58、五月雨よ。(前編)
その日は雨模様だった。
この世界に来てからは珍しく二三日続く雨・・・。森にいた時には一日中雨が降るという日も殆どなかった。
まぁ、移動もすれば地形も変わる。地形が変われば、気候も変わる。特に珍しい出来事という印象も受けない。子供達には、森ではあんまり体験した事がないので、多少はしゃぎ気味だが。
雨雲もまるでこのまま落ちて来るのではないかと思う程の黒雲ではなく、いわゆる薄い灰色の軽めの雨雲が空を覆っている。どうやら雷の心配は無さそうだ。
だが弱めの雨とはいえ、こう何日も降り続けると気分はこの空同様、晴れない。
「雨はお嫌いですか、イッスン様。」
そんなにつまらなそうな顔で歩いていただろうか。少なくともモモカの目にはそう映ったのだろう。
「そんな事はないが・・・少し飽きて来たんじゃないかな。」
「雨に飽きる、ですか・・・。面白い表現ですね。でも、少し分かる気もします。」
「雨に恨みは無いが、やっぱり俺は晴れの日の方が好きみたいだ。」
雨だって降らなければ、それはそれで困るが。
「そうかもしれませんね。ですが私は・・・雨の歌も、素敵なものが沢山あって好きです。その情景が見えるようで、雨も悪くないと思えます。」
なるほど・・・確かにそうかもしれない。モモカらしい、素敵な感性だな。
「・・・良いね、そういうの。じゃあ今度は雪が降ったら面白いな。ちょっと寒そうだけど。」
雨粒を降らせ続けている灰色の空を見上げながら、そんなのもありかなと思った事を口にする。
「雪、良いですね。私はきっと雪は好きだと思います。あまり見た事は無いですが・・・そんな気がします。」
きっとそうに違いない。雪の名が付いた白い狐だもんな。白い狐なら雪景色は独壇場なんじゃないかな。
「モモカには良く似合いそうだな。」
想像するだけで、幻想的で、神秘的で、とても綺麗なのは間違い無いだろう。
「それは、イッスン様も良くお似合いだと思いますよ。」
あ、そういえば俺、白兎だったな。これで雪が不得意なんて事は無さそうだな。もし苦手だったりしたら、格好付かないな。
「何時か一緒に雪の降る所を探してみような。あ、無理にとは言わないけど・・・。」
わざわざ探しに行く必要はないかもしれないが。せっかく白兎に生まれたんだから一度位、雪景色に紛れてみたくもある。
「それは素敵ですね。是非お供させて下さい。」
新雪に陽の光が反射して煌めく様にモモカが笑顔で答える。
「後でトウオウに、そんな場所があるかどうか聞いてみよう。」
「そうですね。・・・あると良いですね。」
「なあに、きっとあるさ。」
そういえば狐と雨は色々と御縁があったなぁ、なんて事を思い出してみたりした。
気が付くとトウオウが声を掛けるでもなく、俺の斜め上を飛んでいる。角灯を持った手と反対の手に何やら持っている。ははぁ、それを俺に見せに来たな。
「そんなの何処で見つけてきたんだ。」
「あそこに生えてた木の葉を一つ拝借してきたんだ。」
角灯を持った手の人差し指でその方向を示す。そちらに視線を向けると、確かに現在トウオウが傘代わりに頭の上を覆っているものと同じ広い面積を有した葉の付いた木を発見することが出来た。それも都合よく釘抜きのような曲線を描いた茎が付いている。
「良いな、それ。俺も取ってっこよう。」
俺がちょっと隊列を外れ、その木に向かって小走りすると、ジュウザとサイが後から追ってきた。にしても、トウオウは帽子を被って外套を羽織っているのに傘が必要なのだろうか。洋燈だから濡れるのを嫌ったのかな。・・・いや、昨日まではそんな素振りもなかったから、それはないだろうな。
「お、お前達も欲しいのか。」
「うん。」
「それは良いけど・・・どうやって使うつもりなんだよ。ま、いっか。ちょっと待ってろ。」
久し振りに兎の本分を発揮して、跳び上がる。枝に掴まり、その上に身体を引き上げ着地する。大小様々な葉の中から数枚を見繕って枝から丁寧に取り外す。左右の手に三枚づつ持って、ジュウザとサイの待つ地上へと帰還する。
「ほい。ジュウザは・・・この大き目のやつで良いか。サイはこれかな。」
「主、ありがとう。」
「ありがとう、あるじ。」
