56、旅団。
旅も三日目にもなれば皆それなりに慣れてくるようで、進行速度が・・・とういうより行動の無駄が減った分、効率的に動けるようになってきたようだ。度に出る前に、色々と想定して皆で練習はしてきたが、やはり実践に勝る練習はないと。それもそのはずだ、俺以外は全くの初めての経験なのだから、どんなに想定していても、本当に理解できるはずもない。とは言いつつも、俺だって別に野外活動が得意な方ではなかったが。当然、徒歩で、しかも野宿などの経験は無い。だが俺としてはこの世界の生活そのものがそんな感じなので、大きな差を感じないんだよな。俺もすっかり今世界の生活に慣れたものだ。そして皆の適応能力が高い事に感心する。
この3日間、何度か魔物との交戦があったものの概ね問題なく歩を進められている。魔物と言っても神話や物語に出てくる様な強烈なものではなく、鳥系の魔物数羽と小型の鹿系の魔物の四頭程の集団だった。彼等は敢え無く撃破され、我が食料庫の在庫を補充する形となった。ジュウザとサイとハクが頑張ってくれた。俺を含め、他の皆は特に何もせずそれを見守っていた。贔屓目でも油断でもなく、これくらいの相手なら安心して任せられる。大体措定通りくらいの魔物の強さではあるが、こればかりは絶対に油断しない様にしよう。翠玉馴鹿みたいな事があるだろうと思って行動しなければな。
しかしこれくらいの戦闘なら、始めから想定内だ。むしろフタバの超高域探知網のおかげでだいぶ不必要な戦闘を回避することが出来ている。どういう訳かフタバは森を出てからすこぶるご機嫌で、先頭の面子以外の頭の上か腕の中で歌っている。・・・梟なのに、不思議なものだな。まぁこの世界に俺の知っている常識が必ずしも通用するとは限らない。そのフタバが急に歌うのを止めるとそれが何者かの接近を知らせる合図になる。普通の探知機能とは反対のお報せ方法ではあるが。それに付け加え歌が唐突に止んだ場合、フタバの電池切れという事も多いのでややこしい。それでも非常にありがたい能力だし、探知の網に反応有りか電池切れかの違いにもなんとなく慣れてきた。俺を含めトウオウやスーアンもフタバ程ではないが警戒をしているので特に大きな問題はないが。
そして本日もフタバはノインの頭の上でご機嫌に歌っている。会敵しないように道を選んで進んではいるが、歌いながらでは居場所を教えながらの行軍になるので本末転倒な気もするが・・・。ま、俺達の場合、白い個体が多く目立つし、木陰や岩陰を渡る様に移動している訳でもないので、フタバの歌がなくてもあまり変わりは無さそうだが。ただフタバも全力で歌うとすぐに疲れてしまうことを学んだらしく、鼻歌に切り替わった。それでも楽しそうなので何よりである。
そんなフタバの鼻歌が急に萎む。
「何かが、沢山、近づいて来る。見つかってないみたい。敵意も、ない。」
フタバの奇妙な報告に皆に緊張が走る。俺も警戒を強める。・・・確かに何かが、それも群と思われる十数の気配がかなりの速度で一直線に接近して来るのを見つける。
「何だ・・・こっちが発見された訳じゃなさそうだけど。」
「・・・そうですね。奇妙ですね。主殿、いかが致しましょう。」
ヤクモのその問いに俺が何と答えるか、皆の注目が集まる。
「そうだなぁ・・・。」
「イッスンの。あれはたぶん、回遊系の魔物だね。」
答えを言い淀む俺にトウオウの助け舟。なるほど。回遊しているのか。・・・じゃあ、止まったら死んじゃうのかな。
「あぁ・・・その進路上に俺達がいるって事か。」
