16、・・・やっぱりこうなりますよね。
深刻そうな声で「相談がある。」って言うから何かと思った。話を聞くと、どうやら先程のレベル上昇で500まで後少しになったので良ければ協力をして欲しいという事だった。ちょうど明日は何をしようかと考えていたところだったので快諾する。にしてもどうしようかな。俺としてはレベルや技能の為に進んで意思疎通の出来る魔物を探し狩る様な事はなるべくしたくない。勿論生きる為にどうしても食料が必要になるのなら、やむなしだが。そうなると木の実類でという事になるだろうか。一番効果が高そうなのは鋼ガガの実だが、効率が良いとは言い難い。万願寺唐辛子も悪くはないと思うが、今のところ絶対数が少なそうだ。それ以外の木の実をひたすらに食べるのも悪くはないだろうが、効率は極めて悪いと思われる。とするとだ、やっぱりここは魚かなあ。少し足を伸ばして、大きめの魚がいそうな場所まで行ってみるか。鮭でも探してみるかな。魚だって生きているのだから捕り過ぎは良くない。だけど魚には大変申し訳ないが、魔物よりは害悪感が薄い。・・・うん、この線が良さそうだ。魚を捕る練習にもなるだろうし、せっかく工作の技能を取得したし釣り竿でも作ってみるかな。それに何も明日一日で完了する必要は無い。暫くの間それを目標に行動すれば良いという事だ。いわばヤクモ強化週間って事だな。
「ヤクモさん、明日から暫く食事が魚になります。」
「なるほど・・・承知しました。流石です。」
飲み込みの早いやつだな。詳しく説明する必要が無いのは、会話をしていて純粋に楽しい。
「イッスン様、兄上。なぜその話で食事が魚になるという事になるのでしょう。」
そりゃそうなるよな。ついさっきまでは、食事は生きる為でしか無かっただろうからな。俺達も一番は生きる為だが、それ以外に生きる力を付ける、増やす為のものでもある。「モモカ、それはな・・・。」とヤクモが、食事でレベルが上昇する事や食べるものによって上昇の具合が違う事などを説明した。俺も時々補足をしたりした。モモカはそれを真剣に聞いていた。
「そういう事でしたか。本当に知らない事ばかりです。」
感心しながら落ち込む様な声を出した。
「気にしない、気にしない。」
「そうだぞ、これから知っていけば良い。」
俺とヤクモで励ます。
「そうそう。始めから全部知っているやつなんかいないんだから。」
俺の言葉に顔を上げ、「はい。」と言って微笑んだ。「という事で、取り敢えず明日は川に行きます。」と宣言して就寝を促す。白い狐の兄妹は頷き寝る体勢になった。お互いに「おやすみ。」と挨拶したところまでは何となく覚えている。
気が付いたら外は明るくなっていた。そして俺は豪快に大の字になっていた。上半身を起こして見回す。ヤクモはまだ起床していない様だ。モモカは音をさせない様にゆっくり丁寧に身体の手入れをしていた。起きた俺を発見したモモカに、口だけを動かし「おはよう。」と言うと微笑みを返し頭を下げた。立ち上がり空気さえ動かさないつもりで静かに歩き庭へ出る。庭の中央に立ち、軽く体操をする。体操を終えると庭の外へ出て、自宅外周を走る。何時になく身体がよく動くような気がする。レベルの上昇による大幅な能力値の上昇の影響なのか、新しい技能を取得した事の影響なのかは判らないが。日々成長を自分でこんなにも感じる事が出来ると、少し恐くもある。絶対に悪い事では無いのだが、この先どこまで伸びるのかと、それを俺自身が制御できるかと不安にもなる。
日課の三周を済ませ、庭へと帰って来る。再び中央へ移動しそこへ正座する。目を閉じて瞑想する。身体を、能力を制御する為にも精神を鍛える必要がある。やはり精神を鍛える為にも、合気を思い出せたのは大きい。俺の精神の基礎である事は間違いないのだから。恥ずかしながら開祖の御名前も師範の顔も思い出す事ができないが。それでも開祖や師範を含め俺に合気を学ばせてくれた方々に今更ながら改めて感謝を。