こういう所を見ると、まだ子供なんだなと少し安心する。ジュウザは嬉しそうに、器用に俺から貰ったその葉を頭の上に乗せている。サイはお得意の念動力の技能を使って頭の上に葉を浮かせている。随分と簡単に使えるようになったものだ。しかし君達ぃ・・・君達のその身体では、頭隠して尻隠さずみたいになっていますが、それで良いのでしょうか。良いんだろうな、きっと。何でもやってみたいんだろうよ。そうやって興味を持って、色々覚えていくんだよな。それは決して悪い事ではないな。
俺から葉を受け取ったジュウザとサイは急ぎ足で皆の所へ引き返し、早速スーアンやハクに自慢している。するとハクが俺の方へ寄って来た。おや、珍しい。ハクも傘が欲しいのかな。
「あるじ様、僕もそれを頂いても良いですか。」
「おう、勿論だ。・・・これで良いか。」
適当に選んでハクに渡す。
「はい。ありがとうございます。」
ハクもやっぱり男の子なんだな・・・と思ったが、ちょっと違ったようだ。貰ったその葉を観察し始めた。そうでしたね・・・ハクはそういう子でした。特に植物に関しては、その興味が尽きることがない。こんなにも真っ直ぐなままでいられるなんて、少し羨ましくもあるなぁ。
ロックはこの葉っぱの傘には興味がなさそうだった。ミナも聞いてはみたが、いらないと断られた。理由としては、晴れの日より見通しの悪いこの状況で、片手が塞がる事に不安があるとの事だった。そこまで気にする必要はなさそうな気がする半面、確かに勝手知ったる森の中ではない場所で油断しないと判断する事は正しいとも思う。ミナは真面目で、それでいて慢心が無い。頼もしい。ただ少しこの旅に出てから緊張し過ぎのような気もするが。ま、そのうち肩の力も抜けてくるだろう。
スーアンにも聞いてみたが、「私は雨は特に気になりません。」と丁重にお断りされた。これで手を使える面々には全てお断りされた訳だ。・・・面白いものだな。それにスーアンは、「となりの」が使うようなこの傘よりも、蛇の目の方が似合いそうだ。ふぅむ、眼鏡蛇に蛇の目って・・・自分でも何を言っているのか良く分からなくなってきた。
本日はヤクモの背中の上で、警戒と時折の歌うお仕事に勤しんでいるフタバに、手持ちの中で一番小さな葉を選び、髪飾りみたいに頭に付けてあげた。それがとても気に入ったらしく、とてもご機嫌になった。そこまでは良かったんだが、歌が増えてしまった。
「ヤクモ・・・すまんな。」
と、小声で謝罪した。
「いえ、特に問題はありません。」
と、小声で返ってきた。その静かな笑顔は本心である事を濁りなく示していた。ただなぁ・・・フタバの歌が、この天気に合わせて雨に纏わるものになっているのが、多少気にはなる。雨の歌って、その多くが暗めなものなんだよなぁ・・・。勿論、そんな曲ばかりではないんだが、それでもなぁ。俺が好きな歌の中から順に教えているから、そういう傾向になってしまう。名曲ではあるんだが。それを実に愉しそうに、可愛らしい声で歌っているので暗い気持ちにはならないから良いんだけど・・・。まぁ、皆も楽しそうなので、良い事にする。
そんなフタバの歌が急に止む。それを合図に皆がその場に静止し、警戒を強める。雨音だけが静かに俺達を包み込む。確かに幾つかの気配を遠くに感じるが・・・敵意は此方に向いてはいなさそうに感じる。だが近づいては来ている。
「これは・・・。」
小さな気配が一つ、走っている。その小さな気配を、四つの気配が追っている。追っている気配は・・・空、か。
その逃亡者が視界に捉えられた位の瞬間に、ロックとミナが少し前に出た。追われているのは、鼠・・・針鼠か、山荒か。小さな身体が氷雨の様な色の針状の体毛に覆われている。大き目のたわしか剣山が走っているようにも見える。だがその身体は所々、赤黒く汚れている。
追っているのは・・・彼奴等か。雹鳥、だな。
「・・・師匠。」
ロックが何かを訴える様に俺を見た。その左手は、首に掛けた金槌を握りしめている。ロックが何を考えているかは、大体予想はつく。
「助けたいのか。」
ロックは静かに頷く。
「・・・これは食物連鎖、自然の摂理だ。」
全く、どの口が言っているのだろう。