「そうだね。彼等は急には進路は変えないよ。本能的に一定距離を最速で移動する感じかな。」
「ありがとう、助かった。」
うん・・・あの速度で、この距離だと右に避けても左に避けても全員が避けるのは難しいか。二つに分けるか、それとも・・・。近づく砂煙を見つめながら、判断を迫られる。
「この場に待機。正面から、全員回避に徹してやり過ごす。トウオウ、ノイン、フタバは、上空に退避。」
俺の号令に各々返事をして身構える。一部・・・というか、誰かさんだけは「えぇ・・・。」と不満気な声を上げていたが。俺も高く跳び上がって、上空に待機する事も出来るのだが、最近朝の稽古以外は出番もないので勘を取り戻す為にも、そして皆に指示を出してしまった手前、俺だけ簡単に離脱する訳にもいかない。・・・って、何だあれ。
「でかっ・・・。牛かっ。」
流石に翠玉馴鹿程の巨体ではないが、それでも業務用の冷蔵庫みたいな大きさの牛が・・・いや、猛牛がけたたましい音と砂煙を巻き上げながら突っ込んでくる。それが十七頭。お、おおよ、来るが良いさ。どこぞの拳闘士よろしく、華麗に躱しながら逆に前進してやるぜ。殴り飛ばす相手はいないけどな。
・・・と、息巻いてみたが、実際は「おわっ。」とか「にゃわっ。」とか悲鳴に近い声を上げながら辛うじて回避する。他にも「よいしょぉ。」とか「どっせい。」とかの掛け声を上げながら身体を捩ったり二頭の間に飛び込んだり。格好がつかないったらありゃしない。こんなはずでは・・・。殺気や敵意が感じられない分、ただの巨大な質量のものが突っ込んでくるのは逆に恐怖だ。その影響もあるんじゃないかと思われる。
予想外の四苦八苦をしながら煙幕に紛れて見える皆の姿を確認する。ヤクモとモモカはまるで何事も無いかの様に、まるで猛牛達の間を吹き抜ける風の如く擦り抜けて行く。眼鏡蛇一家は、やはり蛇らしく隙間を縫うのが上手い。スーアンは早々に猛牛の群の進路から離脱して涼しい顔で静観している。いつの間にあんな所まで移動したのだろうか。サイとハクは実に蛇らしく素早く蛇行しながらいとも簡単に前進して行く。ジュウザは自身の身体の大きさもあってか、他の皆よりは苦戦しているみたいだ。それでも多少は猛牛と接触する事はあっても特に問題なく回避しながら前進している。あいつだけ妙に愉しそうにしているのが気にはなるが。さっきはな何やら残念そうな感情を駄々漏れにしていたのに。・・・ただ一番不可解なのはミナだ。殆どその身体を動かす事もなく直立したままゆっくりと真っ直ぐに進んでいるようにしか見えないんだが・・・。一体どうなってるんだ。っていうか、俺がやりたかったやつ。むぅ・・・。そしてロックはと言うと、反射的に殴り飛ばしてしまいそうになるのを一生懸命堪えながら、右に左に細かく飛び跳ねながら猛牛の群を躱している。上出来である。師匠としては満足である。
・・・まぁなんとか土煙色の轟音をやり過ごせた。遠ざかる重量級の足音を聞きながら振り返る。
「皆、大丈夫かぁ。」
特に大きな問題が無い事は分かってはいたが、一応確認の意味も込めてそう聞いてみた。
「・・・はい。特に問題はありませんが。ですが、主殿・・・これで大丈夫なのでしょうか。」
ヤクモの懸念は御尤も。少なくともあの猛牛達に、堅甲牛達に発見された訳だ。特に・・・兎の俺が、な。すれ違いざまに、癖で鑑定したので種族名が判明している。
「たぶん・・・駄目だろうな。」
大きい後ろ姿がある程度の距離から遠ざからなくなるのを確認しながらそう答えた。
「そうだろうねぇ。なにせイッスンの、君がいるからねぇ。」
