27、ゆずれない願い
ーー遠き日の憧れは、後悔に少し似ている。
今日は家族が出来てからでは久々の単独行動である。何故かと言うと、子蛇達のレベルが本日中に皆上限に達するという事で、進化に至るらしい。その進化した姿を後で俺にお披露目をしたいらしい。だから簡単に言えば、後でのお楽しみの為に追い出されたって事だ。「追い出された。」と言うと聞こえが悪い。せっかくだから俺を楽しませようとしてくれているという事だろう。だから俺も素直に楽しみに待つ事にしよう。準備が整い次第、ヤクモから思念伝達で連絡が入る事になっている。ロックくらいは着いて来ると思ったんだけどなぁ。進化するところを見た事が無いから見てみたいと残った。という事で、それまで今日は気ままに散歩をしているという寸法である。
先日の大乱闘収穫祭で収穫した果物は、分類は魔物では無く植物だった。家に帰ってから、勿論皆で美味しく戴いた。植物という事だったので、おそらくそうだろうと思っていたがやはりそうだった。木の実と同様にスキルポイントが一度に多く加算された。俺の幸運や加護の恩恵もあり、一個で1000前後も加算され、危なく桃の種を飲み込んでしまいそうになった。そして果物はポイントの容量に余裕がある時、及びどうしても欲しい技能がある時に食べる事にした。なので時間の進み方が極端に遅い俺のアイテムボックスに皆の収穫した分の殆どを収納した。味はとても良いが、やはり食が偏るのは良くないらしい。魔物になってもバランスの取れた食事は大切って事らしい。面白いものだ。・・・肉や魚を食う兎もどうかとは思うが。
取り敢えず収穫した果物の全種類を各一つづつ食べたので、かなりのスキルポイントが貯まってしまった。それを何とか消費しなければならない事態になった。ヤクモやハクやミナは自重していたし、モモカとスーアンは節度を持って食していた。サイは毎日一つづつ食べるのだと言って自分の分を収納していた。ロックに至っては1日の食事の量がほぼ一定である。・・・俺はどうしても試したくて食べてしまった。俺もジュウザの事、言えないな。
故に俺は技能を取得する事にした。幸運星兎に進化した事や盗賊になった事により、新たな技能も取得可能になっていた。その中には良さげな技能も幾つか確認できた。勝手や効果の解り難いものもあるが。だがこの前自動的に取得した、鍵開けより使用機会の無さそうな技能は極めて少ないが。・・・占いとか。少なくとも技能として存在するのだから、何かしら意味はあるのだろう。
影隠し。影にいる間はある程度姿を隠せるらしい。後にサイに言われたのだが、あまり違いは分からないらしい。一瞬相手の視界から消える位の効果はある。使い所はありそうだ。
小刀術・棒術。いわゆる武器の扱いに関する技能。手持ちの、それも良く使用しそうなものを取得。・・・俺の角はどちらに含まれるのだろうか。そして鎖術は無かった。今の所。
拳技。星拳突も繰り出した事だし。蹴技、投技も既に取得済みだし。取得して損は無いはず。
工作の技能が派生した。小道具製作と木工を取得。これでナイフをちゃんとした物にできるかもしれない。小道具ではなく武器と分類されていなければ・・・。
その他、遠見、残像、消音走行、自己暗示、空間把握、自然治癒力上昇(微)、集中力、そして占いを取得。更に取得済みの技能のLvを幾つか上げる。気が付いたらポイントの残りが2000を切っていた。
二度あることは三度ある。とは言うもののどうしてこうなるのだろう。また目の前にあいつがいる・・・。なんとなく気が付いてはいたが、生まれたばかりのあの頃とは違い、俺の方も脅威と感じていないのが良くないのかもしれない。まぁそうだよなぁ、この前出会った翠玉馴鹿に比べれば見劣りする。にしても俺は此奴等に遭遇し過ぎだろ。別に俺は白い貝殻の小さな耳飾りを落した記憶は無いんだが。
もはやここまで来ると動じる事も無く相手を睨みつけている。落ち着き払って魔物鑑定をする。青銀熊。Lv762/1180。種族的にはほぼ同格、Lvは少し相手が上。だが全く脅威に感じない、それどころか戦う前から勝利を確信できる。勿論、油断はしないが。しかし運の悪い奴だ、この俺に喧嘩を売った事を後悔するが良い。
