57、青い牙。
夜の闇から染み出してきたようなその狼は、「旅団狼」の名が示すように、一頭ではなく六頭程の群だった。俺達が団欒で囲んでいた焚火を挟んで、その対面にゆっくりと姿を現す。火の明るさに照らされると、その身体覆う毛皮の色が黒ではなく、深い青である事に気が付く。
「お前がこの奇妙な群の長か。」
先程ヤクモの警告に反応して声を発した狼が、俺の方を見て質問した。おそらくこの個体がこの狼の群を率いているのだろう。
「そうだ。・・・で、何か用か。」
「やはりか・・・。いや、わざわざ己の居場所を教えるようなおかしな事をしているものが気になって、様子を伺いに来ただけだ。」
うぅん・・・やっぱり夜に外で火を炊いてればそう思われるよなぁ。
「まさか、気取られるとは思わなかったが。」
そう言いながら、その場に腰を降ろした。それを見て、後に控えていた狼達もそれに習って腰を降ろした。敵意が無いという意思表示の意味も込められているのだろう。それでも此方の面々はまだ警戒しているようだが。ノインとトウオウを除いてだが。おっと、フタバも何事も無いかのようにノインの頭の上で毛繕いをしている。
「で、来てみたら、おかしな魔物の群がいた、と。」
そう聞きながら焚火に少し近づき腰を降ろす。
「そうだ。」
「その割には、あまり驚いてもいなさそうに見えるが。」
隊長狼の瞼の橋が少し動いた。俺達を見て・・・少なくとも白兎の俺を見て、会話に反応する時点でなんとなく想像は出来るが。
「・・・お前達は此処で何をしているのだ。」
「お前達に話す必要は無い。」
俺が答える前にヤクモが反応する。
「まぁまぁ・・・ヤクモ。戦う気は無いだろうから、落ち着け。戦っても勝てない事を理解してるよ。数もそうだけど・・・ほら。」
そう言いながら、ノインやトウオウを指差す。なんてったって聖獣と魔王だからな。並の魔物じゃ相手にならない。彼等がその並の魔物である可能性は低そうだが。それでも、おそらくヤクモとスーアンだけでもなんとかなるんじゃないかと俺は思っている。あくまで俺の目算ではあるが。
「・・・確かにそうですね。失礼しました。」
そう言って少し後へ下がり腰を降ろした。
「すまんな。えっとだな・・・。話すと長くなるんだが、簡単に説明すると、色々あって、故あって東に向かっている途中だ。」
「東へ・・・。」
そう言ってその狼は東へと視線を向けた。ほぉぅ・・・方角が判るのか。やはり野生の魔物ではなさそうだな。
「俺は、イッスンだ。お前は。」
その狼は此方に視線を戻し、少し微笑みながら軽く首を振った。
「なぜそう思ったのだ。」
「そりゃぁ・・・まぁな。じゃぁまず俺の家族を紹介しようか。あっちから・・・」
俺は指差しながら皆を紹介する。ヤクモが若干不満気な表情をしているが。
『主殿、なぜ故皆の名をこの者へ教えるのでしょうか。』
ヤクモからすれば相手がどんな奴かも分からないのに此方の情報を晒す事には不満があるだろうなあ。気持ちは良く分かる。
『それはな、相手に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るのが礼儀だからだ。』
『これは・・・大変失礼しました。』
『気にするな。ヤクモの懸念は尤もだ、間違っちゃいない。』
生まれた時から名前があった訳ではないのだから知らなくて当然だ。
『それにな・・・たぶん、あの狼、ヤクモ達と似たような感じだと思うぞ。』
ヤクモの目が僅かに見開き、その後納得したような表情になる。
『なるほど・・・流石です、主殿。』
いやぁ・・・そんなに感心される事でもないと思うんだが。凄く判り易い気がするが、ヤクモにはそういう経験がないんだからしょうがないか。
