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23、翠玉

 「いぃやぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 久し振りに森の中を叫び声を上げながら脇目も振らず爆走している。

「ジュウザ、なんでお前は蛇なのに藪を突くような事をするんだ。」

 俺の肩にしがみついているジュウザに向かって文句を付ける。

「何を言ってるのかよく判らないけど、ごめんなさいぃ。」

 涙声で叫んでいる。

「わかったから、ごめん。苦しい、ジュウザ苦しい・・・。」

 必死にしがみつき過ぎて、俺の首を締めていますよジュウザさん。掴んで放り投げる訳にもいかず、そのまま走り続ける。何故かと言えば、俺達は追われているからだ。だから止まる訳にはいかない。


 前日家族総出でヤクモ邸に赴き、一泊した。瘤の様に盛り上がった地面の下に洞窟の様に広がっている。半地下と言った感じだ。俺の家より少し手狭ではあったか全員入って寝られる位の広さはあった。ヤクモ達は頻りに気にしていたが、気にする程散らかっているとは思えないが。何なら我が家より整っている様にも思える。只、我が家の様に何か不思議な力に守られている感じは薄い。薄いがその感じが全く無い訳でも無さそうに感じる。拠点として問題は無さそうだと思う。これで少し行動範囲が広げられそうだ。

 次の日、つまり今日はここヤクモ邸から二班に別れ行動する事にした。今日の俺ことイッスン班は、俺、モモカ、ジュウザ、ミナ。俺の担当がミナ。モモカの担当がジュウザ。モモカとヤクモを念の為、順番どおりでは無く意図的に別に編成にした。ヤクモ班は西へ向かい、そして俺達は北へと向かった。ヤクモ邸は我が家より北に位置している。そこから北に向かうので充分に警戒をして慎重に行動しなければならない。そう思っていたんだけどねぇ・・・。


 北に向かうのにも理由はある。現在の我々の力ではまだ北の「強者の森」に足を踏み入れるには早いだろうと感じている。だからこそ行動範囲を広げるにあたり安全圏を把握しておく必要がある。当たり前だが境界線が見えるように引いてある訳ではないし、相手は生き物なのだからひどく曖昧なのは確かだが。この前の魔界獣の様にその境界線にあまり近づかなくてもと出くわす事もある。気を付けなければ。あのバーゲストは俺だけだったらかなり危険だった。その経験を活かし、何時も以上に警戒しながら移動していく。モモカとミナはその事に気が付いている様で少し緊張気味だ。だがジュウザは普段と変わらず、好奇心の赴くままに右に左に蛇行しながら先頭を切っている。「初めての場所だから慎重に行動しろ。」と何度も注意するが、初めての場所だからこそ持ち前の好奇心を抑える事ができない様だ。今思えば、尻尾でも掴んでおくべきだった。

 我が家からヤクモ邸までの距離の三分の二程北に移動したところに木の実の群生地を見つけた。ここに辿り着くまでに二回、小動物系の魔物に遭遇したが、俺の出番は殆ど無かった。栗鼠や鼯鼠の計11匹の魔物に襲われたが、俺が仕留めたのは1匹だけだった。モモカはともかくジュウザとミナもちゃんと戦えていた事に少し驚いた。決して低く見積もっていたつもりは無いが、冷静に対処し確実に撃破していた事に感心した。成長する速度に驚かされるやら、感動するやら。子供の成長を見守る親の気持ちとはこういうものなのかと思ってみたりする。頼もしいね。・・・俺の方が若いんだよな、すぐ忘れる。記憶や知識だけは俺の方が幾らか年の功があるとは思うが。

