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45、母親の選択

 ロックとミナとの朝の稽古を終え、一休みしながら今日は何をしようかと思案している俺に

「主様、本日は何かご予定がお有りでしょうか。」

 とスーアンが話し掛けてきた。

「いや・・・今のところ特には。」

「ちょっとご相談があるのですが。」

 神妙な面持ちにほんの少し緊張する。・・・スーアンの落ち着いた声と話し方も相まって、俺が過剰に反応しただけかもしれないが。

「お、おぅ。別に構わないけど。」

「ありがとうございます。では・・・あちらで。よろしいでしょうか。」

 あまり他の誰かに聞かれたくない話なのか。そんな時もあるか。

「分かった。」

 そう返事をして庭の端へと移動する。スーアンはその俺の少し後ろからついてきた。


 この辺りならば大丈夫だろうと思い立ち止まる。腰を降ろして胡座をかく。スーアンに右手で俺の正面に来るように促す。スーアンは軽く目を閉じ少しだけ頭を下げ、俺の促した位置へと移動して座った。・・・たぶん座った。

 ヤクモ、モモカ、ノイン、トウオウにしばらくの間此方になるべく近づかない様にして欲しい旨を伝える。皆一度俺の方を向き、無言で頷きを返した。それに対して俺は左手を上げて謝意を示す。

「相談って何だ。・・・森に残るのか。」

 俺の質問に大きく目を開いた。うん・・・これだけだと、図星だったのか思いもよらぬ質問だったのか判断できない。

「いいえ。」

 そう言い切った。おぉ、違った。

「たとえ子供達がこの森に残る事を選んでも、私はお供させていただきます。」

「そうか。ありがとな。心強いよ。」

 膝に手をつき頭を下げた。

「おやめください、主様。臣下として当然の事です。なにより私自身がそうしたいのです。」

「そうか。・・・じゃあ、相談って何だ。俺が力になれる事だと良いんだけど。」

 俺がそう言い終わると、スーアンは体勢を整え深呼吸をした。そしてこの後スーアンの口から出た言葉は俺の予想の斜め上のものだった。

「主様。実は私、手が欲しいと考えております・・・。」


 なんですと。そうきたか・・・。思いもよらぬご相談内容にどう答えて良いものかと言葉を探す。

「どうされました・・・やはり、あまり良くないのでしょうか。」

 スーアンは困惑したような、がっかりしたような声で言った。

「あぁ、いや、違うよ。ちょっと予想外で驚いただけだ。」

「そうでしたか・・・。」

「そうかぁ・・・手かぁ。どうしてそう思ったのか理由を聞いても良いか。」

「はい、勿論です。・・・少し長くなりますが、よろしいでしょうか。」

 確かにそうだろうな。スーアンの事だ、昨日今日の思いつきではない事は俺でも解るつもりだ。俺達と過ごすようになってから今日までの時間で、色々と考えたのだろう。だからこそ純粋にスーアンが出した答えを知りたい。

「うん。」

「では・・・。主様は出会った時には既に今の状態でした。」

「そう、だな。」

 眼鏡蛇にコブラツイストを決めようとしてたんだからな・・・。俺としてはちょっと締め上げて、お帰りいただくつもりだったんだよなぁ。それがまさか臣下に、家族になるとは思ってもみなかったな。おっと。続きをどうぞ。

「ですのでその時には主様はそういう兎の魔物だと思っておりました。だから手や足について特に何も思ってはおりませんでした。」

 そうか、そうだよな。初めから二足歩行だったから、俺の手足も角と同じ身体的特徴位にしか見えなかったという事か。ちょっと他の魔物と違うなと感じた程度の感覚だった訳だ。面白いな、反対画から見るとそう見えるのか。