目を吊り上げ、食い縛った歯を剥き出しにし唸り声を上げ、両腕を左右に開き振り上げている。確かに俺の十数倍の大きさはあるが、何も感じない。滑稽にすら見える。分かったよ。
「さあ、始めようか。」
大地を蹴り青銀熊の足下に真正面から飛び込む。即座に右の内腿に右足で蹴り込む。「ぎゃぁっ。」と叫び、右足を跳ね上げられた青銀熊はそのまま身体を左に転がした。不意を突かれたのか、油断していたのか、踏ん張っていなかったのが幸いした様で、上手く力を逃がした形になった。運の良い奴だ。まあ全くの無傷という訳でも無いが。一回転してうつ伏せに倒れている青銀熊に向かい、右に飛び右の脇腹に膝蹴りを打ち込む。再び叫び声を上げながら、苦し紛れに右腕を俺の方へ振り降ろす。後方跳躍でその腕を難なく躱し距離を取る。
体勢を立て直す青銀熊を静かに見据える。今回俺は武器を使用しない。・・・いや正確には己の身体以外の武器はこの角を含め使用しないと決めている。決して油断している訳でも、驕っている訳でも無い。この前の翠玉馴鹿との戦いで窮地に追い込まれた時、俺は諦めた。この世界で目覚めた時、あんなに諦めたりしないと誓ったはずなのに。最後の最後まで足掻いてやると決めていたはずなのに。それが酷く悔しい。それに、それが俺だけの命ならば仕方ないと思えたかもしれない。だが今はそうではない。全てを俺が望んだ訳では無いが、仲間ができた。家族ができた、守るものができた、大切なものができた。なのに俺は諦めた。俺だけがこのワイルドライフの中で生を終えるならそれも致し方ないと思えるが、今はそういう訳にいかない。俺が諦めたら、俺以外の、ヤクモの、モモカの、スーアンの・・・家族の命も潰える事になる。その事に気が付けていなかった。それが悔しい。そんな自分が許せない。俺は今まで何をしていたんだ。前世で師範方に何を教わってきたんだ。だから俺は強くなりたい。勿論、生きる力、戦闘能力もだがそれよりも精神的に強くなりたい。だからそれを磨く為に武器を使わずに己の肉体のみで戦う。まぁ・・・命の危険がある場合はその限りでは無いが。
悪いな青銀熊、お前ぐらいの相手なら多少の余裕を持って倒せるぐらいじゃないとな。足を蹴り飛ばされ怒りを露わにしている。威圧をしているつもりなのか、一つ咆哮して突っ込んでくる。間合いに入ると腕を振り上げて、それを左右交互に振り下ろしてくる。果物狩りの時にも見えたが、その腕の軌道がはっきり見えた。それも腕がこれから通るであろう軌道も。俺はただその光の道の様なものに重ならぬ様に身体を動かすだけで容易に青銀熊の剛腕を避けることができた。どうやらこれが「星目」の力らしい。光の道を掻い潜り懐に入り込む。
「白兎流格闘術・星拳突。」
腹部に突き込む。上から覆い被さる様に巨体が落ちてくる。左足の踵を右足で内側から、その巨体を仰向けに倒れるように蹴り払う。思惑通りに仰向けに倒れた青銀熊に追撃しようと跳び上がろうとしたのだが、思いの外素早く身体を転がし四脚の体勢になる。咄嗟に左へ跳び距離を取り構える。奴の方も俺へと向き直る。まだ始まったばかりだ、慌てる必要は無い。
暫く睨み合いながら次の一手を考える。相手の身体の各所に視線を動かし攻め所を探す。だがまたしても先手を譲ってしまった。四本の脚で地を掻き間合いを詰めてくる。今度は左右の腕の他に噛みつきを加え連続攻撃を繰り出してきた。軌道は読めるお陰で躱す事自体はさほど難しくはないが、反撃の隙が無い。打開策を模索しながら徐々に後方に下がって行く。・・・ここだ。
遂に青銀熊の振り下ろした右腕が俺を捉えたかに見えた。だがその右腕は何一つ手応えも無いまま俺の身体を通過した。
「それは残像だ・・・。」
上空から眼下の青銀熊に向かいそっと呟く。今起きた事に困惑している青銀熊の背中に向かい両膝を向けて落下していく。
「白兎流格闘術・彗星重落下。」
肩甲骨の間に俺が膝から突き刺さる。青銀熊の身体をそのまま大地に押し付ける。即座にその背中から再び跳び上がる。今度は頚椎に向けて彗星重落下を放つ。悲鳴は上がるものの感触としてはあまり手応えがない。この体格差があれば仕方がない。頚椎への一撃を喰らい右へ身体を転がす。更に追撃する為に駆け寄り、足から飛び掛かる。