 その群生地には三種類程の木の実が成っていた。その中でも風鈴苺が乱舞していた。白くて小さい風鈴苺が俺達をぐるりと囲む藪一面を真っ白に染め上げている。まさに鈴なり、鈴なりという言葉の本当の光景を目の当たりにしているのではないかと思う程だ。ささやかな風が吹き抜けるだけで、優しい鈴の音が俺達をそっと包むように鳴る。なんだかこの幸せの音をずっと浴び続けていたいような気になる。・・・俺はジュウザの好奇心を甘く見ていた。子供って音の出る玩具とか好きだよなぁ。親に怒られるまで、怒られても音を出し続けるんだよな。気が付いた時にはジュウザは藪に飛び込む体勢に入っていた。「やめろ。」の短い一言が間に合わなかった。掴む為に伸ばした手も虚しく空を切った。勢いよく飛び上がり頭から藪に吸い込まれて行く姿が目の前を通り過ぎるのを、口を半開きで見送るだけだった・・・。

 流石の俺も実際にこの目で見た記憶はは無いが、時代劇やドキュメンタリー映像でしか見た事が無いが、風鈴屋ってこんな感じだったのかな。藪自体が豪快に揺れ鈴なりの風鈴苺が一斉に森の中に鳴り響く。耳を劈く様な爆音では無いし、不快な音では無かったが、俺達が此処に居ますよと森中にお報せしてしまうには充分な音だった。モモカとミナはその瞬間、唖然としていた。

「おい、ジュウザ。何やってんだっ。」

 そう叫びながら、探知系の技能を最大にして警戒する。ジュウザは藪の中で更に揺らし音を出している。

「ジュウザ。」

 二度目の呼びかけに、藪から満面の笑みを突き出した。何者かの気配を察知する・・・数は四。残念ながら気付かれたらしく、接近してくるご様子だ。方角は北の方から・・・嫌な予感しかしない。

「出てこい、早く逃げるぞ。」

 此処まで聞いて、やっとジュウザは事態が飲み込めたらしく、みるみる顔を青くして藪から飛び出て来た。既にミナはモモカの上に乗っかている。自分のしでかした事に震えながら恐る恐る首を上げ俺を覗き込む。

「良いから早く乗れ。」

 凄い速さで近づいて来る何者かに焦りながら促す。「はい。」と悲鳴に近い声で答えて、大急ぎで俺の首に巻き付く。即座にモモカに「行くぞ。」と叫び、答えを聞く前に北とは反対側へと一目散に走り出した。多少の障害物は無きものとして走り抜ける。快速の技能を使えば、或いは逃げ切る事もできるかもしれないが、モモカ達を置き去りにする訳にはいかないので通常運転で全速力だ。

 それでも走ることに関してはそれなりに自信があるつもりだが、徐々に差を縮められているのが分かる。低く重い蹄の音と近づくに連れて伝わる振動、そして俺達よりも更に遮るものを無視して移動してる事が解る破壊音からその身体の大きさが小さいものでは無いのが容易に想像できる。俺達は一体何に追いかけられているんだ。蹄だと・・・馬か、巨大な馬なのか。世紀末の覇王の愛馬の様なちょいと縮尺のおかしい馬なのか。勘弁してくれよ、馬は草食じゃないのかよ。そんな阿呆な事を考えていたが、すぐにそれどころでは無くなった。距離が縮まりどうやら、奴等の射程に入って来たらしく、後方から大玉の西瓜程の法術が飛んできた。それも火球、雷球、氷塊、石弾など数種類の属性の法弾が。俺達の後方で着弾した音を聞く限り、一発貰ったら致命傷だろう事は確実だ。


 ジュウザに負けず劣らず、俺も涙目で進路を右に左に取り躱しながら走り続ける。躱す度にジュウザと一緒に悲鳴を上げる。どんな奴かは知らないが、俺の方ばっかり狙ってないか。

「イッスン様、いかがしましょう。二手に別れますか。」

 モモカの声に少し冷静さが戻ってくる。そうか、二手に・・・いや悪くは無いが俺とジュウザの組み合わせでは戦術が限られる。というよりモモカ以外は前衛だ、戦うにしてもバラけるのは得策じゃない気がする。