「なるほど・・・殿の言っていた通りだったか。申し訳ない、礼を失していたのは此方の方だったな。」
「気にするな。そっちだって初めての状況だろ。仕方ないさ。」
何やら「殿」なる、気になる単語が聴こえたが・・・取り敢えず話の流れを切らないよう、今は保留で。
「俺は、ブルートゥース。この旅団狼を率いている。他のものに名前はない。」
ブルートゥース・・・「青い牙」って所か。って、こりゃぁ・・・明らかに元人間の発想だな。なんだか文明の香りのする名前ではあるが。少なくともこの世界にはそういう無線は飛んでいるとは思えない。それに他の個体には名が無いとは意外だな。確かに全員にそれぞれ名前を付けるのは大変そうではあるが。だがおそらく別の理由がありそうな気がするな。
「それは・・・大丈夫なのかい、ブルートゥースの。」
興味深そうにトウオウが会話に割って入った。俺もそれは気になる。
「問題無い。俺の旅団に加われば我が殿の配下に加わったのと同じ事になる。但し・・・俺と同じ狼の魔物だけだがな。」
「へぇ、それは面白いね。君の固有技能かな。」
確かに彼の率いている群を良く見ると、その全てが彼と同じ旅団狼では無い事が見て取れる。固有技能か。これはこのブルートゥースなる狼の言う殿に名前を貰った恩恵かな。
「まぁ、そういう事になるな。やはりお前達も・・・か。」
流石に一群を率いるだけの事はある、察しが良いな。その回答を得たトウオウは興味深そうにゆっくりと右回りし始めた。これは思考に浸かる時間に突入したな。楽しそうでなにより。
「で、お前達は此処で何してるんだ。近くにその殿がいるのか。」
「いや・・・殿はこの近くにはいない。」
そう言って、再び東の方に首を向ける。どうやらそっちに「殿」と呼ばれる誰かがいるらしい。
互いに警戒自体は解けては来たが、緊張の方は未だに解けない。まぁどちらかといえば、戦力的に劣勢と思われる旅団狼組の方がその様相は色濃いが。真面目なヤクモはその緊張を敢えて緩めないようにしているが、スーアンは落ち着いたもので道具の手入なんぞを始めている。子供達もハクを除いて自分の事をし始めている。まぁ・・・飽きちゃうよな。ハクはこういう事に興味があるようで、ヤクモの横で成り行きを見守っている。ミナは、我関せずみたいな態度ではあるが、ヤクモと反対側の俺の横に外側を向いて立ち、緊張の一端を担っている。
「なぁ・・・腹減ってないか。肉食うか、肉。・・・ジュウザ、サイ、ロック。皆に配ってあげろ。」
このままでは埒が明かないと、何かきっかけになればと切り出す。お役目を与えられたジュウザ達は、俺から昼間自分達で仕留め、先程俺が解体して切り分けられた堅甲牛の肉の塊を俺から受け取り、旅団狼達へと嬉しそうに運んでいく。それと同時にフタバが、後に控えている・・・おそらく女性と思われる個体に近づきその背中に乗ってじゃれつき始めた。これが彼等の緊張を解く良いきっかけになった。フタバが警戒していない事が俺達にとっても良いきっかけになった。
ジュウザやフタバに「美味しいよ。」と促されて、配られた堅甲牛の肉を口にすると、更にその緊張は緩んで、遂にはほぼ霧散した。やっぱり食事は偉大だ。やがて、後で静観していたモモカが彼等を饗すように、夜の静けさを邪魔する事のない美しい歌を披露した。流石モモカ、此処であの機動戦士の歌姫のその曲を選ぶとは。星空に良く合う。心地よい歌声は俺達と共に旅団狼達をも癒やしてくれるようだ。
「馳走になった。礼を言う。」
「なに、気にするな。昼間群に襲われてな。返り討ちにしただけだ。」
「そうか・・・。やはり似ているな。」
「・・・お前達が殿と呼ぶものと、か。」
