49、できるかな。〜鉄槌編〜
俺が川から顔を出すと、今俺が回収してきた水晶よりも目を輝かせたハクとロックの顔がそこにあった。
「ただいま。」
川から身体を引き上げて、俺から少し離れる様に促す。どうして、という顔をした。
「いいのかぁ。濡れるぞぅ。」
俺が悪戯小僧みたいに笑ってそう言うと、俺の意図に気が付いたらしく、高い声で「きゃあ。」と笑いながら小走りで距離を取った。それを確認して、二度軽く跳ぶ。その後、その場で身体を独楽の様に高速回転させる。何回回転したかは・・・俺にもわからん。距離を取ったのに、それでも少量ではあるが飛沫が届いたらしく、ロックとハクは楽しそうに笑い声を上げた。それを見て俺は指差して笑う。
「あるじ様、どうでしたか。」
眼鏡蛇なのに飛び跳ねる様に近づいてきて、ハクがそう言った。ロックも負けじと跳ねるように並走していた。
「おう。あったぞ。・・・これだ。」
アイテムボックスから川底から回収してきた水水晶の塊を四個取り出した。林檎大のものが二つ、その倍ほどの大きさのものが一つ、枇杷の実位のものが一つ。それにしても、触れるだけで回収できるこの技能、便利だな。アイテムボックスを除いて一番便利な技能はどれかと聞かれたら、たぶんこれだな。自分の右の掌を見つめて、ふとそう思う。星目も少しだけだが使える様になってきてた。
ハクとロックは少し強めに鼻で呼吸しながら、並べられた水水晶を真剣に観察している。
「欲しいか。」
そう尋ねると、ハクは「はい。」と返事をしたが、意外にもロックの方は首を横に振った。
「ロックはいらないのか。」
今度は首を縦に振った。・・・なるほど、ロックはどうやら金属の類に興味があるのか。あらゆるものをちゃんと観察はするけど、自分の強く興味を惹かれるもの以外のものは、取り敢えず今はいらないと判断するようだ。確かに戦い方にもその感じはあるかもしれないな。次への決断が早いから隙が少ないんだよな。その代わり、戦術としての組み立てが無いんだよな。相手によっては読みにくいと思われるだろうが、逆に言えば誘導しやすいと感じる相手もいるだろうな。
「じゃあ・・・これ、いいぞ。」
林檎大のものをハクに促す。
「いいんですか。」
「ああ、勿論だ。ただ、他のはちょっと待ってくれ。今の所どれを使うか考え中だから。」
「はい・・・。僕はこれで充分ですけど。」
「いやいや、もしかしたら俺より先に良い使い方を発見するかもしれないじゃないか。」
ハクは困惑してしまったようだ。別にからかったつもりは無いんだが。
「まぁ必要になったら、また拾いにくれば良いんだから。これで場所は探せる様になったんだからな。言ってくれれば付き合うぞ。」
「はい。ありがとうございます。」
良かった。困惑は払拭できたようだ。素直で可愛いやつだ。
「師匠、次はどうする。」
流石ロック、展開が早い。
「そうだなぁ・・・。」
考えている事はあるのだが、この東の森だと使えそうなものが思いつかないんだよな。つい、言い淀む。
「何を、探してるの。」
直球。
「棒・・・かな。」
見逃し。
「棒。どんな棒。」
二球目。再び直球。内角高め。
「できれば・・・丈夫なのが良いかな。」
苦し紛れに振ってはみたが、空振りか。あと一球。
「そっかぁ。・・・僕には思い付かない。」
うわっ、外角低め。完全に逆を突かれた。
「そうだよなぁ、俺もだぁ。」
豪快に空振り。三振。凡退である。
「じゃあ・・・あの竹なんかどうでしょう。」
ハクの助け舟。
「確かに丈夫だよな。悪くは無いんだよ。でもなぁ・・・。」
「何か不都合な事でもあるんですか。」
