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29、おやすみなさい 明日はおはよう

 我が家の上に鎮座する御神木から落ちてきた小さなご近所さんと思われる梟を思わず受け止めてしまったが、俺の腕の中で驚きのあまり気絶しそうになり頭を回すように揺らしているこの梟をどうしたら良いか分からずにいた。庭に勢揃いした家族の面々が興味深そうに腕の中を覗き込むた為に、俺を取り囲むように近づいてくる。

「この者がこの上に住み着いていた者ですね。」

 スーアンが確認する様に一度御神木を見上げた。おそらくそうだろうな。複数の魔物がこの御神木に、キリノインが言うように聖域と化しているこの場所に住み着いているとは考え難い。そしてそれは俺達に敵意があるとも考え難いと言えるだろう。

「あぁ皆・・・取り敢えず少し離れてくれ。」

 キリノインは数歩小さく下がる。だがその他の皆は不思議そうに俺を見た。

「イッスン様、この魔物からはそんなに危険な気配は感じませんが・・・。」

 モモカの言う通りだろう。だが離れてくれと言った理由はそれじゃあない。

「そういう事じゃないよ。こいつが持ち直した時にこの数の顔が目の前にあったら驚くだろ。そしたら今度は気絶するだけじゃ済まないかもしれないだろ。」

「これは・・・失礼しました。」

 ヤクモは頭を下げ、皆に少し離れるように促す。

「悪いなぁ、キリノイン。皆に紹介したいところだが、少し待ってくれるか。」

「なに。問題無い。・・・その間に少しその家を覗いても構わないだろうか。」

「ん・・・それは構わないが・・・。」

 意図が分からんが、別に特に問題は無いだろう。「じゃあボクが案内するよ。」とハクが買って出てくれた。まぁ、「案内」する程の事とは思えないが。

「気にしないでくれ、純粋に興味があるだけだよ。・・・それにもしかしたら私の技能が役に立つかもしれない。それを調べたい。」

 なんですと。それはどんなものなのか凄く興味があるが・・・今はこの腕の中の梟が優先だ。俺は大きく揺らさぬように静かにその場に腰を降ろす。


 乱れていた呼吸も落ち着きを取り戻し、ゆっくりと瞼を持ち上げた。

「気が付いたか。大丈夫か。」

 驚かさぬ様に細心の注意を払い、腕の中の小さなお客さんに出来うる限り優しくそう声を掛けた。小さく頷いたが、いまいち状況を把握しきれずにいる様子だ。

「一応、はじめましてで良いのかな。俺はイッスン。・・・知ってるとは思うけど、ここに住んでる白い兎だ。」

 何度かゆっくり瞬きをした。そして今一度小さく頷いた。

「わたちは、若葉梟・・・だよ。」

 可愛らしい声で教えてくれた。梟で合っていた、正解。『おめでとうございます。』どうもありがとう。

「そうか。君もずっとここに住んでいたよね。」

「うん。ここ、凄く安全だから・・・。」

 そりゃぁ安全だろうよ、どうやらここは聖域に近い状態らしいしな。その上更に聖獣が来ちゃったから本格的に聖域になりつつあると思われる。『是、肯定します。』やっぱし。しかし此処に住み着く事ができる君は聖獣に近い存在なのか。・・・これには返答無し、か。セッテさん、難しいです。『恐れ入ります。』はい。

「ごめんなさい・・・。」

 酷く困った様な、申し訳無さそうな顔でそう言った。

「ん。何がだ。」

「勝手に、住み着いて・・・。」

「謝る必要は無いさ。」

 と笑いながら首を振る。

「ホントに?・・・怒ってない?」

「ああ。」

 当たり前だ。何処に怒る要素があるというのだろう。現在俺の腕の中に収まっている小さな梟が、俺達に迷惑を掛けた事など今の今まで一度も無かったのに。まぁ、この奇妙な魔物の群れに囲まれたら怯えてしまう気持ちは解らないでも無いが。

