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59、五月雨よ。(後編)

 その日は雨模様だった。


 そんな何日か降り続いていたある雨の日に、あたしは出会った。

 あの氷の塊を飛ばしてくる鳥に見つかって、どうすることもできないまま、ただひたすらに走って逃げた。何もかもを失って、傷ついて、雨のせいだったのか、絶望のせいだったのか分からないけど、まわりが歪んでみえたまま、体力の続く限り走った。雨で柔らかくなっていた地面に足を取られて、遂に力尽きて、その場に転んだ。

 もう駄目だ・・・と、全部を諦めた時だった。あたしとあの鳥の間に、急に現れた。

 その急に現れた小さな熊が何をしたのか分からなかったけど、その姿が熊だと分かる前にあの鳥を倒してしまっていた。

「大丈夫。僕たちが、助ける。」

 そう言われて、なんであたしを助けてくれるのか、全然分からなかった。その後、どこか別のところから、凄く通る、聞きやすい声で、何か言われたが、覚えていない。

 気が付いたら、どこか知らない場所で、目の前に、角の生えた白い兎がいて、「良く眠れたか。」って、あたしに聞いた。


 あたしには生まれた時から何時も隣に、あいつがいた。あいつは、あたしの片割れ。同じ日に生まれて、どこへ行くのも、遊ぶのも、寝るのも、何時も一緒。あたしの半身。考えていることも、言葉がなくても、全部分かる。一心同体。お父さんとお母さんは、あたし達は双子の姉弟だと言っていた。

 でもあいつを弟だと思ったこともあまりない。だって、全部あたしと同じだから。お腹が空くのも、眠くなるのも、全部一緒だったから。だから、あたしがお姉ちゃんだと思ったこともあまりない。

 獲物を獲るのも、あいつと一緒なら簡単だった。息を合わせる必要もなかった。目さえ合わせなくても、あいつのする事が、したい事が全部わかったから。あいつと一緒なら、なんでもできる気がしてた。あたし達は一緒なら、無敵だと思ってた。


 だから、お父さんとお母さんから離れて暮らす様になっても、全部大丈夫だと思ってた。

 実際、あの日まではそうだった。

 あたし達は調子に乗ってた。何時もなら、晴れた日なら、自分達の背中の毛が、光を反射して見つかってしまうことに、気を付けていたはず。だけど、何日も雨が振っていて、空からの光が、あんまりなかったから、大丈夫だと思ってた。他の魔物に見つからないだろうと、油断してた。というより、そんなこと、考えてもいなかった。

 でも、あの氷の塊を飛ばしてくる鳥の魔物に見つかった。今日の獲物を、あいつと一緒に追いかけている時だった。突然上から氷の塊が降って来た。その塊が、あいつの横に、凄い勢いで落ちてきた。あたし達が走ってたから、上手く当たらなかったと思ってたけど、今思うと、あの魔物はわざと外してたんだ。あたし達が逃げ回るのを、空の上から見て、楽しんでた。

 あたし達は、空にいる魔物を倒すことができないから、逃げるしかなかった。ただ怖くて、必死に走った。調子に乗ってたから、近くに隠れることのできる木や草の生えていない所にいた所為で、ずっと狙われた。きっとあの鳥の魔物は、あたし達が隠れられないように、そっちの方に行かないように、氷の塊を飛ばしていたんだと思う。でもその時は、怖くて逃げることだけ考えていたから、そのことにも気が付いてなかった。

 どれくらい走ったか覚えていない。地面も、雨の所為で、柔らかくなっていて、走りにくい。晴れている時より、疲れる気がする。だんだんいつもみたいに、上手く走れなくなってきた時だった。雨で良く見えなかったけど、進む方だけを見て走っていたあたしの少し後で、あいつの叫び声が聞こえた。振り返ると、あいつが、血塗れになって倒れているのがみえた。それまで我慢してた身体の震えが出てきて、寒くなってきた。あいつが怪我をしているのをみて、あたしも一緒に怪我をしているみたいな気分になった。

 声も出せなくなっていたあたしに、倒れているあいつは、何かを言おうとしていた。あの氷の塊を何回も当てられて、喋ることもできなくなってた。でもあいつの目を見れば、なにを言おうといているか、すぐに分かった。

