格の違いを教えてやる。」

 せっかくだから傾いてみた。これは生き残りを懸けた生存競争じゃない。この世界へ来て初めての試合みたいなものだ。ならば雰囲気も大事だ。

「・・・小僧やとなめとったら、痛い目みるでぇ。」

 流石、お国柄もあるのだろうが、此方の誘いにちゃんと乗ってきた。お互いに顔を見合わせ、口角を上げる。


 さて・・・後は。今回はこのご自慢の角は使わない。万が一の事があってはいけないので、切り離す。

「なっ・・・。その角、取り外し可能なんか。」

「はは。そうだな、本来は緊急脱出用だな。」

「緊急脱出、かいな。」

「そうだ。刺さって抜けなくなった時に、な。」

「なるほどなぁ・・・。でも良いんか。それはおっさんの武器なんちゃうんか。」

「今回は。今からやるのは殺し合いじゃない。稽古でもない。全力でやるなら、なるべく事故が起きないようにしないとな。」

 クロトの目が微かに潤んだように見えた。・・・気の所為って事にしておこう。

「・・・ありがとうなぁ。」

「それはまだ早いな。」

「せやね。」

 切り離した角をアイテムボックスに放り込む。

「え、その角、取っとくんか。」

 おぉそうか。当然の疑問だな。

「貴重な素材だからな。結構丈夫なんだぞ。投げるだけでも充分武器になる。」

「なるほどぉ・・・ええなぁ。」

「いるか。」

 実は売る程あるんだ。

「うぅん・・・せっかくやけど、遠慮しとくわ。」

「なんで。」

「なんか、切った爪みたいで、ちょっと・・・。」

 おっと。それは新鮮な感覚だ。自分では意識した事は無かったが、そう言われれば分からんでもない感覚だな。前世での感覚に近いんだろうな。きっと同じ兎って事も関係していそうだな。意外と俺って魔物に順応してるのかな。

「そうか。俺は他に飛び道具が無かったからな。今でも法術はあまり得意じゃないけどな。」

「なんか、すまん。」

「いや、全然。クロトに言われて、そうかもと思った。面白いな。」

「自分の折れた角も使うんか・・・。」

「今回は道具は使わないぞ。武器は己の身体だけだ。」

「あぁ、それは、わいもや。」

「そうなのか。良いんだぞ、使っても。得意なのでやろうぜ。」

「いやいや、わいも基本はこいつや。」

 クロトは拳を握って差し出した。ふぅむ。考え方は違うかもしれないが、似た者同士なのかもしれないな。普通こういう状況に見舞われた転生者は、いち早く文明を手に入れようと考えるものだが。俺の場合は早い段階で、魔物である事を完全に納得した訳ではないが受け入れた。だから意図的に文明を遠ざけてはいた。まぁ今現在はその自分で課した制限はある程度解除しているが。そんな中で道具を使わずに生き抜く方法を選ぶとは。変な仮面は作ったみたいだが・・・。まぁ、さっきの様子を見る限り、いざという時の備えはしているみたいだったので、全く使わないつもりではなさそうなので、己の事ではないが一安心だ。

「そうか。なら・・・そろそろ始め・・・あ。」

「ん、どないしてん。」

「なぁ、トウオウ。悪いんだけど、開始の合図を頼めるか。」

 ただなんとなく始めるよりも、一応試合開始の合図があった方がありがたいと思っただけだ。クロトも「あぁ、なるほど。」という顔をした。

「あぁ、構わな・・・。」

「それは、吾輩がやろう。」

 クロト側の灰猫が立候補した。

「ぁあ、じゃあ頼めるか。」

 俺としては開始の合図はどちらが出してくれても構わない。

「クロトはそれで良いか。」

「おう。わいは構わんよ。・・・にしても珍しいやないか。」

 そうなんだ。・・・まぁ決して意外ではないが。

「・・・特に意味は無い。そこの南瓜のが合図をするより、吾輩がやった方が締まりがあると思っただけだ。」

 ・・・うん、一理ある。うちのトウオウだって真面目な時はあるが、この灰猫に比べると声の質が、軽めに聞こえてしまうだけだ。その分の差だ。トウオウは特に気にしている様子はない。・・・感情は読み取り辛くはあるが、何時もの事だ。