「君も此処が気に入っているんだろう。」

 そう尋ねると、消え入りそうな可愛らしい声で「うん。」と頷きと一緒に返した。

「・・・なあ、これも何かの縁だ。良かったらこれからは、俺達とちゃんと一緒に暮らさないか。」

「え?」

 俺の提案に瞬き首を梟の持ち味を活かし様々な方向に動かしている。・・・そんなに混乱しなくてもいいのに。可愛いな。俺は少し大きく息を吸う。こんな事を言うのは些か気恥ずかしいが、何時か木の上のお隣さんに会えたら言おうと決めていたんだ。意を決してその言葉を口にする。

「君さえ良かったら、俺達と家族にならないか。」

 口にして思う。やっぱりちゃんと恥ずかしい。俺のご自慢の耳が徐々に熱を帯びるのが分かる。その言葉を投げ掛けた相手を直視できない。かといって、この腕を解く訳にもゆかず往生する。俺から距離を取って待機している皆も固唾を呑んで見守っている。それがまた一層恥ずかしさに拍車を掛ける。鼻の頭がむず痒いが、生憎今俺の両手が塞がっている。

「家族・・・あたちも・・・。」

 俺の提案を整理するのに少し時間が掛かっている様だ。まあ一般的な魔物からすれば非常識な、摂理に反するような提案だ。混乱もするだろう、仕方のない話だ。

「嫌なら断ってくれて構わない。勿論断っても今まで通り此処に住んでくれて問題無い。」

 追い打ちの様な事をしてしまったかな。更に考え込んでしまった様に見える。首をあらゆる方向に動かしながら一生懸命に考えてる姿は、何時までも眺めて要られそうな可愛らしさだ。・・・急かさずゆっくり待とう。


 赤ん坊を抱くような体勢で暫くじっとしていた。それにしてもこの梟の方も俺に抱かれたままになっているが、それで良いんだろうか。おそらくその事に気付いていないんだろうなぁ。今はそれどころじゃあ無いんだろう。なんか申し訳ない気がしてきた。

 ふと腕の中の微振動が止まる。視線をその振動の主に向けると、その主の方も俺を見上げていた。

「・・・うん。」

 表情からはその決意を汲み取る事は出来なかったが、頷きと共に発せられたその一言は確かに俺の提案を受け入れた事を意味した。

「そうか。良かった、嬉しいよ。ありがとう。」

「あたちも、新しい、家族。・・・あたちも、嬉しい。」

 その言葉を聞いて少し安心した自分がいる事に気が付く。それは断られなかった事にではなく、受け入れてくれた事にでもなく、俺の提案を「嬉しい。」と言ってくれた事にだと思う。

「じゃあ、まずは名前を決めないとな。」

 そう言いながら、ずっと腕に抱いていた梟をそっと地面へと降ろす。

「名前。」

 胡座をかいた俺の前に、ちょこんと立った梟は不思議そうに俺を見ている。

「そうだ。此処にいる皆・・・家族・・・には名前があるんだ。ま、俺が付けたんだが。だがら君にも付けたいんだが。良いかな。」

「うん。あたちも、名前、欲しい。」

 嬉しそうにその場で小刻みに飛び跳ねた。可愛い。

「じゃあちょっと待ってろ。今考えるから。」

 そう言って「うん。」と首を縦に振った小さな梟を改めて良く観察する。小さい梟。森の賢者か・・・現在はまだその風格は備わってはいなさそうだな。確か種族は、若葉梟だったな。・・・なるほど。確かに頭の天辺に十円玉二枚分位の大きさの葉っぱが二枚生えている。可愛い。うん・・・名前は決まりかな。『始めから決定していた様に思われます。』やっぱりセッテさんもそう思いますか。『是、肯定します。』ですよね。

「フタバ《双葉》。」

 俺の声に反応して此方を向き瞬きをする。

「フタバ、なんてどうだ。君の名前。」

 首を二度縦に振り「フタバ、フタバ。」と何度も連呼しながら小躍りらしき事をしている。どうやら喜んでくれている様だ。一安心だ。

「それじゃあ君は今からフタバだ。」

『技能・命名の使用を承認しました。』

 フタバは小躍りしたまま淡く発光した。発光が治まっても自分が今付けてもらった名前を繰り返しながら小躍りを続けていた。無邪気というかなんというか。・・・あれ、名前を付けると色々と状況が変化して皆、多少なりとも混乱していたはずなんだけどな。