そうだよなぁ・・・。まさか法術の杖に竹は似合わないとは言い辛いよなぁ。どうやって説明・・・いや、言い訳をしたものか。なにせ俺の固定観念に基づいた、様式美だからなぁ。
「いやぁ、竹の杖だとちょぉぉっとスーアンには似合わないかなと思って。せっかくだからもう少し・・・そうだな、スーアンに似合う素材が良いかなと思ってさ。」
嘘ではないが、苦し紛れか。やっぱり魔法使いといったら、趣のある曲線の木の棒が理想的だと。それにその方がスーアンに似合うと思うのも事実だ。あくまで俺の美的感覚だがぁ。
「母上に・・・。そうかぁ、確かにそうですね。流石あるじ様です。」
おや。通った。俺の感覚は間違っていないのか。それとも俺に合わせたのか。・・・ハクの表情を見る限り、気を遣って俺に合わせたとは思えないが。
「ま、取り敢えず木の実でも収穫しに行きながら考えようか。それで良いかな。」
ハクとロックの了承を得たので、近くの収穫場を目指して移動を開始した。
贅沢を言っているのは自覚しているが、それでもすぐに壊れてしまうようなものは作りたくない。正確に表現するならば、自分でもすぐに壊れてしまうだろうと思うものを誰かに手渡すのは間違っていると思うからだ。壊れる事を前提とした道具ならその限りではないが。ただこのままだと、杖自体が企画倒れになってしまう可能性もあるな。何処かで妥協する必要も出てくるかもな。もっと良い素材が手に入るまでの暫定的なものとして制作する事も考えるべきかな。まぁ最初から完璧なものを作ろうとするのも良くないな。
「あの水水晶を棒に付けるのですか。」
へぇ・・・面白いな。杖はおろか道具そのものに多くの知識がある訳でも無いのに正解の形を想像できるのか。勿論俺の思い描く杖の姿ではあるが。
「そうだなあ。それもどうしようか考え中だ。飾りに使うのも、ありかもな。」
「かざり・・・とはなんですか。」
おっと、そうきたか。ハクにそう聞かれて、そう言われてみればと思う。確かにどんなに美しい魔物でも、用途の無い部分など存在するはずは無いものな。
「んん、見た目を綺麗にする為のものかな。」
「それは、意味のあるものなのですか。」
当然その質問になるよな。
「基本的には機能的に意味は無いかもしれないな。でも綺麗なものの方が気分が良いと思わないか。」
「そうかもしれませんが・・・僕には良く分からないです。」
「うん。そうかもな。でも綺麗な杖の方がスーアンに似合うと思わないか、汚くて格好の悪いやつより。」
「はい。そう思います。」
そこまで話すと、どうやら少し想像ができたらしく納得したように頷いた。
「な。それにこの水水晶、水と氷の法術と相性が良さそうだから、全くの無意味って事もないかもしれないしな。」
そう言って手に持っていた、今回入手した中で一番小さい水水晶を見せた。するとロックも興味を示し此方を向いて、その水晶を見つめた。
「師匠、それって、そんな使い方が、できるの。」
「今の所はまだ、かもしれない、だ。それはこれからだ。」
「僕が、何か作れたら、やってみたい。」
「わかった。じゃあその時までにもう少し集めておくよ。」
ロックは鼻息強めに頷いた。
「しかしなあ・・・中々良さげな棒は落ちてないな。」
此処は森の中なのだから、棒自体は無数に落ちてはいる。だが俺の理想を実現するに足るであろう水準のものは見つからない。無いものねだりなのか、理想が高過ぎるのか。
「あ、あるじ様。珍しいものがありました。」
考え事をする時に目線が上を向くのは何故だろう。ハクの声に視線を戻す。
「ん。どれだ。」
「あそこです、あるじ様。」
そう言ってその場所へ進むハクの少し先にロックと一緒に視線を送る。
「え。・・・なんだ、あれ。」