「ですが、ミナが主様に近づきたいと思い二足歩行と手と腕を取得しました。」

「ああ。あれには俺も驚いたよ・・・。」

「えぇ本当に・・・。」

「色まで変えちゃうんだもんなぁ・・・。」

「真剣に考えた上で、ミナ自信が出した答えです。私はそんなミナを尊敬しています。」

「そうだな。今思えば、実にミナらしいよな。」

「全くです。」

「おっと、話が逸れたな。」

「そうでした。・・・その後ロックが加わりました。」

「ああ、そうだな。それがどうして・・・そういう事か。」

「はい、そうです。また手足を使う者が身近に増えました。」

「それで興味が出てきたと。」

「いえ・・・それがそうでもないんです。その時もまだ主様に近い身体の・・・作り、形態だなと言う程度でした。」

「そうなんだ・・・。」

「確かに、手というのは便利そうだなと思いはありましたが、それ以上に何か思う事も無かったと記憶しています。」

 おそらくスーアンの言っている事に間違いは無いだろう。ヤクモやモモカを含めジュウザ達も、俺の助言の影響もあるとは思うが、皆敢えて俺と同じ二足歩行にならずに過ごして来ている。

「ただ、主様の力・・・技の多くはその手足あってのものと感じてはおりましたが。」

「ああ、そうだな。俺は兎だからな。」

「兎は二足歩行の魔物なのですか。私が母からは四足歩行だと教わった筈ですが違ったのでしょうか。」

「いやいやそうじゃないよ。俺には角以外には戦う方法が無かったからな。」

「御冗談を。」

「本当だよ。今程蹴りもちゃんと技としては不十分だったし。俺には角と跳躍しか無かったんだよ。あとできる事っていえば噛みつくくらいだけど、そもそも俺は草食だったか牙とか無いし。」

 閉じた歯を笑って見せる。

「あら本当。綺麗な歯ですね。」

「俺にとってはこの身体の方が都合が良いんだ。この方が動きやすい。とある理由があってな。」

「そう・・・なんですか。」

「その理由については・・・何時か話すかもしれない。でも俺自身は話さなくても良い気がしてるんだ。」

「はい、承知いたしました。」

「すまんな。話したくないんじゃなくて、話す必要が無い気がしてるんだ、今のところ。ヤクモにも話してないから、気にしないでくれ。」

「はい。」

「俺はただの可愛い白兎だ。それで充分だろ。」

「申し訳ございません。「ただの」はだいぶ無理があります、主様。」

 可愛いは残った。

「そうだなぁ、角があるもんな。」


 スーアンは俺の冗談を微笑みで打ち消した。また話が逸れてるな。

「俺の事じゃなくて、スーアンの話だったな。・・・続けてくれ。」

「はい。そうですねぇ・・・そう。主様やミナが道具を使っているのを見て、私も道具が使えたら良いかもしれないと思ったのです。いえ・・・道具を使ってみたいと思ったのだと思います。」

「なるほどね・・・道具を。」

 スーアンは実に冷静に自己分析ができているな。

「ですが、その時もそこまで強く手が欲しいとは思いませんでした。道具を使うだけなら法術を応用したり、サイの様に念動力を使用すれば、主様達よりは多少効率が悪いかもしれませんが可能だと考えていたので・・・。必要性は私の中で高くは無かったのです。」

「確かに。」

 言われてみて初めてそんな方法もあったなと気がついた。サイが毎日のように練習しているのを見ていたのにねぇ。前世ではありえない光景なのに、さも当たり前みたいな事として受け入れていたな。だいぶこの状況に慣れてしまっているなぁ。恐るべし、ファンタジー。

「という事は、まだ他に決定的な何かがあるって事か。」

「はい。」

「となると・・・トウオウか。」

「流石です、主様。仰っしゃる通りです。」

「そうかぁ。そうだよなぁ・・・あの魔王様、「手」あるもんな。足も腕も無いのにな。」

 その手には常に角灯をぶら下げてるしな。

「えぇ。不思議ですよね。」

「まぁトウオウは・・・魔族だからな。俺達の理で考えてもしょうがないな。」

「主様でも分からない事がお有りなんですね。」

 うぅん・・・我が臣下達は俺への評価が過大なんだよな。自然と苦笑いに。

「何を仰っしゃる。この世界は俺の分からない事ばっかりさ。俺の知っている事なんて些細なものさ。」

「主様がそう仰っしゃるなら、きっとそうなのでしょう。」

 嘘はついてないんだけどな。前世からの偏った知識の分、ちょっとだけ物知りなだけなんだけど。この世界の事に関しては、生まれてから今日までの知識しか無いんだけどな。そしてこの森の外の事はノインとトウオウから聞いただけに過ぎない。