深呼吸をする。目を閉じたまま、そしてその姿勢のまま、記憶に掛かった埃を払う様に身体を動かす。ゆっくりと二回繰り返す。一度深呼吸をして目を開く。心を揺らさない様な動作で立ち上がる。再び目を閉じて脱力する。本当に自然の中に立っているからなのだろうか、それともこの森がそうさせるのだろうか、自然体という真の状態に気が付けるのではないかと思える程、自分が自然と一体になる様な感覚が湧き上がる。身体を自分の意志で動かすのではなく、流れる空気の様な、そこに吹くそよ風の様な感覚でひとりでに動き出す。合気の真髄の一つに手が届くのではないかと勘違いしてしましそうだ。それでも前世の時より不純物が無い分近づける様な気がしないでもない。・・・こんなに欲が出たら無理だろうな。元の姿勢に戻り、深呼吸をまた一つ。
家の中に戻るとヤクモも目を覚まし、出掛ける準備を整えていた。「おはよう。」を交換すると各自木の実を三つ程の軽めの朝食を摂る。
「体調はどうだ。」
と食後の一休みを兼ねて兄妹にありきたりの質問をしてみる。昨日はヤクモとモモカにとって、控えめに言ってもとてもじゃないが日常とは表現ができない一日だった筈だ。俺にとっても特別な一日だった事は間違いないが。疲れが残っているなら、焦って無理する必要は無いからな。
「良く眠れました、問題ありません。」
確かに気持ちよさそうに寝てたな。モモカが近くにいる事も今までよりゆっくり休める要素なのだろう。うん、こちらに向けた顔に疲れの色は見えない。
「私も特に問題は無さそうです。」
「初めての場所で、ちゃんと眠れたか。」
「はい。普段より良く眠れた様な気がします。不思議なのですが。」
「そうか、それは良かった。」
我が家の秘密はこの後行通でヤクモが解説していた。と言っても秘密の答えを家主の俺も解っちゃいないのだが。あくまで考えられる推察でしかない。
「じゃ、そろそろ行こうか。」
と言って立ち上がる。ヤクモとモモカは「はい。」と返事をして立ち上がった。さあ、魚捕るぞ。
庭を出て左に曲がる。特に急ぐ旅でもないので、ゆっくりと川への道のりを案内しながら歩く。ヤクモが、兎の威を借る狐が増えましたねと笑っていた。モモカもその意味を聞いて、「そうですね。」と嬉しそうに上品に微笑んでいた。途中で木の実を回収した。今度モモカにも俺の行動範囲を案内しないとな。
小川が視界に入ると、その流れを辿り遡る。一つ目の支流の合流地点で一旦止まる。川の中を覗き込み魚を探す。発見はできたが、本日の目標には大きさが足りないので見逃してやる事にする。ま、手掴みで簡単に捕れるとは思えないが。
「もう少し上流に行こう。今日は大きい獲物を狙うぞ。」
遊び場に向かう子供みたいにはしゃいで言う。ここから更に上流へ行き川幅が広がった場所に、そんな魚がいる保証も無ければ、仮にいたとしてもそれを捕れる保証も無いのだけれど。
「見えてきましたよ、主殿。」
俺よりも高い位置に視点があるヤクモが一足先に目標地点を発見して報告してくれた。視点か・・・結構重要かも。何か対策は必要かもな。
「お、ありがとう。」
川幅がだいぶ大きくなった。辿ってきた支流の三四倍はある。もう片方の川はその川幅のまま流れている、あちらが主流なのだと一目で判る。さて、登るか下るか・・・それが問題だ。なんてそんな深刻な話では無いんだが。
「ヤクモ、モモカ、上流に行く?下流に行く?」
特に意味のない質問だ。おそらくどちらに行ってもそんなに大きな差はない筈だ。俺の予想では下流の方が登ってくる魚を見つけやすく、上流には数こそ少ないだろうがそこまで登ってこられる程の猛者魚がいるのではないかと思っている。それこそ、魚の差に意味があるのかは判らないが。どちらも行った事の無い場所なので、その辺に落ちてる木の棒を倒して決めるよりは、直感や第六感に秀でたヤクモ達に選んで貰った方が良いはずだ。良いに決まってる。どうせ別の機会にもう片方にも行ってみるつもりだし。
「そうですね・・・。」
ヤクモはそう言ってモモカへ視線を向けた。その視線を受けたモモカは一度軽く空を見上げ、その後上流と下流を交互に見た。
「私は・・・上流の方が良い気がします。何となくですが・・・。」
ふわりと紡いだその言葉は、どこか神秘的だった。モモカがそう言ったからという理由以外必要が無い説得力を感じる。
「お、おう。じゃぁ上流にしよう。」
危ない、見とれて言葉を失うところだったぜい。