そりゃぁ、そうだろうよ。そいつはおそらく間違いなく俺と同じような境遇にある奴だろうからな。全てが同じという事はないかもしれないが。できれば会ってみたいな。このブルートゥースを見る限り、その殿は悪い奴ではなさそうな気がするし。特に名前の付け方が・・・。そいつは何に転生したんだろう。獅子や虎だったとしたら、かなり不公平な気がするが。ま、それはそれで面白そうではある。
「ああ、そうだな。俺達は、その殿の為にこの西側へ偵察に来たのだ。」
ようやく聞きたかった答えに辿り着いた。
「なるほど・・・。つまり、斥候って訳だ。」
「殿もそう言っていたな。」
そうだよな、斥候って言われても良くわからんよな。魔物の世界に軍隊なんかないもんな・・・っていうか、戦争なんてないもんなぁ。他種族での争いはあっても、それは食物連鎖の延長線上だ。つまらぬ私利私欲で争う事はないもんな。全ての戦争がそうであるとは言わないが。勿論、戦争を正当化するつもりは毛頭ないが。
「此方側の世界の偵察・・・情報を集めるのと同時に、群から逸れてしまった狼達を我が旅団に・・・といったところだ。」
「なるほどな。だけど、そんなに旅団を大きくしてどうするつもりだ。」
「いやなに・・・。俺も殿に拾って貰った命だ。この広い世界で、たまたま出会った逸れ狼くらい助けてやれたらと思っているだけだ。」
そういう境遇であるなら、気持ちは解る。それに目の届く範囲にいるものだけというのなら、それは運という事だろう。それならば許容範囲内かなと。俺達にせよ、彼等にせよ、野生の魔物から逸脱してしまっている以上、無闇にその力を使うのはどうかと思うが。どうやら、彼の言う「殿」も俺と同じような感覚は持っているらしい事は、このブルートゥースを見ればある程度察せるから、大きな問題はなさそうだが。ま、どちらにせよ、俺がどうこう口出しする事でもないが。もし口出しするなら、実際に「殿」に会ってみてからだ。・・・都合よく会う事が出来たら、だが。
「そうか。・・・で、これからどうする予定だ。もっと西へ行くのか、それともこの辺りで引き返すのか。」
「・・・もう少し西へ行ってみようと思っている。殿が言うには、ずぅっと西へ進み続けると、やがて元の場所へ戻って来るらしい。それを確かめてみたい気がしているのだ。」
「ははは、そりゃぁ良いな。だけどそれは、この大地が繋がっていれば、の話だ。海に行く手を阻まれたら、取り敢えず引き返す事をお勧めするよ。」
トウオウに聞けばその答えも簡単に出るだろうが、それはあまりにつまらない。実際に自分の目で見て、自分で経験して欲しい。それは俺自身も何時かその答えを確かめに行ってみたいものだ。
「助言、感謝する。」
そう言って、旅団狼の頭目は礼儀正しく頭を下げた。
「今日はもう遅い、泊まっていってくれ。」
「いや、そこまで世話になる訳には・・・。」
と言いかけた所で、フタバやハクが喜びの歓声を上げたので、ブルートゥースは言葉を飲み込んで、困り顔で頷いた。強面の狼さんも子供達には敵わない様子である。お手柄ですよ。狼旅団の団長さんのお許しが出ると、子蛇の兄弟が団員達を引っ張る様に天幕の中へと促す。ロックに至っては、本当に引っ張っているに等しい状態の様に見えるが・・・。ロックもそんなに狼さん達とのお泊りが嬉しいとは意外だな。そんな後ろ姿を眺めながら、ブルートゥースと並んで天幕へと入る。
「重ね重ね、礼を言う。」
「はは、子供達も嬉しそうにしてるから問題無い。」
「そう言って貰えると、此方も助かる。」
「流石の青い牙も子供達の笑顔には勝てないだろ。」
「ああ、全くだ。」
「広さは充分にあると思うから、好きな所に・・・って、もう既に皆に捕まっちゃてるな。」
ブルートゥースと顔を見合わせ、笑いながら一番奥へと進み陣取る。モモカ、スーアン、ミナ、フタバは女性陣をおもてなし。一塊になって女子会と。普段と違う話題が加わって話も弾んでいるご様子。楽しそうなのは何よりだが・・・その内容は知らない方が良さそうだ。