「いや、それはやめよう。」

「畏まりました。」

 くそうっ、追いつかれるのは時間の問題だな。何処かで覚悟を決めて迎撃するしか無い。前方に少し開けた場所を見つけた。

「あそこで迎え撃つ。」

 そう伝えるとモモカとミナは頷き「承知しました。」と答えた。ジュウザも泣くのを止め歯を食いしばっている。敵の姿はちゃんと見えた方が良いと判断して視界の良さそうな開けた場所を選んだ。飛び込む様にその場所に陣取り、素早く身体を追跡者へと反転させる。

「ミナ、ジュウザ、まだ降り無い方がいいな。」

「私もそう思います。」

 モモカの同意を得る事ができた。俺とモモカの間に火球が飛来する。着弾寸前に左右に別れて跳び回避する。その直後に巨大な緑色の魔物が姿を現す。

「でかっ・・・でかいな。」

 嘘だろ、おい。四足歩行の生物なのに赤目熊よりでかい。あながち覇王の愛馬も冗談では無い。決定的に違うのは頭に立派な角が二本生えている点、それもまるで太めの木の枝の一部がそのまま付いている様な形状だ。そして何より色が・・・角を含め全身緑色。魔物鑑定。翠玉馴鹿エメラルド・ディアーと。つまりトナカイ。良い子に贈り物をするお爺さんはいない。そんなメルヘンな可愛いもんじゃ無い。確かにその名が示す様にその角と鼻が、宝石の翠玉そのもので出来ている様だ。Lv1427/7200だと!?桁違いじゃあないか・・・。久々に冷や汗が背筋を通り抜けるのを感じる。職業は法王・・・法術の王って事かな。もはや冗談みたいだ。逃げ切るのは難しいだろう、生き延びるなら戦って勝つしか無い。難しい事位、百も承知だが逃げ切るより可能性が僅かだが高そうだ。僅かだが。それに取り巻きが三匹も居ちゃあ逃げるのは現実的じゃない。横目で流しながら鑑定する。大斧箆鹿アックス・ムース、Lv355/700。戦士。小刀馴鹿ナイフ・ディアー、Lv411/650。法術士。あれ?水蒸気馴鹿スチーム・ディアー、619/730。鑑定士。・・・釈然としないところがある。おそらくだが個体の性格に起因するのかな。『是、肯定します。』ある程度。『ある程度。』消化不良だが理解はできる。『恐れ入ります。』それにしても、あの親玉らしき馴鹿以外はなんとか俺じゃなくても相手ができそうだ。まぁ俺が翠玉馴鹿の相手が出来るとは言わないが。


 毎度の事ながら、俺達が立ち止まり待ち構えている事がよく理解できないらしく訝しげな顔をしている。そのせいもあるのか、一時的に攻撃を止め対峙している。睨み合いながら間合いを計る。出来る事なら俺は翠玉馴鹿に集中したいのだが。数の上では対等だが各個撃破は少し無理があるだろう。なんとか早めに数を減らしたい。どうするか。モモカに目で問う。だが答えたのはミナだった。

「水蒸気馴鹿が一番厄介かと思います。」

 よく観察している、そして良い思考をしている。確かにミナの言う通りだろう、。勿論、あの翠玉馴鹿を除いてだが。

「俺もそう思う、が。仕留められそうな奴からにしよう。数を減らしたい。」

 そう言いながら小刀馴鹿を目線で指し示す。まぁ相手の能力はある程度鑑定で調べる事は出来るが、戦い方までは判らないからそんなに上手くはいかないかもしれないが。只、ちゃんとした連携や戦術があるとも考え難いが。強い親分の傍に居れば生き延びられるという生存本能みたいなものだろう。

「承知しました。」

 俺の意図を察しミナは戦闘態勢の目になる。

「それでは、私は足止めと援護を。」

 モモカは何時もより少しだけ低い声で静かに自分の役割を明確にした。

「主、俺はどうすればいい。」

 すっかり泣き止みちゃんと戦士の顔になっている。覚悟を決め気合を漲らせている。俺の肩に乗ったまま、だが。

「あれやるから、それまで此処にいろ。振り落とされるなよ。」

 目を輝かせて頷く。うぅん、結構危機的状況何だけどなぁ。まぁ、恐怖で動けなくなるより遥かに良いか。アイテムボックスから角を二本引き抜く。初手で、先制攻撃でなんとかどれかに一撃食らわせたいところだが。そう上手くいくかな・・・ま、やってみるさ。あちらさんもそろそろこの睨み合いに飽きて来たご様子だ。

