5、状況確認と初期設定と少し味気ない話し相手。
どれくらいの時間気を失っていたのだろう。とても寝心地の良い寝床で寝ていた様な気がする。まだ眠っていたい気もしたがとりあえず目を開けようとした時、瞼の裏の暗闇に浮かび上がるように文字列が表示されている事に気がついた。
ーー《音声による案内を利用する事が出来ます。》
ーー《利用しますか?》
▷ 是 / 否
・・・え?案内?寝ぼけた頭に選択を迫る質問に理解も追いつく筈もなく、
「あぁ、はい・・・はい。イエス。お願いします・・・?」
と目を閉じたまま眉間に皺を寄せ些か適当に答えてしまった気がする。大丈夫だったかな。
『承認しました。音声による案内を開始します。』
早速音声で答えが返ってきた。急に頭の中に女性の声で響いたので、「うおっ」と声を出してしまった。いい声だな・・・というのもあるが好きな感じの声だなと感じる。
「良い声ですね。」
と素直に感想を伝えた。
『マスターの好みを 解析して 生成された 音声です。ご希望が有れば 好みに応じて調整が 可能です。変更しますか?』
「いやいや、このままでお願いします。」
『了解しました。』
多少機械的なぎこちなさは有るが、せっかく好きな声優さんの声みたいなのに勿体ない。危なかった。こういう事は寝ぼけていてもちゃんと判断できるのか、俺は。そしてそんな記憶は残っているのか。ナントカは死んでも治らなかった。ん?あれ・・・って事は今俺は生きているのか、兎の俺は。
「で、案内とは具体的にはどういう事ですか?」
『各種機能の内容と利用方法の説明及び状況に応じての提案等の補助です。』
なるほど。そりゃ助かる。会話をしたせいか意識がはっきりしてきた。ついでに身体の疲労と痛みも思い出してきた。そうだ狐との死闘の後意識を失ったんだった。ここは家じゃない外だった、早急に現状を確認しないと。そして俺は目を開ける。
昼の日差しがゆっくりと開く俺の目に入って来る。夜ではない、一体どれくらいここでぶっ倒れてたんだ。そうだ、
「俺はどれくらい寝てたんですか?」
『この世界の 一日を 24時間とするなら 約18時間です。』
「そうか・・・ありがとう。」
気になる言い回しだがそれは後回しだ。つまり丸一日寝てたのか。良く何事も無かったな、運が良い。目を開けて身体を起こして気がついた。道理で寝心地が良いはずだ、俺は狐の身体をベッドに寝てたんだからな。俺が乗っかっていた場所以外は冷たくなっていたが。これ以上この狐に無体な仕打ちをせぬようにゆっくりと丁寧に地面へと降りる。そして狐の方へ振り返る。自分と闘いその生命を潰えた相手に敬意を払うように見つめる。その亡骸に今まで自分の目では決して全体を見る事の出来ない物が突き刺さっているのを発見した。・・・あ。恐る恐る目だけで視点を上へ動かす。
「あああああああああああああああああああっ!!!!」
俺のご自慢の、唯一の武器である角がほぼ根本から折れている。どうしよう、困った。両の前脚で頭を抱える。これじゃ普通の兎と変わらないぞ。今何かに襲われたらなす術が無い。まぁ一か八かの賭けで運良く勝てた事を鑑みると角があってなす術があると言えるかは疑問だが。っていうかこれって時間が経てばまた生えてくるのか?
『提案 技能・即時角再生の使用を推奨します。』
え?何それ、そんなの有るの?使ったこと無いんだけど・・・って技能って何?