「あ、あの・・・フタバ。」

「なに。」

 ようやく小躍りを止めて、俺の方を満面の笑みで振り向く。そして少し首を傾げる。

「あ、いや、大丈夫なのか。その・・・色々と、情報というか変化というかがさ・・・。」

「うん。大丈夫。全部、わかった。」

 なんですと。にわかには信じ難いが、フタバは「それがなにか。」みたいな顔で此方を見ている。どうやら嘘をついている御様子は無い。なるほど・・・森の賢者の二つ名は伊達じゃないという事か。見た目でフタバの事を侮っていた。良くないな、反省だ。

「そうか。なら良いんだ。」

 そしてもう一つフタバに聞かなければならない事がある。

「なあ、フタバ。皆みたいに俺に仕える形にするか。それともキリノインみたいに一緒に住むだけにするか。どうする。」

「あたちも、一緒が良い。・・・家族。皆と、家族ぅ・・・。」

 あれ、なんか知らんけど若干涙目になっているのだけれど。

「あぁ、分かった。悪かったな、フタバ。じゃあ今日からフタバも俺と主従だ。」

 そう言い終わり、フタバが嬉しそうに勢いよく頭を立てに振ると、セッテさんの定型文が流れ二度目の光に包まれる。お決まりの儀式が終了すると、フタバは俺の胸に飛び込んできた。それを合図にして周りで成り行きを見守っていた皆が集まって来た。

「ようこそ、フタバ。皆に紹介する。・・・キリノインも、待たせたな。」

 庭の中央に車座になり家族達の自己紹介が始まった。


 実は取得した魔物の言語の種類が34を越えた時点で、統合され魔物言語という技能に変化した。それに伴い、主従の絆の恩恵で皆もその技能を等しく取得した。その為、今回初めて梟と、フタバと遭遇しても会話が出来たと言う訳だ。初めての統合技能の取得という事になる。そしておそらくだが、これで殆どの魔物と会話する事ができる様になったと思われる。


 自己紹介も終わりキリノインとフタバはジュウザとサイの質問攻めに合っていた。キリノインはその一つ一つに、答えられるものに関しては丁寧に答えていた。フタバの方は頭の回転は早いようなのだが、自分の思考に自分の言葉が追いついていかないようで、受け答えに四苦八苦していた。それを見兼ねてミナが助けに入っていた。そしてロックもフタバの側に寄って無言ながら庇うような行動をしていた。ミナもロックも弟が出来たような気持ちなのかもしれない。つい目を細めてしまう。

「そういえば、イッスンよ。」

 取り敢えずは満足したジュウザとサイから開放されたキリノインが俺に声を掛けた。

「先程調べた結果、私の技能の一つが役に立つかもしれない。試してみたいのだが、良いだろうか。」

「お、おぉ・・・。それは別に構わないけど、どんな技能なんだ。」

 思わぬ提案だ。キリノインの事だからこの聖域を壊してしまう様な事態にはならないとは思うが。

「空間拡張だ。この場所が限りなく聖域に近い状態だからこそ、私のこの技能が使えそうなのだ。」

「それは、一体・・・。もしかしてその技能って・・・。」

「おそらくイッスンの想像と大きな差は無いだろうと。」

 なんですと。って事はやっぱり外側、外壁の大きさは変えずにその中の空間だけ拡げる事ができるのか。それって凄く助かるが、そんなチートみたいな力を使って良いものかと少し不安にもなる。

「特に問題は無いだろう。物を収納できる異空間と似たようなものだろう。私も実際に使用した事が無いから何とも言えないが。」

 そう言われれば、確かにアイテムボックスに比べれば空間を拡げるだけだから大丈夫そうだが。・・・アイテムボックスは時間の経過速度まで変わっちゃうもんなぁ。それより俺ってそんなに感情が顔に出てるのかしら。