「さあ、始めようか。」


 「おおおっ。」と気合と一緒に威圧の技能を最大出力で放出する。どれ程効果があるか分からないが一瞬だけでも怯んでくれればと試みる。地面を蹴り前方へと飛び出す。それと同時に中央に立っている翠玉馴鹿と、向かってその右に陣取っている水蒸気馴鹿に持っている角を投射する。馴鹿達は威圧の効果なのか、唐突な叫び声に驚いただけなのかは判別出来ないが、気持ち仰け反っている。水蒸気馴鹿の左の鎖骨付近に突き刺さる。翠玉馴鹿の方は流石と言うべきか、頭を振り角で当たり前の様に俺の角を弾いた。あわよくばと思っていたが、目的は俺に注意を引く事なので特に問題は無い。そんなに甘くはない事は知ってるよ。

 敵が怯んだのを確認したモモカは向かって左側に陣取っていた大斧箆鹿と小刀馴鹿に植物捕縛を放ちその両方を難なく捕らえる。的確な援護だ。敵陣の正面に走り込んでいた俺は左側へと進路を変える。体勢を立て直し、何かしらの法術を打ち出そうとしていた翠玉馴鹿の顔に目掛けて狐火をぶつける。ただの目眩ましだ。右手でジュウザの尻尾を掴み首から素早く引き抜き振り回す。

「そら、ジュウザ。責任取って来い。」

 そう言って小刀馴鹿に向かってジュウザ・ハンマーを投げつける。左の肩口にへばりつき首筋に思い切り噛み付く。ジュウザを回収する為に「ぎゃあ。」と叫び声を上げる小刀馴鹿の顎の下に滑り込む。俺がその場に辿り着くとジュウザは即座に俺の肩に戻って来る。此処に来たついでだ。見せてやる、我が祖国が生み出した世界に誇るワールドワイドな一撃を。深く沈み込み、握り込んだ右の拳を突き上げつつ両足を前後に開きながら顎に向かって跳び上がる。

「配管工ぉぉぉっアッパァァァァァァァッッッ!!!」

 本家は煉瓦の塊を粉々に砕く程の威力があるが、どうやら俺は残念ながらその境地には達していないようだ。俺はそのまま摺り抜ける様に真上に飛び出す。大地に縛り付けられているせいで衝撃の逃げ場のないその一撃の威力は凄まじかったらしく、小刀馴鹿は鼻を真上に向け首が胴体と直角になる。そのまま意識を失い崩れる様にその場に落ちる。上空から大斧箆鹿にもまとめて雷を落とす。駄目押しにもう一撃と思ったが、翠玉馴鹿がこちらに向かい氷塊を放つ。水蒸気馴鹿がモモカに向かい走り始めた。身体を思い切り仰け反り氷塊を躱し、そのまま後方宙返りをして着地する。着地地点に次弾が飛んでくる。それを回避しながら水蒸気馴鹿に近づいていく。モモカもミナを背中に乗せたまま、間合いを離すべく移動する。モモカに向かい一直線に走り込む水蒸気馴鹿の右の脇腹に目掛けて、高速の俺弾丸が突き刺さる。