「トウオウはそれで良いか。」

「勿論だよ。」

「せっかく頼んだのに、悪いな。」

「全く問題ないよ。」

「じゃぁ、トウオウ。皆にちょいと激しい・・・稽古をするからって伝えてくれ。」

「了解だよ、イッスンの。危ないから、あまり近づき過ぎないように言っておこう・・・ジュウザに。」

「あぁ、くれぐれも頼むよ。」

 トウオウは小さく頷くと、ゆっくりと皆の方へと移動し始めた。だが少し進んだ所で停止した。そして此方に振り返った。

「灰猫の・・・。」

「・・・なんだ。」

「後でちゃんとゆっくり君の叱責や非難は受ける。それでも・・・先に一度謝罪させて欲しい。」

「・・・・・・。」

「・・・本当にすまなかった。」

 トウオウは帽子を外して深々と頭を下げた。帽子の下から現れた角に、目を見開いていた。

「ふんっ・・・。貴様への説教はこの阿呆共の戯れの後だ。」

「ああ。甘んじて受けよう。」

 トウオウは帽子を被り直し踵を返した。その間、灰猫はトウオウと一度も目を合わせなかった。

「・・・元気そうでなによりだ。」

 その場を飛び去るトウオウの背中に、そう声を掛けた。トウオウは一瞬空中に静止し、直ぐに移動を再開した。うぅん、友とは良いものだな。

「なぁ、おっさん。聞いてもええか。」

「ん。何をだ。」

「あの南瓜はんの角は一体・・・。」

「・・・さぁ。俺にも分からん。魔王だからじゃないのか。」

 そういえばなんでトウオウに角があるかなんて深く考えた事はなかったなぁ。トウオウ自身に聞いても答えは出そうもないが。っていうか、クロト達はトウオウが魔王であることには驚かないのか。つまりこの灰猫さんも魔王、もしくはそれ以上の存在なのだろうよ。

「それは違うな。あれはそういう種族なのだと考えた方が正確だ。」

「ほぉぅ、そうなんか。」

「角がそんなに気になるか。」

「・・・格好ええやん。」

「生やせないこともないんじゃないか。」

「うん・・・。でも皆にやめろ、言われんねん。」

「そうだな。可愛くはないからな。」

「おっさんも皆と同じ様な事言うとる。」

 クロトは残念そうに言ってはいるが、今の今まで取得していないのだから、クロトにとってはそんなに重要ではないのだろう。

「俺と被るからやめとけ。これ以上要素をのせるな。」

「・・・それもそうやね。」

「おい、貴様ら。何時になったら始めるんだ。」

 おっと。審判・・・ではないが、開始の合図をお願いしていた灰猫さんのご機嫌が。

「おぉぅ、すまん。・・・ほな、そろそろ本当に始めよか。」

「久し振りに同郷のやつに会えたから、ついな。申し訳ない。」

 きちんと姿勢を正して頭を下げる。

「・・・分かったから、早く位置に付け。」

 無愛想な対応ではあったが、俺の紳士的な態度は間違っていなかったらしい。

「なぁクロト。この文明の痕跡を消しちゃうのは気が引けるから、ここから少し離れないか。」

 道から離れた場所を親指で差す。

「せやね。」

 俺が指し示した方へと共に歩き出す。


 途中から示し合わせたかの様にお互いの距離を開けながら進む。この辺りかなと思う所で立ち止まる。クロトの方もほぼ同時に立ち止まった。・・・どうも気が合うねぇ。

「待たせたな、アッシュ。」

 クロトにそう声を掛けられた灰猫さんは誰に指示された訳でもないのに、俺達の丁度中央付近に立ち、おもむろに腰の細剣をゆっくりと引き抜いた。柄や鍔の細工もさる事ながら、その刀身を見るだけで、その細剣が良いものであることが、刀剣に精通していない俺でも分かる。魔界産かな。

 俺は両手を握り、目を瞑り静かに正面のクロトへ向けてお辞儀をする。

「お願いします。」

 と、呟く。ただの身体に染み付いた癖の様な礼儀作法だ。そして目を開くと、どうやらクロトもそれに答える様に俺に向かって頭を下げていた。それを見届けた灰猫は静かに抜き放った細剣を振り上げる。その切っ先が真っ直ぐに空に向く。

