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36、木を見て森を見ず

 木の幹に左足を掛けて踏ん張り、食い込んだ斧を引き抜こうと試みたが微動だにしない。まるで始めからそうであったかの様に、一塊の岩か木材からその形を彫り出した彫刻の様だ。斧の持ち手を支点に俺の上半身だけが風に揺れている様だ。あまりゆっくりしている暇も無い、早くしないとまたあの針金の様な葉が降ってくる。そう思った時だった。頭の上に何か今までと違う気配を感じる。もう殆ど反射だった。何かが落下してくると感じ、それを角で弾き飛ばした。

「痛っ。」

 本能的な反射だったとはいえ、想定よりも固く重い衝撃を受け危うく首を持っていかれるところだった。それが頭に直撃していたら危なかったと背筋が凍る。一体何がと今弾き飛ばしたものを目で追う。確かに硬度と重量を兼ね備えている事を示す音を立てて落下したそれを。松笠か・・・いわゆる松ぼっくりってやつだ。前にもあったなこんな事。

「おい、まじかよ。」

 斧を掴んでいた手を離し、一旦この場を離れる選択をする。離れ際にその松笠を拾う。見た目が俺の知っている松笠と九分九厘同じものだったが故に重さの感覚が釣り合わない。

「思ったより重いな。」

 卵大で持ち上げる事が難しい程の重さでは無いが、表現するなら松笠の形をした文鎮位の重さはあると感じる。手に持ってみて、更にもう一筋冷や汗が出る。が、冷静にアイテムボックスに入れる。

「ミナ、気をつけろ。本体に近づくと固くて思い実を落としてくるぞ。」

「はい、主さま。」

 華麗に枝と歯を躱しながら返事をする。ミナは慣れてきたのか、持っている斧で枝を払い自分の尻尾で枝の先を切り落としている。あれぇ・・・俺より上手く立ち回れている様に見えるんだが。そう思ってトウオウを見ると、此方を見ているトウオウと目が合った。南瓜の表情自体は変わらないが、その奥にある目が笑っているのが分かる。心なしか始めから笑った形をしている口が普段より余計に細く吊り上がっているようにも感じる。くそう、楽しそうだな。

 とにかくなんとか枝の数を減らしたい。木を倒すなら斧などと安直に考えていたが、そんなに甘くは無かった。もういい。ここからは斧に拘るのは辞め、普段通りにやろう。まずは一本取るぞ。にしてもこの松、やっぱり普通の魔物とは違う。斧を突き立てられても、その痛みに悶えるでも無く、幹に残ったままの斧を自分で引き抜くでも無く、攻撃を繰り出してくる。植物に痛覚が無いかどうかまでは知らないが、無きに等しいのだろう。樹液はあっても血や内臓は存在しない。つまり脳も無い。という事は思考も感情も無いのだろう、たぶん。本能だけで獲物を、養分を接種しようとしているだけ。ならば自動の機械と殆ど変わらない。付け入るならその辺りか。

 不完全な状態ではあるがこの目にも慣れてきた。開き直った事も功を奏したのか先程までより余裕を持って攻撃を避けられる。振り降ろされる枝と松の葉の射撃を躱し、再び幹に近づく。狙うは向かって右の一番下の枝。一番下と言ってもこのままでは届かない。軽く膝を曲げ跳び上がる。枝の裏側から・・・どちらが表でどちらが裏かは定かではないが、両腕と両足で抱きつ様に抱え込む。足を幹の方へ引っ掛け抱え込んだ枝ごと背中側へ仰け反る。