「白兎流格闘術・四文ドロップキック。」

 完全に俺を意識の外に置いていた水蒸気馴鹿の横っ腹に綺麗に決まった。そのまま身体全体を横にずらす様に飛び倒れた。その近くに着地し、肩のジュウザに指示を出す。

「今だジュウザ、行け。」

 指示を受けたジュウザは目を煌かせて口を開き、砲弾の様に飛び出す。蹴りが着弾した付近に噛み付く。

「ジュウザ、離れろ。」

 そうジュウザに声を掛け、同じ弾道をなぞる様に姿勢を低くして頭から突っ込んでいく。

「白兎流格闘術・流星弾。」

 追い打ちは成功したが、決めきれなかった。刺さった角を引き抜いて立ち上がり、ジュウザを再び肩に装填する。後方からの気配を察知し、横転している水蒸気馴鹿を飛び越し前方へ跳ぶ。その直後、哀れその馴鹿を大きな火球が襲う。・・・やはり、連携や戦術は無きに等しい様だ。助かる。その光景を見て、ジュウザは「うわぁ。」と何とも言えない声を出していた。まぁ俺達の関係性から考えたら、絶対に有り得ないもんな。無理もない。死なば諸共という訳では無いだろう、おそらくそこまで考えていないと思われる。誤射してしまった翠玉馴鹿は気にも留めていない様子だが。つまり取り巻きは勝手について来ているだけって事かな。俺は木の幹に着地する。今だ一頭も減らせていないようだが、小刀馴鹿と水蒸気馴鹿は時間の問題だろう。たぶん。さて、どうしようか。

 できれば数を減らしたい。できれば残った大斧箆鹿もご退場願いたい。ここから跳んでも届きそうに無い。そして此処に長い時間留まっていられる程の余裕も与えてくれない。翠玉馴鹿は俺に向かい、次々と法術の玉を撃ち込んでくる。幹を蹴飛ばし一定の距離を保ちながら、翠玉馴鹿を中心に反時計回りに駆け抜ける。上手い事、大斧箆鹿の後を取れた。

「モモカとミナと一緒に戦え。あいつを任せる。」

 そう言ってジュウザを放り投げる。

「わかったぁぁぁ・・・。」

 三対一なら問題無いだろう。これで俺もあの親玉馴鹿に集中出来る。ジュウザは三度目の噛みつきを成功させ、すぐに離れモモカ達に合流した。それを目の端で確認してから、目の前の敵に意識を向ける。ほぼ無傷の強敵・・・さて、本当にどうするかな。


 眼前の翠玉馴鹿もだが、既に地に伏し立ち上がる事も出来なくなっている二頭もなんとかとどめを刺したいところだ。万が一回復して再び参戦されでもしたら状況がひっくり返りかねない。現在こちらが優勢かと言われるとそうでは無いと思うが。しかし勝手に取り巻いてとはいえ、数を減らされて警戒を強めたようだ。無闇に法術を乱発するのを止め、きちんと俺に対峙する事にしたようだ。当初の目的は達成できたと言えるが、これが勝利では無いし危機を脱した訳では無い。アイテムボックスから角を二本取り出す。

 兎玉を親玉の顔の前に発射する。命中するとも、致命傷を与えられるとも思っちゃあいない。目眩ましだ、視線を少し逸らせれば御の字だ。少しだけ右に移動し、翠玉馴鹿の左へと回り込む。

「白兎流格闘術・影技・三又槍。」

 翠玉馴鹿は即座にその身を翻し俺の技を避ける。見かけによらず素早い。だが完全に避ける事も出来ず、僅かだが左側面の一部を削った。擦り傷程度だろうが。だが傷を着けられる事は解った。俺の攻撃が全く通用しないという最悪の事態は無いようだ。休む間もなく今度は右側へと回り込み、三又槍で跳ぶ。同じ事の繰り返しだが間を空けなかったのが功を奏し先程と同等の傷を右側面にも負わせる事ができた。確かにほとんど意味は無いが、今回の目的は位置取り。理想の位置に移動できた。左右に傷をつけられて、それも大した事の無い傷だが翠玉馴鹿にしてみれば鬱陶しい事この上もないだろうな。鼻に皺を寄せ口の端から奥歯を覗かせている。安心しろ、次は違う技をお見せしよう。