「で、トウオウに出会って、「手」への興味が増したと。」

「・・・それが、そういう訳でもないんです。」

「なんですと。」

「その時点では・・・です。トウオウ様が主様の臣下になられてから、ゆっくりお話をする機会がありまして。」

「ほう・・・それで。」

「それでですね。私の尻尾の話になりまして。」

「尻尾の。なるほど。」

 スーアンは俺がある程度察した事に、満足したような表情で頷く。

「そうなんです。私の尻尾の形状が・・・いわゆる「杖」という道具の様だと。」

「そう・・・だな。」

 そういう名前の眼鏡蛇ですものね。そうか、スーアン自身はその名前が意味するところを大まかにしか理解してなかったという事なのだろう。そりゃあそうだよなぁ、そもそも道具自体の知識も無いに等しいだろうからな。

「トウオウ様からそうお聞きしてから・・・手があれば、その「杖」をこの手で使えれば、ヤクモ様とまではいかないまでも同時に複数の法術が使えるのではないかと考えたのです。」

「にゃるほどぉ・・・。」

 ようやくスーアンの意図に辿り着いた。確かにスーアンの使用する事ができる法術の種類と数を考えれば、同時に複数の法術を使う事を考えるのは当然だな。

「・・・ただ、その「杖」というものをどうやって手に入れるか、という問題はありますが。」

 そうとも言うが・・・その点に関しては俺がなんとかできてしまうかもしれない、とも言う。その為に使おうかと思っていたものもあるしな。ただ・・・俺の工作系の技能を向上させる必要があるが。技能の向上に関しては、本音を言えば使いながらゆっくり成長する楽しみを味わいたいのだが、ポイントを使用してLvを上げたり新たなものを所得する必要があるかもしれないな。ゆっくりしていたら間に合わないかもしれないからな。やらずに間に合わなかったじゃ洒落にならない。後悔は先にはできない、だからできる事は、なるべく全部やる。まぁ一応・・・世界を救おうってんだ、やり過ぎぐらいで足りるかどうかだろうな。

「それなら・・・俺が作ってみよう。上手くできるかどうかは分からないけど。」

「えっ・・・そんな・・・勿体無い。」

「勿体無い事はないさ。ただ、少し時間をくれ。」

「はい・・・勿論でございます。」


 ・・・あれ、これは、スーアンは「手」を取得する方向で決まりなのかな。

「あのな、スーアン・・・。」

 と、おそらく良く考えて出した結論だとは理解しているが、一応蛇本来の利点を失う事になる旨を確認する。スーアンはそれを黙って聞いた後、目を閉じて静かに頷いた。初めからスーアンの中で答えは決まっていたのだろう、俺に強く反対でもされない限り。俺はたとえその後の生き方が多少苦しくなったとしても、己で考え決断した事を反対したりなどするつもりはない。・・・スーアン達の生き方を大きく変えてしまった俺がどの面下げてという気もしないでもないが。そしてこんな言い方をしたらスーアンに失礼かもしれないが、単純にどう変化するのかという事に興味がある。

 俺の話を聞き終わると、スーアンはゆっくりと目を開き俺の視線に合わせる。その美しい瞳の奥には強く確かな決意が灯っているのが伺える。

「もうこれ以上俺から言う事はないさ。」

「はい・・・。私は取得したいと思います。」

「うん。知ってるよ。」

 そう言って笑顔を見せる。それに応えるようにスーアンも微笑みを浮かべる。

「やはり、主様には敵いませんね。」

「なに、俺の答えも初めからほぼ決まっていただけさ。」

 スーアンは頷きを返すと、呼吸を一つして儀式に取り掛かった。


 スーアンの身体が淡い光の粒子を放つ。あれぇ・・・俺の二足歩行の時は何も起きなかった気がするんだけど。まぁ俺の場合は元々あった四本の脚の機能を変更した形に近い。スーアンは蛇だもんなぁ、退化した部位を再び取り戻し、更にその機能を変えようと言うのだから、進化に等しい行為だもんなぁ。だけどなぁ・・・なんだか俺だけ損した様な気分だ。