「良いじゃないか、やってみよう。俺達は一回外に出たほうが良いかな。」

「・・・そうだね。おそらく大丈夫だとは思うが、念の為その方が良いかもしれないな。」

「分かった。皆、ちょっと聞いてくれ・・・。」

 事情を話し、ぞろぞろと庭の入口から外に出ていく。

「そうだ、イッスン。」

「なんだ。」

「せっかくだから先にこの場所を私の聖域化の技能で本当に聖域にしてしまおう。どうだろうか。」

「なんですと。」

「駄目かね。」

「いやいや、願ってもない申し出だ。・・・まぁ放っておいてもキリノインが此処に住んでれば、そのうち聖域になっちゃうと思うけど。」

 キリノインは「ふふ」と微笑み「確かにな。」と呟いた。俺は右腕を軽く上げ、最後に庭を出た。その出入り口を塞ぐ様に横並びになって、興味津々に中を覗き込んでいる。特に子供達・・・子蛇三兄弟は踊る心を押さえきれない様で、目を輝かせ口を真一文字に結び鼻から勢い良く呼吸をしている。ふと見るとミナはフタバを抱き抱えている。すっかりお姉ちゃんだ。フタバの方も何の抵抗もせずミナの腕の中に納まっている。仲良き事は美しきかな、だな。

 キリノインだけが残った家の方を見ると、その美しき麒麟は庭の中央付近にまるでそこに重さが無いかの様に直立して、ゆっくりと見回した。それが終わると目を閉じ、ほんの少しだけ頭の位置を下げた。キリノインの身体が水色掛かった白い淡い光を放つ。キリノインを中心に光の粒子で形成された円輪がふわりと水平に広がっていく。その円輪が家と外との境界に達すると、おそらくそれが聖域の範囲という事になるのだろう、飛沫の様に弾けて消えた。すると範囲の内側が光り輝く。その光が間違いなく聖なるものだと、一度も聖なるものを見た事が無かったとしても確信できる光だった。光が治まるとその中から先程と同じ体勢のキリノインが姿を現す。ゆっくり目を開け此方に顔を向けて微笑んだ。

「これで此処は聖域になった。・・・では、もう一つ。もう少し待っていてくれ。」

 俺は微笑んで頷く。その言葉が届くまで大きく口を開けっ放していた子蛇三兄弟は勢いよく何度も首を縦に振った。ミナは感心した様にキリノインを見つめ、フタバはその腕の中で小さな翼を上下させて喜んでいる。ロックでさえ前傾姿勢でお尻を突き出したまま、飛び跳ねている。ヤクモ達も多少興奮気味にその視線をキリノインの方へ向けている。そんな皆の視線を受け取ったキリノインは、静かに笑った。それは喜び故か、はたまた照れ隠しか。


 向き直り、今度は目を開けたまま一つ呼吸をする。気合を入れているのか、冴え渡るような表情も男前だ。・・・麒麟さん相手に「男」前も無いか。キリノインの身体から庭を含む家全体に光が放出される。すると徐々にだがキリノインの姿が縮み始めた。目の錯覚かとも思ったが、その大きさが元の四分の一程縮んだ辺りでそれが錯覚では無いと実感する。「おぉ。」と感嘆の声が漏れる。十分の一かそれよりも、もう少し小さくなった辺りで止まり、キリノインが身体ごと此方を振り向く。庭の出入り口でまるでひな壇に並ぶ様に陣取って見守っていた俺達に向かい、小さくなったキリノインが悠然と近づいて来た。

「イッスン、上手くいった様だ。」

「みたいだな。」

「お待たせした。もう入っても大丈夫だぞ、ジュウザ。」

 自分より小さくなったキリノインから声を掛けられ、本当に待ちきれなかったみたいで飛び出そうとした瞬間、その尻尾をヤクモが前脚で踏んづけた。

「待て。一番初めは主殿だ。」

 尻尾を踏まれ地面にうつ伏せになったジュウザに、窘めるように言った。ヤクモは皆に場所を譲り最後列からその一連を眺めていた俺の方に顔を向ける。

「良いんだ、良いんだ。さあ皆、俺に遠慮しないで入ってくれ。」

「いや、しかし・・・。」

 本当にヤクモは真面目だな。俺を立ててくれるのは嬉しいが、俺自身はあまりそういうのは気にしない。特にこの世界に来て、ましてや兎になってからは気にならなくなった。前世の時は気になったりしていたのだろうか・・・。うん、覚えちゃいない。