『レベルが規定値に達した事で取得・所持した技能の使用機能が開放されました。技能とは条け・・・』
「ちょっと待った。説明は後でゆっくり聞かせてもらう。いいかな?」
『是 肯定します。』
「その即時角、再生だっけ?それは何回使えるの?1回だけ?」
『否 否定します。現在の使用回数は 2回です。』
「2回か・・・。使用回数は回復するのかな?」
『是 肯定します。レベル1上昇時に 1回 回復します。使用上限数は超えません。』
「なるほど。じゃあ使います。お願いします。」
その後音声による返事は無かった。だが俺がそういい終わると額の近くに光の粒子の様な物が集まってきた。光の粒子は瞬く間に元の角の形を創り出しパッと光が消えると、まるで何事も無かったかのようにご自慢の角が姿を現した。おぉ凄いな、ファンタジー。
「今のは承認とか無くて良いのか?あぁ、えぇと・・・」
『技能は任意で使用出来ます。』
確かにそりゃそうだ。緊急事態に使えませんじゃ意味無いもんな。にしても名前が無いと呼びづらいな。
「つかぬことをお聴きしますが、お名前って有るんですか?」
『否 否定します。スキルポイントを 使用して 付けることが 可能です。』
「ああ、そうなんだ・・・。これも後でにします。」
『是 肯定します。』
そろそろこの場所を離れないとな、と言うより早く家に帰りたい。辺りを見回し横たわっている狐に再び目を落とす。奪ってしまった命を実感する。かと言って命を奪った事に自分でも不思議だが恐怖を感じたりしていない。別にこちらから進んで命を奪いたいと思っている訳ではないが。あの状況ではこうしなければ俺の方が奪われていたというだけだ。それでも少し申し訳ない気持ちになる。どうせ奪ってしまったのならこの命を糧に出来たら良いのにと思う。しかし残念がら俺は草食動物、食ってやることも出来ない。ごめんな。
『提案 技能・肉食の取得を推奨します。』
なんですと?それを技能と呼ぶのかという疑問はとりあえず置いておく。
『スキルポイント 30を消費して 技能・肉食を取得しますか?』
「30って言うとレベルアップ3回分か。スキルポイントって、今どれ位有るの?」
『現在 766ポイント 所持しています。』
766?何で?レベルが1上がって、10ポイントだろ。今レベルは・・・
『Lv7です。』
「ありがとう。」
って事は、レベルアップで獲得できたポイントは60のはず。残りの706は何処から?まぁいいや、これも後回し。
「一つ質問。肉食の技能を取ったら今まで食べてた物が食べられなくなったりする?」
『否 否定します。技能が追加されるだけです。既に取得している技能が 新たな技能の取得によって 消失する事はありません。条件を満たすと 技能を統合することも出来ます。』
「ありがとうございます。」
『技能・肉食を取得しますか?』
「はい、イエス。お願いします。」
『承認しました。技能・肉食を取得しました。』
あっさりしてるな。光ったりしないのか、ちょっと残念。取得した感が無いな。
三度狐に視点を戻すと直ぐに自分に起きた変化を実感する。食べたいと感じる事ができる、不思議なものだ。食べたいと感じたら、流石に18時間も寝ていたのもあり空腹にもなるさ、腹が鳴る。その狐を見て涎が出る程美味そうには感じないが。たぶんまだ味を知らない事も関係しているのかもしれないが。それでも食べられる様になったのはありがたい。これで奪った命を少しでも無駄にしないで済む。心の中で手を合わせ、心の中でいただきますと呟き狐に齧り付く。齧り付いてから思う、先に毛皮を剥がないと駄目だったなと。突き立てた歯を皮と肉の間に、まぁおそらく正確には皮と筋膜の間なのだろうが、に入れ皮を少し剥がしそのまま皮の方を上下の歯で掴み肉から引き剥がす。初めてにしては上手くいった、と思う。肉食を手に入れたからなのか毛皮が口の中に入る事がそんなに不快じゃなかった。肉が剥き出しになりその色が目に入ると更に食欲が湧いてくる。気がついたら顔中を血だらけにしながら肉を貪っていた。この姿を客観的に見たら異様で奇妙な光景だったと思う。血生臭さは有るものの決して不味くはない。とびきり美味くも感じないが。そろそろ空腹も満たされて来た頃だった。
『技能・狐言語を取得しました。』
『技能・狐火を取得しました。 狐火・Lv1』