 ーー逃げろ。

 あたしとあいつは、一心同体。言葉なんかなくても、考えてることぐらい分かる。でもそんなことをしたら、あたしだけここから逃げたら、あいつが死んじゃうこともわかった。

 ーーおまえだけでも、生きろ。

 あいつなら、そう言うことも知ってる。嫌だと言おうとしたあたしに、あいつはすごい顔で睨んだ。

 ーー死んじゃ駄目だ。頼むから、生きてくれ。

 大きな声で怒鳴られたみたいになった。目の前が歪んでたまま、歯を食いしばって、頷いた。そのまま振り返って・・・血だらけで倒れているあいつをそのままにして、もう一度走りはじめた。

 ・・・そのすぐ後、あいつの最後の叫び声が、あたしの背中の方から聞こえた。


 その後のことは、ほとんど覚えていない。・・・ただ、なにも考えず走り続けた。今あたしにおきたできごとを、考えたくなかっただけだと思う。それが本当のことだと、思いたくなかったんだと思う。


 ひたすら走り続けて、その間にあたしも、何度か氷の塊に当たって、傷だらけになった。だけど痛いと感じなかった。それよりも、ただ怖くて、逃げることだけ考えていた。あいつに「生きてくれ。」と言われたから。でも、あいつの最後のお願いも、叶えられないだろうと思った。あたし達の追いかけた魔物も、こんな気持ちだったのかなと思ったりして、悲しくなった。

 そして遂に、柔らかくなった地面に、上手く走れなかったのか、もう疲れて走れなくなったのか、転んだ。

 立たなきゃ、もう一度立って、逃げなきゃと思ったけど、もう脚が動かない。もう駄目だと思った。

 そう思った時、あたしの前に、小さい熊が、現れた。

 その小さな熊が、あたしを・・・あたし達を襲ってきた鳥を、あっという間に、叩き落とした。「大丈夫、助ける。」と言われた。その意味が、よく分からないまま、そこから先は、よく覚えてない。

 どれくらい寝てたのかは、判らない。なんだか、暖かくて、すごく気持ちの良い寝床にいて、さっきまでのできごとが、いやな夢だったんだと思った。そう思って、目を開けたら、そこは知らない場所だった。何本もの、木の棒と、何かひらひらした薄いもので、囲まれた場所だった。そして、目の前に、角の生えた、変な・・・たぶん兎の顔があった。その兎の頭には、小さな鳥が乗っかっていて、その兎と一緒に、あたしのことを見てた。

「よ。良く眠れたか。」

 と言って、後ろ脚だけで、たぶん座った。

 あたしは、なにが起きてるのか分からなくて、声が出なかった。良く見ると、あたしの身体が、何か白い大きなものに、囲まれているのに、気が付いた。それは、とても大きな、首の周りや、脚の先に、金の毛のある、そして、頭に角の生えた、馬みたいな魔物だった。でも不思議と、その魔物を、怖いと思わなかった。その魔物は、あたしと目が合うと、優しい顔で、頷いた。

「話は出来るか・・・っていうか、俺の言葉はわかるか。」

 あたしの前に座った、変な兎が、見た目の感じとは違う、低い声でそう聞いた。あたしは、また声が出なくて、頷くだけだった。

「そうか、なら良かった。」

「大丈夫だよ、ここは安全。怖くないよ。」

 兎の頭の上の、頭の上に蕾の付いた小さな鳥が、かわいい声で、あたしに言った。本当に安全なんだと、その時は、そう思えた。

「状況は・・・良くわかんないよな。とにかく、だ。取り敢えず、君は生きてる。助けたのは俺じゃない、このロックと・・・あそこにいるミナだ。・・・あの白くて綺麗な背の高い蛇だ。」

 その兎の側に立っている、小さな熊と、離れた場所にいた、その背の高い白い蛇を、兎が前脚の指で、あたしに、教えてくれた。ロックと言われた熊が、あたしに近づいてきた。

「良かった。」

 小さな声で、そう言って、あたしのおでこを触った。そしたら、急に安心して、そして、あのできごとが、本当のことだったと、分かって、泣いてしまった。

 あたしが泣いている間、あたしを抱いてくれていた馬みたいな魔物も、あたしの前に座っている白い兎も、その頭の上の小さな鳥も、その近くにいた尻尾がたくさんある白い狐も、何も言わずに、そこにいた。あたしのおでこを触った小さな熊は、驚いて、馬の魔物や兎の方を見ていた。