ーー《白兎流格闘術・斬空飛刃脚ざんくうひじんきゃく地走ちばしり》ーー


 右足に風刃を纏わせ、足を振り風刃を蹴りの勢いを乗せて飛ばす。威力こそ普段の蹴りと大差は無いが、斬撃である事と遠距離攻撃である事が利点だ。真っ直ぐに風刃が地面の上を、海面から覗く鮫の鰭の如く滑る。意表を突かれたが、特に何の問題も無く飛び上がり俺の繰り出した風刃を躱す。そんな事は始めから想定内だし、始めからお前は狙っていない。翠玉馴鹿の下を通過した風刃は真の標的に到達する。横たわる水蒸気馴鹿の胴体を半分程切り込み消えた。レベルとスキルポイントが加算された事が告知された。

 そんな事が起きている事にも気付かず、着地した翠玉馴鹿は溜飲を下げ得意げな顔をしている。まぁ端から味方とも戦力とも思ってはいない様ではあるが。さて次は、と。今度は正面からだが三又槍の体勢を取り、飛び掛かる。「またか。」と言う顔をして身体を少しだけ左にずらして躱す。ありがとう、思惑通り。俺は真横に着地する。着地と同時に植物捕縛を使用する。流石に予想外だったらしく目を剥いている。兵は詭道なり。深く沈み込み何も考えず翠玉馴鹿目掛けて跳び上がる。本命の三又槍が右の脇腹に炸裂する。両手の角をそこへ残し額の角を引き抜き離脱する。効果がどれ程あるかは判らないが雷を一撃御見舞する。悲鳴を上げながら悶える翠玉馴鹿を置き去りにして、もう一つの戦場へと走り出す。その前にもう一度植物捕縛を重ねておく。


 モモカが正面から相手をしながら足止めをし、その隙を突いて左右からジュウザとミナが打撃と毒牙の波状攻撃をしている。今の所は問題は無さそうだ。駆け寄り高く跳び上がる。そしてその戦場近くに寝転がっている小刀馴鹿に上空から膝を折り曲げ降下する。

「白兎流格闘術・彗星重落下。」

 もう殆ど動くことも出来ない相手に申し訳ない気がしないでもないが、同情もしない。非情で結構、お前達も始めから殺すつもりで襲って来ている筈だ。ならば殺される覚悟もしてもらおう。ワイルドライフは甘くはない。俺も、俺達もその一部。

 無抵抗の小刀馴鹿の命の灯火が確かに消えた事を告知で知る。残り二頭。此処でどうにか大斧箆鹿も仕留めておきたいが。小刀馴鹿の遺体を回収して、首を振り翠玉馴鹿の様子を確認する。その姿を見て、その体勢をみて背筋が凍る。そんなに長くは拘束出来ないと思ってはいなかったが、既に捕縛を引き千切り頭を低く構え、翠玉の二本の角と額の間におそらく法術だと思われる球が浮かび力が収束している。直感で「あれは、ヤバい。」と解る。その標的が間違いなく俺である事は解る。それは仕方ないとしても、あの力の集まり方は尋常じゃない。威力も、そして範囲も。

「皆、今すぐこの場を離れろっ!!!」

 モモカ達に絶叫する。今俺が動けば皆を巻き込んでしまう。防ぐ方法が無い以上、引き付けて躱すしか無い。モモカ達は四散する。

「あいつの狙いは俺だ、俺からなるべく離れろ。巻き込まれるぞ。」

 今一度絶叫する。ジュウザとミナはそれぞれの前方へと指示通りに全速力で突き進む。目の端に不安そうなモモカの顔が映った。

「心配するな、俺を誰だと思ってるんだ。なんとかする。」

 本音を言えば問題無いとは言い難い。それでも少しでもモモカの不安を払拭する為に精一杯の強がりをして見せる。なに、大丈夫さ。俺は幸運兎(角)だぜ、なんとかなるだろう。


 一瞬だった。翠玉馴鹿の法術が発射されたのを察知し咄嗟に右に躱した。・・・躱したつもりだった。目の前を正確には顔の左を直径が俺の体長の数倍もある熱線、或いは光線が通過した。その光線が身体の左を通過した瞬間、痛いと感じたのか熱いと感じたのか、それとも何も感じなかったのか、或いは他の何かを感じたのか何も判らない。


 気が付いたら、左の頬の端が黒く焼け焦げ、左の肩から先が消し飛んでいた。

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