「白兎流格闘術・飛びつき腕拉ぎ逆十字。」

 現在抱え込んで締め上げているものが腕であるかは疑問だが。これが腕であるなら完璧に極まっているのだが、相手は生木だ。これが枯れ木だったなら簡単に折れたのだろうが。しかも鞭の様に動かしていたのだから、撓る撓る。関節もへったくれも無い。此方も意地だ、もはや枝を折るというより幹から枝を無理矢理引き剥がそうとしていると言った方が正しいだろう。力一杯仰け反って掴んだ枝を引っ張る。俺の後頭部がもう少しで松の幹に着くのではないかと思われた頃、足元の方でようやく生木の割ける音がする。このまま引き千切ってやる。幹に引っ掛けていた足を外し幹を足場に立つ。千切れかけた枝を抱えたまま幹を蹴り飛ばし真横に跳びながら回転する。すぐに抵抗が無くなり幹から枝ごと幹との距離が広がる。


 着地すると同時に腕を解き枝を離す。どうやら本体・・・幹からもぎ取られたそれは本来の松の枝に戻ったようで、そのまま地面に転がった。良かった、これが千切れた蛸の足みたいにのたうちまわっている様ならもっと面倒だった。少し様子を伺ってみたが、即座に回復や再生をする気配は無い。ならば攻撃の手数を減らす方向で。

「ミナ、こいつの枝を切り落とせ。葉の着いてる枝の先だけでも良いぞ。できるか。」

 言いつけを素直に実行し続けるみたいに休む事無く続く攻撃を躱し続けるミナに声を掛ける。

「はい。やってみます。」

 そう言って松の木と距離を取る。一度体勢を整える様だ。今までは防戦に徹していたが、攻勢に転じようというのだ。いい判断だ。

「無理はしなくて良いからな。」

 ミナは黙って頷く。言わなくても無茶な事をするとは思えないが。さあ、俺もと思った時、ミナの更に後方から声がする。

「主たま、あたちも、やる。」

 あちゃあ。そうきますか。

「フタバ、今日はミナの実践練習に協力してくれないか。」

 本音だ。正直フタバの法術があれば容易いだろう。そして俺にとってもいい経験になる。

「むぅ・・・。わかったぁ。」

「フタバの。今日はミナのお稽古の日だ。今度ボクと一緒に練習しよう、だから譲ってあげなよ。」

 不満顔のフタバにトウオウが助け舟を出してくれた。フタバもこの提案に機嫌が治ったらしく「あい。」と嬉しそうに返事をした。助かったよトウオウ。軽く手を上げて礼を伝える。トウオウも左手を軽く振った。

「じゃあミナ、行こうか。」

 頷くミナを横目で見ながら、アイテムボックスから初期装備のガガ蟹の鋏を二本取り出す。片手に一本づつ握り顔を上げて、目でミナに合図を送る。


 地を蹴り走り出す。最速ではないにしろ、この速さに殆ど遅れる事無くついて来る。

「白蛇流剣闘術・尾刃剣びじんけん。」

 走りながらミナがそう呟くのが聞こえた。そして俺達はほぼ同時に跳び上がる。ミナは剣に形状変化させた尾と手に持った斧を器用に操り、左側の一番下の枝の葉の付いた細い枝を次々と切り落といている。どうやら任せて大丈夫そうだ。俺は一番上からだ。二段跳びで上方の幹に取り付く。そのまま垂直歩行で駆け上がる。曲がりくねっているので、真っ直ぐという訳にはいかないが。最上段近くまで辿り着くと、そこからもう一度跳び上がり最上部の枝を正面に捉える。

「白兎流格闘術・影技・蟹交閃。」

 成功。やはり恐ろしい切れ味だな、この蟹の鋏。この世界で初めて手に入れた刃物だが、かなりの業物だな。今度ちゃんとした形に加工しよう。よし、この調子で剪定を続けよう。丸坊主にしてやる。

「白蛇流・尾刃剣螺旋斬。」

 枝の付け根に尾を巻き付け、勢い良く跳び上がる。その後落下しながら、たった今螺旋状に削り取ったその枝へ向けて斧を両手で持って振り下ろす。お見事。

 俺もやって見せないとな。近場の細々した枝を素早く切り落とす。落下した枝の音を聞くと、松笠が付いていた事が分かる重い音がする。幹を蹴飛ばし右の最上部の太めの枝の上へ着地する。ここより上の心配は全て取り除いた。そこからすぐに真上へ跳躍する。そして前方宙返りで遠心力を加えながら真下に落下して行く。これだけでは足りない。重加速術を上乗せする。両手の鋏の刃を下に向け、それを並行に構え勢いよく足場にした枝へと振り降ろす。