降下してきたトウオウがどこか楽しげに俺の真上からそう言った。
「やっぱりそうなるよな・・・。」
言い終わって溜息を一つついて、肩を落とす。こればっかりは俺にはどうすることも出来ないからな。兎に生まれた宿命だと思うしか無い。
「では主様、迎え撃つという事で準備をしてもよろしいですね。」
俺の答えを聞く前に、すでに体勢を整えながらスーアンがそう言った。
「そうだな。皆構えろ、迎撃する。」
相手は十七。それに対して此方は、ノインとトウオウは戦闘に参加しないとして・・・個性的な眼鏡蛇が五、白く美しい狐が二、小さい天使な熊が一、頭に蕾のある梟が一、そして兎が一の計十。こうやってあらためて確認すると結構な大所帯だな。
「ヤクモ、スーアンは皆の援護を中心に頼む。サイとハクは無理に接近するなよ。モモカは防御と補助を。フタバは絶対に接近戦をしないように。ジュウザ、ミナ、ロックは俺と一緒に前に出るぞ、但し無理するなよ。」
少し早足だったが、そう指示を出すと、一斉に「はい。」という返事が返ってきた。あちらさんは皆さん振り返って、片方の前脚で地面を掻いて、やる気を見せていらっしゃるからな。本当にあれやるんだぁ・・・初めて見たよ。
「主様、どうされましたか。」
思わず口角が上がってしまった俺を見てスーアンがそう言った。
「いや・・・ただあの脚を掻くの、意味があるのかなと思ってな。」
「さぁ・・・どうでしょう。私には無いので分かりかねますねぇ。」
「ははは、そりゃそうだ。」
堅甲牛はその名の通り、額と首の後の盛り上がった背中、そして前脚の太腿・・・いわゆる肩に堅そうな石鎧の様な外皮を纏っている。本命はその頭にある立派な角だろうが、おそらくそれを回避された事を想定した体当たりが主な戦い方と思われる。あの巨体で体当りされたら、軽自動車に撥ねられるのとそう変わらない。特に俺なんかひとたまりもない・・・あれ、そういえばさっき、ジュウザはぶつかってなかったか。
「・・・おい、ジュウザ。」
「何、主。」
「お前、さっきあの牛とぶつかったり、掠ったりしてただろ。大丈夫なのか。」
「うん、大丈夫。少し怪我したけど、もう治った。」
はい?なんですと・・・。笑顔で凄い事を当たり前みたいに言ったな。自己再生的な事でしょうか。もう通常の魔物からだいぶ逸脱しちゃってるな。ま、それはジュウザに限らず、俺を含めた皆だけどな。
「あぁ・・・そう。そりゃぁ良かった。あんまり無茶な事をするなよ。」
「うん、わかってる。俺が大怪我したら、サイやハク達を守れないからね。」
おっと。こいつは不意打ちだ。ちゃんと良い男の顔になってるじゃないか。
「そうか。それが解ってるなら大丈夫だな。じゃあ二頭任せる。頼めるか。」
「・・・うん。」
一瞬和顔が弾け、その後すぐに戦士の表情に切り替わる。これは俺も負けてられないな。頼もしい横顔に気合を入れ直す。そろそろあの牛達も準備完了のようだしな。
「ようし・・・それじゃあ、始めようか。」
俺のその言葉が合図に走り出したのが先か、痺れを切らせた猛牛達が走り出したのが先か。ほぼ同時に動き出す。前衛組の俺、ジュウザ、ロック、ミナが横並びで敵陣に正面衝突様相で突っ込んでいく。その後をヤクモとスーアン、サイとハクが続く。最後方にモモカ、その上にフタバが陣取る。