「これからその全てを助ける訳にはいかないんだぞ。・・・それでも助けるのか。」
一体俺は、何様だ。こんなもの自分に言い聞かせているに等しい。
「あれは・・・僕だ。あの時の、僕だ。」
そうか・・・ロックはあの日の自分が重なってみえたのか。
「師匠に、助けて貰った。・・・だから、今度は僕が助ける。」
その言葉に、ミナの殺気が鋭くなる。きっと、やめろと言えばロックもミナも止まるだろう。でもきっと後悔が残るだろう。もしかしたら、助けても後悔するかもしれない。同じ後悔をするならば・・・。
「わかった。なら好きにしろ。但し、俺達は加勢しない。ロックとミナだけでやれ。」
ロックは力強く頷いた後、大地を蹴り飛ばし前に出た。それと同時にミナも音もなく白い風が如く飛び出した。雨に濡れた大地がロックとミナの軌道を飛沫で描き出す。
「ありがとうございます、主殿。」
「辛い決断だったな、イッスンよ。」
ヤクモとノインの言葉に、声が詰まる。その場に腕組みをしたまま立ち尽くし、歯を食いしばる。気を抜いたら、涙が溢れる。ロックやミナの成長に感極まったのか、間違った決断をさせてしまったと思ったのか、それとも全く別の何かなのか。自分でも良く解らない。でもその責任は俺が取るべきだろう。だから、ロック、ミナよ、思う通りに。
遂に傷付いた逃亡者の鼠の脚が縺れ、泥濘んだ大地に取られる。性格の悪い追跡者の一羽が追撃を加えようと迫る。その逃亡者と追跡者の間に小さな身体の熊が飛び込む。それと同時に力任せに振り下ろす右手が、最早止まる事も軌道を変える事も出来ない雹鳥の真上から襲い掛かる。強烈な一撃は俺の弟子達に目を付けられた可哀想な雹鳥を捉えた。そのまま大地に打ち付けられた。泥濘んでるとはいえ、俺でさえ受けるのは遠慮したい程の威力のロックの一撃で叩きつけられれば、大地は強固な壁と変わらない。まさしく、一撃必殺。
自分と自分を狙う雹鳥の間に割って入った子熊を、鼠は恐怖に怯えた顔のまま見つめている。
「大丈夫。僕たちが、助ける。」
何事も無かったかの様にその場に直立したまま、ロックが小さな声でそう言った。
「な、んで・・・。」
「気にしないで。これは私達が勝手にしてる事。」
この雨の中で音も無く突如近くに現れた高身長の白い蛇の静かな声に。更に理解が追い付かなくなっているようだ。だが緊張の糸が切れたのか、それとも近くに現れた見た事もない自分より明らかに強いであろう魔物に諦めたのか、意識を失う程ではないものの、力尽きた様に濡れた大地に顔を着けた。
仲間を撃ち落とされて逆上した雹鳥が急降下してくる。その三羽に向かいロックが今までに聞いたことのない低い、そして大きな声で吠える。
「威圧咆哮、か。」
俺は咆哮に吹き飛ばされる雨粒を見ながら呟く。三羽の中で一番接近していた一羽が、その咆哮をまともに喰らい墜落した。残りの二羽は辛うじて直撃は免れたが、威圧に気圧されて上空へ押し戻された。墜落した雹鳥に素早く近づいたロックはその足を掴み、そのまま振り上げ無造作に容赦なく大地に向かって振り下ろし叩きつけた。断末魔が聴こえた。
さて、ロックよ、ミナよ、その後どうするつもりかな。相手は空高く逃げてしまったぞ。あの時と違って此処は森の中ではない。近づく為の足場になるような木はなさそうに見えるが。
「ロック。」
静かにそう呼び掛け、ミナはロックに向かって走り出す。その声に反応して立ち上がり、頷いて両の掌を上に向けて頭の上で構える。ミナは軽く飛び上がり、そのロックの構えた掌の上に飛び乗り足を曲げ屈み込む。ミナを受け止め、ロック自身も少し屈み、反動をつけて曲げた膝を伸ばす。それに合わせ腕を力一杯伸ばしてミナを上空へと投げ飛ばす。呼吸を合わせてミナ自身も膝を伸ばし跳躍する。一本の白き槍が雨を切り裂き、雹鳥めがけて舞い上がる。
空中に停滞して仲間を屠った相手をどう仕留めようかと策謀を巡らせようとした二羽の間に、突如として現れた白き蛇に虚を突かれた様に雹鳥は動きを止めた。ミナは右手に槍を構え、独楽の様に一回転する。右手の槍と刃と化した尾がそれぞれ一羽づつ雹鳥を両断する。
「白蛇流槍闘術・輪転尾刃槍。」