「白兎流格闘術・影技・加重双爪かじゅうそうそう。」

 二本の鋏は滑る様に松の枝を通過した。鋏の切れ味頼みの一撃は、思ったより効果抜群だった。想定より簡単に枝が切り落とせた。恐るべしガガ蟹、今更ながら本当に挟まれなくて良かったと近づく地面を見つめながら思う。もう一つ宙返って着地する。右側は後一本。あれは流石に同じ方法では無理そうな気がする。どうしようかな。

 ミナは左側の長い枝から生えていた細かい枝を全て切り落とし、付け根に斧を上から叩き込んだ。そこに斧を残し跳び上がる。その斧の上へ両足で踏みつける。斧は更に食い込んだが切り落とすには至らない。もう一度跳び上がり、今度は持ち手方へ。持ち手を掴みそのまま下へと力を加え、梃子の原理で斧を引き抜く。

「フタバ。」

 ミナが鋭い声を飛ばす。フタバは嬉しそう「あい。」と返事をして、斧が引き抜かれた裂け目に向かって風刃を飛ばす。フタバの放った風の刃はまるで吸い込まれる様にその裂け目に直撃する。そこまで考えていたのか。ミナの戦略もそれに反応したフタバも凄いな。これで左側は大丈夫そうだな。・・・俺が何を持って右と左を判断してるのかは曖昧だが。


 残すは右側の一本だけ。明確に取り決めをした訳では無いが、俺の担当の側。なんとかせねば。ふと初手でこいつの横っ腹に叩き込んだままになっている斧が目に入る。俺はどうやら斧の使い方が間違っていたらしい。そもそも斧とは樹木を一刀で両断する道具じゃない。幹を削り取り、切り倒す為の道具。ミナの使い方が正しい。つまり斧の性能が悪かった訳でも無ければ、付け焼き刃だが俺の技の威力が完全に不足していた訳でも無かった。一撃で切り倒そうとした俺の方がものを知らないだけだった。・・・って事は、一撃であの枝を無力化しようという考え方が間違ってる訳だ。となると、だ。

「ミナ、最後の一本は一緒にやるか。」

 残った葉のついた部分を全て選定されてしまった哀れな枝の攻撃を躱しながらそう声を掛ける。ミナの目が少し大きくなって、元の大きさに戻った。

「はい。」

 しっかりと頷いて気合を入れ直した様に見えた。頼もしいな。アイテムボックスに鋏をしまう。

「よし。じゃあミナ、手伝ってくれ。」

 そう言いながら、隙をついて突き立てられたままになっている斧を取り戻す為に持ちての部分を蹴り飛ばす。少し緩んだ。距離を取って低く構える。変則ではあるが久々の流星弾で跳び出し持ち手の上を通過する瞬間、その持ち手を掴みながら身体の向きを百八十度変え俺の足の方向への勢いと一緒に思い切り引っ張る。抜けた・・・が、俺の手からもすり抜けた。松の幹から開放された斧はあらぬ方向へと水平に飛びその直線上にあった別の木に突き刺さった。俺は唖然としたまま腹から落ちた。

「回収できず・・・。」

 身体の前面を払いながら立ち上がる。くそう、失敗した。まぁいいや。俺は冷静に在庫の中から斧を一本引っ張り出す。

「だ、大丈夫ですか。」

「特に問題は無い。ちょっと失敗しちゃったけどな。」

 なんとも言えない顔をしているミナに笑って胡麻化す。正直問題は無いんだが。今日は格好悪いところばかりな気がする。ミナの前では、子供達の前ではできるだけ格好いい俺でいたいんだけどなぁ。上手くいかないなあ・・・。っと、今はそれどころじゃ無い。