モモカの直感に従い上流を目指す。右側の川を時々覗き込み、お目当ての魚を探しながら。流れる水の量は変わらないが、その川幅は進むに連れて徐々に狭まっていく。そうなると当然、水の流れは速くなる。その流れに逆らって登っている魚もちらほら確認できた。その姿形を見て、それが探していた類の魚であろう事に気分が高揚しているのが自分でも解った。
「この辺りにしようか。」
川幅はモモカ様の選択の儀が執り行われた地点の三分の二程になっている。岩場や高低差も所々ある。橋は・・・勿論掛かっていない。向こう側へ渡るのは岩場を足場にするしか無さそうだ。川の中を歩いて移動するには俺の身長では心許ない位の水深だ。・・・まあ泳げば良いんだが。
「さてどうするかな。」
川岸に立ち腕組みをする。モモカは辺りを興味深そうに、と言うよりは景色を楽しむ様に観察している。ヤクモの方は川を覗き込んでいる。その場から見える数匹の魚影を目で追いかけている。
「あれが主殿のお探しの獲物ですか。」
「ああそうだな。おそらく正解だと思う。ま、違ってもあの大きさなら今までの小魚よりは良いんじゃないか。」
「確かにそうですね。で、どうやって捕獲致しましょう。」
そうなんだよなぁ。取り敢えず雷は禁断の秘技なので最終手段だ。基本魚に対しは使わない方向で行きたい。無論これがまだ見ぬ魚系の魔物で、問答無用でこちらに襲い掛かってくる場合は遠慮なくぶっ放すが。・・・それはさておきだ、他の方法となると今の俺にはあまり引き出しが無い。工作の技能は取得したがまだ何も工作していない、今後の事を考えてナイフと釣り竿だけは必ず作ろう。つまり現状俺の持っている手段は、素手、法術、道具。残念な事に魚捕獲の為の技能を未だ取得していない。道具を使うにしても鋼ガガの実は無理がある、他の物・・・。魔物の骨か。狼、狐、鹿、猪、そして熊。つまり俺より身体の大きい魔物の骨、それも肋骨の形状が好都合か。とは言ったものの今すぐ使える状態に整えてあるものは無い、今度ちゃんと整理する必要がありそうだ。実を言うといざという時の為に・・・何かに使えるかもしれないと取っておいた俺の貧乏性の産物がある。角だ、様々な理由で折れてしまった俺自身の。手も使える様になったので道具として使う事もできそうだ。投げてみるか。しかしなぁ・・・投擲や射撃の技能はまだ取得していない。技能に頼るのもどうかとも思ったりもするが、仮にも俺の身体の一部だったものを無駄にするのもちょっとやだ。
「やっぱり飛び込むしか無いかなぁ。」
「そうなりますか、やはり。効率は悪そうですね。」
「そうだよなぁ。でも今回はしょうがない、泳ぎの練習のつもりでやってみるさ。」
右手の親指を立て、グッと押し出す。俺の仕草の意味がちゃんとは伝わらなかった様だが、言わんといてることは理解してくれたみたいだ。川の中の岩場に跳び移る。そして幾匹かの魚の中から一匹に狙いを定める。
「イッスン様、お気をつけて。」
川岸からモモカが声を掛ける。その声に手を上げ、笑顔で答える。視線を魚に戻しもう一度照準を合わせ直す。岩場の端に両手を掛け、頭を獲物に向けて突き出し足に力を込める。よし、やってみるか。ここだと見極め、岩場を蹴り飛ばす。
ーー《白兎流格闘術・流星弾》ーー
流水に兎飛び込む水の音が鳴る。ちぃっ、外した。角の先が掠ったのは感じたが。水の抵抗による勢力の減衰も加味して飛び込んではみたが上手くいかず。初めからそんなに上手く行くとは思っていなかったけど。さて次はどうするかと対策を考えながら、水中で腕組みをし胡座をかきながら浮かび上がって行く。おっと、気を抜くと流されてしまう。川岸まで泳ぎ、一度川から上がる。全身の毛が水を含んで重い。顔を上げると、モモカが小走りで近づいてくるのが見えた。それを手を出して制し距離を確保する。そして全身を震わせ纏った水を弾き飛ばす。モモカは「キャッ。」と可愛く声を出して笑った。
「ごめん、ごめん。」
笑いながら謝る。ヤクモも目を細めてこちらを見ている。
「惜しかったですね。」
「もう少しだったな、良し次こそ。」
と同じ飛び込み台に向かう。
「頑張ってください、イッスン様。」
「おおよ。」