「良いじゃないか、皆の、俺達の家なんだから。子供達が先で良いじゃないか。」

「流石、イッスン様はお優しい。そうですよ兄上、良いじゃないですか。」

 モモカの援護射撃もあってヤクモは苦笑いをして首を振りジュウザから脚を離した。

「ありがとうな、ヤクモ。」

 謝罪をしようとしていたヤクモの先回りをして、そう声を掛けた。ヤクモは観念したように軽く頭を下げた。スーアンも同じ様に頭を下げた。

「さ、皆。主様のお許しが出ましたよ。」

 と、子供達に声を掛けた。それを聞き終わるか終わらないか位で、ジュウザとサイは歓声を上げて中へと飛び込んだ。ハクは恐る恐るというのか興奮を懸命に自制しながら、ゆっくりと中へと入って行く。庭の中からジュウザとサイの興奮しはしゃぐ声がする。ミナは右腕でフタバを抱え、左手をロックと繋ぎ普段と変わらぬ速度で庭に入る。庭に入った子供達の姿が瞬時に俺の掌に乗りそうな程小さくなるのを目の当たりにし、ヤクモやモモカ、スーアンと互いに顔を見合わせる。その驚きの表情が自然と笑顔に変わる。流石にこれは俺でも興奮を抑える事は難しそうだ。足が勝手に小走りになる。

 生まれてから今日までの殆どを過ごしてきた我が家の庭に駆け込むと、そこは見慣れたはずの庭が英国貴族の宮殿の庭園の様な広さに様変わりしていた。驚きのあまり声さえも出ない。ただただ棒立ちのまま口を半開きにして見回す。良く見れば岩や草の形や数、その位置に、元の庭の姿との共通点を見つけることが出来、此処がそのまま縮尺が変わり広がっている事が朧気ながら理解できる。

「本当に凄いな・・・。」

 近づいてきた、元の体格差に戻ったキリノインにそう伝える。

「そうだな。私もこの技能を使う機会があるとは思わなかった。・・・お役に立ったかな。」

「それは、もう。勿論。」

 これなら子供達も安全に心置きなく走り回る事ができるな。まぁ・・・既にジュウザとロックは追いかけっこを始めている。フタバも楽しそうに飛び回っている。その姿を目で追うと、その後ろに今までより大きく空が見えた。まさに満天、本当に星が降ってくるのではないかと錯覚してしまう。あれが天秤、羽扇、風車・・・。無意識に星座を数える。


 余談だが、この後「キリノイン」の呼び名が省略されて、普段は「ノイン」と呼ぶようになるまでに多くの時間は掛からなかった。そして、フタバは女の子でした・・・。


 暫くの間、何をするでなく庭を歩いていた。家の入口もキリノインでも簡単に通り抜けられる程大きくなっていた。それに伴い家の中も信じられない程広がっていた。天井も遥か彼方に。

「これなら、天井に角が刺さる心配は無さそうだな。」

 何も言わず俺に追従していたヤクモの方に首を振り声を掛ける。

「いえいえ、主殿なら判りませんよ。」

 と、首を大きく上へ向けて目を細めて言った。

「しかし本当に大丈夫なのか、こんな事しちゃって。」

 ヤクモの反対側にいたキリノインに、改めて一抹の不安を投げ掛ける。

「特に大きな問題は無いだろう。そもそもこの技能は聖域に、もしくは聖域に極めて近しい場所にしか使用できない。」

「そうか・・・それなら良いんだが。でもさ、仮にこの場所を離れる時は、此処はこのままでも良いのかな。」

 キリノインは少しだけ考える。

「そうだね。もし気になるなら、その時は元に戻して離れれば良いだろう。その必要も無いとは思うが。」

「その根拠は。」

「此処が聖域になった以上、通常の魔物の類や魔界獣の類が近寄る事は考え難い。もし近づいてくるのならそれは、君達に近い存在かもしくは此処を侵そうとする意思を持つものだろう。そんなものがこの辺りに・・・と言うよりこの世界に多くいるとは考え難い。」