「ミナ、連続で叩き込むぞ。」

 俺にそう言われて、すぐに俺の意図に気が付いた表情をして頷いた。そして今回は、皆でだ。

「フタバ、最後の一撃は任せた。」

 手を上げて声を掛けると、フタバは今日一番の高い声で「あいぃ。」と小躍りしながら返事をした。見せてやるぜ、俺達のどこぞの三連星を凌駕する位の連携を。

「俺が先に行く。」

「はい。」

「行くぞ、作戦開始だ。」

 それを合図に走り出し距離を詰める。そのまま幹を駆け上がる。目的の枝の位置を通過し更に登る。此処だ。枝のある方向の上部に跳び上がる。俺の身体がほんの一瞬空中で静止する。次の瞬間重力に引かれ降下を開始する。降下の途中で白い影とすれ違う。目が合う。俺は自然と微かに口角を上げる。すぐに目線を前方へ戻し、斧を振り被る。

「どっ、せい。」

 と掛け声を出して、斧を振り降ろす。何時の頃からだろう・・・力を込める時に声を出すようになったのは。気が付けば自分の身体を持ち上げる時にも出すようになってたなぁ・・・。今現在は身体自体が軽い所為かそこまででは無いが、前世の名残の様なものだろうか。おっと。斧を枝へと叩きつけるのでは無く、枝の輪郭を強くなぞる様な意識でその枝と交錯する。手応えは充分、そのまま降下して大地へと無事に帰還する。

 着地する直前に、頭の上で木と斧の衝突する音が聞こえた。すぐにその場から二歩前に進み向きを反転させ、斧から手を離し見上げる。白くて小さくて美しいものが、俺の辿った軌道を寸分も違わぬ様にしているみたいに降りてくる。俺は両手を広げお役目を果たしたミナを優しく受け止める。

「や。おかえり。ご苦労さま。」

 俺に抱きとめられ、いわゆるお姫様抱っこの形になっているミナは、状況が飲み込めず、目を瞬かせている。ミナは人間の少女だった事は無いので、この状況で照れる様な事にはならないが。

「この方が安全かなと思っただけだ。ほれ、ミナ。」

 ミナを地上へ立たせながら顎で、今か今かと待ち構えている小さな梟の方を指す。それを見たミナはまだお役目が全て終わっていない事を思い出し、俺が指し示した方を向いた。

「フタバ、お願い。」

 低めだが良く通る声で呼び掛ける。ようやく自分の出番が回ってきたフタバは今までで一番気合の入った「あい。」と同時に風の法術を放つ。

「連、風、列、刃。」

 フタバの五倍程の長さの風刃が五六発、列を成して俺とミナが付けた傷口に吸い込まれていく。

「うぉっ、思ったよりでかい・・・。」

 思わずその通り道を開けてしまいそうになる程の大きさだ。だいぶ気合が入っておりますなぁ。余程一緒に戦いたかった・・・と言うより、役に立ちたかったんだな、きっと。そんな事心配しなくても、フタバは充分皆の助けになってると思うんだけどな。でもフタバ自身がそう感じているんだろうから、言葉にして伝えても簡単には納得しないだろうなぁ。難しいよなぁ、こういうの。俺にもなんとなく身に覚えがあるような気がする・・・たぶん。

 俺達の頭上を通過していった風刃は予定通り、動く木(松)の最後の枝を切り落とした。まあ二発目で既にその枝は幹から離れてしまっていたんだけどな。半分で良かったなぁ。残った風刃は関係の無い木の何の関係枝を数本切り落として消えた。申し訳ないから、後で忘れずに回収しよう。斧も忘れない様に。そしてフタバにはどうやって話そうかなぁ、褒めない訳にもいかないし。難しいなぁ・・・。おっと。まだ終わった訳じゃなかった。