ヤクモを加え、お互いの此処までの経緯や道すがらの情報交換などをしながら語り明かした。その際、ブルートゥースは意図的に殿の正体を濁していた。まだ信用しきってはいないのか、情報を隠したいのか、それとも何か別の思惑があるのか。そこに悪意は特に感じないので、悪戯心のようなものなのかもしれないな。敢えて話そうとしない事を無理やり探るような真似も無粋だと思い、放っておいた。
せっかくゆっくり休んで貰おうと誘ったのに、あまり長々と話し込むの悪いと思い、良き所で話を切り上げ、明かりを消した。その後も他の場所では静かな話し声が続いていたが、暗闇に包まれると誰にも抗えない睡魔の勧誘に敗北し、寝息を立て始めた。
天幕の中に微かに滑り込んできた朝の匂いに鼻先を擽られて目を覚ます。上半身だけ持ち上げて、まだ眠い目を擦る。そして天幕の中を見渡すと、何時もと違う景色に少し驚く。
「多いな・・・。」
殆どが未だ夢の中にいるので、起こさぬように呟く。たまにはこんなのも良いなと、静かに口角を上げる。立ち上がり朝日が漏れてきている隙間を目指し歩き出す。俺の足では基本的に足音はしない方ではあるが、消音歩行で移動する。技能の無駄遣いの様な気がしないでもないが、これもおもてなしと思えば。
ーーー《技能・忍足のレベルが上昇しました。》Lv5。
ひゃぅっ・・・。もぉぅぅぅ、何時も突然なんだよなぁ。危なく声が出るところだっだぜ。『大変申し訳ありません・・・。』あ、いや、別に良いんだけど・・・。しかしなんで消音歩行の技能で忍足が上昇するんだよ。『同系統の技能ですので。』そういうものなのか。つまり消音歩行は上限に達してるから、その分のが忍足に加算されると。『是、肯定します。』なるほどね。じゃあ他のぎ網でも同じ様なものもあるって事だな。『是、肯定します。』了解した。ありがとう、セッテさん。『恐れ入ります。』ふぅむ・・・結構長い事この技能やらのこの世界の機能的な部分と付き合ってきたが、まだまだ知らない事が沢山あるなぁ・・・。
ちなみにこの忍足の技能は、色々あって現在俺の職業が忍者である事に起因する。自分今忍者やらせて貰っています。響きの良さで選択した訳ではなく、それこそ忍足みたいな気配を消せたり、機動力を重視した技能の取得が可能だと考えたからだ。まぁ・・・俺も男の子だ。忍者に浪漫を感じないかと言われれば、決してそんな事はないが。
天幕から外に出ると、後から付いて来ていたヤクモに声を掛けられる。此方は気配をちゃんと感じていたので、不意を突かれてはいない。
「先程はどうされましたか。」
そりゃぁ明らかに挙動不審だったもんな、当然そういう質問になる。そんなに態度に出していたとも思っていなかったが、ヤクモなら気が付くよな。
「皆に気を遣って、足音をさせないように技能を使って歩いてたら、突然別の技能が上昇して驚いただけだ。」
「それは・・・私でも驚きますね。」
寝起きに心地の良い優しい顔で笑っている。
「それは、歩行系の技能か。俺にも覚えがある。その時が唐突に訪れるから、確かに驚く。」
ヤクモとは反対側の俺の左側から、ヤクモとはまた別の良い声の青色の狼がそう言った。
「なぁ。・・・良く寝られたか。」
「あぁ。この偵察に出て、久し振りに何も気にせずゆっくり休む事が出来た。殿のお住いにいた頃以来だ。」
本当に良く似たような状況だったんだな、その殿と俺は。これはただの偶然ではなさそうだな。何者かの意思が働いていると考える方が自然だな。そこにどんな思惑があるのかは、今の所判りかねるが、俺達が優遇されているであろう事を考えると、悪意ではなさそうな気がしてはいるが。