『技能・狐風を取得しました。 狐風・Lv1』
『技能・消音歩行が取得可能になりました。』
音声と文字列の両方で知らせてくれた。マジか。食べた相手の技能を覚えることが出来るのか。全部取得では無く取得可能になるものもあるのか。もしかして俺の方のレベルとか関係有るのか。まぁ細かい事は家に帰ってからだな。
腹を満たし立ち上がり、残った狐を見つめる。全てを食べる事は出来ない。本当に申し訳ない。持って帰ることも出来ない、せめて持って帰れれば無駄にはならないのだが。
『提案 アイテムボックスの利用を推奨します。』
何?俺はそんな物がご利用できるのか?・・・これは利用を推奨って事は任意で使えるって事だよな。それにしても情報が多いな。色々気になる情報もあえて触れずにスルーしてはいるが・・・いや、我慢だ我慢。今必要な事柄以外は棚上げだ。
「どれくらい入るのかな?」
『現在 150種類 1種類につき 150個 です。』
「大きさは。」
『現在 狐程の 質量の物まで 可能です。』
「現在・・・。随分都合が良いな。」
『勝利した 相手の質量に 更新されます。』
「あぁ、なるほど。・・・じゃあ始めはどれくらいだったの?」
『マスターと同等の質量です。』
「なるほど、納得した。ありがとう。」
納得したところでアイテムボックスを使ってみる。「アイテムボックス」と声に出すと、丁度将棋盤位の向こう側の見えない四角い窓の様なものが目の前に浮かび上がった。おお、ファンタジー。でも目の前ってちょっと使い勝手が悪いな。こっちに動かないかなと思ったら、動いた。自分の意志である程度好きな位置にその白い小窓を動かせる事を確かめた。自分よりだいぶ大きいこの狐を持ち上げるのは、たとえ体調が万全だったとしても難しいだろう。なので小窓の方を地面の上に敷くような位置に移動させ狐を引き摺り近づける。上に乗せると狐が吸い込まれた。これが正しい使い方かは怪しいが、今はこれで良しとする。ちゃんと収納できた。これで奪ってしまった命を極力無駄にしないで済むと胸を撫で下ろす。たぶん自分勝手な自己満足だとは思うが。・・・よし、帰ろう。
目下の問題は一応の解決を見たので帰ろうと思ったのだが、ここで直ぐ様新たな問題が発生した。
「ここ何処?」
『森の中です。』
「知ってるわっ!」
思わずツッコミを入れてしまった。いや悪気があった訳では無いと思うが、つい。それはそれとして、命懸けの逃走劇を繰り広げたおかげで全く知らない場所にいる。森なのは知ってる。帰り道が、自分の家の場所が分からない。どうしよう。
「何か良い技能は無いかな?」
『提案 技能・方向感覚 技能・帰巣本能 の取得を推奨します。』
「流石、それだ。助かる。それぞれの必要スキルポイントは?」
『技能・方向感覚は 10ポイント 技能・帰巣本能は 20ポイント です。』
「両方、お願いします。」
『承認しました。技能・方向感覚を取得しました。技能・帰巣本能を取得しました。』
「本当に助かる。ありがとう。」
技能なのに本能ってどういう事?と少しもやもやするが、そういう名前の技能なのだと無理やり納得する。新たに二つの技能を獲得すると、世界の見え方と言うか感じ方が変わった。何がどうとは説明し難いが確かに変わったと感じる。そして家の場所がなんとなく分かる。本当にありがたい。無事に帰ることが出来たらちゃんと名前を付けよう、感謝の意味も込めて。これが感謝になるかは判らないが。他に何か希望があれば聞いてみよう。
激闘の地をサッと見渡しゆっくりと息を吐く。そして帰る為に一歩を踏み出す。移動し始めて怪我や疲労が目を覚ました直後より少し回復している事に気がついた。無理をしない程度の速度で移動しながら聞いてみる。
「これって何か要因があるのかな。」
『レベルアップによる 能力の 上昇。 技能による効果。 食事による 回復効果と 推察。』
「だろうって事?」
『質問の 回答として 妥当と判断しました。』
「にゃるほど。妥当だったと判断します。」