「白兎流格闘術・四文ドロップキック。」
左の脇の下に突き刺さる。その反動なのか反射なのかは判別は出来ないが、青銀熊の左腕が胴と挟み込むように、着地した俺に向かい飛んで来た。軌道が見えない。どうやら攻撃の意思が無いものの軌道は見えないらしい。それにこれは見えていたとしても間に合わない。窮地の俺の身体が何時かのように自然に動く。足を前後に少し開き腰を落とす。左の腕を曲げ、その肘を星銀熊の腕の下へ滑り込ませほんの少し上へ行先を変える。頭を下げつつその腕の下をくぐり、やり過ごす。後方に跳躍してその場を離れる。追い打ちに雷の一つも置いて行きたい気にもなるが、取り敢えず今回は無しの方向で。
再び何も無い空間を挟んで睨み合う。深呼吸を一つしながら間合いの向こうの青銀熊に狙いを定める。ここで奇妙な事が起きる。立ち上がる為に自身の巨体を持ち上げている青銀熊の身体の数カ所に光る点が浮かび上がっているのが見えた。あれは一体何かと思った次の瞬間、それが何であるかを理解する。右の鎖骨の辺りから順番に脇腹を通りUの字型に並び左の鎖骨の辺りまで六つ。星座だ、と直感する。それも俺の知っている世界のものではない事も。この世界の黄道のようなものに並ぶ二十六星座の一つ、蹄鉄座。ここで様々な疑問が浮かぶが、今は戦闘中。それは後で落ち着いて整理する事にしよう。眼の前の敵に集中。そして確信できる、その星の様に光る点が俺が狙うべき箇所である事も。その確信と自信を己が拳に握り込んで走り出す。
快速を使い一気に間合いを帳消しにする。足下に滑り込み左上方に跳び上がりながら、右の拳を突き出し右の鎖骨の星を撃つ。着地して跳ね返る様に右に跳びながら回転して左の脇腹の星に回し蹴りを打ち込む。更にそのまま逆回転しながら青銀熊の正面に帰還する。下腹部の横並びの二つの星を左右の拳でそれぞれ一つづつ撃つ。今一度左に跳び、左の上段蹴りで右の脇腹の星に蹴り込む。前屈みに倒れ込んで来る青銀熊を躱しながら真上に跳び上がる。何とか両手を支えに倒れるのを堪えている青銀熊の左の鎖骨の星に振り上げた右足の踵を力の限り振り降ろしながら落下していく。これで全弾命中。
ーー《白兎流格闘術・奥義・二十六星座・蹄鉄》ーー
明らかに今までとは違う確実な手応えを感じる。止めを刺すには至らなかったが、甚大な損傷を与える事が出来た様だ。おそらく後一撃で決まるだろう。少しだけ距離を取り体勢を整える。四つん這いになっている青銀熊の頭の右側、右肩の下に走り込んで頭を突っ込む。青銀熊の右腕を自分の首に掛け、右腕で青銀熊の首を抱え込み首根っこを掴む。勿論、俺の腕の長さではその全てを抱え込むには足りないが。それでもだ。左手で青銀熊の胸を支える。そして、気合と共に最大級の雄叫びを上げ全身に力を込めて青銀熊の身体を持ち上げ始める。
俺には一番好きな技がある。人間だった頃から憧れていた技がある。俺だって男の子だ、好きな技の一つや二つある。男の子だったら誰だって一つぐらい好きな、憧れた必殺技がある筈だ。地球育ちの異星人が両手を獣の口の様に開き放つ光弾に憧れた者もいるだろう。或いはその彼が皆から元気を分けて貰って撃つ玉に憧れたかもしれない。その彼の盟友の坊主頭の海賊王が使う、円盤状の必殺技が好きだった者も。もしかしたら胸に柄杓型の星座の傷を持つ拳士の様に指先一つで敵を倒す神拳に。新選組の三番隊の組長の剣技に魅了されたかもしれない。神話の力を宿した闘衣を纏う闘士の放つ流星の如き拳撃か、龍の様な一撃に。三つ目の妖怪が使う邪竜の力に、落ちこぼれ忍者の使う螺旋の丸に、三刀の剣技に、抜刀する牙に、改造人間のキックに・・・。挙げ始めたら切りが無いだろう。勿論俺だって好きだ。だが一番じゃない。
とある星の王子に仕える小さき従者はこう言った。「王子の使う技で一番好きな技は、バックドロップだ。」と。なんとなく解る気がする。地味で基本的な技だが、その技を美しく放つ事のできる者は強者である事の証明であるような気もする。確かにバックドロップも素敵だが、俺の一番ではない。