「・・・始め。」

 灰猫はそう合図するのと同時に、天に向けた細剣を振り下ろした。


 灰猫の細剣が描く弧をこの目に捉えてから走り出す。クロトに向かって一直線に。クロトはその場から動いてはいない。・・・返し技狙いか、それとも別の狙いがあるのか。まぁ、そんな事はどちらでも関係ない。さぁ、まずはご挨拶。

「よいしょぉ・・・っ。」


ーー白兎流格闘術・四文ドロップキックーー


 クロトの胸を目掛けて俺弾丸を放つ。・・・動かない。それどころか、両の足を踏ん張り待ち構えている。俺の蹴りを受ける気か。俺の直撃を受けたクロトは後方に飛ばされ、三回程回転して倒れた。俺は蹴りの反動を利用して宙返りをして着地する。

 俺は見た、着弾の直前に。クロトの口角が上がっているのを。・・・やってくれる。

 クロトはすぐさま立ち上がり俺の方へと突っ込んでくる。俺の口角も自然と上がる。俺に届く直前で姿勢を低くして、腰の辺りに肩から突き刺さってくる。・・・そうきたか。俺に組み付いたクロトは俺の肩と股下に腕を回し抱え上げる。やるな、基本技で来るつもりなのか。クロトは抱え上げた俺をそのまま大地へと背中から投げ落とす。

「まずは、ボディスラムや。そして・・・」

 仰向けに倒れた俺の胸にクロトの右肘が落ちてくる。

「エルボードロップじゃぁっ。」

 その一撃を甘んじて受ける。

「ぐぅっ・・・。」

 この世界に来て初めて命の危険を感じない痛みが走る。技を放ったクロトは俺の近くに立ち、腰に両手を当てて笑っている。

「やるね・・・。」

 と言って、俺は倒れたまま右手を差し出す。

「おっさんの蹴りも効いたで。」

 クロトは俺の右手を自分の右手で握り、俺を引き起こす。

「ありがとな。」

「なぁに。あれは避けられんやろ、礼儀として。」

 笑い合いながら転げ回って付いた土やら草やらを払い落とす。少し離れた所で眺めていた灰猫が視界に入る。右手を顔に当て首を振っている。

「ははは。困惑してる、困惑してる。」

「ははは。しゃあないやろ、これは。」

 そりゃぁ困惑もするだろうよ。容易に避ける事の出来る相手の攻撃を敢えて受けてるんだからな。そんな発想は存在しないに等しいだろうからな。

「これは・・・わかんねぇだろうなぁ。」

「きっと阿呆な奴等やと思われてんで。」

「まぁ、間違ってはいないな。」

「そやね、否定できんわ。」

 きっとこの美学は全く理解できないとまでは言わないが、理解できるようになるまでには相当時間が掛かるだろうなぁ・・・。命懸けで生き抜かなければならないこの世界では難しいよな。

「さて、仕切り直すとしますか。」

「それはええけど・・・。もう一回合図して貰うか。」

「いや・・・。これでやろう。」

 俺は足元にあった石を一つ拾い上げる。

「お、ええね。」

 俺が何をしようとしているか直ぐに察してくれて助かる。ま、古典的な手法だが。そんな古典的なものを知っているクロトも相当此方側な気がしてきた。・・・それは、初対面の時に証明済みだったっけ。

「ほいじゃ、いくぞ。」

「ほい。」

「そぉらよっ・・・と。」

 拾った石を下手で真上に放り投げる。

「あ。」

 思ったより上手く投げられてしまった。あっという間に見えなくなってしまった。

『技能・投射のレベルが上昇しました。』Lv5

 あぁ、そういう事ですか・・・。久し振りだな、この感じ。

「・・・おっさん、やり過ぎやないか・・・。」

「あぁ、すまん。嬉しすぎて、どうやら俺ははしゃいでいるらしい。」

「・・・そうか。そらしゃあないな。わいも楽しい。」

「今ので投射の技能が上がった。」

「あるあるやね。」

「まぁ、位置に着くのに丁度良いくらいじゃないか。」

「そうとも言う。」

 俺とクロトは首を上に向けたまま、始めから決まっていたみたいに距離を開けて位置に着く。・・・お、来たな。それを確認した俺達はそれぞれに構えを取る。足を軽く前後に開き、両手は握らずに自然に開いたまま下げる。クロトは両の拳を胸の前で前後させて構えている。どちらかといえば拳闘の型に近いか。足は動いてはいないが。我流かな。