「そりゃあ良かった。この天幕にはちょっとした仕掛けがしてあるからな。」
「仕掛け・・・ですか。」
「ははは、ノインあっての仕掛けだけどな。」
聖獣・麒麟の聖域術みたいな、結界術みたいな物を天幕そのものに施す事に成功した。その結果、自宅程とはいかないもののの、野ざらしで寝泊まりするより遥かに安全に夜を過ごせる代物になった。森の中で、この天幕が張れる広さの場所で何度か試してみたが、その時も特に大きな問題もなく過ごす事が出来た。その際、子供達は自宅以外でのお泊り会が思いの外楽しかったらしく、二回目からはその日は朝からはしゃぎっぱなしだった。
「なるほど・・・と言っても、俺には良く判らんが。」
と言って、ブルートゥースは爽やかに笑った。
「気にするな、ブルートゥース殿。私にも良く判らん。」
「そうか、それは良かった。・・・ところで、ヤクモ。その、殿というのはやめてくれ。俺はお前とは対等でいたい気がする。ただ、なんとなく、だが。」
思わぬ申し出にヤクモも驚いているご様子。少し困った顔で俺を見る。・・・別にこんな事、俺に聞かなくても良いのに。初めての経験だから仕方のない事かもしれないが。俺は軽く頷く。
「・・・わかった、ブルートゥース。」
「良かったな、ヤクモ。これで友が出来たな。」
そう言って、たった今友となった双方を見た。
「・・・友、ですか。」
「あぁ、これが殿の言っていた友というやつなのだな。・・・何だか良いものだな、ヤクモ。」
「そうだな、ブルートゥース。これからよろしく頼む。」
そう言い終わると、六尾の白狐と夜の青い狼の身体が光を放つ。・・・そうきたか。久し振りだな、この感じ。不意の儀式が終了したのを確認して、双方の肩を軽く叩く。
誰よりも早く起床し、先に外に出て槍を振っていたミナが、動きを止めて此方に振り返った。
「悪い、邪魔しちゃったな。」
たった今友となった両名の間から手を挙げる。
「いったい何があったのですか、主さま。」
此方に近づきながらそう聞いた。
「今、ヤクモとブルートゥースが友になったんだ。そしたら、光った。」
「それは・・・おめでとう、ございます・・・?」
うん、それは俺でもそうなる。でも、おめでとうで良いんじゃないかなと思う。
「そうなんだよ。ヤクモは俺が友になってくれって言った時は断ったのに。」
「そ、それは・・・主殿・・・。」
「イッスン殿、勘弁してやって貰えないか。俺にも似たような経験がある。それは我が友が可愛そうだ。」
おっと。早速ヤクモに強力な援軍が出来てしまったな。今になればヤクモの性格を思えば、その心情を察する事は出来る。
「悪い悪い。俺はヤクモに友ができて嬉しいんだよ。ブルートゥース、願わくばヤクモの良き友であってくれ。」
そう言ってヤクモの友に頭を下げる。
「無論だ、イッスン殿。・・・なるほど、ヤクモが心服する理由が解る気がするよ。」
俺としては普通の事をしているつもりなんだが、どういう訳かブルートゥースの中での俺の株が上昇したようだ。
「そう言って貰えると、私も悪い気はしないな。だが、君の殿も素晴らしい方なのだろう。」
当の俺を他所に頭の上で擽ったい言葉が交差している。ブルートゥースの言う、その殿も此処にいたら同じ様な気分になることだろう。
「それは・・・どうだろうな。」
これは意外なお答え。ヤクモみたいに自分の仕えるお館様を褒め称えるかと思ったが。
「それはどういう事かね、ブルートゥース。まさか力で無理矢理従わされているのか。」
「いやいや、そうではないよ、ヤクモ。我が殿は・・・なんというか、些か不真面目・・・というか、言動が軽いというか・・・。」
「ははは、なるほどなぁ。つまりその言動の所為で、真意が解りにくいと。」
「そうなのだ、イッスン殿。」