 まるで近所の悪餓鬼が雷親父の盆栽を剪定した様な哀れな姿になってしまってはいるが、まだ伐採に成功した訳では無い。このままにしておけば地中から養分を吸い上げ、いずれは再生してしまう可能性が高い。故に放っておく訳にもいかない。それでもほんの一瞬で復活する事も無さそうだが。最早此方を攻撃する手立ても無いとはいえ、移動する事は可能だろう。時間もあまり掛けられない。どうするか。などと考えながら足元の斧を拾い上げフタバの方を見る。

「凄いねぇ。でも、目的以外のものまで切ってしまうようでは、まだまだだねぇ。フタバの。」

 トウオウが笑いながら、満足気なフタバを褒めつつ未熟な点をきちんと伝えている。俺の懸念していた事を上手く言葉にしてくれた。ありがたい限りだ。フタバもトウオウの言った事をちゃんと理解して「そうかぁ。」と感心している。

「目的はちゃんと果たしているよ。だけどその為に他に被害を出してるようじゃあフタバの主たまみたいにはなれないぞぉ。」

 フタバも「あい。」と返事をして鼻をぴすぴすさせた。・・・何も俺みたいになる必要は無いんだけどな。それに俺を引き合いに出さなくてもと思わんでもないが。しかし俺だけが子供達を育てている訳じゃない、こんなに頼もしい仲間が家族がいるのだとあらためて認識した。己の思い上がりにも、だが。


 俺達を捕らえる為の手段を失いどうする事も出来ないまま身体を捩らせている松の木に目を向ける。思考が存在しない以上、この状況で逃げ出すという選択肢も無いのだろう。ただ本能で近くにいる獲物を捕獲しようとしているだけ。これならゆっくり切り倒す事もできそうだが。

「あの・・・主さま・・・。」

 拾った斧を杖の様について左手を腰に当てながら悶える松を眺めていた俺にミナが声を掛けた。

「ん。何だ、ミナ。」

「あの・・・これ、この木を倒すの、私がやってみても良いですか。」

 おや、意外な提案。普段あまり自分から何かしたいと言わない子だ。

「ああ、構わないけど。何か策があるのか。」

 最早この木に策など必要は無さそうだが。

「・・・試してみたい事が、あります。」

 なるほど、そういう事か。反撃を心配しなくて良いこの状況はいい機会かもしれない。

「そうか。わかった、よろしく頼む。」

 ミナは少し嬉しそうな顔で真剣に頷いた。

 ミナは松から少し距離を取る。俺は更に距離を空け、何か不測の事態が合った時の為にミナの後方に立ち見守る。何時でも走り出せる様に警戒しながら。どうやら何かが始まる様だ。

「白蛇流法剣術・薄氷刃。」

 ミナがそう唱えると、自身の剣化させた尾の周りに氷の破片の様なものが浮かび上がり、ミナの尾に纏わりついていく。氷は薄い板状で、まるで割れた窓硝子の破片。その破片が剣状になったミナの尾の刃に沿うように一列に並んでいく。そうきたか・・・。

「あれは・・・鋸。」

 ミナはあれを自分で思いついたというのか・・・。ミナが・・・いや、ミナに限らず魔物が鋸を知っているはずが無い。ノインやトウオウはともかく、生まれてから「人」や「文明」に触れた事の無い、見たことすらない、魔物のミナが自分で考えて編み出したのか。脱帽だよ・・・帽子は被っちゃいないが。なんだか笑えてきた。

 ミナは氷を纏わせた尾を胸と腰の中間位の高さで刃を外側へ向け、ぐるりと自分の胴体の周りを土星の輪の様に一周させた。一呼吸置いて、松に向かい走り出した。目的地に辿り着く直前でほんの少しだけ浮き上がり、まるで氷上の踊り子の様に身体を高速で回転させ始めた。

「白蛇流剣闘術・氷刃円舞ひょうじんえんぶ。」

 ミナはそのまま幹の外周を沿うように、半円状の範囲を左右に二三度往復した。それこそ円盤型の鋸が木を削る様に木屑が舞い上がる。それに混じって何か光を反射して煌めくものも飛び散る。・・・あの尻尾に纏わせた氷の刃の破片か。流石に刃こぼれしない訳では無いらしい。それにしても、ミナの舞う様に回転する姿と舞い上がる煌めく粉塵とが相まってなんとも美しい。俺の後方からも「おぉ。」という歓声と「凄い、凄い。」という黄色い歓声が上がっている。気持ちは解る。俺も溜息の一つも漏らしたいところだが、いざという時の為に気を抜くわけにもいかず、堪える。