俺の目に飛び込んできたのは、かなり予想外のものだった。あれって、蝋燭だよな。蝋燭が草の間に生えている・・・よな。見間違えじゃないよな。ロックと一緒にハクの後を小走りについて行く。
「これは、蝋仙花です。」
おお、名前も蝋燭みたいだな。見た目はほぼ蝋燭。それも時代劇に出てくるやつ。意味がどれ程あるのかは分からないが、試し切りされる感じの。
「これ、地番上に真っ赤な花が咲くんです。」
「へぇぇ。」
花が咲くと本当に蝋燭みたいに見えるかもな・・・いや、蕾の時の方がそれっぽいかもな。
「これって、持って帰って大丈夫かな。ハクはどう思う。」
俺より植物に詳しいハクに判断を仰ぐ。ハクってもはや動く図鑑になりつつある。
「駄目という事は無いと思います。毒は無いので触れても大丈夫です。」
「そうか。・・・どうしようかな。」
「師匠は、欲しいの。」
「珍しい素材だからな。これは育てて増やせるかな。」
「増やすのですか。」
そうか・・・植物を育てるという発想は無いか。
「これって、火が点きそうだなと思ってな。」
「火・・・ですか。植物なら大体どれでも燃えると思いますけど。あるじ様も森の中では極力火は使わない様にと。」
うん、ハクの言っている事に間違いはない。俺の言った事も良く覚えていてくれて、俺は嬉しい。でも今回はちょっと違うんだよなぁ。どうやって説明しようかな。
「なぁハク。今もう一度、この蝋仙花を鑑定してみてくれないか。」
「・・・はい。鑑定してみます。」
少し考えた後、そう答えた。ハクは凄いな。俺の言った事に何か意味があると判断したのだろう。それを素直に受け取って実行できるんだもんな。それに何時も、一度鑑定したものも何度も見返し確認しているからな。その作業自体は嫌いじゃ無いのだろう。むしろ好きなんだろうな。
「凄い・・・流石、あるじ様です。」
驚きと尊敬でいっぱいの笑顔で俺の方を向いた。俺もおそらく俺の予想通りの事が鑑定結果に記載されていたのであろう事を確信して、得意げな笑顔を返す。鑑定能力に関してはハクの方が上だからな。任せて正解だったよ。
「だろう。」
ちょっとふざけて腰に手を当てて反り返る。
「はい。あるじ様の言った通り、この蝋仙花は先端に火を着けると、ゆっくりと燃え続けるみたいです。」
「やっぱりそうか。ありがとう、ハク。助かったよ。」
「あるじ様はこれを見抜かれていたんですか。やっぱりあるじ様は凄いなぁ。」
あはは。そりゃぁそうだろうよ。だって俺には蝋燭の知識があるからな。・・・本当に申し訳ない。本当の事を話せない事も含めて、なんだか嘘を付いているようで心苦しい。
「師匠は、何時も凄い。」
ロックもなんだか嬉しそうにしている。なぜでしょうか。
「それはそうと・・・増やせそうか。」
本題はそこだ。火が着くのは確認できた。これがもし育てる事ができるのなら、そして増やすことが可能ならば、旅に出る際に非常に役に立つに違いない。是非とも欲しい。
「そうですね・・・説明には・・・折れてもまた育つ。だけど硬くて滅多に折れないので数が増え難い・・・と。」
これは朗報。だが・・・根の方は再び育つとして、仮に根の方を下部だとしたら、折れた場合の上部の方を植えても育つのだろうか。実験と検証をする必要があるな。
「なるほど。てことは取り敢えず回収だな。」
「はい。」
「根の方は慎重に掘り出さないとな。・・・で、だ。試しに切ってみるか。」
「折るんじゃないの。」
ロックの質問は最もだ。完全に蝋燭として使用するのが目的なので、雑に折る事は避けたい。ただの俺の性格の問題だから説明も難しいが。
「力任せに折ると、砕けて使えなくなっちゃうかもしれないだろ。」