モモカの応援に気合が入る。飛び込み台の上に伏せ構え、先程とは違う個体に狙いを定める。前回の失敗を踏まえ相手に対しての飛び込む方向や速度を修正する。細く息をして集中力を高める。
充分に引き絞った矢を放つ様に水の中へと飛び込んで行く。今度は手応えあり、獲った。完全に魚の身体を刺し貫いた感触が角から伝わってくる。が、大変なのは実はここからだった。角か貫通したぐらいで絶命せず、痛覚も無いのだろう、身体に刺さった角から逃れようと力の限り振り回す。こちらも水中では踏ん張る事も出来ず、上手く対応ができない。このまま暴れ続けられると、俺の息も続かない。かといってここで雷を使う訳にもゆかず焦り始める。
『提案、折れた角を使用するのはどうでしょう。』
危機的状況に冷静な音程でのご提案。おかげで俺も冷静さを取り戻す。角。流石、困った時のセッテさん。天才だ。アイテムボックスから左右に一本ずつ引き抜く。首に力を込め固定し、二本同時に獲物に向けて突き出す。流石に水中では貫く程の威力は出せなかったが、なんとか突き刺す事が出来た。結果、鰻の蒲焼の串打ちよろしく三本の角で固定する事に成功した。そのまま上下反転させ川底まで行き、その川底を力の限り蹴り飛ばし上への推進力に変える。俺の脚力も捨てたもんじゃない、その勢いのまま水面から全身が飛び出る。その勢いのまま陸地に着地できる程都合良くはいかないが、大きく息を吸い込む事が出来た。再び水中に戻るが、もはや勝負はあった。川岸まで泳ぎ重くなった頭を持ち上げ水から外に出る。・・・やってやったぜ。
「お見事です、主殿。」「大きい魚ですね。」
と兄妹の賛辞を頂戴した。
「たった一匹でこの重労働だ。」
肩で息をしながら笑う。思っていた以上に効率が悪いなあ、別の方法を考えないと。頭から魚を外し地面に置く。魚に残っている方の角を引き抜きながら、考える。セッテさん、魚を鑑定する技能は取得可能ですか。『是、肯定します。』取得します。『技能・魚貝鑑定を取得しました。』さっきは助かりました。『それは何よりです。』セッテさんがいなかったら俺は既に何回か死んでるよ。『とんでもございません。』あなたに出会えて良かった。『こちらこそ。』
「どうされました。」
ヤクモの声に顔を上げる。おっと、とにかくセッテさんありがとう。『恐れ入ります。』
「いや大変だったなあと思って。」
「なかなか上がってこないので、少し心配いたしました。」
「悪い、だいぶ手こずった。あ、そうだ。」
そう言ってモモカ達から離れ、ニコニコ笑いながら全身を震わせる。意外と楽しいなこれ。全身が毛に覆われている生き物の本能なのか、何の違和感もなくやってのける事ができる。前世では頭を振るのがせいぜいだった、勿論未経験だ。そして思っている以上にちゃんと水分を払うことが出来る。それが何ともスッキリして気持ちがいい。
「はい、おまたせ。」
ヤクモ達の側に近づきその前に置かれた魚を、先程取得した技能を使い鑑定する。緑銅鮭、とな。形状を見る限り鮭であることはある程度間違いなかろうとは思っていたが。確かに全体的に緑、やや黄緑で、鰓の辺りから尾にかけて二本の銅色の線が入っている。見たまんまの名前だな、でもそんなものだよな。解りやすくて良い。
まずは一度食べてみるべしとアイテムボックスからご自慢の鋼ガガガニの鋏を取り出す。左手に捕獲の際にも大活躍した折れた角を持ち、それを地面に横たわる緑銅鮭に打ち付ける。
「イッスン様、何もそこまでしなくても・・・。」
既に絶命しているのに無体な仕打ちをしている様に映ったのだろう。
「驚かせちゃったか。これはちゃんと固定する為だ。敬意を払って出来るだけ綺麗に解体してやらないとな。」
「そうでしたか。申し訳ありません。」
「いや、モモカの言っている事もちゃんと正しいから問題は無いよ。」
そう言いながら鮭を解体していく。なんとか前世の知識を駆使して鮭と格闘している俺を、モモカは座って見守っている。多少緊張するが、どのみち時々買ってきたものを四苦八苦しながら三枚に降ろしたと言えなくもない程度の腕前だ。俺の身長よりも大きい分、気が楽だ。にしてもこの鋏、凄いな。こんな俺でも何の苦も無く解体する事が出来る。本当に挟まれなくて良かった。・・・ヤクモは少し離れた場所で辺りを警戒していた。