 かなりの勢いで削っていたのでこのまま切り倒すかに見えたが、幹の直径の五分の三程切り込んだ辺りで回転が止まる。ミナは松の幹の左側に着地し、その切込みの隙間に尾を横一文字に差し込んだ。そして「いやぁぁぁっ!!」というミナにしては珍しい掛け声と共に木の向こう側へと力強く前進した。すると当然尾はミナの身体に引かれ追いかける。それと同時に目一杯で鋸を引く力に変わる。

尾を全て引き抜き二三歩進み止まる。その尾は元の美しいミナのものに戻っていた。


 素晴らしい一撃だった。・・・だが完全に切り倒すには至らなかった。残りは六分の一程度だろうか、これなら俺でも何とかできそうだ。美味しい所を持っていく様で申し訳ないが、追い打ちをするなら今しかない。俺は手に持っていた斧をアイテムボックスに放り込み、最大速度で走り出す。

「ミナ、最後は任せるぞ。」

 そう叫んで幹のだいぶ手前で跳び上がり松の上部へ向かい放物線を描く。上部の幹と交錯する寸前に左手でアイテムボックスから鎖を一本引き抜き、幹へ巻き付ける様に横に薙ぐ。幹の向こう側を通り俺の方へと戻って来た鎖の端を右手て掴む。そして俺はその勢いのまま幹の向こう側へと通り抜ける。聖夜に良い子へ贈り物を配る老紳士よろしく、両腕で右肩に鎖を担ぐようにして力の限り引っ張る。更に重加速を使用し引き倒す力に変える。

「白兎流格闘術・影技・投釣り落し。」

 松の木は豪快な木材の折れる音を上げながら横倒しになる。それでも、それこそ首の皮一枚程ではあるが、まだ完全に切り離す事が出来ない。だがそれも想定内。俺は着地と同時に叫ぶ。

「今だ、ミナ。」

 やっている事は地味だが、見た目が派手な出来事に少し呆気に取られていたミナは意識を取り戻しすぐに駆け出す。高く跳び上がり、斧を両手で持ち自分の頭の後ろへ振り被る。落下と同時に今度は縦に回転する。そして僅かに残った接合部分に向かいその斧を振り降ろす。

「白兎流格闘術・斧撃・獅子落し。」

 なんという感性なのだろう、ここで白兎流を応用した技を選択するとは。確かにある程度今まで俺が使用した技を稽古の時に、参考までにお披露目した事はあるが。それを自分でもできるように練習していたのか・・・。頭が下がる。

 強烈な一撃は確実に決まり曲がりくねってはいるが、全ての枝を落とされた一本の丸太と切り株に分断された。という事は、残すはこの切り株だけとなった。鎖とその丸太をアイテムボックスに収納して太めの竹を取り出す。それを棒高跳びの要領で走り込み、未だ建材の切り株のしたへと斜めに差し込む。それを放置して切り株の竹を差し込んだ方の反対側に回り込む。

「ミナ、あの竹の端に思い切り飛び乗れ。」

 ミナは「はい。」と返事をして高く跳び上がり竹の端に飛び乗った。竹は撓りながらも梃子の原理で切り株を僅かに浮かせた。高まだ足りない。ミナもそう直感したらしく、今度はその竹の撓りの反動を利用して今一度、そして先程より高く一直線に上空へと舞い上がる。頂点まで達し徐々に落下し始める。そこから空中で高速で前宙をしながら降下してくる。重さが足りない分を遠心力で補うつもりの様だ。竹に到着する手前で回転をやめ、鉄棒選手のように両手で竹の棒を掴み下へと力を掛ける。流石にこれだけの力が掛かると切り株の方も堪え切れなくなりその身をだいぶ斜めに浮かせた。此処まで来れば後は俺の仕事だ。反対側で待ち構えていた俺は直径が小さめの中華鍋程の切り株を両手で抱え込む様に掴む。下半身に力を込めて踏ん張る。そして今日一番の渾身の力を込めて、持ち上げる。俺の胸部に鉄鋲はついてはないけれど、お前を必ずぶっこ抜いてやる。