雹鳥の身体と羽根が四散しながら落下する。それを追い越すことなく、ゆっくりと地上へと舞い降りる。どういう原理なのか全く分からないが・・・。俺にはミナが回転した瞬間に、飛び散る羽根の見せた錯覚だと思うが、その背中に翼が見えたような気がした。
雨はまだ止みそうもない。
現段階でロックとミナならば雹鳥位は特に脅威にはならないとは思っていたが、こうも簡単に仕留める事が出来るとは・・・。あの針鼠らしき魔物を襲っていた雹鳥全ての絶命を確認して、戦いの終わった戦場へと近づく。
「ヤクモ、スーアン、警戒を頼む。モモカ一緒に来てくれ。」
ヤクモとスーアンはそれぞれ子供達を従え、周囲の警戒の配置についた。ジュウザ達に役目を与えてくれたのは助かる。皆で今回の被害者を興味津々で覗き込んでは、余計な恐怖を与えてしまうからな。
「ロック、ミナ、見事だった。」
ロックは「うん。」と小さく頷いた。
「・・・まだまだです。私も母さま達と一緒に警戒しています。」
そう言って雨の間を通り抜けているみたいに離れて行った。そんなミナをトウオウが出迎えていた。トウオウに一言二言声を掛けられ、軽く頭を下げていた。
視線を傷だらけで倒れている針鼠と思われる魔物に向ける。
「気を失ったか・・・。安心したのかな。」
種族だけでも確認したいと思い、鑑定する。錫針鼠か・・・。針鼠で正解だったようだ。この針状の体毛は錫って事になるのかな。という事は・・・金属なのかな。晴れてたら光が反射して輝いて見えるのかな。随分と隠密行動には不向きなものを標準装備しているな。
「モモカ・・・頼む。」
「はい、かしこまりました。」
モモカの法術の癒しの光が錫針鼠を優しく包み込む。これで傷は塞がるだろう。モモカの法術では傷は瘉えるが体力までは回復しない。そして血で汚れてしまっている身体も勝手に綺麗になる事も無い。
「取り敢えずもう少し進んで・・・今日は少し早いけどそこで休もう。」
そう言ってモモカを見ると、「分かりました。」と返事をしてヤクモたちの方へ向かった。そのモモカの背中に「ありがとう。」と声を掛けると、返事の代わりに嬉しそうに尻尾を大きく一回回した。
ひとまず彼・・・又は彼女を運ぶしかないかと思い近づいて屈んで手を伸ばしたが、それをロックが遮った。
「師匠、僕が、運ぶ。」
「そうか、わかった。じゃあ、頼む。」
「うん。」
今回の救出劇の発端が自分であることに責任を感じているのかもしれないな。師匠の俺の信念に逆らってしまった様な後ろめたさみたいなものを感じているのかもしれない。それでも助けたいという思いが勝った。
ロックは両手で優しくその針鼠を抱き上げた。針鼠とはいえ気を失っているので、その背を覆う針の体毛は逆立っていないので、ロックが怪我をする事はないだろう。
雨はまだ静かに降り続いている。
「師匠、さっきの葉っぱ、やっぱり欲しい。」
「・・・おう。」
アイテムボックスから少し大き目のものを取り出し渡す。雨が振っていても寒いと感じる程でもないが、それでも晴れている日より肌寒く感じる。傷は癒えたとはいえ、体力も尽き気を失っている針鼠の身体がこの雨に晒され続けるのは良くないと気遣ったものと思われる。俺から傘を受け取ったロックは、その腕に抱いた針鼠を覆った。
「しかし、いつまで降るんだろうなぁ・・・。」
しばらくちゃんと太陽の顔をみせない灰色に覆われた空を見上げ、誰に言うでもなく呟いた。
「そうだねぇ、ボクもそろそろ太陽が恋しいよ。」
片手に角灯、もう片方に傘を持ったトウオウがいつの間にか横に来て賛同した。
「でも魔界って、こんな感じじゃないのか。」
「だから少し気が滅入るんじゃないか。」
「おっと。これは無粋だったな。すまん。」
「別に雨が嫌いな訳じゃないんだけどねぇ。まぁ・・・皆がいるから、魔界にいた頃より楽しいけどね。」
そう言って、本当に愉しそうに笑った。それなら良かった。ま、それは俺も同じだ。この雨の中でも楽しそうに歌うフタバや、はしゃぐジュウザとサイのおかげで大分助かっている。更にこの雨の影響もあるのだろうか、活動している魔物の数が少ない様に感じる。勿論、動物の生態とは異なるので、全ての魔物がその限りではないが。それこそあの雹鳥の様に・・・。属性が水に近い事なんかも関係があるのかもしれないな。