 淡い光が収束し、光の中から現れたスーアンのその姿は俺が想像していたものとは少しだけ違った。

 「手」と同時に「腕」も取得していたので、スーアンの上半身は、いわゆる人間の女性の様に変化した。それもかなり細身の美しくしなやかな曲線で描かれた理想の見本の様だ。本来なら今のスーアンはその身に何も纏っていない状態、つまり裸体だ。俺は目のやり場に困るのではないかと思っていた。だが、その身体を今まで通り鱗で覆われているせいなのか、それとも俺の感覚が魔物のそれに変化ないし順応してしまっているからなのかは判らないが、気恥ずかしさの様なものも湧いてこない。・・・おそらく後者だろう。それに俺自身もこの身に何も纏っていなくても何とも思っていない。あらためてその事に今気が付いた。まぁ要するに簡単に言えば、前世の俺なら直視できなかっただろうなと思うくらい綺麗だって事だ。

 大きな決断をし、取得したその手をスーアンはとても嬉しそうに眺めている。ゆっくりと握っては開き、掌と甲を交互に見て、その手で肩から腕を撫で、あらゆる方向へと腕を動かし、確かめる。靭やかに流れるようなその動作はまるでそういう美しい舞の様だった。

「良かったな。」

「はい・・・。」

 スーアンは・・・少し大袈裟な表現になってはしまうが、まるで一生で一番の願いが叶ったみたいに微笑んだ。

『主殿。』

 ヤクモの声が俺に届く。スーアンが放った光は流石に皆気が付くよな。

「おぉう、もう大丈夫だ。」

 俺は立ち上がり手を振る。

「そちらへ行っても。」

「ああ。」

 モモカの問にもう一度皆に向かって、今度は両手を振る。それを確認すると、何かに期待しながら、そしてその気持で走り出してしまわないようにしながらゆっくりと近づいて来る。近づくにつれ、先程目にした光の意味が理解出来始めると、その驚きで速度が落ちる。まぁ予想外過ぎて、俺でも同じ状況ならそうなるかもな。

「スーアン殿、その御姿は。」

「・・・おかしいでしょうか。」

「いいえ・・・とてもお美しいですよ、スーアンさん。」

「やっぱりモモカもそう思うか。」

「はい。」

「主様もモモカさんも、おやめ下さい。」

 スーアンは照れ隠しに早速両手で顔を覆っている。へぇ・・・これって本能的にそうするんだな。面白いものだ。

「やっぱりそうなったかぁ、スーアンの。」

「お、なんだ。トウオウは気が付いてたのか。」

「なんとなくそんな気がしてただけだよ、イッスンの。でも悪い選択ではないと思うよ、スーアンの。」

「私もそう思うぞ、スーアンよ。」

 トウオウとノインも好印象のようだ。

「皆様・・・ありがとうございます。」

 そう言って深々と頭を下げた。

 俺達の会話がいつ終わるのかと、気を遣っていた子供達が目に入る。俺はヤクモ、モモカ、トウオウ、ノインに視線を送り子供達にスーアンを譲る様に促す。皆は何も言わず、微かに頷きその場から離れる。

「スーアン、また後でな。」

 そう声を掛けた俺に、頭を下げて応えるのを見てから、俺もヤクモ達の後を追う。


 庭の中央に移動し、その場に腰を降ろす。

「なぁ、トウオウ。結局、錬金術はどうするんだ。」

 メントグローブを咥えながら聞いてみる。

「うぅん。・・・一応Lvはポイントで上げてはみたんだけど。どうしようかなぁ。」

「悪いな、気を遣わせて。」

「いいや、そんな事はないよ。いざとなったらそんな事言ってはいられないしね。」

「そうだなぁ。ロックに何か別の役目ができると良いんだけどなあ。」

「そうだな。・・・一つ思うのだが、ロックの場合は錬金術では無くとも、何か道具を作るような事でも良いのではないか、イッスンよ。」

「・・・なるほどな。それも良いかもしれないな。今度、一緒に何か作ってみるか。良いきっかけになるかもしれないし。ありがとうな、ノイン。」

「いや。なんとなくそう思っただけだ。これが上手くいくとは限らないしな。」

「ボクは上手くいきそうな気がするよ。たぶんロックはそういうのが好きそうだから。」

 ここ数日ロックを見守っていたトウオウがそう言った。そこで何か気が付くことがあったのだろう。俺もまだロックに限らず子供達の事をちゃんと知らないからな。ま、子供なんて親にだって見せない姿はあるもんだしな。俺にもそんな記憶が薄っすらだがある。これが前世の年齢のせいなのか、転生特典の欠落のせいなのかは不明だが。・・・これはたぶん両方だな。