 なるほどな・・・。それはやはりこの世界に「人間」の様な存在は、いないと。少なくともそう多くの数が存在してはいないという事を意味していると解釈して良さそうだ。無論、まだ確定では無いが。

「それには、魔族も含まれるのか。」

「それこそ魔族の方が安全と言えるだろう。幾度か出会った事があるが、此方の世界に来ている魔族の殆どが、争い事を嫌う傾向にあるからだ。自ずから魔物を襲う事さえしないと言っていた。多くの場合、傍観者・観察者になるようだ。」

「そうか・・・。」

「只・・・暇を持て余しているので、興味本位で此処へ来る位の事はあるかもしれないが。」

「此方に危害を加える気が無いなら、別にそれは構わないが。魔族は此処に入れるのか。」

「イッスンよ、魔族だからと言って、悪しき者な訳では無いぞ。特に此方の世界にいる様な魔族はな。」

 キリノインの言葉に自分が勝手に魔族を悪者にしていた事に気付く。良くない事だ。反省する、いや猛省する必要がある。

「敵意のある者、邪なる者で無い限り此処には魔族でも入れると思うぞ。」

「了解した。」

 魔族に対する意識を変える必要があるな。それでも全く警戒しないという訳にもいかないだろうとも思う。出会ってしまった時の対応を考えておこう。その選択肢を増やす為にも、もっと強くなろう。技能も吟味しないと。


 「ところでイッスンよ。先程から少し気になっていたのだが、聞いても良いか。」

「なんだ。」

「君は此処を離れるつもりなのか。」

 おっと、そんな質問が来るとは思ってもみなかった。

「・・・離れると言うより、旅がしたいかな。せっかくだからこの森の外側を、この世界を見てみたい。」

 何時かはと、なんとなく思っていた事を初めて口にした。

「やはりか・・・。」

 キリノインはその後に続く言葉を呑み込んだ様にも見えた。何だったのだろう。

「今すぐにって訳じゃないが。・・・俺としては皆と一緒に行きたいなと思ってるけど、この森を離れたくないって言うなら無理強いはしたくない。」

「私は主殿について行きます。」

「私もです、イッスン様。」

 俺の後ろから聞こえたヤクモとモモカの声に振り向くと、何時の間にか皆が俺を取り囲むように集まっていた。

「勿論、私も共に参ります。」

 とスーアンもゆっくりと頷いた。ジュウザも力強く何度も頷きながら「俺も。」と言っている。サイもハクも。そしてミナも「私も。」と囁くような声だったが、首を力を込めて少しだけ縦に振った。

「僕は、師匠の、弟子だから、一緒に、行く。」

 ロックにとっては旅云々ではなく一緒にいる事の方が重要なのだろう。

「あたちも、世界の事が、知りたい。皆と一緒が、いい。」

「フタバの言う通りだ、イッスン。私も皆と一緒がいい。」

 家族の申し出に、鼻の奥がツンとする。気を緩めたら目の表面張力が崩壊する。

「ありがとうな・・・。まぁ、もう暫くこの森で力を付けてからだけどな。だいぶ先の話だ。」

 子供達が元気よく返事をした。ヤクモ達も決意を新たにした様に深く頷いた。

「だいぶ、とはどれ程の予定なのだ。」

 キリノインの問に「そうだなぁ・・・。」と間を取り「三年位かなぁ。」と答えた。そんなに焦るつもりは無い。森の中でもまだまだなのだから。外にはどんな危険が待ち構えているか判らないからな。充分に準備を整えてからと考えている。

「三年か・・・。」

「何か問題でもあるのか。」

「イッスンはこの世界を見て回りたいのだろう。」

「・・・あぁ。そのつもりだが。」

 キリノインは「ふむ。」と少し考えながら鼻から息を吐いた。

「それならば、もう少し急いだ方が良いかもしれないな。」

「どういう事だ。」

「時間が無いかもしれない。」

「・・・まさか俺の寿命か。この世界の兎ってそんなに短命なのか。」

 もしそうなら些か残念だが、それも運命。致し方がない。

「そうではない。」

 とキリノインは首を振った。そして俺の目を見つめ、愁いを帯びた表情で静かにこう言った。

「・・・世界の、だ。」

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