「まぁ、それなら、どうやら悪い奴では無さそうだな。」
「えぇまあ・・・それはそうなんですが。」
ヤクモも一安心したかな。ブルートゥースの殿が悪い奴で無い事は彼を見れば容易に想像がつくが。
「・・・主さまも時々言動の真意が解りにくい事が有ります。」
あれ、思いも寄らぬ方向から弾が飛んできた。思い当たる節はある。くそう・・・似た者同士か。別に会ったこ事もないんだから、くそうという事もないのだが。これも俺達をこの世界に転生させた者の思惑か。『否、否定します。偶然の一致と思われます。』ですよね・・・。あぁそうか・・・こういう所か。『是、肯定します。』ぶぅ。
「そうだな、ミナ。確かに何時もとは言いませんが、冗談が過ぎる事も多いですね。私やモモカならまだしも、ジュウザなどは何でも真に受けるのですから、もう少し自重して頂きたい。」
「あい・・・。すいません、気をつけます。」
こんな普段のやり取りを見てブルートゥースも安心したようだ。
皆で朝食を囲み、天幕を畳み出発の準備を整える。昨晩仲良くなった者同士、別れを惜しんでいる。そんなに深刻なものではないが。
「本当に世話になった。何度も言ったが、あらためて礼を。」
本当にヤクモに似ているな。種族が違うだけで、本当は兄弟なんじゃないかとさえ思うよ。
「この世界でこんな出会いはそうある事じゃない。俺達にとっても特別な日だったんだ。だから気にするな。」
「ああ、そうだな。楽しかった。友も出来たしな。」
「そういう事だ。つまり、俺も嬉しかったって事だ。」
精悍な青い狼はもう一度礼儀正しく頭を下げた。
「なあ、お前達も収納の技能は使えるだよな。」
相手の能力を覗く事は容易だが、こういう相手にそれをするのは俺が快くないので始めの一回だけで、それ以降は調べていない。最終的には、頼めばそれも可能な程距離は縮まってはいたと思うが。
「あ、あぁ、俺も含め皆使えるが・・・。」
「じゃぁ、これを持ってってくれ。」
アイテムボックスから、牛五頭分程を含む、肉と名の付く大量の食料を取り出す。これには流石の旅団員達も目を見開いていた。
「これは・・・。いや・・・。そうだな、ありがたくいただこう。助かる。」
押し問答になる事を察したのと、此処で断るのも無粋と瞬時に判断したのだろう。ヤクモが誇らしげに頷いているのも後押ししたと思われる。旅団狼達は目の前に積まれた肉を自分の異空間へと収納していく。分配しないと持ちきれない程の量だったか。
「悪くならないうちに食ってくれ。」
「ああ、承知した。これで旅がだいぶ楽になる。」
食料を確保するのも、頭数が増えると大変だからな。色んな魔物の肉を取り揃えておいたから、おかしな技能を取得する可能性はあるが。勿論、殿が彼等に食料を持たせているとは思うが、それでも限りがあるだろうからな。旅先で確保しなければ、すぐに底をつく可能性もあるからな。
「無理をするなよ、友よ。」
「分かっているさ、友よ。ありがとう。」
まるで昔から親友だったかのような佇まいだ。余程相性が良かったんだろうな。
「そうだ。ここから、そうだな・・・三四日行った所に森がある。その森に俺達の家がある。たぶんお前達が殿と住んでいた場所に似ていると思うから、すぐに解ると思う。良かったら、偵察任務の拠点に使ってくれ。」
「・・・全く、何から何まで。感謝する。」
ゆっくりと首を振った後、頭を下げる。
「それから、その森の北側には近づくなよ。俺達でも近づかない程の魔物がいるからな。更にその先の山には、どうやら竜がいるらしいからな。」
「覚えておこう。」
その後、それぞれに別れの言葉を掛け合い、最後に「また会おう。」と再会を約束して別れた。彼等は、俺達の姿が小さくなるまでその場に留まり見送っていた。