 どれくらい泣いていただろう。気が付いたら、また眠っていた。

「こりゃ、朝まで起きないな。話は明日にするか。」

 そういう兎の声が、遠くの方で聞こえた気がした。


 目が覚めると、眠ってしまう前と同じだった。馬みたいな魔物が、一晩中、あたしのことを抱きかかえてくれてた。あたしの近くに、小さな熊の頭があった。あたしの近くで寝てたみたいだ。

「お。起きたか。」

 少し離れた場所から、あの兎の声がした。それから、昨日と同じ様に、頭に小さな鳥を乗せて、尻尾のたくさんある狐と一緒に近づいてきた。

「寝起きで、いきなりで悪いが・・・どうする。」

 って言って、あたしの前に・・・たぶん座った。その声に気が付いて、ロックと呼ばれてた熊が、起きた。

「どう・・・する・・・。」

「俺達の事を忘れて、拾った命を大切に、全てとはいかないかもしれないが・・・今まで通り暮らすか。それとも俺達と一緒に来るか。・・・もしかしたら、どっちを選んでも、お前にとっては辛いかもしれないが。」

 何を言われているのか、すぐには良くわからない。

「まぁ・・・急にこんな事言われても、良く分かんないよな。でもなぁ・・・俺達も、訳あってちょっと行く所があるんだ。あんまり待ってもやれない。今日一日考えて、答えを出してくれ。急がせて悪いとは思うけど、頼む。」

 あたしに、そう言った兎の目は、とても真剣だった。

「ノイン、ロック。今日は、こいつに付いててやってくれ。何かあったら、このノインとロックに言ってくれ。」

 そう言って兎は立ち上がって、ここを離れようとした。その時、急に、大切なものが、また遠くに行ってしまうような気がして、すごく寂しくなった。そう思ったら、勝手に、言葉が口から出ていた。

「・・・あたしも、一緒に、行く。」

「本当か。そんなに簡単に決めて良いのか。今日一日は考えられるんだぞ。」

 あたしは、きっと、この時の、あるじさまの、優しい目は、忘れないと思う。

「うん。・・・あたしには、もう、何位もない・・・から。」

 また、あたしは泣いてた。

「そうか。・・・わかった。じゃ、一緒に来るか。」

 そう言った、あるじさまの笑顔も、忘れない。

「じゃあ、師匠。名前。」

「え。俺が付けるの・・・。ロックが助けたんだから、ロックが付けてやったらどうだ。」

「駄目。」

 ロックしゃんが、凄い速さで首を、横に振った。

「名前付けるの、主たまの、お役目。」

 あるじさまの頭の上の、フタバしゃんが、真面目な顔でそう言った。

「えぇ・・・何時から俺の役目になったんだよ。」

「めぇ。主たま、さぼっちゃ、駄目。」

「・・・おいおい、随分な言われようだな。」

 そう言って、あるじさまは笑った。それと一緒に、あたしの頭の上で、ノインしゃんが笑った。

「イッスンよ、観念したまえよ。」

「わかった、わかった。・・・今考えるから、ちょっと待ってろ。」

 あるじさまは、またあたしの前に座って、腕を組んで、考え始めた。首を斜めに傾けると、頭の上にいたフタバしゃんも、あるじさまの上に乗ったまま、あるじさまと同じだけ、首を傾けた。あるじさまもフタバしゃんも、可愛かった。

「・・・いや、でも・・・。しかしなぁ・・・。」

 すごく考えていた。この時のあたしは、名前の意味も、良く分かってなかった。でもなんだか、楽しそうにみえて、あたしも少し楽しい気がした。

「ねぇ、主たま。この子、女の子だよ。」

「えっ、そうなの。危ない、助かったよフタバ。ありがとう。」

「あい。」

「そっかぁ・・・女の子かぁ。」

 あたしが女の子なのと、名前と、どう関係があるのか、良くわからなかったけど、あるじさまが、一生懸命あたしの「名前」を考えてくれているのが分かって、嬉しくなった。

「いやぁ・・・これだと、あれだから・・・。」

 待ってる間も楽しかったけど、なんとなく周りを見ると、あたしの身体に、何かの魔物の毛皮が乗っかっていたことに、気が付いた。ノインしゃんが側にいてくれた他に、これのおかげで、すごく暖かったんだと思った。