猛牛と戦うにあたり、あの堅そうな外皮のある部分を狙うのは当然避けるべきだろう。・・・などと考えながら、左右を共に走るロック達の様子を伺う。するとジュウザが突然その場に留まった。何か問題でもあったかと思ったが、どうやらそうでない事がすぐに理解できた。目は真剣だけど、口が笑っちゃてるもんな。そしてジュウザがやろうとしている事も、その体勢でなんとなく予想が出来る。さて、ジュウザはどんな技を出すのかな。ジュウザの目が怪しく光る。
「白兎流格闘術・眼鏡蛇式螺旋流星弾。」
おっとぉ・・・そうきましたか。ジュウザの巨体が俺達から少し遅れた位置から、凄い勢いで跳び出し俺達を一直線に追い越して行く。俺の数倍の大きさのジュウザの弾丸・・・最早、砲弾だな。砲弾と言うより、一本の槍の如く。
先頭を走る堅甲牛の一頭に激突する。左胸の辺りにジュウザの巨体が突き刺さる。たぶんジュウザの事だ、狙った訳ではないだろうが、上手く硬い外皮のない部位に攻撃が当たったようだ。・・・戦闘に関してはジュウザは鋭いからな、狙ってないとは言い切れないな。だが、懐に入り込んだのは良かったが、その後どうする気だ、ジュウザ。角が突き刺さったのは良いが、それでも仕留めきれてはいない。巨体も相まって、さながら相撲で組み合った時みたいな様相に。しかし凄いな・・・あの巨体と互角に押し合ってる。
そこから俺達は驚くべき光景を目の当たりにする。ジュウザは少し体勢を沈み込ませたかと思うと次の瞬間、咆哮と共に上に向けて力を込める。
「嘘だろ・・・。」
堅甲牛の巨体が徐々に持ち上がる。それ自体は確かに驚くべき事だが、その後はどうすんだよ、ジュウザ。角は刺さったままなのですが。ジュウザはそのまま状態を後方へ反らして行く。その途中で堅甲牛の身体がジュウザから離れ、そのジュウザの後方へ逆さまに頭から落下する。
「角を切り離したか・・・。」
始めからこれも計算の内か。流石ジュウザ、戦闘においては高い感性を発揮している。放り投げられた堅甲牛は自重が直に己の首に伸し掛かり、致命傷になったと思われるがまだ倒し切れてはいない。ジュウザは即座に角を再生し、真上に跳び上がる。空中で体勢を変え、頭を下に向け降下する。そのジュウザの角が仰向けに倒れた牛の喉元に突き刺さる。堅甲牛の気配が一つ消えた事を確認する。
一頭目に止めを刺したジュウザの背中に次の一頭が突進してくる。その一頭が突然その場に留まる。・・・サイの連鎖捕縛か。そのサイの方へ視線を向ける。あの距離から何と正確な・・・。そしてジュウザの、そのサイへの揺るぎない信頼。兄弟だからというだけでは説明できない程だ。
その足止めされた個体に、遂に前線に追いついたロックの容赦の無い右の一撃が牛の顔面に振り下ろされる。後方から全速力で突っ込んで来た勢いも上乗せされている強烈な一撃。哀れ、首がそこまでは曲がらないだろうという所まで横を向いている。二頭目。うわぁ・・・額の装甲が砕けてるよ。一体どんな腕力をしているんだ。俺か一撃貰ったら身体が爆ぜるんじゃないか・・・。
この俺の右前方の一連を目で追いながら、俺はどんな方法で一頭目の牛と戦うかを思案する。そのおれの左側を槍を右手に持ったミナが並走している。その表情は極めて冷静。姿勢を低くして、彼女もさながら一本の槍と化している。現在ミナが手にしているのは、俺達が三本目に作った槍。いわゆる直槍。ナミに渡した槍の中では一番何の変哲も無い量産品の様な槍だ。ただこの槍の制作目的は、ロックの鍛冶錬金での金属加工でどれほど金属を鍛える事が出来るかという事に重点を置いた。故に様式美には拘らず、単純な形状を選択した。これが思ったより功を奏したようで、ミナ曰く非常に扱いやすいものに仕上がった。