 空高く放り投げた石が地上に帰還する。大地に着陸すると、鈍く低い音が微かに響く。この音だと本来ならば気の所為程度の大きさかもしれないが、俺達は兎だ。音を聞き取るのは得意分野、ちょっと自信がある。

 その微かな音を拾い上げ、クロトの距離を詰める。俺の道の性質上、本来は自分から仕掛ける事はまずない。あくまで自己防衛が目的だからだ。だが今回はせっかくの機会なのと、先輩の俺の方が相手の出方を待つ様な、俺の得意な戦法を取るのはなんか違う気がして。

 クロトの感じから、前に出てくるものだと思った。違った。俺の接近に合わせ、腰を落とし結んだ両の拳を腰の横で構えている。その顔は笑っている。

「ぐっ・・・。」

 どうやら俺は飛んで火に入る何とやららしい。

「いっくでぇ。黒兎拳こくとけん黒兎百裂拳こくとひゃくれつけんっ。」

 そうきたか。そして、その系統か・・・って場合でもない。咄嗟に両腕を上げ、頭部を守るように折り畳む。文字通り無数の拳が俺に向かって襲い掛かる。その拳を、躱し、受け、弾き、払い。それでもその全てを捌き切る事は出来るはずもなく。百を超える拳のうち、五六発を肩や胸や脇腹に喰らい、十数発が顔やら肩や二の腕や太腿の外側を掠る。手数の割に、その一つ一つが重い。防御している腕も痛い。くそう、厄介だな。

 無限に続くかの様に思われる拳の雨だが、どんな攻撃も切れ目は来る。基本的に攻撃時には、息を吐くか止めるかのどちらかだ。息を吸いながら攻撃をするのは無理に等しい。つまり呼吸無しで攻撃を永遠に続ける事は不可能。必ず反撃の機会は訪れる。今は耐える時。取り敢えず痛いのは我慢だ。

 ・・・途切れたか。おじさんは身体の所々が痛いが頑張るよ。反撃開始だ。一気に空気を吸い込む。

「白兎流格闘術・旋風三連脚せんぷうさんれんきゃく。」

 身体を半回転させながらの右・左・右の三連撃でクロトの左の二の腕を蹴り飛ばす。加減をしたつもりはないが、さほど効き目はないはず。目的は怯ませる事。そして俺の狙いは・・・。俺はクロトの後方へ回り込む。そして後からクロトの腰に両腕を回して抱え上げる。

「なっ・・・。」

「喰らうが良い、小僧。」

 抱え上げたクロトを後方の地面へと叩きつける。

「白兎流格闘術・バックドロップ。」

 クロトは「ぐぅ。」と呻いて仰向けに倒れた。

「まだまだぁっ。」

 おねんねにはまだ早いぜ。追撃をするべく少し跳び上がり仰向けのクロトに向かって降下する。

「白兎流格闘術・ギロチンドロップ。」

「・・・これは、あかん。」

 クロトは身体を真横に転がした。不発、俺のギロチンドロップは空を切った。流石にこれは受けてはくれないか・・・。まぁ、いい判断だとは思う。

 俺の追い打ちを躱したクロトは直ぐに立ち上がり、俺の方へと突っ込んでくる。くっ・・・丈夫なやつだな。俺は後転をして距離を稼ぎつつ立ち上がる。・・・が。

「しまっ・・・。」

 一回転すると、目の前にクロトの顔があった。懐に入られた。間合いを保ったつもりだったが、甘かった。俺の眼前で深く沈み込んだクロトは拳を胸の前で指の方を向かい合わせにして並べ、構えている。

「黒兎拳・破竹天昇はちくてんしょう。」

 並んだ二つの拳が俺の顎を目掛けて飛んでくる。これは不味い。身体が反射で少し跳び上がり、首を自ら少し後へ逸らさなかったら危なかった。多少・・・本当にごく僅かだが威力を軽減する事が出来た。・・・筈だ。それでもこの至近距離では避け切る事も出来ず、顎にほぼ直撃を貰う。激痛と共に俺の身体は真上に打ち上げられる。

「くっ・・・。」

 やはり咄嗟に身体が反応していなかったら意識を持っていかれていただろうな。上昇しながら首を元の位置に戻し、更に下を向く。思った通りだ。クロトが俺の後を追って跳び上がって来ている。あぁ、そうさ。俺でもそうする。だが。今度は俺の番だ。