「邪魔ではないかね。もし嫌なら、言ってくれ。」

 あたしのしていることに気が付いて、ノインしゃんが声を掛けてくれた。

「大丈夫。あったかい。」

「そうか。それならば良かった。」

 この時も思ったけど、ノインしゃんの声は、なんだか不思議な声だ。うまく言えないけど。

「・・・サツキ。サツキ、なんてどうだ。」

 その「名前」を聞いた時、目の前が急に明るくなった気がした。

 ロックしゃんは、嬉しそうに何度も頷いていた。フタバしゃんも、楽しそうに声を出していた。後にいた、ヤクモ兄しゃんは、感心したみたいに、目を瞑って、ゆっくり一回頷いた。

「サツキ・・・。それが、あたしの、名前。」

「私は良い響きだと思うが、どうかね。」

 ノインしゃんが、あたしに聞いた。

「それがいい。」

「そうか。・・・じゃぁ、今日から君は、サツキだ。」

 あるじさまが、そう言うと、あたしの身体が光りだした。そして、頭の中に、色んなことが、入ってきた。

「あぁ、ごめん。先に言っておけば良かった。慌てなくて良いからな。後でゆっくり説明するから。」

 あるじさまがそう言い終わるころ、光が消えた。


 この日、あたしは、サツキになった。


 頭の中が、良く判らなくなっていたけど、すごく安心した気持ちになった。そしたら、あたしのお腹が、なった。

「じゃあ、朝飯にするか。食事しながら皆を・・・家族を紹介しよう。・・・歩けるか、サツキ。」

「はい。」


 あるじさまがくれた木の実を食べながら、皆を紹介してもらった。あるじさまのイッスンさま。目の所に傷のある、格好いいヤクモ兄しゃん、ヤクモ兄しゃんの妹で、綺麗なモモカ姉しゃん、優しそうなスーアン母しゃん。大きいジュウザしゃん、なんだか不思議なサイしゃん、白くて小さいけど、賢そうなハクしゃん、白くて強くて綺麗なミナしゃん。強くて、格好良くて、優しいロックしゃん。小さい梟のフタバしゃん。大きくて、空の雲みたいなノインしゃん、本当はキリノインという名前らしい。トウオウしゃん・・・南瓜。

 あたしの新しい家族。なんでなのかわからないけど、すぐに家族なんだと、そう思えた。そう思えたから、あたしはあるじさま達に助けて貰う前にあったことを話した。あるじさまは「話したくなかったら、無理に話さなくても良いんだぞ。」と言ってくれたけど、家族だと思えたから、話した。また思い出して、また泣きそうになったけど、頑張って話した。皆、あたしの話を、静かに、ちゃんと聞いてくれた。途中、うまく話せなくなったりしたけど、何も言わずに、あたしが話し終わるまで、聞いてくれた。

 その後、あるじさまとヤクモ兄しゃんとフタバしゃんが、いろんなことを教えてくれた。全部は分からなかったけど、あるじさまが「少しづつ覚えれば良い。そのうち慣れるから、大丈夫さ。分からなければ、誰かに聞いてくれ。皆、ちゃんと教えてくれるはずだ。」と、言ってくれた。「ただ・・・ジュウザにはなるべく聞かない方が良いかも。」とも言ってた。どうしてだか分からないけど、なんだかすごく大切なことな気がしたので、ちゃんと覚えておこうと思った。


 食事が終わると、あるじさまが、皆に言った。

「サツキも大丈夫そうだから、やっぱり少しでも進んでおこうと思う。但し、出発はもう少し後にしよう。良いかな。」

 そうすると、皆は、一斉に返事をした。あたしも、遅れちゃったけど、「はい。」と返事をした。

「無理しなくて良いからな、サツキ。何処か痛かったり、疲れたら言ってくれ。誰かに運んで貰えば良いからな。」

 あたしは、もう一度「はい。」と、返事した。

 お日様が、一番上に来る頃、皆が少しずつ動き出した。そして、この場所を囲んでいた、不思議な、木の棒と不思議なひらひらのものでできた、洞穴みたいなやつを、壊し始めた。