「ま、こんなもんだろう。初めてにしては上出来だな。」
幾つかの部位に分けられた鮭の切身の一つを更に三つに切り分ける。ヤクモを呼び、その切り分けたものをヤクモとモモカに一つづつ配る。残りは鋏と角と一緒にアイテムボックスに収納する。
「何か起きるかもしれないから取り敢えず食べておこう。」
「そうですね、ありがたく頂戴します。」
「戴きます、イッスン様。」
腹の方はヤクモとモモカに渡し、俺は尾の方を食べる。一応皮は剥いである。勿論捨ててはいない、後で食えたら食う。両手で持ち上げ口へと運ぶ。脂のせいでなかなか大変だが、脂が乗っている証拠でもあるので期待も高まる。ヤクモ達は俺が口を付けるのを待っている様だ。律儀だなぁ。お涎が溢れてしまいそうだ、食べよう。勢いよく齧り付く。
「・・・うまっ、なにこれ、うまっ。」
思わず手に持っている切り身を二度見した。俺が確実に口にしたのを確認するとヤクモとモモカは鮭の切り身を食べ始めた。
『技能・潜水を取得しました。』
『技能・水泳のレベルが上昇しました。』Lv5
鮭ってこんなに美味しかったっけ。醤油も付けずに生で食べているのにこんなに美味しく感じている事に自分でも驚く。脂が溶ける、旨味が口の中に広がる、美味しいという香りが鼻の中を通り抜ける。脳天が痺れるような錯覚を覚える。ヤクモも「おおっ。」と驚きと喜びが一つになった様な声を上げていた。モモカに至っては、言葉を発する事もなくうっとりしながら満足げな吐息を漏らしている。だいぶ好評の様だ。頑張って撮って、頑張って解体して良かった。
「主殿、レベルが2上昇しました。」
よほど美味しかったのか、ぺろりと平らげたヤクモが報告した。
「お、順調だね。もう少し食べておくか?」
「いえ、今は止めておきます。」
俺は頷きを返す。
「私も一つ上昇しました。」
「おぉ、やっぱり効果はあるみたいだな。良かった。」
・・・ヤクモもモモカもレベルが上った。だが俺は上がらなかったな。レベルの上限を考えると種族の階級的に同等な筈。主従の絆の恩恵の差か・・・。『否、否定します。』なんですと、では何だ。相性・・・いや違うな、肉食の技能の差か。『是、肯定します。』なるほど、こんなところにも差が出るのか。勉強になります。『恐れ入ります。』俺も技能のレベルを上げよう。そしてあの鮭があんなに美味しいとなると、気分も高揚するってもんだ。やる気も欲も自然と湧いてくるってもんだ。
「もう何匹か捕獲して帰ろうか。」
結局二十数回飛び込んで捕獲出来たのは二匹。極めて効率が悪いが、楽しい。欲と水に塗れて自分より体長より大きい鮭と格闘するのは。その中で新しい技を閃く。飛び込む前から左右の手に一本づつ俺の角を持った状態での流星弾。
ーー《白兎流格闘術・影技・三叉槍》ーー
格段に効率が上がったなどという事は無い。むしろ今まで経験した事の無い身体の使い方なのでそんなに上手くいく訳は無い。ただ命中した後がだいぶ楽になった・・・と思う。水の中と外を何回も行ったり来たりしていたので相当の疲労をした。はしゃいで水遊びをする子供の様に夢中になっていたので、正直良く分からない。いやぁ、それにしても疲れた。ヘトヘトという本当の状態を初めて知った気がする程。こんなに体力を使い切ったのは子供の頃依頼だな・・・あ、俺まだ一歳未満だった。しかしこんな時に何かに襲われたら、大変だぁ。ま、ヤクモとモモカもいるから大丈夫か。
だが今回は完全に壮絶な振りと化した。突然、何時か俺を襲った重圧が俺達に降り掛かった。しまった、油断していた。奴は思っている以上に索敵能力が高かった事を忘れていた。そして俺達はここで鮭を獲っていた事を。鮭といえばそれを口に咥えたお姿が木彫りになって売られている所もある程、切っても切れない関係がある事を。これだけ条件が揃っていたら、やっぱりこうなりますよね。
「主殿。」「イッスン様。」
ヤクモとモモカにも緊張が走る。重い身体を持ち上げて立ち上がる。
「ああ、判ってる。相手の大体の予想もな。」
そう言って、口の中にドロップナッツを二つ放り込み噛み砕く。
「熊だ。」