少しぎこちないが会話ができるのは嬉しいな。言葉が通じるのは楽しい。急に泣きそうになる。気付かない振りをしていたつもりは無いが、やはり孤独は寂しいと感じていたのだろう。振りではなく生きるのに必死で気が付いていなかった、と言う方が正しいんじゃないかな。そんな事を考えながらそれでも痛みと疲労の残る身体でなんとなくあちらが家だと思う方へと向かう。その道中、今日まで食べていた、春風草や秋風草、鋸刃大根などを見かける。野菜もバランス良く食べないとなと思い、まだ植物類なら食欲が湧く。せっかくアイテムボックスを手に入れたのだから幾つか持って帰ろう。この鋸刃は大根だったのか、今度見つけたら掘ってみよう。適当にアイテムボックスに放り込む。大好物の芳香胡桃も五個回収できた。思わぬ収穫に足取りも軽くなる。・・・この時の俺はまだ自分に起きているこの僅かな変化に気づいていなかった。
だんだん自宅の気配が近づいてきた。あぁ、あそこだと確信できた時、目の前の景色が見覚えがあることに気が付く。帰ってこられたと安堵の息が漏れる。それと同時に全身の力が抜けそうになったが、まだだと踏み留まる。気を抜くのは家の入口を潜ってからだと気持ちを繋ぐ。また新たに警戒を強め、慎重に家に向かう。知っている道は安心する。帰る家がある事が嬉しい。なんとか今日も無事に生きてるという実感が大きくなってくる。距離が縮まるに連れて緩みそうになる気持ちを保つ様は、泣き出しそうのを懸命に堪えているのと見分けがつかなかったかもしれない。実際気持ち的には後者の方が近ったと思う。最後の東側の角を曲がる。着いた、いやまだ、まだ着いていない。庭の入口を入る。帰ってきた、ここまで来ればもう大丈夫。走り出しそうになるのを我慢しながらゆっくりと家の入口に向かいその前に立ち止まる。そして遂に家の中に飛び込む。
遂に緊張から開放され、全ての関節が解けてしまった様にその場に突っ伏す。暫く立てそうもない。二度ゆっくりと深く呼吸をする。本当の事を言えばこのまま一眠りしたいところだが意識だけでももう一踏ん張り。
さて、何から手を付けたものか。・・・ここは何は無くとも全て彼女?に教えてもらう事になるんだ、感謝の意味を込めて名前を付けよう。
「あなたに名前を付けようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
『是 肯定します。』
「何ポイント必要ですか?」
『500ポイント 必要です。』
500!随分使うな。広告を除去する為の課金か!500ポイント使うことに抵抗があるわけでは無いが、技能獲得の為に消費したポイントと比べるとだいぶ大きい。この差は何だ。たぶん名前を付けるという行為に大きな意味が有るんだろうと思う。名前、名前か・・・。どんな名前がいいかなぁ。
「案内役、ナビゲーション・・・ナビさん、じゃあ在り来りだよなあ。」
思ったより難しいな。いっそ聞いてみるか。
「どんな名前が良いですか?希望があれば教えて。」
『特にありません。』
「ですよね。」
分かってましたよ。たぶんシステムでしかなくて、機能でしかなくて、感情とか意志とかは持ち合わせていないのだろう。少し寂しい気もするが、名前を付けてあげたらきっと俺の方が愛着が湧いてくる。それでいいんだ。話し相手がいるだけで俺は満足だ。
「設定・・・セッティング・・・。セッテ、セッテさんか。」
良いんじゃないか?なんか安直な気もするけど、響きが好きだな。
「セッテ。セッテでいかがですか?」
『名前を セッテ で 登録して よろしいですか?』
「うん。君の名前はセッテだ。」
『承認しました。 私の 名前を セッテ に 更新しました。』
名前を付けた事に感謝を込めてはみたが、おそらく自己満足だな。でもこれから長い付き合いになる・・・はずだから、名前はあった方が良いに決まってる。
『命名されたことにより、私の会話機能が向上しました。』
「なんですと?」
『続いて、技能・命名を取得しました。』
「なんですと?」
『もう一度繰り返しますか?』
「ああ、いや大丈夫。ありがとう。」
予想外だった。にしても、ただでさえ情報量が多くて混乱しているに等しい状態なのに、次から次へと色んな事が起きるな。
「改めてよろしくね、セッテさん。」
『よろしくお願いします。』
おお、さっきまでよりちゃんと会話になった。素直に嬉しい。名前を付けて良かった。これなら500ポイントも頷ける、俺にとっては得したぐらいだ。これで一つ解決した。・・・とは言うもののまだ問題がだいぶ残ってるんだよなぁ。さてどうしたものか、確認事項が多いな。
「セッテさん。まず質問。これは、何かのシステム?セッテさん含め。」