可能性の問題だが、この事態は避けなければならないのは確かだ。出発までの時間は無限ではない。それまでにできるだけ増やしたい。根の方だけしか、となるとかなり数が限定されてしまう。となると森の中で見つける度に回収する必要も出てくる。まぁ、おそらく百も二百も必要はないだろうが。
「そっか。」
「ですがあるじ様、この蝋仙花は凄く硬いと。」
「なぁに、問題無い。俺にはこれがある。」
そう言ってご自慢の愛刀を取り出す。
「なるほど、そうでした。」
「じゃ、ちょっと待っててくれ。先に切ってから掘り出そう。」
「うん。」
おや・・・ハクは何か考え事かな。何か気が付く事でもあったかな。それは後で聞くとして、今はこの蝋仙花を切ってみよう。まずはなんとなく硬度を扉を叩く要領で指先で確かめる。確かに硬そうだが・・・この愛刀で切れないという事は無さそうだ。左手で蝋仙花の上部をそっと支える。右手に持った愛刀をなるべく水平に振る。思ったよりも簡単に刃が通る。これで蝋燭を一本手に入れる事ができた。・・・今更ながら恐ろしい切れ味だな。あの時挟まれなくて本当に良かった。今となっては対応するのは容易い相手だが、それでも挟まれたら致命傷だろうな。
「あのぅ・・・あるじ様。」
ハクがなんだか申し訳無さそうに声を掛けてきた。
「ん、何だ。」
「あ、あの・・・あるじ様の今持っているのって・・・。」
おそらく今切り落とした蝋燭の方・・・ではないよな。となると右手に持ったこれだよな。
「・・・これがどうかしたのか。」
「それって・・・鋼ガガガニの鋏ですよね・・・。」
思いもよらぬ質問の答えを探す。ハクはいったい何を言いたいのだろうか。右手に握った鋼ガガガニの鋏を見つめる。そう、これは鋼ガガガニの・・・。
「あ。」
「そうなんです・・・。」
なんという事だ・・・。なぜこんな簡単な答えが思いつかなかったのだろう。こんなに愛用しているのに。ため息と一緒に頭を擡げる。そう、俺が探していたのは丈夫な棒。できれば木材で。これ以上ない程適切な素材を俺は、それこそ皆に出会う前から知っていたはずなのに・・・。おかしいな、転生して確かに若返ったはずなんだけどな。
「鋼ガガ・・・か。」
「はい・・・。」
「いや、良く気が付いてくれた。ありがとうな、ハク。」
気を取り直してハクに感謝を述べる。
「いえ・・・僕はあるじ様の持っている鋏を見て思い出しただけですから。」
うぅん・・・俺は手で持っていたにも拘らず、思い出す事が出来なかったのだが。情けない限りだ。そして、良くないな。俺は始めからこの東の森には充分に基準を満たす素材は無いだろうと決めつけていた節がある。全く持ってけしからん。反省だ。
「良し、気を取り直して、鋼ガガの木を摂りに行こう。」
普段通り途中から自由に探索していたロックは顔を上げて近づいてきた。ハクも「はい。」と元気に返事をした。蝋仙花の根を皆で掘り出して回収して、この場所を後にした。土いじりは少し楽しい。
鋼ガガの木のある場所は何箇所か知っているので、一番近くの場所を目指し移動する。目的の木はすぐに見つかったが、こんな時に限ってカニの団体さんに遭遇する。途中から気配は察知していたが、彼等が帰宅するまで待つ訳にもゆかず、そのまま現地へ向かう。数は四。鋼ガガガニ達には大変申し訳無いが、屠らせてもらう。
「ロック、ハク。相手は強くは無いが、実力の差と鋏の切れ味には関係が無い。充分に注意して戦え。」
気を引き締める為に普段より低めにそう声を掛ける。ロックとハクは頷くと目つきが変わる。