「ノインはどうなんだ。」
「・・・どう、とはどういう事かね、イッスンよ。」
此方もいつの間にか俺の後にいたノインに聞いてみた。
「止まない雨が・・・かな。」
「決してこの雨が止まないなどという事はないと思うのだが・・・。まぁ、流石に私も些か飽きては来た気はするな。」
冗談なのか本気なのか判断し難い微笑みでそう言った。
「それに私は、その気になれば雨の上に往くことも出来るからな。」
「そういえばそうだったな。」
「それではあまりに風情がないよ、ノインの。」
「全くだ、トウオウよ。」
俺達の笑い声は雨の中でも何時も通り。
しばらく進んだ後、適当な広さの場所を選び、本日は少し早目に寝床を設置する。ここ数日降り続いているので、雨の中で天幕を張るのも慣れてきた。設置場所の地面をスーアンとフタバの法術で乾かして貰う。足場が泥濘んでいると、俺達の天幕が寝ている間に倒壊する怖れがあるので、慎重にとお願いする。
天幕を皆で協力して素早く立て終えた後、その中へ入り濡れた身体を乾かす。普段通りの俺達はともかく、体力を失っているであろう針鼠は身体を乾かすだけでなく、温めてやる必要があるだろう。だが・・・この天幕の中で焚火をする訳にもいかず。こんな自体を想定してはいなかったので、排煙の機能は備えていない。どうするかな。
「イッスンよ、私に任せて貰えないだろうか。」
おや、思ってもみない申し出だ。俺が困っているのを察してくれたのだろう。
「勿論だ。お願いできるか、ノイン。」
「ああ。・・・特に何かをする訳でもないのだが。何か余っている毛皮でもあれば助かるのだが。」
「了解した。」
手頃な・・・何者のかは良く分からないが、毛皮を一つ取り出す。すると天幕の中央辺りに寝かされている針鼠の側へと移動する。
「ロックよ、今は私に任せて貰えるかな。」
ノインにそう声を掛けられると、ロックは小さく頷き、その場所を譲った。
「イッスンよ、それを下に敷いてやってくれ。」
なるほど。ノインの意図を理解し、その指示に従う。毛皮の上に未だ意識を取り戻さない針鼠を丁寧に乗せてやる。そしてノインはその針鼠を囲む様に添い寝する。聖獣に抱かれているんだ、これで問題無いだろう。
「ロック、お疲れ様。ノインに任せておけば大丈夫さ。」
「・・・うん。」
それでも心配そうに見つめながらそう応えた。
「気持ちは解るが、今のうちに俺達は食事にしよう。」
名残惜しそうにしてはいたが、ミナやハクに促されて食事の席に着いた。本日も外は雨なので、天幕内での食事になる。普段はこの天幕は寝床をある程度安全に確保する為のものなので、あまり明かりの事を想定していなかった。だぁがぁ・・・一年近くの時間を費やして栽培した蝋仙花が、俺の予想より大分その役割を発揮している。まぁ、蝋仙花としては蝋燭の様に火を灯される事を想定はしていなかったとは思うが。そして魔物の生活として、明かりとして火を灯すなんて事はないから、この行為自体が間違っている可能性もあるが・・・。真っ暗闇で食事をするのは、なんだか少し寂しい気がして。
丁度食事が終わった頃、ノインがそれを見計らったかのように声を掛けてきた。
「イッスンよ。どうやら、そろそろ意識を取り戻しそうだ。」
「そうか。」
俺はゆっくりと立ち上がり、ノインの方へと向かう。ロックとヤクモ以外には、取り敢えずその場で待機して貰う。それでもフタバは無言で俺の頭に飛び乗った。致し方なし。フタバには何か第六感的なものが備わっているので、ただの興味本位ではなさそうだからな。それを他の皆も承知しているので、特に誰からも不満は出ない。あのジュウザからさえ。
俺達がノインの待つ場所まで近づくと、水色にも銀色にも見える美しい針の様な体毛を纏った針鼠は、眠りに就いた体勢のまま細く目を開いた。今自分が見ている光景が、未だ夢の中なのか現実なのかが判断できていないようだった。
俺は静かにその針鼠の前に腰を降ろす。
「よ。良く眠れたか。」
天幕を叩く雨音が先程より静かになった様に聞こえる。ようやくこの長雨の終わりを予感させる。明日は久し振りに晴れるかな。