『是、肯定します。」
あ、定型文は変わらないんだ。
「何のシステムかは教えて貰えるの?」
『この世界の全ての生物に平等に実装されています。』
「全てに実装・・・ねぇ。全ての生き物がこのシステムの影響下にあると考えて良いのかな?」
『是、肯定します。そう考えて問題ありません。』
「なぜこんなシステムがある?」
『今は情報開示条件を満たしていない為、回答出来ません。』
「なんと。条件があると。」
『是、肯定します。レベルが規定値に達していません。』
思ったより単純な条件だった。要するにレベルを上げろって事ね、出来る出来ないは別にして、解り易い。方法を考えないとな。ただし命を無闇に奪う方法はやめておこう。レベル上げ事態は嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。
「俺のレベルが規定値に達したから色んな機能が使える様になった。」
『是、肯定します。』
「既定値って幾つ?」
『レベル5です。』
「なんでレベル5必要なの?始めから使えたらだいぶ助かったんだけど。」
『生物の生存率が大幅に上がってしまう為、設定されています。』
そういう事か。一応納得出来る理由ではある。確かに被捕食者が簡単に捕食者を撃退する事ができたら、生態系がおかしな事になりそうだ。まあ俺の知ってる生態系のバランスとはだいぶ違う様子だが。あの狐も風魔法みたいなものを使ってたし。
「狐のアレも技能だよね。」
『是、肯定します。』
だよなぁ・・・。って事はレベルが5以上でこの機能が開放されてたって事だよな。その割には戦略に欠けるというか、意図的に使って無かった様に思う。どうも解らない。
「あの狐は上手く使いこなせていなかった様に思うんだけど、何で?」
『おそらく言語や機能の意味を理解できていなかったと推察します。』
「なるほど。でもセッテさんみたいな補助もあるんでしょ?」
『否、否定します。』
「え?違うの?何で?」
『転生者の為の特殊機能です。』
「そうなんだ。それなら、転生者で良かった。おかげでセッテさんと話せる。」
『恐れ入ります。』
でも転生したのは確かなのが解った。
「なんで兎に転生したの?」
『私に回答する事は出来ません。』
「理由はあるんだ。」
『是、肯定します。』
理由あるんだ、意外だ。まあそれは今は別にいいか。とにかく次だ。確認すべきことはまだあるし。このシステムを創った誰かがいる事と、その誰かが制限をしている事が解った。意図は判りかねるが、今の俺がどうこうできそうも無いので放おっておこう。
レベル5になって開放された機能等を確認する為、セッテさんにその時の文言をそのまま復唱して貰った。それで解った事は大まかに三つ。
・自分の能力値を確認出来るようになった事。
及びその機能を使う為の言葉を登録する必要がある事。
→ステータス・オープンで登録。
・技能の効果、使用の有効化。
・技能をスキルポイントを消費して任意で取得出来るようになった事。
能力値と同様に言葉の登録の必要がある事。
→スキル・オープンで登録。
その他、レベルの上昇以外に行動や食事等で能力値の変動や技能の取得又は取得が可能になる事もセッテさんに確認した。
待ってたぜ、ファンタジー。これでようやくスタートラインに立てたらしい。と言うよりスタートする為の資格を手に入れたと言う方が近いだろうか。長いチュートリアルだった。厳しい試験だった。
これからの方針を決める為にも能力値を確認する。胡桃でも食べながら考えようと思い、今日までに備蓄していた部屋に転がっている・・・置いてあるのを取りに行く。一度全ての胡桃をアイテムボックスに収納し、お気に入りの位置に腰を下ろす。六つ取り出し、早速「ステータス・オープン」と声にする。目の前に半透明の板の様な物が出現する。そこに映し出された文字と数字を見て驚く。
「細かっ」
思っていたより能力値が多岐にわたっていた。筋力、体力、知力など予想していたもの以外に跳力、視力、聴力、嗅覚の他に咬力、味覚、そして六感なんてものもある。目や耳、味覚まで良くなったかもと感じたのは気のせいでは無かったようだ。まあ、それより驚くべき事が判ったのだが。どうやら俺には名前があった様だ。名前の欄に記されていたのは「イッスン《一寸》」。
「イッスンって、あだ名じゃねぇか。」