俺より先行し直進してくる堅甲牛に接近する。槍の切っ先が牛の顎に下に滑り込んだかと思った次の瞬間、その槍の先が上方へと弧を描いた・・・様に見えた。ミナはそのまま直進してくる猛牛の下を更に姿勢を低くして通り抜ける。そしてその場に何事も無かったかの様に立ち止まる。その美しい姿は、まるで始めからそこに直立していて、突進して来た堅甲牛がミナの幻を擦り抜けたのではないかと錯覚してしまいそうだ。
ミナを通り抜けた猛牛は、しばらく進んだ後、立ち止まり頭部から鮮血を吹き出しその場に崩れ落ちた。三頭目。
さて、俺もやって見せないとな・・・。あの牛と戦うなら、それこそミナやジュウザの様に装甲の付いていない部位、下に潜り込んで顎や腹部を狙うのが常套手段だろうな。俺は家族の中でも小さい方だから尚の事。懐に潜り込む事自体は容易だろうが、その後どうしようか。あんな巨体、持ち上げたり跳ね上げたりする訳にもいないしなぁ。あの熊の時みたいに無理やり投げる事も不可能ではないとは思うが、相手がこの数では非現実的だろう。
そんな事を考えながら直進していたら、堅甲牛の顔が目の前に現れた。もうそんなに近づいていたのかと少し驚きはしたが、取り乱す事もなかった。それどころか、その牛の顔面を見つけた瞬間、さっきまでの思案は何処へやら、身体が自然に動き出す。
身体を少し左にずらし、右手を堅甲牛の鼻の上辺りに添えて突進してくる力の向きを下方向へと逸らす。そのまま身体を反転させて、牛と同じ方を向く。その動作と同時に右足を伸ばし、その踵を牛の右前脚の先に引っ掛け、俺は状態を沈ませる。
すると猛牛の巨体は梃子の原理で浮き上がり、ちゃぶ台よろしくひっくり返りそのまま背中から大地に叩きつけられる。
「白兎流合気術・大転倒。」
意図して繰り出した技ではないが、それでも俺の前世から培った脊髄反射が生み出したものだ。きちんと名前を付けておいて悪い事はないはずだ。今度はこれを身体に覚えさせる為に稽古する。
合気はあくまで己の身を守る為の術、この技だけでは牛を射止めるには到らず。合気としてはこれで良い。
「フタバ。」
上空で戦況を見守りながら待ち構えていたフタバに合図を出す。「あい。」と可愛らしいが普段より気持ち低めの真剣な声で返事をした。
「梟法術・大氷柱。」
瞬時に俺の二倍程の大きさの二本の氷柱が現れ、仰向けに倒れた牛の上に降る。狙いも的確。四頭目。右腕を上げてフタバに感謝を伝え、牛の群の方へと向き直る。
最前列の四頭が倒れたのを見て、猪突するのを思い止まり間合いを取っている。思ったより冷静じゃないか。俺達もそれと正面から対峙するように前衛組が横並びに陣形を整える。その後にヤクモ、スーアン等の後衛組も配置につく。正面の牛の群を見つめながら、このまま退散してくれたら楽なんだけどなと、ありもしない淡い期待をしてはみたが・・・。やっぱりやるしかなさそうだ。今夜は牛肉祭だな、こりゃ。
「こうなったら、仕方がない。返り討ちだ。」
そう言い終わるが早いか、その言葉を合図に皆が前へと飛び出した。
ヤクモの雷撃が貫く。スーアンの変幻自在の法術が降り注ぐ。サイの鎖が宙を舞う。ハクの捕縛術が動きを封じる。上空からのフタバの法術が穿つ。ミナの白刃が煌めく。ロックの一撃が砕く。ジュウザの力が捻じ伏せる。・・・俺の出番がない。皆の勢い凄まじく、二三歩前に出た所で立ち止まり、ただ戦況を見つめるだけだった。俺のした事といえば、始めに兎玉散弾射を堅甲牛の顔にめがけて放ち、出鼻を挫いただけ。そしてこの状況に俺自身も出鼻を挫かれた形になった訳だ。
呆気にとられて立ち尽くす俺の顔の横にトウオウが近づいてきた。