何時から俺はその技が好きなのだろうか、憧れていたのだろうか。その王子の相棒が山の様な巨体の悪魔に放った時だろうか。或いは軍服の二代目が忍者の騎士に何度返されても打ち続けた時だろうか・・・。豪快なその技は何時の間にか少年だった俺の心を奪っていた。
普通に生活していたら、そういう職業にでも着いていない限り決して使う機会のないその技。たとえ万が一路上で喧嘩になったとしてもこの技を使う事は無いだろう。ましてや俺は多少なりとも武の心得があって、それもその根幹は合気だ。そんな機会は絶対に無かったと言って差し支えないだろう。それでも憧れた。いや、だからこそ憧れたのかもしれない。生涯で一度だけでもいいから使ってみたかった。・・・遠き日の憧れは、後悔に少し似ている。後悔と言う程の心残りがある訳でもないが、子供の頃から心の片隅に仕舞っておいた小さな小さな夢。
食い縛った歯が折れてしまうかと思う程力を込める。徐々に青銀熊の足が浮き上がる。その足が持ち上がるに連れて俺の身体に掛かる負担がます。唸り声を上げながら渾身の力を込める。これを渾身と呼ばなかったら、他に何時渾身と表現するのか。
そして遂に重力とそれに逆らう力の差が零になり、俺の身体と青銀熊の身体が一直線になる。地面に対し垂直に立つ一本の棒の様になる。俺に青銀熊の全体重が伸し掛かる。首が軋む、肩が軋む、腕が軋む、肘が軋む、胸が軋む、腹が軋む、腰が軋む、膝が軋む、足が軋む。少しでも気を抜いたらこのまま潰れてしまう。それでも。馬鹿な事をしている事は分かっている。意味があるかと言われれば、自信を持ってあるとは言えない。只の自己満足だと解っている。それでも。越えられない障害を負けない気持ちで突破してきた訳では無いけれど。ゆずれない願いを抱きしめて、色褪せない心の地図を光にかざす訳では無いけれど。それでも。想いが力になる。
「白兎流格闘術・必殺。」
青銀熊の身体が登って来た方向と逆の方向に、俺と青銀熊の背中の方向へと傾き始める。今残っている力を全て振り絞る。
「落陽、ブレェェェェェェェェェン、バスタァァァァァァァァァァァァッ!!!」
ーー《白兎流格闘術・必殺・落陽ブレーンバスター》ーー
背中側へ重力に引かれ始めると同時に大地を思い切り蹴り飛ばし、前側上方に跳び上がりその勢いを上乗せする。時計の長針の様に弧を描き青銀熊の身体が落ちて行く。そしてもの凄い衝撃と轟音が響き渡り、森を揺らした。その瞬間、今までで一番のこれ以上無い確かな手応えを感じつつ手を離す。そのまま少し上昇し空中一回転し着地する。
・・・決まった。間違いなく決まったと確信できる。これが映像作品なら別角度からの映像が、三回位切り返しで見せる位完璧に決まった。自分でも説明の出来ない感情をが込み上げてくる。このワイルドライフ、本来ならばあるまじき行為だが抑え切れず、気が付いたら両腕を振り上げて雄叫びを上げていた。そして泣いていた。・・・倒した事の通知が遠くの方で聞こえた気がした。
暫くその場に立ち尽くしていた。座る事もせず涙が収まるまで・・・。落ち着きを取り戻し、ゆっくりと振り返る。投げ出されたまま仰向けに横たわっている青銀熊を見つめる。そして深呼吸を二度して、姿勢を正し深く頭を下げた。
そこに殆ど音もさせずに疾風が姿を現した。
「あ、主殿。一体何をなさっているのですか・・・。」
俺の姿を見たヤクモが、そう声を掛けた。まぁ当然の質問だな、奇妙な光景だろうからな。
「いや、ちょっとな。何ていうか・・・礼かな。感謝してたんだ。」
「感謝、ですか。」
「あぁ・・・命にな。」
俺がそう言うと、ヤクモは息を吸い、それをゆっくりと吐き感心したような声を出した。そして尊敬の眼差しを俺に向けた。しまったぁ・・・嘘ではないが、また少し大袈裟に汲み取られてしまった様だ。くすぐったいなぁ。
「で、どうしたヤクモ。こんな所まで来て。何かあったのか。」
「思念伝達が通じなかったので、主殿に何かあったのかと思いまして。それで探していたのです。」
「あれ、俺も受信用に思念伝達を取得したはずだけど。・・・あ。」