ーー《白兎流格闘術・ダブルレッグ・スープレックス。》

「どぉりゃぁぁぁぁぁっっっ!!」

 大きな掛け声と共に反り返る。切り株は長い根っこを引き連れて、遂に地面から剥ぎ取られた。そしてそのまま切断面を地上に叩きつける。この時はっきりと目に見えた訳では無いが、何かがこの切り株から霧散するのを感じた。

「今のは・・・。」

 それが何であったのかを確かめようかと思ったが、目の端にだいぶ弱々しくなってはいたがまだしぶとく数本の太めの根をうねらせている、裏返しになった切り株が映った。まさかと思い反射的に近くにあった竹に手を伸ばしそのまま半月状に振り、叩きつけた。ようやく動く松は力尽き、スキルポイントが加算された通知を確認した。


 やっとの事で終わったのを確信して一息つく。ミナとフタバに「お疲れ様。」と声を掛ける。そして少し思考する。あの何かが霧散する様な気配の事を。おそらくあれはあの松を魔物化させていた邪気の様なものと考えられる。それが強い衝撃を与えた事で身体の中から叩き出された、別の表現をするなら払われたと思われる。って事は、切り倒す必要は無かったんじゃ・・・。徹底的に叩きのめせばただの木に戻ったのではなかろうか。そしてそれをおそらくあの南瓜の魔王は知っていた・・・。両目を上弦の月の様にしてトウオウの方を向く。すると嬉しそうに此方へ飛んでくるフタバを追うように向かってくる。

「主たま、あたち、進化する。」

 おっと、勢いを削がれた。えっ、進化。

「おぉ、そうか。じゃあ帰ってからにしような。」

「あい。」

「それよりも・・・トウオウ。お前、知ってたな。」

 トウオウは首を二三度左右に傾げた。あれ、違ったのか。

「大方の予想は、といったところかな。切り倒す必要があるかもしれないとも思っていた。」

「あぁ・・・そぅ・・・。」

 嘘はついてはいないようだが、初めに聞いた時知っているような口振りだったと思うが。

「・・・すまない、イッスンの。ボクは基本的に戦わないから、少し知識不足だった。」

 そう言われて納得した。それにいざとなったら森を焼く事になってもトウオウは戦ったのでは無いかとも思う。

「そうか。いや俺の方もすまない。でもいい経験になったし、次からはもっとちゃんと対処できる。だから問題無い。」

 トウオウは帽子を外し紳士的に頭を下げた。


 俺はミナと一緒に松の木の部品やフタバが切り落としてしまった他の木の枝、俺が明後日の方向にすっ飛ばしてしまった斧を回収して回った。その際ついてきていたフタバが申し訳無さそうに「ごめんなさい。」と謝った。「これから気をつければ良いさ。」と応えると「あい。」と元気に返事をした。

「今日は想定外に疲れたから、帰ろう。」

 俺がそう言うと皆は了解した。また行動範囲を広げる計画は思ったようには進まなかった。が、思わぬ収穫もあった。木材や針金の様な松の葉、ぶつけるだけでも効果の有りそうな松笠。そしてなによりミナとフタバの成長の確認。これからの楽しみが増えた。それだけでも良い日だった。それにしても脅威になるほど強くは無かったが、必要以上に面倒な相手だったなぁ。体力はともかく精神的に疲れた。早く帰ろう。

「帰ったらフタバの進化を皆でお祝いしような。」

「はい。」

「そうだねぇ。」

 フタバは「あいぃ。」と黄色い声で喜びを最大限表現した。

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