「あるじさま、これ、壊しちゃうの。」

「ん・・・ちょっと違うなぁ。これから移動するから、畳んでるんだ。俺のアイテムボックスにしまって、持っていくんだ。」

「持っていく・・・。」

「そうだ。・・・それで、今日寝る場所を見つけて、またこれを使うんだ。」

「あるじさま・・・すごぉい。」

「あい。主たま、凄い。」

 なぜか、あるじさまじゃなくて、フタバしゃんが、嬉しそうに言った。あるじさまは、笑って、「そんな事はないさ。」と言ってた。

 その後、しばらくの間、あるじさまと、ロックしゃんと、ミナしゃんが、戦い始めた。喧嘩をしてるのかと思ったけど、ちがうみたいだった。ハクしゃんが、「あれは稽古をしているんだよ。」と、教えてくれた。「ケイコ」が良く分からなかったけど、あるじさま達は、戦う練習をしているんだと、モモカ姉しゃんが教えてくれて、分かった。だからロックしゃんは強いんだと思った。

 でも、それを見てて驚いた。あんあに強いロックしゃんが、あるじさまに、全然勝てない。ここから見ているだけで、ロックしゃんが、すごく強いのがわかる。それなのに、あるじさまに、何回も転ばされてる。何回も。ロックしゃんも、何回も立ち上がって、あるじさまに向かって行ってるけど、全然あるじさまに、敵わない。あるじさま・・・すごい。

 ロックしゃんの番が終わって、今度は、ミナしゃんがあるじさまと、戦い始めた。ミナしゃんは、長い棒の先に尖った光る薄い石みたいなものが付いているのと、丸い、あるじさまと同じくらいの大きさの薄い石みたいなのを、右の前脚と、左の前脚で掴んで、使っている。あれって、どうやってるんだろう・・・。あたしにもできるかなぁ。あんなのが当たっちゃたら、怪我しちゃうんじゃないかと、心配になったけど、全然大丈夫だった。あるじさまは、その棒を、まるで知っているみたいに、簡単に避けてた。あたしには、全然わからないのに。ミナしゃんが本気でやっているのもわかる。

「あるじさま・・・すごい。」

「そうだ。主殿は、私でも敵わない程強いのだ。だから私達の主なのだよ、サツキ。」

 いつの間にかあたしの横に来ていたヤクモ兄しゃんが、嬉しそうにそう言った。

「うん。」

 どうしてかは分からないけど、あたしも、嬉しい気持ちになった。

「ロックしゃんは、なんで座って見てるの。お休みしてるの。」

 自分の番が終わったら、ちがうことをしててもいい気がして、聞いてみた。

「勿論、疲れたから休んでいるのもあるが、少し違うな。ああやって、戦いを見るのも稽古なのだよ。」

「見るのも・・・練習。」

「そうだ。・・・今は、サツキには少し難しいかもしれないが、そのうち解る様になる。初めてなのだから、仕方ない。だから気にしなくて良いぞ。」

 ヤクモ兄しゃんは優しい。

「はい。」

「しかし、サツキ。お前も、自分の事は自分で守れる位には強くなって貰うぞ。」

 あたしの方を見てそう言ったヤクモ兄しゃんの目は、優しいけど、すごく力強かった。

「はい。」

 あたしも強くなりたい。あいつに「生きろ。」と言われたから。あいつの、あたし大切な弟の分も、生きなきゃいけないから。あいつに助けてもらった命を、簡単になくさないために。

「良い返事だ。これからは、私がサツキを鍛えよう。良いな。」

「はい・・・。」

「サツキも主殿に稽古をして貰いたい気持ちは解るが、まずは私からだ。なぜなら、ロックとミナは、主殿と身体の使い方がにているからだ。だからまずは、四脚の私が教える。良いかな。」

 やっぱりヤクモ兄しゃんは、優しい。あたしにも分かるように、言ってくれた。

「はい。おねがいします。」

「兄上、最初からあまり厳しくなさらぬ様にお願いしますよ。」

「・・・分かっている。」

「本当ですかぁ・・・。ジュウザの様に丈夫ではないのですからね。」

「そう・・・だな。」

「ごめんなさいね、サツキ。兄上は、私達と同じ四脚のあなたに教えられるのが嬉しいのです。だから許してね。」

「えぇい、余計な事を言うな。」

「サツキ、あまり厳しいようなら私に言うのですよ。私が兄上に注意しますから。」

「モモカこそ、サツキに甘過ぎるのではないのか。」

「兄上ぇ・・・、サツキは女の子なのですよ。そこをちゃんとして下さいね。」

「そうですよ、ヤクモさん。何かあったら言うのですよ、サツキ。」

 スーアン母しゃん・・・目が怖い。

「はい。」


 気が付いたら、昨日まで振っていた雨は、止んでいて、嘘みたいに、空が青かった。


 これは、あたしが、サツキになった日の話。

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