ロックは息を短く吐き俺を追い越して一番近くのカニの懐に飛び込む。左右の鋏の間に身体を滑り込ませ、その左右の鋏の付根、いわゆる手首に当たる部分を掴む。上手いな。そのままカニの身体を持ち上げて、思い切り振り下ろし地面に叩きつける。それと同時に手を離し、飛び上がって宙返り両踵を振り下ろす。あっと言う間の出来事だった。これで一つ。
ハクは少し距離を摂り、連鎖捕縛を発動。二匹を捕らえる。
「眼鏡蛇流法術・蛇岩落とし。」
カニより一回り程大きい岩を真上から落とす。拘束して大きな塊を落とす。単純だけど文句の付け所の無い戦法だ。お見事。これで二つ。
「ロック、もう片方をお願いします。」
ハクの言葉に軽く頷き、捕縛されたカニの真正面に立ち、足を前後に開き腰を落として右手を握って引く。
「白兎流格闘術・星拳突。」
カニの眉間に叩き込む。うん、悪くない。まだ完璧とは言えないが、だいぶ形になってきた。威力は申し分ない。ロックの腕力は俺でも本気で相手にするのは避けたい程のものだからな。あのカニの原型が残っているだけでも力の制御がだいぶ身に付いてきた事を証明している。弟子の成長を実感する。これで三つ。
俺の標的は遭遇時に一番奥にいたやつだ。真正面から接近して、向かって右側から真後ろに回り込む。後方から右足を掴み、右足で左から右へカニの脚を払いひっくり返す。右腕を振り上げて、怒りや悔しさを表現する時に机を叩くような動作で、無防備になったカニの腹部に思い切り振り下ろす。
「白兎流格闘術・押印落下星。」
此処で手心を加え加減をしてしまうと、不必要に苦しめてしまうことになるので、躊躇わずに叩きつける。四つ、終了だ。絶命を確認して、軽く手を合わせる。
簡単な儀式を終え目を開くと、俺の方へ駆け寄ってくるロックとハクが目に入ったので手を振った。
「師匠、また新しい技。師匠は、幾つ、技を、知ってるの。」
興奮気味のロックが俺に問う。何とも答え難い質問だな。俺の新技の大半はその場の思い付きで命名してるんだよな。どう答えたものかな。
「全くです、あるじ様。本当に凄いです。」
更に答え難くなった。特に今回のは、力任せに腕を振り下ろしたに等しい。勿論きちんと足を開き重心は落として打ち付けたので、一応技と呼べる形にはなっているとは思うが。でもなぁ・・・このまま正直にその場の思い付きだと言っても、五十にしても百にしても具体的に数を提示しても、どちらにしても尊敬の眼差しを向けられてしまうだろうな。
「そうかな、ありがとう。・・・じゃ、カニを回収してから、ガガの木の枝を少しだけ切り取らせて貰って、帰ろうか。」
ハクとロックの頭を笑顔で撫でて誤魔化してみた。
ロックとハクに念の為、木から少し離れた所で待っているように伝え木を登る。木を切り倒すのでは無く、必要な分だけで良い。スーアンの手で握るのに適した太さの枝を切り落とし持ち帰る事にする。鋼ガガの木もこの森にそんなに多くは無いからな。そしてその作業の際、この木の実が一緒に落ちる事になる。非常に危険なので離れて貰った訳だ。巨体の熊でさえ悶絶するほ程の実だからな。
それ程の実を支えている枝なのだから、素材としては申し分ない。むしろこれ以上の素材は、少なくともこの東の森には無いと言っても決して言い過ぎでは無いだろう。
この辺りかなと定めて、我が愛刀を二本取り出す。目を閉じて深呼吸をして構える。
「白兎流格闘術・影技・蟹交閃。」
足元の少し先の枝に向けてここ最近では一番の技を繰り出す。この技の真髄は俺の冴えや精度では無く、間違いなくこの愛刀の切れ味あってのものだ。驚く程抵抗もなく鋼ガガの木の枝を通り抜けた手元の刃を見つめ、ほんの少し震える。それも束の間、低く重い音が振動と共に俺が立っている場所まで伝わって来た。更に次の瞬間、複数の重い音が立て続けに響く。