そりゃそうだ。俺、絶賛戦闘中だったんだもんな。おそらくセッテさんが気を利かせてくれたって事かな。『是、肯定します。』何時もありがとうございます。『恐れ入ります。』しかし流石セッテさん、素晴らしい判断です。『ありがとうございます。』今度、日頃の感謝を込めて機能向上の技能を探してみます。『お気遣い、恐れ入ります。』いえいえ。って事はそういう技能が存在する事は確かって事だな。『是、肯定します。』だが、今現在はまだ、と。『是、肯定します。』了解です。
「すまん。此奴と戦ってたから、遮断してた。」
「そうでしたか。しかし、もの凄い地響きでした。それに主殿の気配というか・・・力の強さの様なものも。」
「はは。恥ずかしいな。しかし、そんなに響いていたなら、ゆっくりもしていられないか。」
緊張と一緒に力が抜けてしまい重くなってしまった身体を何とか再起動させる。
「いえ、それは・・・おそらく問題ないかと。」
「え、そうなの。」
そう聞いて、せっかく再起動した身体の電源が落ちそうになる。
「えぇ・・・。これだけの力を感じてこの場所に近づく魔物はこの辺りには極めて少ないと思われます。」
「あぁ、なるほど・・・。」
そう言いながら、足の力を抜きその場に腰を下ろす。視界が三分の一程狭くなって来た。うぅん、電源が切れそうだ。
「少し休んでいいか。今回ちょっと無茶をした。」
「はい、それは構いませんが。ジュウザあたりが待ちくたびれて寝てしまう前には帰りませんと。」
「ははは。そうだな。」
笑いながら木の実を三つ取り出し、その内の一つを口の中に放り込む。
「主殿、一つお聞きしてもよろしいですか。」
「おう、なんだ。一つと言わず、答えられるものなら。」
おっと、反射的に口の中に物が入ったまま応えてしまった。早急に細かく噛み砕き口の中を空にする。
「無茶をと、おっしゃっていましたが・・・何をされたのですか。主殿と比べるとさほど苦戦する相手には見えませんが。」
「確かにそうかもしれないが。今回はこの身体だけを使って戦ったんだ。」
「なぜその様な・・・。」
ヤクモの両目が控えめに大きく開いた。
「強くなりたくてな・・・。それで自分で制限を付けて。」
「なんと・・・。」
ため息をつきながら、二三度大きく首を振った。関心しているのか、呆れているのかは判らないが。・・・目線を逸らし、二粒目を口の中に放り込み、鼻の頭を掻く。
「この前の翠玉馴鹿との戦いで、思うところがあってな。もう少し強くなりたいなぁ、なんて思ったんだ。」
照れ隠しに、取り繕う様に本音ではあるが、言い訳がましく此方から理由を付け足してしまった。
「全く、主殿はご自分に厳しいですね。私も見習わねば・・・。」
いやぁ・・・ヤクモは充分自分に厳しいと思うんだがな。まぁ子蛇達・・・特にジュウザにも厳しいが。
「ヤクモ、程々にな。死なない事が最優先だ。」
「はい。」
全くその通りだと納得した様な表情で頭を下げた。
「さ、そろそろ帰ろうか。ジュウザが伸びちまう前にな。」
そう言って、最後のひと粒を口に放り込み立ち上がる。
「は。もうよろしいのですか。」
確かに・・・もしかすると新しいく取得した技能のお陰かもしれないな。全快とはいかないが、視界はちゃんと戻った。
「ああ。只・・・歩いて帰ろう。良いかな。」
「畏まりました。」
青銀熊を回収して、ヤクモと共に帰路につく。
色々と考え事をしながら歩みを進める。これ以上無い程の護衛がいるからこそできる芸当だ。俺の意を察してか、ヤクモは何も言わず俺の横を歩いている。
気が付くと、西の空が夕の色に染まり茜色の陽光が森の木々の隙間から射し込んでいた。逆側の空に目を向けるとその茜色を追い掛ける様に夜がその帳で覆い始めている。その帳には無数の光の粒で装飾が施されている。こんなにあると、一番星は見つけられそうもない。その星の並びの一つに目が留まる。「あぁ、羽扇座か。」と頭に浮かぶ。・・・これも後でゆっくり整理する必要があるな。だが今は早く帰らないと。きっとジュウザもサイもハクもミナも楽しみにしているだろう。俺にとっては、そっちの方が大切だ。
すっかり夜に染まったばかりの森の中に我が家の御神木が見えて来た。俺とヤクモを出迎えるかの様に、御神木の上から可愛らしい声が聞こえた。夜の方が機嫌が良いのかな、木の上のお隣さんは。