「皆凄いねぇ。」
「ああ。頼もしい限りだ。」
「そうですね。私も殆どする事がありません。」
最後方に控えていたモモカも、皆への気配りを解かぬままではあるが、俺の側まで来てそう言った。
「じゃあさ、モモカ。皆の為に何か一曲歌ってくれよ。」
「それは良いねぇ。ボクも聞きたい。」
「私からもお願いできるかね、モモカよ。」
毎度の事ながらいつの間にか近くまで来ていたノインもモモカにそう打診した。
「皆様がそう仰るなら・・・。」
モモカは恥ずかしそうに軽く咳払いをして、息を吸い込む。そしてゆっくりと歌い始める。その美しい歌声が風に乗って戦場を包み込む。
「おぉ、やっぱり凄いな。」
歌の素晴らしさもさる事ながら、その歌の恩恵に驚かされる。これなら今戦っている皆にも効果はあるだろう。益々持って今回俺のお役目は御免という訳だ。
全ての堅甲牛を返り討ちにし、その亡骸を回収した。その後少し東に進んだが、本日は旅に出てから初めて本格的な戦闘をしたので、だいぶ早めに野営地を定め、ゆっくりと休む事にした。回収した堅甲牛の解体もしなきゃならないしな。
天幕を手分けして設置し、牛の解体作業を済ませ、天幕の前でその牛の肉を切り分け食事の準備をする。その頃にはすっかり空は夜の色に染まり、無数の星が埋め尽くしていた。
前世の俺だったら、これだけの牛肉が目の前にあったら、分厚く切って塩胡椒を振って半生位に火を通して・・・と思うのだろうが、兎となった現在では調理してという発想が全く起きない。俺達はワイルドライフだからな、これで良いんだ。・・・兎が肉を食うのかという疑問は残らんでもないが。良いんだ、だってここはファンタジー。と、自分を納得させてみる。
野生にあるまじき行為ではあるが、皆で火を囲み、堅甲牛の肉に舌鼓を打ちながら団欒する。本日の戦闘の内容を互いに褒め合ったり、皆でモモカとフタバの歌に聞き入ったり、ジュウザをからかったり・・・。幸せな時間が流れる。
だが唐突にその幸せな時間に緊張が走る。
「・・・まさか、こんなに接近されるまで気が付かなかったとは。」
俺以外には、ヤクモとトウオウ、それにノインか・・・。ゆっくりと立ち上がり察知した気配を探る。
「敵意は感じないから、たぶん大丈夫だと思うよ、イッスンの。」
確かにトウオウの言う通り、敵意や殺気のようなものは感じないが・・・。それでも得体のしれない気配に油断は禁物。その気配がゆっくりではあるが、近づいて来る。それにしても奇妙だな。これだけ気配を殺していて、おそらく此方に気配を悟られた事にも気が付いているはずなのに、それでも接近してくるとは。それだけ俺が、兎が魅力的なのだろうか。いや・・・それも少しおかしい。自分達の意思で気配を消しているのもかかわらず敵意が無い事が。
「何者だ。敵意が無いのなら、姿を現せ。さもなければ問答無用で攻撃する。」
ヤクモの静かだが良く通る声で警告する。既に皆俺達の気配が変わった事を察して体勢を整えている。
「・・・待て。我々にお前達と争う意思は無い。」
暗闇の中から低く鋭い、それでいて柔らかさを兼ね備えた様な声が返って来た。そしてその奥からゆっくりと、足音を立てずに複数の魔物が、たった今その夜の闇から生まれて来たかの様な、深い青色の狼が俺達の前に姿を見せた。
今までに出会った事のない奇妙な雰囲気の魔物だった事もあり、反射的に魔物鑑定をしていた。おっと・・・全てが開示されない。意図的にある程度阻害されていると考えるのが妥当か。種族名、旅団狼・・・か。