「あぁ・・・そりゃそうだ。」
枝が落下した衝撃で実が落下したものと推察される。俺はその場から跳躍し、ロックとハクの待機している場所に着地した。
「あるじ様。」「師匠。」
「追う、ただいま。・・・ちょっと休憩してから拾いに行こう。」
「師匠、なんで。なんですぐに、拾いに行かないの。」
「それはな、さっきの影響でガガの実がまだ落ちてくるかもしれないからだ。だから少し様子をみよう。」
ロックは頷いてその場に座った。俺もその隣に腰を降ろした。ハクも感心しながらロックとは反対側の俺の隣に座った・・・座った。
木の実をロックとハクに配り、それを食べながらしばらく休憩をした。その後、切り落とした枝やその際に落ちたガガの実を回収して、帰路についた。
枝や実の他に本日は鋼ガガガニの鋏を四匹分、左右合わせて八、片刃にすると計十六本手に入れる事ができた。
家に帰ると庭にノインが伏せて休んでいた。その周りをジュウザとサイが走り回っている。ノインの角にはフタバが停まり、先日覚えたばかりの歌を楽しそうに歌っていた。まさかそのアイドルの曲が気に入るとは・・・お目が高い。
ヤクモはその反対側の方でスーアンと一緒に何やら話をしていたが、俺達に気が付き立ち上がり此方に来ようとしていたので、手を上げて「大丈夫だ。」という意志を伝えると、ヤクモもスーアンも軽く頭を下げた。モモカとミナはまだ帰宅していないようだった。
「イッスンの、成果はあったかい。」
庭の中央辺りに来た時に頭上から声がした。
「おう。思ったより。・・・正直に言うと、それがあることを失念していた。」
首を真上に向けてそう答えた。
「ははは。まあ良いじゃないか、思い出して採ってきたのだろう。」
「そうとも言う。それに以外に新しいものも見つけられたから、成果自体はかなりあったと思う。」
「それは素晴らしいじゃないか。今日は東の森の探索だったのだろう。それでなお発見があるのだから。」
「全くだ。俺の知っている事なんて、世界の僅かな部分に過ぎないって事だな。」
「だから楽しいんじゃないか、イッスンの。」
「同感だね。」
そう言いながら、鋼ガガの枝を取り出した。
「なるほど。確かにそれなら素材として申し分無さそうだね。僕も忘れてたよ。」
トウオウは何時もの様に揺れながら笑った。
「な。ハクが思い出してくれて助かったよ。」
「そうか。お手柄だね、ハクの。」
「い、いえ・・・。」
恥ずかしそうに身体をくねらせている。
「トウオウ、頼んでおいたものはどうなった。」
俺は出掛けにトウオウに一つ頼み事をしていた。急ぎではないが、なるべく早めにとは思っている。決して難しい注文ではないと思うが、まだ時間が掛かる可能性もある。
「できてるよぅ。ご注文通りかどうかは分からないけど。」
左手を羽織っている該当の中に突っ込み、それを取り出す。おそらくこの動作にあまり意味はないと思われる。雰囲気だな。
「これで良いかい。」
取り出したそれを俺に手渡してくれた。受け取った俺の手に重みが伝わる。流石、金属の塊。掴んだ手を開き俺の依頼品の確認をする。大きさは赤や緑の帽子を被った調味料の硝子の小瓶ほどだろうか。円柱状の黒鉄色の金属の塊で、その中央部分に柱を貫くみたいに穴が空いている。
「申し分ない。注文通りだ。」
左手の親指を上げて握った拳を差し出し、笑顔を向ける。
「それは良かった。一応茸二個分だ。」
「ありがとう。これで作れる・・・。」
そう、これで作れるぞ。ものを作る為の道具が。ものを切ったり削ったりする為のものはあったが、今までこれが無かった。
俺は、金槌を手に入れた。