「今ので俺の意識を飛ばせなかったのは失敗だったな。」

 上昇してくるクロトの肩に俺の足を掛けて太腿で首を挟み込む。

「なんやとぉ・・・。」

「いらっしゃいませ。」

 最高のおもてなしをさせてもらおうか。クロトの首を挟み込んだまま背中側へ勢いよく仰け反り、そのまま宙返る。

「白兎流格闘術・フランケン、シュタイナーぁぁぁぁっっっ。」

 クロトの身体を反転させて大地へと落とす。クロトは背中から激突する。俺もそのクロトから少し離れた位置に着地して片膝を着く。追撃も考えたが、この追撃はあまりに危険だと判断したのと、流石に俺の喰らってしまったものの被害が大き過ぎるので、少し時間を稼いで体勢を整えたいと考えたからだ。しかしその思惑も覆される。万全とはとても言えそうもないが、それでも身体を蹌踉めかせながらも直ぐに立ち上がる。本当に丈夫だな。

 俺は右の掌を腹の前で上に向けて兎玉を生成し始める。これを蹴り飛ばして牽制しよう・・・と思ったが、俺は右手を閉じ、生成し始めた兎玉を握り潰した。

「・・・なんや、手加減か。いや・・・そういう事か・・・。」

 俺の技を取り消した理由を直ぐに見つけて理解してくれたようだ。そう、俺の視界にクロトの後方にこの戦いを見守っているクロトの仲間、家族の姿が写ったからだ。

「すまんなぁ。気ぃ遣わせてしもうたな。」

「そんな事もない。今のは悪手だと判断しただけさ。」

 半分はクロトが正解。もう半分は俺が正解。

「にしても・・・おっさん、強いなぁ。」

「よく言うぜ。お前も相当丈夫だな。そろそろ伸びてくれると助かるんだが。」

「そうはいかん。わいは今、めっちゃ楽しい。」

 それは否定しないが。でもきついのも事実。

「しかし、百裂拳とは。年、誤魔化してるんじゃないか、お前。」

「なにおぅ。男の子の基本やろ。教科書に乗っとるやつやろがい。」

 まぁそれも否定はしないが。あ。

「・・・まさかお前、黒兎のけ・・・。」

「あぁ、そらちゃうわ。ただ語感が気に入っただけや。」

 それが正解でも別に俺は構わなかったんだが。

「おっさんこそ、白兎流とか言うてますやん。」

「そうだな。発想が似てるんだろうな。」

 生息区域が同じだったのだろうよ。年代は違えど。

「せやろね。最初にあんなに正確に突っ込んでたもんなぁ・・・。助かるわぁ。」

「そりゃ良かったよ。ま、お前とは年期が違うんだよ。それこそ教科書の範囲内だ。」

「流石です、先輩。」

 我ながら馬鹿な会話だな。久し振りにこんな会話が成立して楽しくはあるが。

「そういえばお前、法術の類はどうなんだ。俺はあんまり得意じゃないんだけど。全く使えない訳でもないけど。」

「まぁ・・・どちらかといえば、不得意ではないと思うけど。やっぱりこんなんなったら、使ってみたいやん。だからある程度は自分で意図的に強化したわ。」

 そうなるか。気持ちは充分に理解できる。ただ技能はともかく能力を自分でいじるのは抵抗があったんだよな。

「なら、せっかくやし、わいのとっておきを披露しますか。気ぃ遣ってもろうた礼もせなあかんしな。」

「おぉお、そいつは嬉しい申し出だが。嫌な予感がするね。」

「まぁそう言うてくれるなや。」

 ふぅむ。全力を出す機会もそう多くは無かっただろうからな。それを試してみたいと思っても仕方ない。俺にもそんな気持ちは、勿論ある。・・・お互いに一息付けたみたいだし、そろそろ再開と行きますか。

「ほな行くでぇ。」


 そう言ってクロトは右手で自分の顔の前の虚空を掴む様な動作をする。するとそのクロトの右手が炎を纏った。

「これは・・・わいの一番好きな技を参考にしたやつや。」

 なぁるほど、その系統か・・・。クロトが何をしようとしているのかがなんとなく理解できた。

 ・・・しょうがねぇなぁ、それなら付き合ってやるか。

「じゃぁ、ちょっと待て。」

 俺は右手を前に出してクロトを制止した。

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