急に思い出した。本名の方は全く思い出せないが、「イッスン」があだ名なのは思い出した。いつも帽子を被っていたのと、身長が低かったから始めあだ名が「一寸法師」だった。あだ名は時間とともに変化するもの、結局「帽子」の方が取れた。そして今現在、俺の名前に昇格したらしい。まあ呼ばれて恥ずかしい名前でもないから別に構わないが。呼ばれる機会も今のところ無さそうだが。
種族、角兎。でしょうね。そうだと思っていました。ドラゴンでは無いと、ライオンでは無いと思っていました。胡桃を一個食う。
Lv 7/200。上限は200らしい。
「200以上は上がらないの?」
『是、肯定します。現在の種族でのレベル上限は200です。』
「現在の?」
『レベルが規定値に達すると上位の種族に進化することが出来ます。』
進化か。とりあえずのはっきりした目標ができた。既定値って事は200まで上げる必要は無いみたいだ。さて、どうしようかな。胡桃を一個食べる。
職業、ワイルドライフ。・・・野生。おい、これじゃあ住所不定無職じゃあないか。職業・兎って訳にはいかないのは分かるが。兎でも住所不定無職か。この項目があるって事は能力値や取得技能によって変化するのか、任意で取得する方法があるはず。どちらにしても条件を満たせばセッテさんが教えてくれるはず。それまで保留。
年齢、14日。誤差なし。
その他、所持技能の一覧。技能ごとにレベルがある。草食Lv3、植物鑑定Lv4、跳躍Lv2等。その中に二つばかり気になるものを発見した。その技能を確認してみる。説明自体は簡単な物が表示された。
・幸運の尻尾
レベルアップ時にスキルポイントが10加算される。
食物を食べた時、稀にスキルポイントが加算される。
幸運。
これか、スキルポイントを大量に所持していた理由は。俺のラブリーな尻尾にこんな効果があったとは。大切にしょうと思うのと同時に愛着も湧いてきた。ついその尻尾をちらりと見て、なんだかよく分からないが満足する。胡桃を一つ。電子音が鳴る。
「セッテさん、この音はなんですか?」
『スキルポイントを獲得した音です。』
「あぁやっぱり。この音なんとかなりませんか?」
『是、肯定します。スキルポイント獲得音を解除しますか?』
「解除でお願いします。」
『承認しました。』
一つ問題が解決した。慣れたとは言え突然鳴るから気になってたんだよ。地味だけど助かる。
それよりもだ。もう一つの技能の方が問題・・・では無いが、どうしてこうなった!?
・白兎流格闘術
流星弾
「なぜどぅわっ!?」と思わず叫ぶ。確かに開き直って、真剣に名前を付けたさ。どうせなら技名でもあった方が相手に敬意を払えるかなと思って咄嗟に付けたよ。冗談で付けたつもりは無いけど、こういう風に具体的に文字にされると・・・ねぇ?恥ずかしい。俺の中に封印していた厨二全快なのが特に。
『名称を変更しますか?』
「きゃぁぁぁぁっ!」
不意を突かれて悲鳴を上げてしまった。自分の黒歴史で恥ずかしさのあまり全身の白い毛がが真っ赤に染まりそうだ。あぁ、何を言っているんだ。子供か。・・・子供だな、生後14日だし。はぁ意味もなく疲れた。名称の変更ねぇ。
「このままで。」
『了解しました。』
せっかく付けたんだし、ここで恥ずかしいからと変えたらあの狐に失礼だ。それに適当に名前を付けたらきっと俺自身が後悔する。格好つけてやろうじゃないか。初日に誓ったはずじゃないか、悟った振りして冷めたりしないと。胸を張って格好をつけて生きてやる。・・・やりすぎない程度に。でも、照れ隠しに胡桃を食べる。
取得可能な技能の一覧を開き、どんなものが有るのか調べる。予想していたより数が多い。どの技能も取得して損する事は無さそうだ。持っているだけで効果のあるいわゆるパッシブ技能と任意で使用する技能の大きく二種類に分かれる様だ。そのどちらとも判断しにくいもの、どちらの要素も含んでいそうなものも有るようだ。数多く有る技能を眺めながら、これからの目標とそれに必要になりそうなものを探してゆく。優先順位の高そうな技能の中で必須と思うものを幾つか取得する。そして次はどの技能を取得しようかなと吟味している途中で、遂に電池切れになったらしく気が付いたら次の日の朝だった。
さあ今日からもう一度始めよう、異世界兎のワイルドライフ。
・・・とりあえず、この胡桃の殻を片付けよう。