 離れた所から、子供達に囲まれているスーアンを眺める。いつの間にか目を覚ましたフタバもその輪に加わっている。

「夢が叶って良かったな・・・。」

 輪の中心で幸せそうに笑うスーアンに向かってそう呟く。

「イッスンよ。スーアンはそんなに望んでいたのか。」

 ノインの疑問は最もだ。魔物達から見ればそう感じるだろうな。ヤクモとモモカもノインと同じ視線を俺に向けている。トウオウは・・・なんとなく察しているのか、通常運転の無表情で揺れている。

「あぁ、そうだな。だけどノイン達の思っているのとはちょっと違うかもな。」

「ほう・・・それは興味深いね。聞かせてもらっても良いかい、イッスンよ。」

 俺に口から話して良いものかとも考えたが、スーアンの本当の想いを皆に知ってもらいたい気持ちの方が勝った。

「それはだな・・・。」


 スーアンは儀式に入る直前に、「主様、実は・・・。」と俺に「手」を取得したかった本当の理由を話してくれた。

 勿論、先に話した理由は嘘ではない。が、それよりも、どうしても「手」が欲しかった理由があるのだと。なんだか少し恥ずかしそうに語ってくれた。

 ーー主様が子供達の頭を撫でているのが羨ましかったのだと。ミナ達と手を繋いでいるのが羨ましかったのだと。私も子供達の頭を撫ででやりたい。ミナ達と手を繋いで森を歩いてみたい。そして何より、この両手で子供達を抱きしめる事ができたらどんなに幸せだろう、と。

 実に母親らしい理由だ。正直俺はそんな事を考えた事も無かった。頭を撫でたり、手を繋いだり、抱きしめたり・・・。俺自身が親だったとして、そう思わないという事ではない。俺にとっては手が当たり前過ぎて、それを特別な事だと思ってもいなかった。もしかしたら、ヤクモ達からしてみたら理解できない理由かもしれないが。だが、親になった記憶は無い俺でも、なんとなく理解できるつもりだ。

「なるほど・・・。母親とは凄いものですね、主殿。」

「全くだ。」

「何とも愛に満ちた選択だな、イッスンよ。」

「えぇ、ですがスーアンさんらしい素敵な決断です・・・。」

「そうだな、モモカ。・・・トウオウはなんとなく分かってただろう。」

「おおよそはね。・・・でも、ボクには親がいないからよく解らない感覚だけどねぇ。」

「そう言うなよ、今は家族が沢山いるだろう。何かご不満かね、魔王様。」

「何を言う、白兎の。大満足だ。」

「俺もだ。」

 子供達の質問攻めに笑顔で対応しているスーアンを見つめながら、俺達も笑う。


 ジュウザの頭を優しく撫でる。撫でられているジュウザも今までに見た事のない顔で笑っている。サイを肩に乗せている。サイは何時もふざけているが、普段よりちゃんとはしゃいでいるように見える。頭を撫でられたハクも目を輝かせ興奮気味だ。ミナと手を繋ぎ、ロックと手を繋ぐ。そして子供達をそれぞれ一度づつ、両腕でしっかりと抱きしめる・・・。抱きしめられた子供達もロックやフタバも含めとても嬉しそうだったのが印象的だった。

 その間ずうっとスーアンの瞳は、そよ風に揺れる湖の水面のように光を反射させていた。だがその顔は慈愛に満ちた微笑みを絶やすことは無かった。きっとこういうのを幸せと呼ぶのだろう。そして彼女のみたいなのを聖母と呼ぶのではないかと思う。

 夢が叶って本当に良かったと、心からそう思う。生きる事に、強くなる事にばかり注力していたのではないかと反省する。俺はスーアンの様に幸せになる為の選択をしてきただろうか。だが・・・どちらが大切かと言われれば、きっと両方だろう。今まで俺がしてきた選択が間違っていた訳ではないと思う。真剣に考えて選び取ってきたはずだ。これはスーアンの選択だ。母親の選択だ。俺と同じである必要など微塵もない。素晴らしい選択だったと思う。今は何時かそういう選択ができるようになる為に、家族がそういう選択ができる様に、俺は強くなろう。守れなかったら意味がない。救えなかったら意味がない。失ったら意味がない。俺はまた一つ強く決意する。

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